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幕間『表裏』

またまた悪い人出てきます。

グロウ・ユーラ。33歳。ユーラ伯爵家の三男として生まれた彼は、王立学修院を卒業後、警邏隊へと入隊。貴族出身ということもあり、順調にエリートコースを進み、現在はヨサイーネにある警邏隊ヨサイーネ支部の支部長補佐官を努めている。


 妻エルシアとの間には、娘エリア、息子エイトのふたり子供を授かり、良き父親として近所での評判も良い。


 リーパーへの対応に追われ、警邏隊のヨサイーネ支局も連日てんてこ舞いの忙しさだった。グロウも現地へ赴くことになり、彼が自宅に帰宅したのは実に7日ぶりのことだった。

 

 グロウの自宅はヨサイーネの高級住宅地にある。領主の三男として生まれたとはいえ既に家を出て独立した身であるため、その生活は一般市民とそれほど変わらない。

 彼を出迎えるのは使用人ではなく、妻と子供、そして温かい食事だ。


「お父さんおかえり!」

「おかえりなさい!」

「ただいま。エリザ、エイト。良い子にしていたか?」


 出迎えに来た子供たちを抱きしめるグロウ。長男のエイトは10歳で喜んでハグされるが、13歳になる長女のエリザは苦笑いしているのをお父さんは気づかない。


「おかえりなさい。お疲れさまでした」

「ああ、ただいま」


 エルシアにはハグの後頬に口づけをする。その様子を口を丸くして見ているエイトの視界をエリザが両手で遮ぎっていた。


 妻エルシアの首には銀製の十字架が光っている。エルシアも元は神民主義を称える貴族の生まれだ。

 だが、グロウもエルシアも子供達に神民主義者としての思想を強制していない。

 貴族として幼少期を過ごした両親と違い、ふたりの子供は生まれながらの庶民である。魔族との融和を推進する国の方針に反する神民主義の価値観は庶民には根付きにくい。むしろ子供達が自分と同じようなジレンマを抱えることを考えて判断だ。


 子供達は余計な悩みを抱えること無く、幸せに暮らして欲しい。それが彼等の望みだった。


 久しぶりの家族揃っての食事の時間にそれは告げられた。


「お父さん。会って欲しい人がいるの」

「ぶほっ!」

「まあ、大丈夫ですか!?」


 娘の言葉にむせるお父さん。エルシアから受け取ったお茶で喉を潤すと、カップをコツンと音をたててテーブルに置く。


 ついに来たか!

 エリザの歳は13歳。結婚には早いが男女の付き合いを始めるのにおかしな歳ではない。


「エリザもそんな歳か。相手は?」

「3丁目に食堂があるでしょう? そこの若旦那さん」

「そういえば、エリザは昼間そこの手伝いをしているんだったな」

「ええ、でも相手側が義父様のことを気にしているみたいなの」


 それを聞いてグロウも苦笑いする。


 彼の父親はこの街の領主であるライアン・ユーラ伯爵だ。

 相手からすれば雲上人であり、エリザはその孫娘に当たるのだから気にするのも頷ける。


「なるほどな。けど、俺はもう家を出た身だし、近々兄さんが爵位を次ぐだろうから親父は何も言わないさ。気にすることはないから連れてきなさい」


 エリザの顔がぱっと華やぐ。


「ありがとう父さん!」

「いいや、お前を貴族の姫にしてやれなくて悪かったな」

「もう! そんなのはいいよ!」


 グロウにはふたりの兄がいて、それぞれ既に子供もいる。

 彼等が何らかの不幸でユーラ伯爵家を継げなくなるような事態起こらない限り、グロウが伯爵家に戻ることはない。


 昔は拗ねられることもあったが、今ではエリザもエイトもそれぞれ自分の道を見つけている。エリザは想い人を見つけ、エイトは15になったら警邏隊への入隊を決めているそうだ。


 暖かく幸せな家庭がある。夫婦仲は良好で、今年三十路に入ったエルシアもまだまだ若々しく美しい。エリザが結婚すれば孫の顔を見るのもそう遠くはないだろう。

長男エイトも自分を慕い警邏官を目指している。


 悪くない人生のはずだ……


 だが、グロウの心は満たされない。

 叩き込まれた神民主義がそれをゆるさない。


 魔法。それは精霊の力を借りて人を越えた力を行使する現象。


 女子供でも大の男以上の力を発揮し、獣の五感を与え、海の水や風を自在に操る。そのため魔族はは人に対して高いアドバンテージを持つ。


 対して人が彼等に勝るのはただ数が多いというのみ。


 魔法は何故人には使えないのか? 何故精霊は人に応えないのか?


 貴族として屋敷で暮らしていた時期は全く疑問に思わなかった。


 特別な身分にある自分にとってそれは当然のことだったのだ。


 だが、家を出て警邏隊に入り現実を知った。


 魔獣によって食い荒らされた亡骸。


 泣き叫ぶ遺族。


 同じ釜の飯を食い、共に戦った仲間が目の前で殺される現場。


人の幸せなど吹けば飛ぶようなものだと彼は思い知らされた。


 彼は不安だった。

 人は弱い。どんなに幸せな家庭を築いても、魔獣や魔族に襲われれば為す術も無く破壊されてしまう。


 人は選ばれた存在のはずなのに……


 夕食の後、グロウは警邏隊の制服に着替える。


「あなた、こんな時間にどうしたのですか?」

「見回りだよ。あんな事件があったからね」 


 不審がるエルシアに事情を説明すると彼女も納得したようだ。


「そうですか。お気をつけて」

「ああ、みんなが安心して眠れるなら安いものさ」


 沿岸部で起こった事件のことはこのヨサイーネにも伝わっている。

 多くは警邏隊の武勇を称えるものであったが、被害を受けた町や村に身内がいるものもは多い。事件の衝撃は大きく、人々は改めて魔獣の恐ろしさを痛感したのだ。


 不安を抱える住民達が落ち着くまで、警邏隊や街の自警団が見回りなどを強化するのも無理はない。


「それじゃあ行ってくる」


 制服に剣だけ腰に差してグロウは家を出る。


「はい、神の御加護を」

「……神の御加護を」


 胸の前で十字を切る。神民主義者が行う慣習だ。


 見送るエルシアが悲しげな表情を浮かべていることにグロウは気づいていなかった。



***



 家を出た彼は警邏隊ヨサイーネ支部の庁舎ではなく、真っ直ぐ領主の館へ向かう。

 武家屋敷に似た塀と堀に囲まれた領主の館。その門の前に立っていた守衛はグロウの顔を見ると、何も言わずに門を開けた。

 元々彼はここの三男だ。

 守衛とは昔からの顔馴染みである。

 グロウは守衛の肩を叩いて門を抜け、館の裏手へと向かった。


 広い庭を横切ると納屋があり、わずかに明かりが漏れている。グロウが納屋へと入ると、そこには3人の男がいた。


 ユーラ家に仕える使用人ふたり。ひとりは馴染みのない顔だが、もうひとりは庭師の男だ。それから騎士団に所属するグロウの従兄弟、マグナスだ。


「おっと、旦那のご到着だ」

「それじゃ、俺たちは飯でも食いに行きますか」


 グロウの顔を見ると、従兄弟は使用人ふたりを連れて礼拝堂を後にする。


「まったく好きだな。お前も」

「どうせ俺のいないところでお前たちもやっているんだろう?」


 マグナスは一瞬にやりと口元を吊り上げる。


「お前ほど入れ込んじゃいないさ」


 ひとり残ったグロウは部屋の奥の扉を開く。


 そこにはひとりの娘が捉えられていた。


 簡素な貫頭衣から伸びる手足はやせ細り、生気の無い瞳がグロウへと向けられる。


 首には鉄の枷がつけられ、そこから鎖で壁につながれている。そして娘の手足には筋を断ち切られた跡の生々しい傷跡。


 鮮やかな山吹色の頭からは長く白い獣の耳が力なく垂れ下がっている。


 それは春先に希望に満ち溢れて旅立ったはずのレイリアだった。


 グロウはレイリアの口に噛ませられていたさるぐつわを外す。


 魔族の体は小さな傷はすぐに治ってしまうため、その肌には筋を切った傷跡以外暴行の跡なども見られない。

 うっとりと美しい顔を眺め、白い毛に覆われた耳を撫でる。

 抵抗はない。

 親友と婚約者を目の前で殺され、捕らえられてからの連日の暴行によってレイリアの心は既に折れていた。


「さあ、今日も魔族とは何なのかを教えてくれるかい?」


 グロウは服を脱ぐと、自分の娘たいしてと変わらぬ年の少女にのしかかる。


 魔族の少女を犯しているこの時だけ、グロウは不安を忘れることが出来るのだ。

読んで頂きありがとうございます。


リアルの丹後半島すごくいいところです。こんな扱いですみません。

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