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1 アンテウス

この話しは Pain の後日談になります。

本編をお読み頂いてからの方がご理解しやすい無い様になっていると思います。ご了承ください。

 それは小さなバックの中に有った。化粧品を入れておく様な小さなビニールの入れ物、その中に眠っている光沢のあるブラックボトル。

「アンテウス。」

思わずその香りの名前を口にした俺を、

「よく知ってるね。」

って彼女は覗き込み、伸ばしかけの前髪をかきあげ澄んだ瞳で見上げた。黒くてまっすぐな艶のある髪。それからふわりと漂うなんて事の無いシャンプーの香り。それは濃厚なアンテウスの香りとは対照的で、彼女の体臭と程よく混じり合い俺を刺激しする。二人で暮らす様になってからの優里は香水と名前の付くものを使っておらず、多分それほどのこだわりは無いと感じていた。10年も前の出会った頃の彼女がいつもこの香りだった事を鮮明に覚えていて、これを買ったのが優里ではない事に思い至り動揺を覚えながら

「名前が凄いからね。神様だ。」

本当の事は言えない。

 あれは知り合ってしばらくたってからの事だった。弟の男友達から漂う香りを百貨店の店内で嗅いだ気がした。思わず足を止め足踏みをしシャネルのカウンターで嘘をついていた。

「プレゼントを探している。」

なんて。店員の

「彼女への贈り物ですか?」

その的外れの問いに苦笑しながら

“ 彼 ”

の香りにひどく興味を持っている自分の気持ちをはぐらかした。

「通りかかった時、気になる匂いが有ってね。」

と。あの頃の君は本当に男の子のようだった。店で紹介されるのはエゴイストにアリュール。

「人気があるのはこちらになります。」

でも君がつけているのはそれじゃない。

「これは?」

次々と出され、最後に残っていた香り。それが彼の香りだった。他の男性用のラインを紹介知るときの

「こちらを好んで使われる女性もいます。」

の説明は無く、店員は一瞬考える様な顔つきの後すぐにセールス用の笑顔に戻った。その香りは甘く、微かな棘を含み。男性的と言っても熟れた女性の様な香りで。それでも

“ あの少年”

のイメージにぴったりだった事が不思議だった。名前の由来がギリシャ神話の神様だと言う所も何となく含みがあるような気がした。この次はアドニスかと、皮肉を考えたりもした。それにしても同じ香りを探し当てたとして、その当時の俺はそれを買おう何て気持ちはまったく無く、むしろそれを見つけ出してしまった自分に驚いていた。馬鹿な事だと。弟の親友のつけている香水を、何をとち狂ったのか恋しいと思うなんて自分はどうかしていると思ったものだった。それが今ではこうやってその

“ 彼”

と家庭を築いているなんて。人の縁は不思議だ。そのボトルを受け取る優里に

「自分で選んだの?」

違うと分かっていながらカマをかけると

「まさかぁ。友達がくれたんだ、誕生日のお祝いに。」

その事に全く気づきもしない屈託の無い返事。

「覚えてる?幸治の事。」

それは彼女と同じボクシング部のマネージャーの名前だった。彼らはあの当時弟の基に誘われ優里と一緒によくうちに遊びにきていた騒がしい集団で、あのメンバーを今でも覚えている。

「『ういっすっ』て挨拶する子だったよね。」

「そうそう。その幸治。」

彼女は懐かしむ様に目を細めた。

「16の誕生日にあいつがくれたんだ。なんでも姉さんが幸治にくれたものらしいんだけど、自分には似合わないからってさ。甘過ぎるって。」

それからボトルを鼻の先にあて

「やたらと匂いが強いからちびちびと使ってて、これで2年も使ったよ。」

と微笑み、軽く振って中身が無い事を確かめると

「もう、捨てようかな。ってか、何、大事にしてたんだろうね。」

と、ゴミ袋の中へそっと落とした。全く、この子は。俺は気づかれていない事をいい事に苦笑いをしていた。どう考えても有り得ないその口実を鵜呑みにしていたなんて。俺は幸治君を可哀相だと思いながら、今の彼女の香りをそっと胸に吸い込んだ。



                つづく

ブログで更新していた内容を読みやすい様に再投稿させて頂きました。

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