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2 写真の面影

 俺たちはシンガポールに引っ越してまだ間もなく、他にも未整理のものが山積みで、特に写真なんかは俺の知らない優里ばかりが出てきて気をとられてしまい先へと進むのが容易じゃなかった。

「これって?」

薄っぺらい紙のアルバムから飛び出すスクール水着に調理実習の三角巾。子猫みたいに友達とじゃれている高校生の優里。表情が豊かで、キラキラしていて。俺たちが同級生だったらどんなだったろう、やっぱり一目惚れして追っかけ回していそうだな、なんて事を考えていると

「どうしてそういうのばっか・・・・!」

彼女は素早く俺の手にある写真を取り上げ

「見られたら恥ずかしいでしょ。」

顔を赤くした。

「全くっ。」

なんて、拗ねている姿も可愛いってヤツは惚れた弱みだな。そんな事を考えていると、ひときわ大きな写真が出てきて目を引いた。

「これは・・・・。」

広い大会会場での集合写真。人数は総勢30人ほどだろうか。その中央には俺の見知った顔が二つ。日付を見ると丁度4年前になっていた。

「この写真。これは確かこの前のオリンピックで最終選考まで残っていた人だよね。優里、応援に行ってたんだ。」

「あっ。」

ほんの少し、彼女が動揺を見せた。

「ん、まぁね。暇だったから。」

それからそっとその写真を摘む様に俺の手から引き抜くと、ちらっと目をくれてから隠す様に他の写真の中へと滑り込ませた。

「懐かしぃなぁ〜」

なんてとぼけながら。

「彼、確か菊池君だっけ?」

「あぁ、うん。そんな名前だった気がする・・・・。」

嘘の下手な子だ。写真の中央には

“闘魂!菊池”

と書かれた横断幕が掲げられ、真ん中でにこやかに笑う選手の真横に彼女がいた。その上彼女の隣りの男は優里の体を菊池の方へと押し付け、バランスを崩した彼女がその手をしゃがんでいる彼の太ももに置いていて、それを彼は当然の様な顔で受け止めている。誰がどう見ても公然とつき合っているカップルじゃないか。

「僕はね、君の高校の先輩だよ。」

「うん。」

「しかもマスコミで働いているんだよ。」

「うん。」

雰囲気の悪さを感じたのか優里はもぞもぞと体を動かし後退した。

「さすがに母校出身の選手がオリンピック候補で挙がっていたら注目するよね。だからよく覚えているんだけど。」

「ああ、そう。私も覚えているよ。確かこいつボクシング部の後輩だったはず。」

覚えているも何も彼は彼女の1学年下の後輩だった。敏腕マネージャーでならした優里が覚えてないはずが無い。それどころか、彼のトレーナーだったと言われてもおかしくはない。ばればれだ。なのに

「あっ、そうだった。兄貴も城北かぁ。剣道部だっけ?インターハイに行ってるんだよね。」

兄貴と呼ばれるのは久しぶりだな、なんて思いながら、どうしてもはぐらかそうとするその態度が癇に障り、

「優里。」

厳しい声が出てしまった気がする。

「ねぇ、優里。僕はね、怒っているんじゃないよ。でもね、嘘をつかれるのは好きじゃないんだ。」

目元の怯えてる彼女を見下ろし、俺はため息まじりにその唇に軽くキスを落とす。

「んっ・・・。」

彼女は甘えん坊で、キスが好きだから。彼女を取り込む為に俺はキスをする。誘う様なついばむ様なキスを繰り返すと、さっきまでの態度を忘れ素直に俺にもたれかかってくる。きっと彼女は誤摩化せたと思って安心したに違いない。その体を抱きしめ、ほんの少し意地悪をする。

「キスはしたの?」

すると、ピキンって音が聞こえそうなくらい彼女が固まった。

「・・・・・」

「怒ってなんかいないって。ただ、はぐらかされたなって感じたのが嫌だった。」

「ご免、なさい。」

「で、キスしたの?」

「・・・ちょっと。」

ちょっとって。その誤摩化し方のいい加減さが彼女らしいと言うかなんと言うか。

「ちょっとのキスって、どんなだよ。」

鼻先を彼女のそれに当て、ちょんちょんとつつくと、

「う〜。」

みたいな音がのどの奥から聞こえ

「ちょっとはちょっと。」

なんて言って目をそらし、胸元で固めた右の拳を左手で包む様に弄びながら唇を少し突き出し

「いいじゃん、そんなの。」

逃げようとするから

「いいとか悪いとかじゃなく。」

そう言いながらつい本音が出てしまう。

「・・・いや、嫌なんだ。」

と。彼女はうつむいてそっと俺を見上げるともう一度視線を外した。

「清くない・・・・仲だった。」

それから俺の躯にぎゅっとしがみつき

「思い出させないで、お願いだから。」

と沈んだ声を出した。

 腕の中の子猫のような優里の躯を愛おしみながらもう虐めるのは止めようと思った。嫉妬に狂って八つ当たりしても仕方が無い。それどころか、こうやって彼女を責めた後は必ずと言っていいほどしっぺ返しをくらうはめになる。それならいっその事、このまま何もかも忘れ、二人だけの暖かい暮らしの中に居たい。抱え上げようとする動作に気づいた彼女は、腕を俺の首に巻き付け、

「肇の事、一度だって忘れた事なかったよ。」

と、唇を動かした。


          つづく



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