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~圭助新堂のこぼれない話~

 新堂圭助しんどうけいすけ焔煜ほむらゆうから受けた第一印象は、「けったいなやっちゃな」であった。


 夢いっぱい、胸いっぱいで迎えた、初日の「私立吉本興業高等学校」……入学式を終え、まだホームルームが始まる前の事である。


 自席でまったりとしている新堂圭助に、悠然と近付いて来た焔煜が話し掛ける。


「ふん。僕は面白い奴を発掘する能力に長けている。新堂圭助とやら。貴様にはお笑い芸人の才能がある……知らんけど」

「それ全然見抜けてへんやないかい! しかもその、「知らんけど」は、関西人の万能結び言葉やんけ! どっちかっちゅうと俺の台詞や! 知らんけど!」


 思わずツッコミを入れてしまう新堂圭助。


「ふん。先程の式典での話だ。校長の長ったらしい講釈や、その他の連絡事項の数々に、貴様は逐一ツッコミを入れていただろう。それが決め手だ」

「なはは、えらい上から目線な態度やんけ。何のかんのと抜かす前に、まずはワレの名前から名乗ったらどうや?」

「ふん。失敬した。わたくし、生まれも育ちも東京葛飾柴又です。帝釈天で産湯を使い、姓は焔、名は煜、人呼んで「DK(ディーケー)(男子高校生)の煜ちゃん」 と発します」

「ほぼ独自性が有らへん、「仁義を切る」やん。寅さんシリーズに関わる、万物の物に土下座してこいや」


 ここで、ポーカーフェイスだった焔煜は、不適な笑みを見せつつ、とんでもない事を言い放つ。


「ふん。やはり貴様で間違いなさそうだな。おい、貴様のツッコミを僕に捧げろ。僕はお笑い芸人として天下を取る男だ。この僕が頂きの世界を見せてやる。共に来い」


 そんな風にのたまいつつ、平然と手を差し伸べる焔煜に、新堂圭助は言葉を失った。


 この男の、焔煜の、何たる迷い無き自信で有ろうか。その立ち振る舞いからは、ある種の神懸かり的な雰囲気すら醸し出している。


 新堂圭助自身、お笑いに関してはハイクラスに属する人種である。


 そんな彼の、芸人としての嗅覚と勘が言っていた。こいつと組めば、「いける」と。


(……はっ、そう言えば、昨日弟と徹夜でプレイして盛り上がった任○堂産のゲーム。今度はオンラインで実況配信も有りやな。世界中に観られる訳やから、恥をかけへん様に、もっと腕を磨かんと)


 驚く(なか)れ。この時の新堂圭助は、前述の様に全く別の思考へとパラダイムチェンジ。彼が、はたと気付く頃には、既に焔煜の要求を二つ返事で了承した後なのであった。


 高校生芸人コンビ・ダダンダウン爆誕である。


 その後、コンビを結成し一ヶ月くらい経った頃、力試しも兼ねて、動画投稿サイトのミーチューブに漫才をアップする。

 さすれば、一週間で再生数が一億回と言う伝説的数字を叩き出し、ダダンダウンの名を一気に世に知らしめたのだ。


 そんな話題沸騰の真っ最中、ある日の放課後の事である。下校中、焔煜の中学校時代の元相方と名乗る男が現れる。


 夜の光に集まる虫の如く、スポットライトを浴びた人間に、凡俗が近寄って来るのは世の常だ。取り分け暫く疎遠であった者や、微妙な間柄であった者などの連絡も必ずある。今回の旧友訪問は前者のパターンだ。


 (もっと)も、元相方と焔煜が組んだコンビだが、伝家の宝刀、「お笑いの方向性の違い」により、たったの一週間で解散。その後は中学校を卒業するまで、焔煜と元相方の交流は全く無かったのだ。


 焔煜曰く、「元相方のお笑いの腕は、(たか)()れている」との事。

 何故そんな奴とコンビを組んだのかと聞けば、「相方も居なかったし、特に断る理由も無かったから」ってな、ふわっとした回答。そこはかとなく、「好きでも無い相手と付き合う時の心持ち」、みたいに感じたのは気の所為(せい)か。


 焔煜の元彼……じゃなくって、元相方は要望を切り出した。


「焔煜君。学校も別れてしまい、更に遠距離にはなってしまったけれど、もう一度だけチャンスを下さい。ずっと忘れられなかった。どう考えても、やっぱり君が一番、いや、君じゃなきゃ駄目なんだ。どうか相方としてやり直して欲しい」


 ほれ見ろ。益々復縁交渉をしている、元アベックみたいになってんじゃねーか。


 これに焔煜は、凍りついた表情で即答する。


「ふん。断る。消え失せろ、ぶっ飛ばされん内にな! ……と、今現在の相方である、この新堂が申しております」


 突然のとばっちりである。


 実を言えば、新堂圭助は空手の有段者である。決して喧嘩が弱い訳では無いのだが、だからって血気盛んな訳でも無い。

 そう、無用な争いは出来るだけ避けたいと思うのが、常識人の心情って物だろう。


 新堂圭助は精一杯のはったりを利かせ、どうにかこうにか乗り切る手段を選択する。


 したらば元相方は、新堂圭助の鬼気迫る関西弁に戦慄。何とまあ首尾良く、すごすごと引き下がってくれたのである。


 いやいや、それにつけても、関西弁がこれ程頼もしいと思ったのは、新堂圭助自身も初めての事であった。


 その元相方が立ち去った後、焔煜は淡々と話す。


「ふん。真の友である同級生が相方でなければ、最高に面白いネタやエピソードトークは生み出せないからな。これからも宜しく頼むぞ、圭助」


 この時より、焔煜の新堂圭助に対する呼称が、苗字から名前へと変化した。

 何気ない事ではあるのだが、何だか嬉しくなった新堂圭助は、ずっと頬が緩んでしまう。


「ふん。何を若気にやけてやがる圭助よ。貴様の笑い顔は小汚いし、気色悪い。僕はとても不快になったので、お詫びの印に極上の甘露でも献上せよ」

「なははー、かしこまっ! ……って、何をどさくさ紛れに、食いもんをせしめようとしてんねん! 煜には俺の鉄拳制裁でも喰らわしたるわ!」


 照れ隠し的なツッコミに逃げてしまったが、新堂圭助もこの日より、焔煜を下の名前で呼び始めたのであった。


 ふん? 元相方の氏名を教えろよって? あはは、モブの扱いなんぞ、この程度で十分でしょ。


 なはは? てか、クレームですか? よろしい、ならば戦争だ。バラバラにされたい人からかかって来なさい!

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