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僕の国では。  作者: よしお
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ベーシックインカムの世界

 天気が良いので散歩でもしようか。


 目が覚めると、いつも、やることがない。「働かない」というのは、楽な面もあれば、逆に、将来に対するぼんやりとした不安を持ちつつ、何のために生きているのかなどと考える時間を作ってしまう悪い面もある。

 僕は、今年大学を卒業し、社会人と言われる年になったが、僕の国では、労働を義務付けらていないため、当面働かないことにしたのだ。僕の国では、働くものもいれば、働かないものもいる。そして、働かなくても、10万円が支給される。大学進学率は、非常に高いが、その中の半数の人間が働かないことを選択している。


 風が心地よい。少し歩いたので汗がでてきた。無意識に最寄りの駅に来てしまった。働かなくなってから、駅に用事がない。そもそも、用事などない。たまには電車にでも乗ろうか。駅にはあまり人がいない。平日の昼間だからではない。駅を利用する人間が、そもそもあまりいない。通常、仕事をする人もインターネットでの会話であるし、企業間の競争がないため、営業回りなどの必要がないためだ。久しぶりに電車に乗ってみると、それはそれで新鮮だ。真向かいに、髪の長い若い女性がスマートフォンをいじっていた。実物の若い女性を見ることも、そういえばあったろうか。


 大学に進学した理由は何だったか。しっかりとした考えなどなかった。

「みんなが行くから」とか、「暇だから」とか、「何らかの組織に所属しないと友人ができないから」

などの漠然とした理由だったか。否、親の意向に反対せず、ただ漫然と受験をして、合格しただけだった。

だから、そこには自分の選択はなかった。僕が初めて人生で選択したのは、働くか、働かないかだった。

 僕の国では、大学4年の卒業論文を起案するすこし前の夏の終わり頃、国に意思表示をすることになっている。「働く」と選択した人間は、成績や卒業論文が国に提出され、審査され、実力診断テスト、健康診断、DNA鑑定等を受けることになっている。「働かない」と選択した人間は、それら全てがない。つまり、理由は、その場限りの、「らく」を選択したのだろう。


 妄想などしていて、数駅を乗っていたが、女性はすでにいなかった。あまり遠くに行くと費用も掛かる。ということで下車した。その駅の近くに川が流れているはずだから、河原でも散策しようか。川の場所は凡そわかっており、10分ほど歩くと河原に出た。喉が渇いたがお金も惜しいので、我慢することにした。川べりまで下りて、草の上に座って、川の流れを見始めた。


 実は今、若干、後悔している。大学の友人の半分以上は、働くことを選択しており、全ての審査に合格して、現在、ランクⅣのワーカーとなった。皆、忙しそうである。

 僕の国では、全ての企業で働く人間は、国家公務員である。大学を卒業して、審査を通ると一律、ランクⅣのワーカーとなる。ランクというのはⅠ~Ⅳまであり、概ね、最上位のランクⅠは国の定めを決める人たち、ランクⅡは各企業を取り締まる人たち、ランクⅢは中間管理職、ランクⅣはワーカーと呼ばれ、労働指導者である。そう、「指導者」なのである。実際の労働者は、「働かない人たち」になる。

 「働かない僕たち」は、働いてもよい。国の掲示板の地方の欄で検索すると、自分が所属する地域周辺で、未来3か月分の雇用が掲示されている。そこには業務内容と金額が記載されており、申し込むことでアルバイトができるようになっている。応募が多い場合は、面接等があり、審査される。僕らは10万円では足りない分や趣味等で必要な経費を稼ぐことができる。ランクⅣのワーカーは僕らを指導する役割である。

 後悔しているといっても、いつでも受験が可能ではあるので、受験すればよい。しかし、考える時間がたくさんあるため、ぼんやりとした不安、人々との交流の欠如、何も生産性がない自己嫌悪、そういったものが襲ってきて、働きたい!になるのだが、明日にしよう、来月でいいか、別にいいか。。日雇い入るか、いやいや、やはりまずいか。。の苦悶をするのだけれど、当面問題にならず、それだけの理由もなく、奮起できない。


 何分見ていたか。川の流れはずっと同じだった。無常などを思い起こし、旧年の志士たちはいったい何のために戦ったのだろうとか、自殺した作家がなんで死んだのだろうとか、宇宙は並行していくつもあるのだろうかなど、考えても意味がないことを妄想した。量子力学に明るくはないが、世の中は全て妄想なのかもしれない。こういった僕の妄想中に宇宙ができている。その中の人間が、働くことを選択しているかもしれないし、誰かと傷つけあっているのかもしれない。


 今、気の合う「働かない人」と一緒に住んでいる。彼も僕と同様の選択をしたのだが、彼は靴を作りたいとかで、せっせと靴を作っている。いつか、国に登録する会社を立ち上げる夢があるのだそうだ。

 実は、国に登録する会社の起業はそう簡単ではない。きちんとした収益性と世の中の役に立つ商売であることが審査され、認められなければならない。靴は大きなメーカが既に存在し、供給量としては十分に補われている。趣味に近い靴は、需要も少なく、また個人での製造では価格も安くならない。よって、審査は通る可能性は少ない。しかし、国に登録しない商売も認められている。ネットオークションレベルの売買は禁止されていないため、趣味で作った靴を月に数個販売する分には全く問題がなく、実際彼も1か月に2足くらいは販売しているようだった。1足5万円もするので、1か月10万を稼いでいる。それは国から支給されている10万円とは別なので彼の収入は20万円になる。この商売が例えば大手のメーカの販売に影響するレベルになると、国営になれる可能性が出てくる。需要が認めらたことになるからだ。

 彼と生活している理由は、家賃、光熱費、食費(米)、共有できるところは共有しないと、10万円ではやっていけないからだ。彼は20万円収入があるが、その半分は靴の材料費となっていた。(つまり、儲かってない)。要は、生活効率のためである。勿論、全く気が合わなければ一緒に住むことはない。僕は彼の靴づくりの作業は、ミシンやらトンカチやら、結構うるさいのであるが、気にならない人間なので、彼にとってもよいパートナーなのだろう。僕は干渉されるのが嫌なので、何かに執着している人間が良かったので僕にとってもよい。そういったことが、そこかしこで行われており、僕の国では、ひとり暮らししている人間は、ほぼいない。まったく知らない人間が、5人以上で住んでいることも珍しくない。


 川沿いをゆっくり上流に向かって歩く。目的などないし、何時に帰らなければならないということもない。川沿いの高い草、良く知らない黄色い花、サイクリングロードを走る自転車、ボーっとしている中年。

 橋の下へ行ってもホームレスはいないし、あたりには犬の糞がない。平日だが、割と人がいて、風呂敷をひいて、ピクニックしている家族がいた。過去の書籍で出てくる不幸がどこにあるのかわからない。不幸の代表者である「貧困」が解決されたため、人が変革し、攻撃性が必要とされなくなったのだろうか。


 僕は早く結婚したいと思っている。子供をたくさん作れば、収入は一気に大きくなる。3人子供ができれば、奥さんと子供3人分を合わせて50万円になる。一戸建てに住めるだろうし、働かなくても、生活するには十分だと思われる。美しい妻に起こされて、かわいい子供を育てる。たまには旅行に行き、美しい妻、かわいい子供の成長をじっくり向き合い、幸せについてゆっくり考えることができるだろう。その考えに何の問題があろうか。今は不安なのだが、結婚して子供さえ作れば、不安もなくなるだろう。だから、あえて、ワーカーにならずともよいのかもしれない。


 何となく目的が見えたので、帰ろう。全く晴れていたのだが、いつのまにか雲があたりを覆っていた。天気予報など最近みたこともない。雨に濡れて風邪をひいたって、会社を休む必要がないからかもしれない。ずっと休みなのだから。たとえ、病院もいつでも24時間行っているし、混んでいることはない。診察は機械スクリーニングと自己申告診断で成り立っており、薬管理は国家管理のため、最適な薬が家に送付される。手で持ち帰ることができないため、ディレイはあるが問題にならないと思っている。診断書はメールで届くがそんなものは必要になったことはない。


 ワーカーになって、何が良いのだろうか。。僕は何を彼らに嫉妬しているのか。それは栄誉だろうか。名誉だろうか。何もしなければ、知識に圧倒的に差がつくかもしれないことに辿り着いた。


 既に駅に戻る道を歩いていた。雨が既に降ってきていて、僕はフードを被り、ポケットに手を突っ込んでとぼとぼ歩いた。ある喫茶店のガラスに自分が写ったが、それは子供のようであり、中年のようであった。喫茶店の中がちらりと見えたが、店主らしき人がこちらを見ていたので、すぐさま通り過ぎた。


 贅沢をしようと思えば、日雇いを少し続ければ、それでもよいだろう。でも、国家の仕事として継続的に働くということは、継続した成長であり、継続した貢献であり、そして、自己満足であり、栄誉なのかもしれない。


 僕の国は、世界ではトップクラスの製品を作る。コストもどこよりも安く、どこのものよりも品質が良い。それは働く人間が高いモチベーションで作り上げているからだろう。卵は産まなければ鶏は生まれない。鶏はまず生まなければならない。腐ったリンゴは混ぜてはいけない。はじくのがよい。僕は腐ったリンゴなのだろうか。。

 

 僕の国には、不幸はない。しかし、ぼんやりとした不安が残るのはなぜだろう。誰かが遠くで、演説をしているような幻聴が聞こえた。僕の国には演説はないからだ。不幸への対峙が人間を作っているわけでは無かろう。


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