幕間『黒幕』
第1章のラストに登場した人達です。覚えていますか……?
神民主義の歴史は古く、その始まりはアルフヘイムの黎明期に地球からファルプに渡ってきたキリスト教の伝道師が魔族や魔獣に出会い、半ば発狂しながら「それでも神が愛するのは人である」と唱えたのが始まりとされている。
目に見えて明らかな人の上位種族が存在するファルプ世界において、その思想は一般からは鼻で笑われることになったが、一部拗らせた上流層に受け入れられ1000年後のルネッタリア王国にまで細々と伝わり続けることになる。
だがそこで大事件が発生した。ルネッタリア王国に地球の軍艦が漂着したのである。
彼らの乗ってきた鋼鉄の巨大な船。そして魔族や魔獣を問題にしない強力な武器。
それらは全て人によって発明され、作られたものだと知った当時の神民主義者達は狂喜した。
魔族も魔獣もいない世界でなら人は今よりも遥かに高い文明を持つことができる。それは人が最も優れた種族であるという証明だ! ハレルヤ!
そこに至るまでに人同士が争った歴史など彼らは知るはずもない。
ただ人の世界は素晴らしい! という幻想と、選ばれた種族という耳障りの良い言葉はプライドの高い貴族を中心に広まり、信者を増やしていった。
また、その船に乗っていた者の多くはフランス人で、キリスト教徒だった。元が同じなだけに彼らの同調を得るまでにさして時間はかからなかったという。
ライアン・ユーラ伯爵もまた熱心な神民主義者である。
ユーラ伯爵領は日本の地図だと京都府の丹後半島に位置し、リーパー大規模襲来事件によって沿岸の村落に大きな被害を受けることになった。最終決戦地となったサバミコの町もそこに含まれる。
領都ヨサイーネにある領主の館。その執務室では領主であるライアンと、息子ケント・ユーラが辛気臭い顔を突き合わせていた。
領主であるライアンは初老に差し掛かった顔にシワを寄せ、椅子に深く持たれて考え込む。その顔を伺うケントは30台半ば。近々家督を次ぐ予定である。
お互い無言のまま数分が経過した後、沈黙を破ったのはケントだった。
「やはり手を引くつもりはありませんか?」
息子の言葉にクラークは静かに息を吐く。
「もう後には引けないのだ」
その表情はからクラークにとっても苦渋の選択であることが伺える。
「私は自ら領民を手にかけてしまったのだよ。今更なかったことになどはできん」
領内で起こったリーパー大規模襲来事件は、領主であるユーラ伯爵家が引き起こした魔獣テロだ。
計画の開始は1年前。
彼らはまず離島でリーパーの人為的な繁殖を行った。そこは人目につかないだけでなく、潮の流れのせいで海洋生物の遺骸が漂着しやすい場所だったため、繁殖には都合が良かった。
また拉致した人間を島に生きたまま放置し、人間を襲うことを覚えさせた。
そして3ヶ月前にはキャラバンを襲って数人の魔族を捕らえた。群れの誘導には魔族の血が必要だったからだ。
最初の標的となったのは人口30人程の小さな集落で、ひとりも逃さないように村民は予め薬で眠らせておいた。
捕らえていた魔族を殺し、その血肉を使って群れを誘導すると最初の村を襲わせた。
ライアン自ら集落を訪れ薬の入った料理を振る舞い、村人たちは眠ったまま食われていった。
薬の効きが悪く逃げ出そうとした者は手勢を使って殺した。
それを何度か繰り返すうちにリーパー自ら人を襲うようになっていった。
そこまでする彼ら神民主義者の目的とは?
魔獣に怯えず、魔族に劣等感を持つこと無く、神より選ばれた種族である人が尊厳を持って暮らせる国を造ること。
今のルネッタリア王国を人による人のための国家に変えることにある。
それには国内から魔族を追い出し、支配、または殲滅するための力が不可欠だ。現在の警邏隊より実戦的な戦闘集団である軍の設立は彼らの計画に不可欠だ。
ライアンは魔獣による被害と民の魔獣への恐怖を王国議会で国王に陳情し、対抗策として国軍の設立を促すつもりでいた。
神民主義の同士は貴族の中に多くいる。彼らの賛同が得られるのはほぼ確実であり、そうなれば議会も検討せざるえない。
だが計画は失敗する。
確かに幾つもの村が壊滅する被害の大きさに人々は改めて魔獣の恐ろしさを実感した。しかし、結局はそれだけだったのだ。
リーパーは警邏隊とメロウ族によって殲滅されてしまい、警邏隊の武勇が広まると同時に、魔族との共存の有用性を証明するという彼等にとって望まぬ結果に終わってしまったのだ。
「グロウから警邏庁が調査を開始したという報告が来ています。うちが目を付けられるのは時間の問題でしょう。ですが今なら……」
グロウはユーラ伯爵家の三男で、現在警邏隊に努めている。警邏隊の裏をかいて計画を進めてこれたのは彼が情報を漏らしていたからだ。
「間違いはないのか? 例の島が消えたというのは」
「はい。私も確認しましたが、繁殖に使っていた島は間違いなく消えています。事実、あれ以来リーパーもすっかり姿を消していますから」
口を出したのはライアンの傍らに控えていたアブリーザだ。
彼女は神民主義者の本山から派遣された連絡役であり、暗殺や諜報のスペシャリストだ。彼女の仲間の協力がなければ、魔族を捕らえることも、警邏隊の偵察部隊を人知れず殲滅することも不可能だった。
アブリーザの報告によればリーパーの繁殖地として使っていた離島の消滅は間違いないらしい。
「これも魔法によるものか? だが我々には確かめる術もない……」
不気味な話だが、離島の存在はリーパーの繁殖を人為的に行っていたことを証明する証拠となりえるものだった。だがそれが無ければ、警邏隊の手が伯爵家まで及んでもしらを切り通せるかもしれない。
ライアンはそれらを全て指示し、領民の命を奪った。ケントもこの場にいないふたりの息子も、民と国を裏切った。
それらが明るみに出ればユーラ伯爵家は取り潰し、ライアンと3人の息子の処刑は免れないだろう。
彼らの家族達も今後大いに苦しむ人生を歩むことになる。
覚悟を決めて踏み入れた修羅の道だった。だがここへ来て逃げ道が用意され、彼らの心は揺れていたのである。
その様子を冷ややかな目で見つめるアブリーザ。
考えるのは彼女の役目ではない。たが、言葉だけは勇ましいこの国の神民主義者の中で珍しくやる気になった連中だっただけに少し残念に思っていた。
「手を引くにしろまだ野うさぎが一匹残っています。どうなさるおつもりですか?」
「うーむ。それもあるか」
アブリーザの指摘にライアンとケントが頭を抱える。彼女が言う野うさぎとは兎系獣人種の隠語だ。
彼らの手にはまだ捕らえた魔族がひとり残っている。謝って帰すわけにもいかないが、始末するにしろ魔族の血肉は魔獣を呼び寄せるため扱いが難しい。
「グロウが入れ込んでる娘ですね」
「全く。困ったものだ……だが子を産ませれば将来良い手駒になるかもしれんな?」
そう言ってライアンがアブリーザに視線を送るが、アブリーザは首を振る。
「野うさぎとの混血などリスクに見合うものではありません」
この国で不幸な存在でしか無い混血児を生むことは罪とされている。だが魔法の力を求めてその禁を犯すものは少なからず存在する。かくいうアブリーザもそのひとりであり、魔族に対抗する手駒として育てられた経緯を持つ。
だが、魔族の中でも大した力を持たない兎系獣人種と人との間にできた混血は、能力的には最低値であり、あえて育てるほどの価値は無いと彼女は切って捨てた。
「そうか。ならば仕方がない。できるだけ有効に活用するとしよう」
こうしてユーラ伯爵家による最後の魔獣テロが計画されたのだ。
読んで頂きありがとうございます。
悪い人書くのって大変ですね。




