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4 日だまり


 しばらくしてからその電話は鳴った。

『よう、兄貴。』

国際電話は少し音が遠い。

「何だ。」

それは今は特に聞きたくない声だった。それなのに

『何だはないだろう、何だは。実の弟に向かって。』

基は過去を全て水に流したかの様な口調で話しかける。

『たまに電話かけてやってるって言うのに。』

「国際電話だろ、早く用件を言いなさい。」

彼女の過去に関わった男の全員が憎いだなんて、こいつには口が裂けても言えない。電話の向こうで少し笑い声がした事も気に食わない。

『ほらさ、来週出張でそっちに行くからさ。良かったら一緒に飯でも食わないか?それに優里にも会いたいし。』

ムカつく。俺の優里を勝手に呼び捨てにするな。

「ああ、妻にも話しておくよ。お前がこっちに来るって。」

釘を刺したつもりが、基のヤツは弾けた声で笑い出しやがった。

「兄貴、おもしれぇ。何、優里とけんかでもした?」

当たらずとも遠からず。舌打ちしそうになるのを堪えた。

『まぁ、いいや、後でメールする。でもさ、男の嫉妬は醜いぜ、兄貴。こんなんで息子が産まれたら子供にまで当たり散らすんだろうな。笑える。』

そう、優里は今7ヶ月の身重で、本来は日本で子供を産むべき所を彼女の

『肇さんの傍に居たい。』

その一言でこちらで出産を迎える予定になっていた。しかもこいつの言う通り男の子。

「要らないお世話だ。」

俺の言葉は彼には届かず、基は一人でしゃべりたい事を言ってさっさと電話を切りやがった。

「あの、糞ガキ!」

思わず罵り受話器を置いた。その声に彼女がびくっと動いた気配を感じ

「ああ、済まない。起こしたかい?」

でも優里はぼんやりとした眼差しで

「怒ってるの?」

なんてうつぶせた姿勢のままその手だけを俺の方にそっと伸ばし、

「ねぇ。」

拗ねる様に囁いた

「許してくれないの?傍にいてくれないの?」

その声音に俺は吸い込まれていた。

「馬鹿だなぁ。」

いつだってお前の隣りに居たいんだから。

「僕がお前から離れられないって事、まだ知らなかったのかい?」

指を絡めると、彼女の頬が染まる。

「ねぇ。肇。」

って。彼女は甘えん坊。こういう時には俺の名前を

“は・じ・め”

とゆっくりと区切る様に呼ぶ、いつもは

“肇さん”

なのに。彼女が俺を欲しがる時のその柔らかな響きが好きだ。喜びに包まれながら大きくなり始めた勇利のお腹に躯を合わせると

「あっ。」

彼女の体が小さく動いて

「今蹴った?」

それは優里のお腹の中に宿る俺の子供が出す

“元気だよ”

のサイン。

「うふふ。」

彼女が笑う。

「この子は肇さんよりも私に似ているかも。かなり元気だよ。」

優里は幸せを絵に描いた様な表情で俺を見上げた。これはこれでそれなりに幸せな事では有るのだけれど。

「そうだな。君に似たハンサムな男の子が良いな。」

そうすれば要らない嫉妬なんかする必要が無くなるからね、なんて事を考えた俺に

「馬鹿。」

まるで春の日差しの様な眼差しを彼女はくれ

「意地悪言わないで。」

俺の腕の中に身をすり寄せた。


               おしまい



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