ひとりでできるもん6
ついうっかりなんて似つかわしく無いとはわかっている。分かっていても、もうそれしか思い浮かばない。
眼下にはとても美しい景色が広がっている。
街の中心地から離れると視界一面に田畑が広がり、黄色や赤、緑の果実が付いた木が連なっていた。規則正しく並ぶその光景はとても手入れが行き届いていると素人目でもわかる。
きっとあと数日もすればしっかり熟して、沢山の人の手で収穫され、市場に並ぶだろう。
そうしていい香りのする市場をあてもなく歩き回るのも、何か素敵なものと出会える楽しみがあってワクワクする。
あぁ、今年もそんな楽しみが体験できるといいな……。
……………………。
やっぱり死にたくないよ!
「助けてぇぇぇぇぇぇ!」
じたばたともがいたところで大きな足と鋭い爪に掴まれた体はビクともしない。
そもそも人の話す言葉が通じているのかさえもわからない彼? は、一際大きく鳴き声を響かせると、もう1度思い切り羽根を羽ばたかせスピードを上げた。
「離してぇぇぇぇ!」
ぼくは青色のドラゴンに捕まって、大空を飛び進んでいるのである。
※※※※※※※※※※※※
がちゃん。
ちょっとの油断が命取りだと言うことを、まだしっかり認識していなかったぼくが悪かった。
男の振り下ろしたそれがぼくを真っ二つにする瞬間、全ての事柄がゆっくりと見える。
今日初めて武具を手にしたぼく、フィーに仲間になりたいと笑顔を向けられたぼく、ひとりでできるもんって村を飛び出したぼく、ぼくだってーーーーぼくだって凄い勇者や冒険者になれるんだと、なるんだと誓ったあの時のぼく。
その全てがパタパタと音を立てて、まるで本を捲るように記憶の中で読み込まれていく間に、ほんの数秒間の出来事のはずなのに、どんどん時間は延びていく錯覚。
ごめんねフィー。せっかく仲間になったのに。
チーン。
まさに文字にするならそんな音。
覚悟を決めて目を閉じたその時、耳に飛び込んできたのはぼくを切る生々しい音では無くて、金属同士を軽く弾いたそんな音。
ゆっくりと瞼を開くと、僕の前にはいつかと同じ光景が広がっていた。
短いスカートをひらつかせ、オレンジの髪が揺れている。唯一違うといえば、やはり彼女の手の中にあるのはあの時と同じ細い剣では無く、少し大きめのスプーンだった。
「今日は初めて攻撃できたお祝いもしなきゃなんだから、邪魔しないでよ」
「訳わかんねぇことぬかすんじゃねぇ、女だからって油断しねぇぞっ」
「じゃあ私もお雑魚風情に油断しないわよ?」
ふふんと笑うフィーはくるりと手の中でスプーンを回すと、まるで剣を構えるようにしてみせる。
「スプーンで勝てると思ってんのか? 舐められたもんだな」
「いいから早くかかってきなよ」
「言われなくともっ!」
「みーちゃん離れて」
男は力任せにフィーへ目がけてそれを振り下ろす。
わっ! と自分へ向けられている訳では無いのに身構えてしまうぼくの前で、上手く交わしながら徐々に後ろへ後退する。
流石に剣対スプーンじゃあ、どんなに強いフィーでも勝つには不利だと思う。
現にどんどん後ろへ下がり、机や椅子が倒れていき、あともう少しで端まで追い詰められる。
フィー、負けちゃう。負けないで。もう1度……ぼくも剣を振ってみるべきかな。フィー、ぼくできるかな。
握りしめたままになっていた短剣を見つめ、飛び出して彼女を守ってあげるべきだと、もう1人の僕が追い立てる。
けれど弱虫のもう1人のぼくが『出来るわけないよ』と引き止めもする。
どうしようどうしよう……。
それでもぼくはぎゅっと短剣を握りしめ直して。
ぼくだってやればできるもん!
やっと強いぼくが心の中で勝てた時、とうとうフィーが店の壁際に追いやられてしまった。
「口ほどにも無い。これで終わりにしてやるよ女!!」
「ふふふ」
「自分の死ぬ瞬間がそんなに嬉しいのか? めでたい女だな!」
そうして振り下ろされた男の剣は、勢いよくフィーの背中にある店の壁にしっかりとくい込んでしまった。
「あ!?」
「やたらめったら振り回すからそうなるのよ~」
すっと避けたフィーは、手にしていたスプーンで壁に突き刺さった刃を叩く。
甲高い音がしてスプーンがつぼと柄に折れ、今度はフィーが男に折れて鋭くなった柄先を男の首元へ押し当てた。
「このまま思い切り刺せばあなたは死ぬでしょうね? どうする? どうして欲しい?」
ぼくの1から彼女の表情までは見えないけれど、男の表情は苦痛と苦悶そして悔しそうに、ゆっくりと怯えるように1歩、また1歩と後退する。柄先から静かに流れる赤い血がポタリと床に落ち、膝から崩れ落ちるように男は座り込んだ。
「女だからって舐めてたら痛い目にあうって、いい経験出来たね!」
壁に刺さっていた剣を抜き取り男へ返すフィーは、全く変わらない表情と態度で男の前にしゃがみこむ。
「あなたどこ所属の人間?」
「カリタ第3番隊」
「ふぅん」
聞き取れるかどうかという程の小さな声でつぶやく男へ、フィーはすっかり興味がなくなったようで、くるりと方向転換したかと思うと、走り寄って来た勢いのまま、僕を思い切り抱きしめた。
「みぃーちゃんやったね! 初剣術! 世界征服も夢じゃないね!」
「いやいやいや、そこまではまだ夢ですし、そんなに語れるほど出来てません」
「ちょっとお客さん?」
黙って成り行きを見ていた店主が、目を細めて店内を見渡させる。あちこちでテーブルが倒れ、お皿やグラスも割れていたり零れていたり。おまけに壁に穴まで開けてスプーンを折った。
ぼくがここへ来てしまったが為にこんなことになだたわけで、弁償額は如何程だろうか……。
背筋が冷たくなっていく感覚を遠巻きに感じ、とにかく謝らなければとフィーから抜け出し頭を下げる。
「ご迷惑おかけしてしまってすみません、あの、一生かけて弁償しますのであの……今日のところは……」
「みぃーちゃんここは私が持つから、たびの準備してきなよ、すぐに出発しよう」
「でも……」
「お嬢ちゃんに払えるのか?」
「ほら早く! おじさんはここにつけといて」
いつの間に持っていたのか、ぼくの気持ち程度の小さな鞄を手渡してくれ、さぁさぉと背中が押される。
追い出されるようにして店を出かけた時、店主が彼女へ態度を変えたように何度も頭を下げるのが見えた。
フィーは、大金持ちなのかな。借金とかだったら……どうしよう……。
いつかぼくが1番になれた時に絶対まとめて返そう。そう胸に強く刻み込んで、急いであゆみを進めた。