後編
そこはお嬢ちゃんの居場所とは程遠いもののはずだった。
むしろ、我輩の方が早くこの地に来るべきだ。
お嬢ちゃんの家族と思われる二人。同級生や先生の姿も見える。
彼らがいたのは、墓前だった。
「思い出した。私は――」
お嬢ちゃんが膝をつく。その瞳からは涙があふれ出ていた。
地蔵様は訳も分からず狼狽える我輩を後目にお嬢ちゃんの横に立つ。
「貴方はこの町で誘拐され――眠ったまま殺害された。そのため死んだことに気づかなかった」
死んだ? 待ってくれ、意味が良くわからない。
お嬢ちゃんは一体何者なんだ。
「この子は所謂幽霊なのさ。だから、彼女の声は誰にも届かなかった」
幽霊。
だから誰も気づかなかった。見えないから、声も聞こえないから。
まさか――
「ありがとう。もう十分だよ」
お嬢ちゃんが顔ぐちゃぐちゃにしたまま笑う。
地蔵様はハンカチを取り出し、丁寧に拭いてあげた。
「貴方の魂は輪廻を巡り、再びこの世に生を受ける。それまでしばしの安息を――よくがんばったね」
お嬢ちゃんは地蔵様に頭を下げ、こちらを向く。
「ありがとう」と手を振りながらその体が光に代わっていく。
光は、まるで天に昇っていくかのように空へと消えて行った。
「――どういうことだ」
「彼女はこの世に残った魂だったから、輪廻へと旅立たせた。それが私の役割だから」
「あの子も俺と同じだった。誰からも相手にされず、一人で泣いていた」
「キミ……」
思えば変なことだった。
町中で叫べばどんな奴でも振り向く。
「つまり、俺は……死んでいる……のか?」
「――気づいたんだね。キミは1週間前火事で死んでいる。深夜の出来事で、キミは眠っていたから死んだことに気づかなかった」
我輩が人を遠ざけていたから気づかなかった――いや、気づかないふりをしていたのか。
「地蔵様は知っていたんだな。知っていたから俺に近づいた。なんだ、俺のことが好きとかそんなの関係なくて、やっぱり使命を果たすためだったんだな」
「違う!」
「だったら何で伝えてくれなかったんだ!? 何で、こんな、思い出を作らせた? お前と一緒にいたいって未練が出来ちまうだろうが……それだったら何も言わずに消してほしかった」
「キミ……」
我輩は地蔵様に背を向け駆けだした。
後ろから声が聞こえるがすべて無視した。
町に戻り、人込みの中大声で叫んだ。普通であれば、誰しも振り向く状況だが気にするものはいなかった。
怒りをぶつけるように、近くにいた男性に殴りかかった。その拳は男性の体をすり抜けるように貫くだけだった。
触ろうとしても、殴ろうとしても、撫でようとしても何をしようとしても触れることはできない。届かない。
我輩は落ちていた小石を掴む。物には触れるのに人間にだけは触れられない。
ならばペンを使えば文字が書けるのでは?
近くのコンビニでペンを盗み、道路に文字を書こうとした。いくら力を込めても書くことができない。文字にならない――
我輩はここにいる。ここにいるのに伝えられない。
一人だ。また一人になってしまった。
「見つけたよ」
我輩の右手が掴まれる。
「地蔵様……」
「キミは一人じゃない。私がいるじゃないか」
温かい。
涙が出てくる。
誰かと触れ合えるって――いいもんだな。
◇
「と言うわけで、キミは輪廻に旅立たなければならない」
「マジか」
この世に残った魂は1週間を過ぎると消えてしまうらしい。
そんな魂を輪廻に旅立たせるのか、地蔵様本来の役目だった。
「キミが消えてしまうなんて、それだけは嫌だ……嫌だよ」
「だったら何ですぐ言わなかったんだ? まあ、俺もすぐには納得も信頼もしなかっただろうけど」
「説得が難しかったのは確かなのだけど……これは私の勝手だった。キミとできれば少しでも一緒にいたかった。恋に落ちた瞬間お別れなんてね、耐えられなかった」
地蔵様は頬を赤らめ、こちらをちらっと見る。
彼女と出会わなければ何も知らず、何時の間にか消えてしまっていたのだろう。それと比べたら、たとえ彼女の都合であろうと一緒にいることができてよかった。
「キミの未練を教えてほしい。未練を断ち切らなければ輪廻には戻れないから」
あの子はきっと両親と再会したかったのだ。だから、あれだけ安らかな表情で旅立てた。そして我輩の未練といえば、あれしか考えられない。
「俺には家族がいなかった。物心ついた時には孤児園にいて、友達はいたけど家族ってのがわからなかった」
地蔵様が表情を歪める。
「俺は家族が欲しい。1人は嫌だ。孤独は寂しすぎる」
誰にも語ったことのない本心を地蔵様にぶちまけた。我輩の心からの言葉だ。
最後だからか、地蔵様だからなのか我輩にもわからなかったが自然と言葉が出ていた。
人間は一人では生きていけない。口ではどれだけ強がっていても、心の奥底では温もりを求めている。それは魂をこの地に縛り付けるほど強大な願いだ。
だが、魂だけになった我輩の願いは――伝えるには余りにも遅すぎた。
「私が結婚してあげるよ!」
「え? しかし我輩はもう――」
「消えるとかそんなの関係ない‼ 私はキミが好きだ! 何度だって言ってやる! 例え一瞬であろうと、私はキミと家族になれるよ!」
……ハハッ。そう言われるとは思わなかった。たった1度優しくされた相手ここまで一途になれるとは、純粋だな。まぶしいぐらいだ。
「ありがとう。そう言ってもらえてうれしい。地蔵様が俺の家族か、いいもんだな」
「言い終わると、何だが恥ずかしいね」
照れる地蔵様を抱きしめる。
「生まれ変わったら、また家族になろう。――――――待っていてくれるか?」
◇
それが、もう100年ぐらい前になるかな。私と彼はこの後別れた。寂しくないと言えば嘘になるけど、いつか再開できるってわかっているからつらくはなかった。
人の姿を借りられなくなった私は動けないので、目に見える範囲の人を輪廻に旅立たせながら過ごしていた。
人々の絆は薄れたかもしれないが優しさは残っている。今日も数人が私にお供えをしてくれた。
私だってお腹がすく。どんな些細なものでもこうやって備えてくれれば、お腹も心も満たされる。
「あ! こんなところにお地蔵様がある!」
誰かがこちらに来たようだ。声からするとまだ子供かな?
とてとてとかわいらしい足音を立てながら、その人物が私の前に姿を現す。傷1つないランドセルを背負った、えくぼの可愛い少年。
「あ」
少年が石につまずき転んでしまった。
あ、えらい。足すりむいたのに、泣かずにハンカチで拭いて――あのハンカチ!
そうか返してもらうのを忘れていたよ。
――――やっと、会えたね。
「やあ、元気にしていたかい?」
いきなり後ろから声を掛けられたためか、少年は小さな悲鳴を上げる。
私に気づくと何度も目をぱちくりしていた。
「お姉ちゃん誰?」
「私かい? 私のことは地蔵様と呼んでくれ。キミを――家族をずっと待っていたんだよ」