表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔力ゼロの最強魔術師〜やはりお前らの魔術理論は間違っているんだが?〜【書籍化決定】  作者: 北川ニキタ
第二部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

92/97

―92― 急変

 以前、アントローポスはこう言っていた。

 魔術とは、創造神と賢者パラケルススが結託して作り上げたものであり、その真の目的は、この世界から『科学』を遠ざけるためである、と。

 つまり、賢者パラケルススは人類を欺いた張本人だというわけで――。


 だが、今の俺の心境は、そんな敵対心とは無縁の場所にあった。

 目の前にいるのは、伝説の賢者。

 俺が幼い頃から擦り切れるほど読み込んだ原初シリーズの著者。

 全魔術師の憧れにして頂点。


「ぱっ……ぱぱぱぱぱパラケルスス様だと……!?」


 俺の口から、情けない音が漏れる。

 気がつけば、俺はアントローポスを押しのけ、老人の目の前まで詰め寄っていた。


「は、初めまして! アベル・ギルバートと申します! まさか本物の賢者様にお会いできるなんて、夢にも思っていませんでした! あ、あの、握手! 握手していただけませんか!?」


「な、なんだ貴様は……?」


 パラケルススが半歩下がる。その顔には明らかなドン引きの色が浮かんでいるが、俺の興奮は収まらない。


「いっそ弟子に! いや、下僕でも構いません! 靴を舐めろと言われれば喜んで舐めます! あ、そうだ、サイン! サインを頂くことは可能でしょうか!? 今手元に紙がないのですが、自宅に初版の原初シリーズ全巻がありますので、一度取りに帰っても――」


「ひぃっ、寄るな! 気味が悪い!」


 パラケルススが身震いをして、俺を手で払いのけるような仕草をした。

 威厳のある老賢者が、不審者に絡まれた一般人のような反応をしている。


「あははははッ! 傑作だな! おいパラケルススよ、お主の崇拝者だぞ。可愛がってやるんだ!」


 アントローポスが腹を抱えて笑い転げている。

 俺はようやく我に返り、咳払いをして居住まいを正した。いかん、興奮のあまり取り乱してしまった。


「し、失礼しました。あまりの感動に、つい」

「……ふん。ったく、近頃の若い魔術師は礼儀も知らんのか」


 パラケルススは不機嫌そうに髭を撫でつけた。

 俺は深呼吸をして、改めて目の前の老人を見据える。


「確認させていただきますが、あなたは本当に、あの賢者パラケルススなのですか?」

「その通りと言っていいだろう。といっても、我は肉体を持った本人そのものではない。このアゾット剣に封印され、術式の一部として組み込まれた残留思念……霊体のようなものだ」


 本当に、そうなのか……。

 本人が生きているわけではない。だが、その知識と人格は本物。

 ならば、聞くべきことは一つしかない。


 俺はその場に膝をつき、額を床に擦り付けた。

 見事なまでの土下座である。


「賢者パラケルスス様。どうか、ご教示ください!」

「……何をだ?」

「〈賢者の石〉の生成方法です! 俺はどうしても、それを作らなければならないのです!」


 俺は顔を上げず、一気にまくし立てた。

 妹プロセルのこと。

 彼女が8年前に偽神ゾーエーの呪いを受け、余命が削られていること。

 その呪いを解くために、万能の霊薬である〈賢者の石〉が必要なのだと。


 俺の悲痛な叫びが、保管室に木霊する。

 しばしの沈黙が流れた。

 やがて、パラケルススの冷淡な声が降り注ぐ。


「……無理だ」

「なっ……」

「諦めて帰れ。〈賢者の石〉は確かにあらゆる病を治す。だが、偽神の呪いは『病』ではない。あんのようなもの理屈で説明はできん。石ごときでどうにかなるものではない」


 ばっさりとした拒絶。

 俺は顔を上げ、賢者にすがりつくように言った。


「そ、そんな! あなたの伝説には、多くの人を救ったと!」

「それは病気の話だ。偽神の呪いは別次元の話だと言っておる。……悪いが、とっとと帰ってくれ。それで、聖遺物を破壊しようとした不敬は見逃してやるから」


 パラケルススは背を向け、姿を消そうとする。

 目の前が真っ暗になった。

 ここまで来て、魔術の祖に「無理だ」と断言されてしまった。

 俺の長年の研究は、無駄だったのか?


「おいおい、つれないのう、パラケルススよ」


 絶望に沈む俺の横で、アントローポスがニヤニヤしながら口を開いた。


「いいのか? そんな無下に扱って。こいつはただの魔術師ではないぞ」

「あん?」

「こいつはな、『科学』を再発見した男だぞ」


 ピクリ、とパラケルススの肩が跳ねた。

 ゆっくりと振り返ったその顔からは、先程までの威厳や不機嫌さが消え失せ、代わりに驚愕と、そして深い絶望の色が張り付いていた。


「……なんということを」


 パラケルススは呻くように言った。

 その反応は、まるで世界の終わりを知らされたかのような重苦しいものだった。


「おい、小僧」

「は、はい」

「……貴様のこと、教えろ。洗いざらいだ」


 食い入るような視線に押され、俺は困惑しつつも語り始めた。

 偶然手に入れた『科学の原理』という書物のこと。

 そこに書かれていた物理法則が、原初シリーズの記述と矛盾していたこと。

 科学の知識を魔術構築に組み込むことで、魔力消費を極限まで減らした独自の魔術を生み出したこと。

 そして、その力を用いて雷を操り、電磁加速砲を放って偽神ヌースを撃退し、褒賞としてこの部屋に入る権利を得たこと。


 俺の話が進むにつれ、パラケルススの表情は神妙なものへと変わっていった。

 怒りでも、呆れでもない。

 それは、諦観に似た静けさだった。


「……そうか。とうとう、見つけられてしまったか」


 全てを聞き終えたパラケルススは、天を仰いでぽつりと漏らした。


「時期が、来たのかもしれんな」


「時期……?」


 俺が首をかしげると、パラケルススは鋭い視線をアントローポスに向けた。


「おい、偽神の貴様がなんのために、この男を助けるのだ?」

「くくっ、それを今、答える義理があるか?」


 アントローポスは不敵に笑うだけではぐらかす。

 だが、パラケルススはその態度を見て、何かを納得したように頷いた。


「……よかろう」


 パラケルススは再び俺に向き直った。

 その瞳には、先程までの拒絶の色はなく、代わりに覚悟のような光が宿っていた。


「アベルよ。貴様の妹の呪い……それを解く方法を教えてやる」


 そう思って、俺がパラケルススの教えを乞おうと口を開いたときだった。


「アベル! アベル・ギルバートはいるかッ!?」


 保管庫の分厚い扉越しに、切羽詰まった叫び声が聞こえた。

 この声は、学院の警備を担当している教官の一人だ。

 俺は眉をひそめ、扉を開ける。


「なんだ、騒々しい。今、大事な話を――」


「それどころではない! 妹君が……プロセル・ギルバートの容態が急変した!」


 心臓が、早鐘を打った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ