マモルの死
前方から凄まじい砂埃が立ち上り、凄まじい悪寒が全身を駆け巡る。まただ。関川が無数のゴブリンを連れてやってきた。その数400匹。奴は馬に乗って町の方向に逃げ去る。俺達とすれ違うときに奴は言った。
「今度こそ終わりだ。斎藤はお前には渡さねえ」
昨日はゴブリン達を偶然連れていたと思っていたが、今日は完璧にわざとだ。
「関川ー! 貴様ー!」
沢田は激怒し関川を追いかけるも、馬には追い付けない。今度こそ本当に終わりだ。だが、ただでは死なない。出来るだけの事をしてやる。
俺はゴブリン400匹に向かってシールドを貼った。ゴブリン達は勢い余って激突した。そこにトゲを出す。何匹かのゴブリンが串刺しになった。シールドは危険だとゴブリンが回り道をして突撃してくる。俺はそこに炎の魔法を放った。ゴブリン達が燃えつける。なんて、事は出来ない。更にシールドを貼ってトゲを出す事だけだ。時間稼ぎしか出来ないこの能力を呪った。
前の戦いの時のように四角いシールドを貼って閉じ込めるのもいいが、400匹では範囲が大きすぎて途中でシールドが途切れてしまう。
「マモル無理するな。凄い汗だぞ。小刻みに震えているし。実はな、俺は未来が見えるようになったんだ。上手く行けば助かる。群れのボスを倒すんだ」
「本当か! 沢田の反応速度だったら無敵じゃないか!」
「ああ、俺も前に出る。だから安心して任せてくれ」
「何で俺はこんなピンチなのに力に目覚めないんだ」
沢木は地面を叩いて悔しがる。それを益子くんが肩を叩いて励ます。
「沢木は夢を見たかい? 僕は見た。絵に描いた物を呼び出す能力。それが僕の能力さ。と言っても、試してみるのは今が初めてで出来るかどうかわからないけどね!」
「夢……俺が見た夢は水……洪水……」
沢木は頭を押さえて苦しむ。その体は水色に輝いていく。益子くんの体も黒く輝き、スケッチブックが輝く。
「僕も皆を守れる力をー! マモルくんの役に立ちたいんだー!」
益子くんの体が更に輝き、紙に書いたイラストが紙から飛び出た。大きな剣を持ったガイコツの騎士だ。軽々とその大剣を片手で振り回し、ゴブリン達を吹き飛ばす。
「益子くんの話は俺を励ます嘘じゃなかった。俺にも皆を守れる力をー!」
沢木の青い光が爆発の如く輝き、大量の水が流れた。ゴブリン達が流されていく。
「沢田これに乗るんだ!」
マモルはシールドを空中に作り、沢田はそれに乗った。そのままシールドの道を作り、沢田は沢木の作り出した洪水から逃れた。
「よし、今なら逃げれる。城まで逃げ切れれば俺達の勝ちだ! 騎士団も城下町まで攻められては黙っていないだろう!」
俺達は全力で走った。斎藤さんは長距離が早い。きっと大丈夫だろう。馬車にしっかり追い付いている。俺は斎藤さんの横に並んで走る。
「ごめんなさい。私のせいで関川に狙われて……あの人大嫌い。見てると寒気がするのムガデを見た感覚」
斎藤さんは泣いている。泣きながら走る。悔しくて憎くて堪らないという顔だ。
「気にするな斎藤さん。愛に試練は付き物さ。これを乗り越えられたらさ、結婚しようか。俺さ、さっき死んだかと思った時に、それが心に浮かんだ事だったんだ」
と言おうとしたが、恥ずかしくて無理だった。
「気にしないで斎藤さん。生き残れたらさ、キスしてくれないか? 後、膝枕をしながら耳掻きも」
「そんなのでいいの?」
斎藤さんはぽかんとしている。もっと凄い事でもOKだったのかな。俺のアホ意気地無し。
「ヤバい沢木の水を生み出す力がもう限界だ」
沢田の言葉に後ろを振り返る。洪水が起こりゴブリンが流されていたが、水の勢いが弱まると進軍しだした。洪水を避けたゴブリン達もいて、そいつらは俺達の目前に迫っている。ゴブリン400匹の長い列ができていた。
「益子くん、丸い鉄球に乗った曲芸師って書けるかい?」
「何それ奇抜すぎるよ。書いてみるけどさ!」
先ほど書いたガイコツの騎士は大活躍だったが、10分程で消えてしまった。新たな絵から産み出された巨大な鉄球を乗りこなすピエロはゴブリン達を踏み潰しながら進んでいく。1列に並んだゴブリンは鉄球から逃げ回り、散り散りになっていく。後少しで城下町という所まで逃げてきた。そこで、益子くんと沢木が完璧に力尽きた。ふたりを馬車に乗せる。
「沢田、馬車に取り付くゴブリンがいたら倒してくれよな。馬車と女性は任せた!」
「マモルさん行っちゃダメ! 死んじゃう!」
「大丈夫。俺は死なないさ。斎藤さんを残して死ぬもんか」
俺はゴブリン400匹めがけて突撃した。小さいシールド作って飛ばしながら。ゴブリンに命中したら爆発するように念じたシールドは爆弾のような威力がある。実験は成功だ。更にゴブリンに近づく。シールドは距離が近いと展開範囲が広がるのだ。広範囲にシールドを展開し、タイミングを待った。ゴブリンが横一線に綺麗に並んだ時、俺はシールドを爆発させた。ゴブリン達が吹き飛ぶ。
「よし、やったぞ……」
息が切れる。爆発の影響で土や石が飛んできて俺の体に沢山命中したのだ。ゴブリンの数は300匹くらいまで減った。後は逃げるだけ。だが、足が重い。足を引きずりながら、馬車を追いかける。体を前に出さないと足が出ない。倒れまいとして足が勝手に出ることを利用しないと前に進めない。
「げぎゃぎゃ!」
俺の後で汚い笑い声が聞こえた。背中が熱い。そして遅れて激痛が襲ってきた。
「く、追いつかれていたか! 離れろ!」
俺は背中にしがみつくゴブリンにフックを叩き込み、ぶっ飛ばした。そして、全身を無数のバリアで包み込んだ。もう限界だ。一歩も動けない。傷口にシールドを貼って出血を防ぐ。これでもう何も出来ない。完璧に力尽きた。
ゴブリン達が俺を取り囲み、シールドを破壊しようと殴る蹴る。そして剣で切りつける。それでもシールドは崩せない。
だが、10分後さすがのシールドにもヒビが入った。30分後、遂に北方向のシールドが破壊された。少し休んだので体力は回復したが、シールドは少ししか出ない。ロングソードでシールドの隙間から侵入してくるゴブリンを倒す。5匹倒した所でロングソードが血で滑って切れなくなった。
それでも強引に使っていると、肩の骨に当たってロングソードが付け根からポッキリと折れた。シールドも砕かれた1メートルを修復するだけの面積を作るのは不可能。10センチが限界だ。万事休す。斎藤さんの顔が思い浮かんだ。
「くそ、死んでたまるか!」
俺は残された力を使い、10センチ幅のシールドを作った。それを刃のように研ぎ澄ました。根本から折れた剣を振り抜いた。ゴブリンは一刀両断された。
「シールドソード……剣が折れても俺はまだ戦えるぞ! 殺せるものなら殺してみろ小鬼ども!」
俺は命の炎が燃え尽きそうな中、必死に叫んだ。精一杯の虚勢だ。シールドソードはよく切れた。50匹のゴブリンを倒した時、よくやく騎士団がやってきた。ゴブリン250匹はやっと退却して行った。
「冒険者さま申し訳ない。シールドの能力くらい必要ないと王様がおっしゃって説き伏せるのに時間が掛かってしまった……」
「マモルさん大丈夫!? すぐ背中の傷を治すね。大変! 脈が弱い! マモルさんが死んじゃう! 心臓が止まったわ! 人口呼吸を」
斎藤さんの唇の感触。斎藤さんの甘い香りの息。俺の意識はそこで途切れた。次に目覚めた時は裸の斎藤さんが横に寝ていた。俺も裸だ。場所はとても広い石造りの建物。という事は城らしい。どうやら、俺は命を取り止めたらしい。夢を見ていた。不思議な夢だ。今はよく覚えていないが、とても重大な事を知った気がした。