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中編

「勢いで連れてきちゃったけどキミ、名前は?」

「今さら⁉」


 人でにぎわう夜町はスマートフォン、テレビ、街灯、電灯など闇夜を蹴散らし輝く光で満たされていた。空を見上げても星が見当たらないのも当然だろう。

 そんな町で25歳と高校生が2人っきりの通報案件。いや、まだ恋人とごまかせるだろうか。


「優って言うんだ。いい名前だね。私のことは好きに呼んでいいよ。名前を呼ばれることないから忘れちゃったしね」

 

 折角なのでそのまま地蔵様と呼ばせてもらうことにした。


「地蔵様は何でそんな姿になっているんだ?」

「私は神様みたいなものだから人間の姿を借りることができるんだ。変身みたいなものだよ。昔はこう やって交流したものだけど、人間関係が希薄化した現代じゃ厳しいものがあるね。人助けしただけなのに通報されることもあるみたいだし、寂しくなったもんだよ」


 地蔵様は自嘲的に笑う。 

 歩み寄ること止めたのは彼女も同じだからだろうか。


「地蔵様はどうして俺の場所に来たんだ」

「言ったろ。キミを好きになったって。他の人が見て見ぬふりをするなかでキミだけが助けてくれた」


 そんなことで――


「そんなことが私は嬉しかったんだよ。ずっと泣いていたんだ。倒れたまま雨にさらされ、助けを呼ぶこともできなかった。誰からも相手にされなければ人の姿を借りることもできないから今回は1日が限度じゃないかな。その後、百年ぐらいはこの姿になれないと思う」


 我輩を握る手の力が強くなる。


「今日だけでいい。キミの手を握らせておくれ」


 地蔵様は自身の短い時間を思い出に変えようとしている。包み隠さず、想いを伝えてくる。1日しか一緒にいられないなら、この1日を一生の思い出にしてやろう。


 自然と手を握る力が強くなっていた。

 地蔵様は頬を赤らめ笑う。


「ありがとう。短い時間だけどよろしく」

 

 ――――――


 我輩と地蔵様は町を見て回った。我輩にはお金がないので本当に見るだけだったが、何事にも大きく反応する地蔵様のリアクションは見ていて飽きなかった。

 一緒に過ごしていくうちに、いつの間にか我輩も地蔵様に心を許していた。気さくで明るい地蔵様とは話していて楽しいし気楽だ。

 このような友人が早く欲しかった。この日だけしか地蔵様といられないのはつらいと思い始める程だ。


「それにしても、こんな得体のしれない存在といてくれるなんてキミは本当に優しいね。えらいよ」


 どうだろうか。職場と家を往復するだけ――結局家も失い公園生活。ここから抜け出す気力も努力も何もなく。日々をむなしく生きている。何かをしなくてはならないと焦燥にかられるが、結局何もできず終わってしまう。

 そんな奴、えらいわけがないだろう。


「言い方が悪かったね。キミは立派だ。気づいて、もがいている。中々難しいんだよ気づくのって――あ、あれ食べようよ」


 地蔵様が指さしたのはたこ焼き屋――に置いてあるソフトクリームの看板だ。

 我輩には金がないから飲食はちょっと……


「大丈夫、私が出してあげるよ。おじさんソフトクリーム2つ頂戴」

「2つかい? あいよ、たくさん食べてくれ」


 ソフトクリームを受け取った地蔵様は、人気のない路地裏で食べることを提案してきた。

 人のいるところは苦手だし喜んで同意した。


「うん、冷たくておいしい」

 

 久しぶりに食べ物を口にした気がするが、おいしい。

 お腹だけじゃなく心も満たされる気がする。冷たいが温かいというのは不思議な感覚だ。


「おや、あの子は」


 地蔵様が指さす先には、体育座りをした小学生ぐらいの少女が。こんな時間にこんな場所でこんな子が1人でいるのは明らかにおかしい。

 もしや迷子と言うやつか? 声を掛けてみるか。


「そこのキミ。このような場所で何をしているんだ」

「え?」


 少女は目を開きこちらを見る。

 確認するかのように何度も目をこすると、やがて涙が出始めた――って


「ど、どうした? お願いだから泣かないで!」

「うぅ、ぐす……びええええ!」


 まずい、少女を泣かせているこの状況を誰かに見られたら社会的に死ぬ。何とかなだめなければ。


「お父さんとお母さんは?」

「……わかんない。気づいたら、1人だったの。……誰も助けてくれなかった」


 世の中ってのは、こんな子供を見捨てる程冷たくなったのか?子供が泣いていたら声を掛ける。それが当たり前だと思っていたが。

 地蔵様が目を細めながらこちらに歩いてくる。


「どうしたんだ地蔵様?」

「いや、何でもないよ。迷子の子だね。私たちで両親を探してあげよう」

「そうしよう。お嬢ちゃん、俺たちが両親を探してあげるよ」

「でも、怪しい人に付いて行っちゃダメってママが――」


 そう言われてしまえば我々は怪しい人に違いない。かと言ってこの子を見捨てるのも忍びない。

 どうしたものかと何もできない我輩とは対照的に地蔵様が手を伸ばす。


「おいで、貴方の居場所はここじゃないはず。」

 

 警戒していたはずの少女がまるで覚悟を決めたように、地蔵様の手を取る。

 子供にこのような表情をさせてしまうとは、いくらこちらが都合のいい言葉を並べても安心させるのは難しいものだ。

 ここから本番だ。何せ情報がまるでない。家がこの町にない可能性もある。しらみつぶしに当たっていくしかないか。

 

「あのすみません。聞きたいことがあるんですが」


 路地裏を出て行き交う人に声を掛けても相手にしてくれない。またこれか。せめて目線ぐらい合わせてくれないだろうか。


「私に任せておくれ。キミはその子と一緒に待っていてほしい」


 地蔵様は言うや否や、走り去ってしまった。残されたのは我輩とお嬢ちゃんのみ。

 これはさすがに恋人でごまかせないな。どうしたものか。


「お兄さんは――」


 まさかお嬢ちゃんから話しかけてくるとは、我輩も思わなかった。

 お嬢ちゃんと視線を合わせるためその場にしゃがむ。


「どうして私に声を掛けてくれたの?」

「そんなことか。困っている奴がいたら声を掛ける。助け合いってやつだ、覚えときなお嬢ちゃん。周りから何を言われようが優しさを忘れちゃダメだぞ」


 お嬢ちゃんが力強く頷く。

 まったく、こんないい子を放ったまま親はどこで何をしているのやら。


「お待たせ。待たせたかな?」


 声と共に地蔵様が戻ってきた。


「この子の居場所がわかったよ。――連れて行ってあげる」


 喜ばしいことのはずなのに地蔵様の表情は暗かった。


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