甘栗のように一皮剥けました
誰かが俺の頬を軽く叩く。触るように優しく叩く。それが段々強くなっていく。痛い痛い。目を開けると斎藤さんが真剣な顔で俺の頬を叩いていた。
「マモルさんおはよう。行くわよ。今日は忙しい」
斎藤さんが俺の腕を引く。凄い力だ。まだ朝と言うには暗すぎる。一体何なのだろう。斎藤さんは市場の方に向かう。こんなに早く行って何をするのだろう。市場も開いてる店はまばらだった。
「お姉ちゃん今日も来たのかい。何か持っていくかい?」
斎藤さんは豚と鳥を丸々1匹買った。いくらなんでもそんなに食べられない。調味料も買い集め、急いで市場を出ていった。荷物が重い。そして、洋館で大きな荷物を引きずって貧民街に向かう。とても重そうだ。そして、少し広い場所で廃材を集めて火を起こすと、料理を始めた。それから数時間。斎藤さんの回りには匂いに誘われて集まった沢山の人達が集まった。斎藤さんは上手に切り分けて集まった人達全員に配り、皆は大いに喜んだ。
「うまいな。食べたことない味だが本当にうまい」
「久しぶりに腹一杯だ」
「ありがと、可愛いお姉ちゃん」
斎藤さんの料理は大好評だ。皆が食べ終わると、斎藤さんが大声を出した。
「防衛ギルドのシールドを立ち上げます。食べた人は皆入ってね! 武器はここにあります」
斎藤さんは武器も配り始めた。女性だけのギルドの存在を知ってから斎藤さんもギルドを立てたくなったのだろう。だが、しかし、食料を与えて食べたら加入させる詐欺のような勧誘方法でいいのだろうか。でも、皆は喜んで武器と防具を受け取っている。皆は武具の受け取りと同時に名前と住所を書いていく。そして、全員が書き終わるとギルドに向かった。そして、1枚の依頼書を持っていった。ゴブリンに占拠されたハリド村の奪還。報酬1000ゴールド。
「ええー!?」
「何を驚いてるのマモルさん。殆ど私達いえ、あなたが数を減らしたじゃない。他の人に手柄を取られていいの? この大金を逃していいの? 貧民街の多くの人達はハリド村の出身なの。ギルドの立ち上げにも、生まれ故郷の奪還にも最適じゃない。更に今は回り道しているけど、この村を奪還したら隣の国にも行きやすいらしいのよ」
斎藤さんは別人のように話す。自信を持つと変わるタイプらしい。
「あの、斎藤さんその情報一体どこで?」
「酒場で他の人達が話してるのを聞いてたの」
そのまま、契約書にサインをしてギルドの初クエストが受理された。もう後戻りは出来ない。益子くん、安川さん、ごめん。斎藤さんは本気を出すと凄いらしい。
「斎藤さん、確かに人数は増えたけど俺たちだけで勝てるかな?」
斎藤さんのタレ目がちの目がつり上がる。
「何を言っているの。マモルさんの能力は最強じゃないの。皆の体を包むようにシールドバリアーを貼るのよ。それだったら攻撃も出来るし、相手の攻撃は効かない。無敵の状態で攻撃する事が出来るのよ」
「あの、その情報どこで?」
「ん、ゲームだよ。私ゲーマーなの。ずっと彼氏がいない独身女だったから」
「わー、同じだー」
「何が同じよ。マモルさんの趣味に合わせてただけだし、いつか会えると思ってたからオンラインゲームでマモルさんの名前を探してたけど見つからなくて、ずるずるとゲーム生活を送ってたけど、結局この異世界でしか会えなかったじゃない。私の30年を返してよ。全くもう。でも、ゲームは嫌いじゃないの。今度さ、家庭用ゲームも買って一緒に遊ぼうね。鈴さんがソーラーパネルとゲーム機の販売もしているようなの。このクエストが終わったら余裕で買えるよ」
斎藤さんの無口キャラは完全にどこかに行ったようだ。少し懐かしい。弟達とは元気に話していたし、薄々感じてたけど、こっちの方が素らしい。そんな会話をしていると洋館に到着した。
「みんな、ここがシールドのギルド本部です。気楽に出入りしてね」
斎藤さんの凄まじいリーダーシップは続く。え、洋館がギルド本部? 確かに広いけども。斎藤さんが凄すぎて唖然とした。
「斎藤さん、何でそんな絶好調なんだい?」
「ん、何言ってるのよ。私は昨日女になったからじゃない。ようやく、30年も想っていた好きな人と結ばれたの。言わせないでよバカ」
「え……あの?」
「もしかして記憶にないの? え……あの……その……ふつつか者ですが、末永く宜しくお願い致します」
斎藤さんの顔が真っ赤になり、俺に深々と頭を下げる。
「あ、はい。こちらこそ、ふつつか者ですが末永く宜しくお願い致します」
俺は昨晩の記憶を呼び戻す。エッチな夢を見た気がしたが、どうやらあれは現実だったらしい。あ、鼻血が出そう。
「あの、ギルドマスターはどちらですか?」
真面目そうな男が尋ねると、斎藤さんは胸を張って答えた。
「もちろん、このマモルさんがマスターで私ことサイトウがサブマスターです。さあ、行くわよ! ゴブリン討伐よ!」
サイトウさんが叫ぶと益子くんと安川さんが慌てて服を着ながら出てきた。
「何だいこの大人数は!」
「ゆっき本気だったのね……ゆうくんあのね、ゆっきはギルドを立ち上げたみたい。これがそのメンバー達よ」
洋館の入り口から2つの階段までの広いスペースが人で埋まっている。後50人は入れそうだが、階段の裏まで人で埋め尽くされそうだ。こうして俺達はゴブリン討伐に向かった。だが、100人分の武器をどうやって持ったのだろう。斎藤さんの怪力に疑問が残る。
「あの、斎藤さん。失礼ですがその怪力についてどうかご説明を」
「ん、あのね、筋肉痛になっても能力で治せるからそれを繰り返したら荷物を持っても何も感じなくなってたという感じです。あの、マモルさん怪力女は嫌いですか?」
「斎藤さんならどんな斎藤さんでも好きです」
「ああ、よかったです。安心しました」
斎藤さんは俺が昨夜の記憶が無いと判明してからまた大人しくなった。結婚したらまた元気100%の斎藤さんになるのかと思うと少しドキドキした。本気の斎藤さん凄すぎ問題だ。もちろん、どちらの斎藤さんも好きだが、まるで別人のように違いすぎた。こうして、俺達は早朝の平原に向かった。ゴブリン200匹以上残っているハリド村の奪還に。