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ひとりでてきるかな1

「これは……」



 見上げるほどに積まれた干し草。丸太小屋の隣にある簡易な小屋の中に、どこを見ても積み上げられている青々としたそれが、とてもいい香りを漂わせている。



「あの子たちのご飯よ。3日に1回なんだけど、結構食べるから運ぶのが大変なのよ」

「3日に1回だけ?」



 あの大きな体に鋭い牙。獰猛で生き物を咬み殺すなんてイチコロ、そのままぐちゃぐちゃと食べてしまう……という想像をしていたのだけれど。



「あの鋭い牙で生き物を食い殺し、毎日お腹を減らして飛び回っている……なんて想像してた?」

「だって図鑑にはそう書いてたから」

「昔はね、そうだったみたいだけれど」



 細い腕で抱えきれないほど大きな干し草の束を、小さな台車にどんどん積み替えていく。

 うんとぼくも1つだけ持ち上げてみようと試みて、ビクともしないそれに驚いた。




「むかーしむかしね、そうやっている内にどんどん仲間が殺されていって、(かれ)らももう殺傷はやめようって、食事を減らしたんだって」




 仕方が無いので彼女が下ろしていくものを、綺麗に積み直すお手伝いに徹することにし、ぼくの知りうる知識と現実の違いを塗り替えなければと、必死に耳を傾ける。



「人里から離れるように、そして住みやすい暖かい場所を探して辿り着いたのがここ。何代も前のおじいちゃんが築いてくれた龍の楽園。それがここ」




L'ultimo(ルルティモ) posto(ポスト)





 遥か昔。

 人間の地と生き物の地がやっとそれぞれに築き始められたその時、追いやられるように偏狭に辿り着いた(かれ)らは、それでも文句1つ態度1つ変えずに時の流れに乗っていた。


 腹を空かせてたまらなくなった時だけ、人里へ降りて家畜や野生動物を狩った。


 できるだけ人間に迷惑をかけず、自分たちの種族を守るように、静かに暮らしていたのだが。




「人間って欲が出てくるじゃない? 特に(かれ)らの爪は強い武具になるし、足は薬になるし、羽根は抜群の衣服に変わるし……欲しくてたまらなくて、龍狩りが始まったの」

「龍狩り?」

「ここ居るのはその時期にいた子たちの5分の1なのよ」

「え……?」



 前が見えないほど山盛りに積まれた干し草の乗った台車を、軽々と押し始める彼女は、淡々と(かれ)らが滅んで行った道のりを話す。

 正直どれも耳を塞ぎたくなるほど勝手で傲慢で、人間の私利私欲の溢れた悲しい話。もう泣き虫はなくなったはずのぼくの涙腺が、我慢できずに溢れてしまった。




「わ!? なぜ泣いてるの!?」

「だっだって、そんな過去を背負って生きているなんて……辛すぎるよ」

「……あなたって優しいのね」




 窪みにタイヤがはまり、ゆらりと台車ごと干し草が揺れる。

 慌てて支えるも、ぼくの力じゃどうにもならず、降って来たほ仕草に埋もれてしまった。



「でももう大丈夫。そんな(かれ)らを守るために私がいるから」

「でも1人じゃあ」

「大丈夫」



 台車へ戻すことに手間取ってしまっている間に、香りを嗅ぎ付けたのか、沢山の龍が集まり始める。

 遠くから眺めている子もいれば近づいてつまみ食いをしている子もいる。



「わっわっ」

「仕方ない。今日はここでお食事だ」



 丁寧に積み上げ直すつもりだったたくさんの干し草を、彼女は思い切り押した。


 ゆらゆらと不安定だったそれらがいっせいに崩れて流れ落ち、あちこちへと広がる。待ってましたと言わんばかりにこれでもかと集まり始めるから、踏み潰されまいと隙間を塗って必死に逃げた。


 そんなぼくの姿が面白いと彼女はお腹を抱えて笑い、その声に誘われるように白い龍が大きな口で干し草を咥えて傍まで歩み寄ってきた。



「この子はね最後の白龍。1番ハンターに狙われる種族だったの。目の前で両親を殺されてそりゃあもう慣れるまで大変だったんだから」



 話の内容と声音が一致しないのは、彼女にも(かれ)にとってももう遠い昔の話だからだろうか。



「え? この子に分けてあげろって? いやぁんもぅ優しいんだから、分かった、食べさせるわ!」

「え?」

「あなたにお裾分けらしいわよ、認められてよかったね!」

「良いのですか」



 ぼくは草食動物では無い。人間かと言われれば違うけれど、動物かと言われればそれも違うと答えられる。

 食事だって他の人と同じものを口にし、干草なんて食べたことは無い。

 だけどきっと(かれ)らにとってとてつもなく貴重な食料のはずなのに、こんなぼくをほんの数分の間に認めてくれるなんて……なんて心の広い生き物なんだ。



「いただきます」

「お?」



 ひと握りほどの干し草を口に入れてみた。青臭い匂いと味が一瞬、口の中を刺激したけれど、噛み締めるうちに甘みが増し、飲み込む頃には次を求めてしまいそうなほど美味しかった。



「すごい美味しいですね!」

「まさか……本当に食べたのね」

「へ?」



 心底驚いた表情を浮かべる彼女は、白い龍(エバ)と視線を合わせると、またお腹を抱えて笑った。


 え? 食べるためにくれたんじゃなかったの?



 彼女たちが笑う理由がよくわからない。けれど白い龍(エバ)が差し出してくれたもうひと握りの草も頬張り、苦味と甘みそして旨みを存分に味わう。



「本当に美味しいなぁ……」

「あなた、本当にすごい子ね! 見直した!」

「え?」

「試されたのよ、たまーに龍を飼いたいってくる人間がいてさ、みんなにそれをするんだけど、今まで誰1人そんな行動取らなかった。1番優しくて持ち帰るって人だったかなぁ」

「そうだったのですか!?」



 びっくりして白い龍(エバ)を見上げると、まるで笑うように小さく鳴くと、ぼくの頬を思い切り舐めてくれた。



「いやぁもう本当にびっくり、美味しかった?」

「はい、美味しかったです」

「そりゃあ良かった。ん?」



 つい今まで大人しくも賑やかに食事をしていた(かれ)らが、何事か騒がしく飛び回り始めた。

 威嚇していたり走り回ったり、とにかく何かに対して酷く怯えているように感じる。



「どうしたどうした」



 そんな雰囲気に似合わない落ち着いた彼女の声が、いくつもの視線の先を見つめる。

 ぼくも真似してみんなの視線の先を見つめてみると、人が1人、こちらへ向かってずんずん進んでくる様子が伺えた。


 威嚇して吼える(かれ)らを気にすることも無く、ぼくに向けられようものならきっと怯えて腰を抜かすような視線を送られていてもぐんぐん歩みを進め、むしろ少しばかり早足になるその人。一旦足を止めたかと思うと今度は小走りでこちらへ真っ直ぐ向かってくる。



「龍狩りかしら? それにしては勇気のある登場の仕方ねぇ」



 言葉は穏やかで落ち着いているけれど、どこから取り出したのか、彼女の両手にはフィーが持ってい多様な細く長い剣が2本、両手にしっかりと握られていた。



「あっ危ないよ……?」



 咄嗟にぼくの口から溢れ出た言葉はなんとも後ろ向きなもの。

 荷物は全てフィーの元に落としてきてしまったので戦うすべが無い。とか。そんな理由で引け腰になってるぼくは、なんて情けないのだろうか。



「こんな事で怯えてて、龍の番が出来ますかー?」

「そう……ですね」

「怖かったら隠れてなさい、後で倍にして恩返ししてもらうから」



 エバにも下がるように言いつけた彼女は、今一度剣を握る手に力を込め、真っ直ぐに向かって来る人間へ対峙するように、2本の剣が空気を切るように振り下ろされた。

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