エピローグ
エピローグ
五月第一週、日曜日。試合から一夜明け、準たち野球部員は全員で商店街祭りに遊びに来ていた。
「うわあ~、結構人多いねぇ。商店街の人たち、忙しそ~。勝ってよかったぁ」
佳奈が、商店街のハッピを着てせわしなく動き回る人を見て、安堵のため息をついた。
「勝ったからよかったものの……もしものこと考えると、ぞっとします」
「そ、そうですよねぇ~」
葵の言葉に、美月が肩を震わす。それほど、商店街の人たちは忙しそうだった。
「まあ、勝ったのはワタシたちだし。練習器具も手に入ったのよね」
アリスが二人の肩を抱いてウインクした。
「よぉし、決めた! 全部の出店を回ってくる! どりゃっ」
あすかはこれまでの話を一切無視して、突然一人、走り出した。
「あ、葵先輩、俺たちも行きませんか?」
「え、ええ」
ハヤトに声掛けられ、葵は明らかに戸惑っている。
「よーし、じゃあみんなで行こ~う!」
見かねた佳奈が助け舟を出した。
ハヤトの肩を押す佳奈に連れられ、アリス、美月、葵がついて行く。
「まったく、あいつは成長しないわね」
綾も、準に向かって一言つぶやいて、歩き出した。
準は、隣の小夜と目を合わせた。
「じゃあ、俺達も行こっか」
「ええ、っと、あれは?」
小夜が頷いた時、通りの中で人が密集している部分に気付いた。
「クマと、タマキの、親子漫才~」
野太い声のアナウンスが響いた。
そこにはステージがあり、その上にはマキとその父、熊男が立っていた。
「こ、これは……」
準と小夜が言葉を失っていると、壇上で熊男がしゃべり始めた。
「ぼくね、ゆで卵が、大好きなんですけどねぇ」
「え、ええ……」
快活に話す熊男とは対照的に、マキはうつむいて、消え入る様な声で答えていた。マキの顔は真っ赤だった。
「最近は、好きで好きで、もう、生のままで食べちゃうんですよ~」
「そ、それ、ゆで卵じゃなくて……な、生卵やーん……」
マキはこれ以上ないほどのテンポの悪さで、熊男にツッコミを入れた。
観客からは失笑が、熊男からは爆笑が起こった。
「こ、これは……ひどい」
準はようやく、声を絞り出した。
小夜はマキの姿から必死で目を逸らしていた。
「おお、やってるやってる。マキちゃん、かわいそうに」
「え?」
後ろから声が聞こえ、二人は振り向いた。
「こんにちは、仲良し夫婦バッテリー」
二人の向いた先では商店街チームのキャッチャー、佐藤がタコ焼きを焼いていた。
「あ、どうも。あの、あれは?」
準と小夜は二人して頭を下げた。
「ああ、あれ? マキちゃん、親父さんに、約束させられてたんだよ。試合に負けたら、一緒に祭りで漫才やるって」
「ああ、なるほど」
準は熊男の笑い声だけが聞こえるステージを見た。
「もし、君らが負けてたら、誰かが犠牲になってたよ」
佐藤はクックックと笑いを噛みしめていた。
準と小夜は見つめ合った。そして、勝ってよかったと、勝利の喜びを実感し始めた。
「準く~ん。小夜ちゃ~ん」
先に進んだ佳奈が呼ぶ声が聞こえた。
「行こう」
「え、ええ」
走り出す二人に、佐藤が後ろから声をかける。
「おーい、また、勝負しようなー」
準は振り向いて会釈をし、再び走り出した。
「遅いよ~、二人とも」
「すいません」
佳奈たちのもとにたどり着いた準と小夜はすぐさま謝った。
「まあ、いいや。ねえ、これ見て」
佳奈が一枚のチラシを広げた。
「これは?」
「今から、小学生が学校のグラウンドで野球の試合するんだって。見に行かない?」
佳奈は嬉しそうに笑った。
準たちがグラウンドに着いた時、少年たちが整列していた。
挨拶をして、各自が散らばる。
その際、準たちに気付いた少年が大きな声で挨拶をした。
「あっ、昨日のお姉ちゃんたちだ! こんにちは~」
「ほんとだ。ピッチャーのお姉ちゃんもいる! おーい!」
一人の少年が挨拶すると連鎖的に挨拶が起きた。
「お姉ちゃん! 僕、お姉ちゃんみたいなピッチャーになりたーい!」
「違う! オレが、あのお姉ちゃんみたいになるんだ! お前はライトでもやってろ!」
「ショートのお姉さま! わたしのプレイ見てて下さーい」
少年たちの中には女の子も交じっていた。全員が騒ぎ出す。中でも小夜の人気は凄かった。
「準、どうしよう」
大勢に手を振られて、小夜は明らかに戸惑っていた。
「手、振ってあげなよ」
準に言われ、小夜はおそるおそる、手を振った。
「こら、おまえら! 試合に集中しろ!」
監督の声が響き、ようやくグラウンドに落ち着きが戻った。
五月、日曜。時刻は正午。天気は快晴。
グラウンドは年齢も、性別も関係なく皆を受け入れる。その中心にはマウンドが一切の隔たりもなく平等に存在している。
審判が両手を上げて声を張り上げた。
「プレイボール!」
透き通るような青空のもと、大きな声が響き渡った。
さあ、ボールで遊ぼう――