ひとりでできるもん5
ぷくりと頬を膨らませたフィーは、まるで無視でも払うかのようにスプーンを振って剣先を足元へ向けて振り下ろさせる。
「まだ1歩も進んでないよ? まだ決起大会してるだけ。そんな弱気じゃ1番なんて無理だよ」
「だって……だってまだどうしていいかわかんないから、出来ることからしなきゃ」
「出来ること? 例えば?」
「例えば……その……胸を張って歩く、とか……剣を手に入れるとか……」
「どれができたの?」
「……まだ何も」
こんなマイナス思考じゃ先へ進めない。そんなことはぼくだって理解している。
だけどこんな身なりでこんな立場のぼくが、みんなの前で偉そうに胸を張って歩くなんて、まだまだできるわけが無いし、何より剣をどこで手に入れるかなんて情報、まだ仕入れてもいない。
そうだよ、剣さえ手に入ればぼくだってーー。
「剣が手に入れば少しは自信つくの?」
「……たぶん」
ふぅんと彼女は少ない布地の腰元をゴソゴソ探ったかと思うと、どうやって収納されてたのかと疑問に思うような短剣が取り出された。
それは例えるなら石刀のような、彼方の形が膨らんでいるゴツゴツした短剣。鞘のいろが岩色をしているから、知らない人が見ればただのおもちゃにも見える。
「これを貸してあげるよ」
「でもぼく、剣なんて使ったこと無い」
「剣を持てば自信つくんでしょ?」
「おい、おまえら俺を無視し続けるとはいい度胸だな」
フィーに剣先を簡単に払われたことなんて無かったかのように、再び振り上げられたそれは確実に僕へ向かって構えられている。
まさかこんな形で武具を手に入れられるなんて思っていなかった。正直、自分がそれを手にして戦うことができるなんて夢のような話だけれど、それとこれとは別。
どうやって使うんだーーーー!?
「うはっ。まるでオモチャみたいだな、そんなモノで俺に勝てるのかよモブさん」
ニタリと笑い唇を舐める男、その様子に背筋が寒くなる。
ぼくへ短剣を手渡したフィーは『こうやってー』と剣を振る仕草を見せるだけで、集まっている周囲の人々の中へ溶け込んでしまった。
待って待って待って。
そんな簡単に剣って振れるの!? そんなわけないよね!?
じりじりと歩み寄ってくる男。
時折 “ブンっ” と刃を無造作に振り、風が切れる音を響かせる。
震えそうになる足を叱責しながら、今までぼくに向かって来た数々の剣士を思い出す。
どんな足の動きだったかな、どんな体の動きだったかな、顔は? 腕は?
あの人はこの人はあの時の人はその時の人はーーーー。
「大人しく俺様に吸収させろぉぉぉぉぉぉ!」
「わぁぁぁぁぁぁ!!」
やたらめったらぶんぶん振り回す短剣は、思い起こしていたはずの今まで対峙した人の事なんて、何一つ参考にはなっていない。
そもそも体格差もありすぎるのに、真似して構えて振り下ろしたところで届くはずがない。
今この瞬間にも男の刃先はぼくへ向かって来ていて、あと1秒もない間にまた1からやり直すことになるだろう。
でも、でも! そんなの嫌だ!
「わぁぁぁぁぁぁ、ぎゃぁぁぁぁ、ひゃぁぁぉぁ」
文字にも表現出来ないような声を吐き出しながら、めちゃくちゃに振り回していた短剣の先が、カキンと軽い音を響かせ、男の刃先を塞いだ。
「当たった……」
「やったぁ!」
勢い任せに振っていたせいで、弾かれた男も少しよろめき、誰よりも大きな声でフィーが喜びを口にする。
生まれて初めての反撃に、嬉しさを通り越して驚きの方が大きかったから、素直に喜べなくて、でもドキドキとその現実に浮かれてしまって、男が感情任せに、3度の自分へ向けて剣を振り下ろしていた事に気付くことに1歩遅れてしまった。