ひとりでできるもん4
「なぁ、お前こんなところで飯なんか食って何様のつもりだよ」
ぼくたちを取り囲んでいる人々から一歩、踏み出してきたごろつき風の男。背中に小さな鞘を背負い、昼間だというのにもう顔が赤くなっている。
ぼくにとってはこんな出来事は日常茶飯事、『ごめんなさい』と伝えて店を飛び出してしまえば丸く収まると身をもって知っている。今回はフィーと言う関係ないはずの人も一緒なのだから、尚更ことを丸く収めないといけない。
「この店はモブキャラなんかの来るところじゃないぜ?」
ゲラゲラ笑う男と周りから漏れるくすくす笑う声、悔しくて情けなくって泣きたくなってくるけれど、これが現実であり今のぼくの存在そのものなんだ。
「フィーさん行きましょう」
「あぁ? 逃げるのか?」
こんな状況でも美味しそうに咀嚼している彼女は、慣れている事なのかそれともこうなることを知っているからなのか、赤い顔をした男が床に酒瓶を投げ捨てようともびくともせず、ぼく1人がドキドキと慌てるように身支度を整える。
「フィーさん、ここにいると迷惑かけちゃいます。フィーさんにももしものことがあると大変ですので、行きましょう」
「なぜ?」
けれど彼女は心底不思議そうに、食べる手を止めずにそんな事を言うものだから、落ち着いて話しているはずなのに焦りでどんどん声が小さくなっていってしまう。
「あの……その……あの方が言うように、ぼくなんかがここへ――――」
「俺のレベルあと一歩で昇進できるんだよ、おめぇよかったな、この俺様最後の経験値になれるんだぜぇ」
酔いが回ってきているのか、だんだん呂律も可笑しくなってきている男は、自分が投げ捨てた酒瓶を踏みながら、一歩、また一歩と近づいて来る。
この世界はレベルや経験値がモノを言う。
最高の武具を持っていたとしても、それに見合うレベルや、男の言う経験値が無いと意味がない。
彼の背中に背負う鞘から察するに、きっともうすぐで “世間でも認められる地位” にのし上がれるのだろう。
そう考えればぼくの登場は彼にとっては本当に願ったり叶ったりなわけで、わかりましたと言えば楽しいはずのこの場所も、静かに平和が訪れるわけで。
「おい、黙ってないで何とか言えよ」
鈍い金属の音がして、目の前にキラリと輝く剣先が向けられた。
あぁもう終わりか、またやり直しかー。
ちょっとだけ、いつもよりもう1歩冒険に進めるんじゃないか、なんて楽しみにしていたのだけど、やっぱりまだまだ先は長いな。
まだまだまだまだ、田舎から出て来たばかりの僕が夢を語るには早すぎたんだ。
綺麗に無くなったデザート皿をこれでもかとスプーンで擦るフィーは、やはり何も気にしていないと言わんばかりにこちらを見ない。
「フィー、ごめんなさい。もう1度やり直しになりそう。みじかい間だったけど、楽しかったよ! ありがとう」
「え? まだ何もしてないよ」
「運も力の内、有難くお前の数値いただくぜぇぇぇぇ」
目を閉じ真っ白な光に包まれる、だけど今回ばかりはぼくの心も少しばかり反抗してしまったようで、ぐっと両手で顔を覆ってしまう。
ーーーーやっぱり嫌だなぁ。フィーと一緒に、旅や冒険やしたかったなぁ。
ポロリと雫がこぼれたような気がして、ゆっくり目を開く。お馴染みの白い空間にぼくはまた、いなかった。
「ねぇ、ここは食事するところよ? 刃物振り回す場所じゃないよ」
名残惜しそうに咥えていたはずのスプーンが振り下ろした剣先を捉え、男の腕は震えていた。
「フィー」
「みぃーちゃんさ、何でもかんでも諦めるの早すぎだよ。」