―82― 異端者
数刻前、ある異端者が密かに動き始めた。
その異端者は魔術師でもなく、ただの一般的な男性だった。商人を営んでおり、妻もおり子供も二人いる。
人より稼いでいるわけではなかったが、さりとて貧乏でもなかった。
ごく平均的な収入の持ち主だった。
ただ、その男性には一つ他の者たちと違う点があった。
それは異端者であるという事実。
男性は時折、ここではないどこかにいる偽神と会話をしていた。
そして、偽神のためにこの身を捧げようと考えていた。
なぜ、偽神を崇拝していたのか? その理由は男性にもわからない。
ただ、彼にとって偽神に従うことはなにより重要なことだった。
この日、男は仕事に行くフリをして、いつもと違う場所に向かっていた。
そこはなんの変哲もない広場だった。
しかし、その広場には何十人もの人たちがすでに集まっていた。
全員、異端者たちだった。
異端者たちは全員が集まったことを確認すると、なんの前触れもなく自らの首を斬った。
首を斬った異端者たちは自然の摂理に従って、その場で死に絶える。
幾重にも重なった死体。
その死体を囲むように魔法陣が構築されていく。
そして、ついには死体を贄に巨大なドラゴンが顕現した。
このドラゴンこそが、死体を媒介に現世へと出現した偽神ヌースの正体だった。
ドラゴンは高い雄叫びをあげる。
瞬間、ドラゴンを中心に半径5キロ以内に衝撃が走る。
シエナの霊域が打ち消されたのも、その衝撃のせいだ。
◆
次の瞬間には、町にいた多くの住人が偽神ヌースによる襲撃に巻き込まれていく。
このままだと、偽神ヌースによって、多くの人が死ぬな。
その中には、妹のプロセルも含まれている。
だから、今すぐにもヌースのところに駆け付けようと俺は決意した。
だが、それを許さない者がいた。
「おい、なんのつもりだ?」
俺を行かせるのを阻止するかのように、俺の腕をシエナが掴んでいた。
そして、一言彼女はこう口にした。
「〈霊域解放――無辺の雲居〉」
再び、俺はシエナの霊域に囚われることになった。
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