幕間『別れ』
本編開始より3ヶ月ほど前のお話です。
それは3月の初め、マイヅル学園の卒業式は春の訪れと共に行われる。
前日に卒業式と、その後の晩餐会の余韻も冷めやまない中、卒業生たちは寮を後にし各々故郷への旅路に着く。
荷物をまとめて鹿車に積み込み、万感の思いを込めてマイヅルの街並を見つめるレイリアも学園を巣立つ若者のひとりだ。
温かい春の風が鮮やかな山吹色の髪と、垂れた長い耳を揺らす。
その耳が示す通り、レイリアは兎系獣人だ。
庇護欲を刺激する小柄な体格に幼さが抜けきらない顔立ちだが
、性格は真面目で面倒見もよかったため、下級生からは可愛くて頼れる先輩と慕われていた。
「3年間お世話になりました」
そう気持ちを込めて学舎に向かって一礼する。
そんなレイリアを友人のカルナが「真面目だねぇ」と笑った。カルナの赤褐色の髪の隙間からも長い耳がピンと伸びている。
「だって……」
冷やかされてむくれるレイリア。
「まあまぁ、それがレイリアのいいところだから」
その肩に手を置くのは同じく兎系獣人の少年、リーオだ。
背は程々だが中々のイケメンで薄茶色の髪を後ろで縛っている。
リーオを味方につけたレイリアに今度はカルナがむくれる。
「はいはい。リーオはいつだってレイリアの味方よね」
「そりゃ、許嫁だからね」
リーオの言葉に真っ赤になって俯くレイリア。その様子にカルナは「ごちそうさま」とため息をつく。
リーオは故郷の里長の息子でカルナとはいとこ同士。レイリアは里の有力者の娘で、リーオとは将来結婚することが決まっている。
親同士が決めた相手ではあるが、お互い好意を持っているのは見て明らかだ。
学園では恋愛が禁止されているため、表立っていちゃつくことは無かったが、今はもうふたりを阻む枷は無い。里までの旅路、ずっと見せつけられるのかとカルナはげんなりするのだった。
3人が鹿車に乗り込もうとしたとき、それを呼び止める声がした。
「皆さん!待ってください!」
声のする方を見るとひとりの女子生徒が走って来るのが見えた。
「トバリちゃん?」
トバリは同じ兎系獣人族として何かと世話を焼いていたひとつ下の後輩だ。
旅立つ自分たちとの別れを惜しんで会いに来たのだろう。
周囲の目が彼女に集まる。
異界の衣服を模倣した学園の制服はそれだけでも目立つが、それ以上に彼女の幻想的な美しさが人々の視線を惹きつけていた。
彼女のふんわりと風になびくほどに柔らかな白い髪、そして赤い瞳。整った顔立ちは年相応にあどけなさを残しているが、背はレイリアやカルナよりも高く、スタイルも良い。
「バリ子!! 来てくれたんだね!!」
バリ子とはカルナが勝手に呼んでいるトバリの愛称だ。
いつの間にか広まり、学園内でトバリをそう呼ぶ者も多い。……全然似合ってないが。
レイリアとリーオの間でやるせない思いをしていたカルナが手を広げてトバリを迎える。
さあ、可愛い後輩よ!! あたしの胸に飛び込んでくるがいい!!
だがトバリはカルナではなくレイリアにひしと抱きついた。
ええい、バリ子!! お前もか!!
確かに優しくて、しっかり者で、時々おちゃめなレイリアにトバリはよく懐いていたが……
「ふぇぇぇぇん! レイリア先輩! 行かないでくださぁぁぁぁい!」
自分より体格の良いトバリに抱きつかれてやや苦しそうにしながらも、レイリアは彼女の白い髪を撫でる。
その様子を微笑ましそうに眺めるリーオとカルナ。
「レイリアはいいお母さんになれるね」
「もう少し胸があればね」
「まだまだこれからだから。僕は彼女の可能性に期待しているよ」
大きなお世話だとをレイリアはふたりをチクリと睨む。
レイリアはまだ15歳。まだまだ化ける可能性は十分にあるだろう。比較対象にされているトバリが化け物なのだ。
「もう。泣かないで。また会えるから、ね?」
「クスン……本当ですか?」
「うん。きっとだよ。ね? リーオ」
「ああ、里同士の交流はこれからもっと増えるだろうし、卒業したらうちの里に遊びにおいで。歓迎するよ」
王国の中ではまだ遅れてはいるものの、魔族の暮らす村や町でも近年の発展は著しい。
それには学園の卒業生が大きく関わっており、卒業生同士の繋がりによって里同士の交流も活発になっている。
「ああ、何ならうちの里に嫁ぐかい? 相手なら紹介するけど?」
「ええええ!? そ、そういうのはいいですっ!!」
「そうか。残念だなぁ。うちに来れば毎日レイリアに会えるのに」
「う……」
心が少し動く。他人の奥さん目当てで嫁ぐ花嫁というのもおかしな話だが、美人のトバリなら里の男達の間で取り合いになること必至だろう。
逆に彼女の里の男達からは恨まれるかもしれないが……
「もう! リーオ! トバリちゃんを困ってるじゃない」
「でもなぁ……」
気が弱いところはあるものの、器量だけでなく成績も優秀なトバリは、いずれ里を率いるリ-オにとって是非欲しい人材だった。当然トバリを送り出した彼女の里からしても同様で、まともに彼女を引き抜くことは難しい。
なら、トバリ自らうちに来る気にさせればいいだろう?
そう考える、強かな次期里長。
そんなリーオにカルナは呆れた目を向ける。
「まったく、うちの御曹司はいつも小狡いこと考えてんだから」
「そうだ、カルナと引き換えにトバリをもらえないか向こうの里に交渉してみよう」
「あんた本当に酷いわね!!」
じゃれ合うふたりのやり取りに、トバリにも笑顔が戻る。
だが、そんな楽しい時間は過ぎ去り、別れの時がやってくる。
「おーい、もういいか? そろそろ出発するぞ!」
鹿車の御者の声。
人の良さそうな30歳くらいの男だが、これ以上は待ってはくれないようだ。
まあ、それには理由がある。
彼等はこれから故郷に帰るわけだが、魔物が暮らす樹海に国土の大半が覆われているルネッタリア王国では、街から街への移動はキャラバンを編成するのが基本なのだ。
例え街道でも少人数での移動は自殺行為だ。そのため御者はキャラバンの出発時刻に遅れるわけにはいかないのである。
「それじゃあトバリちゃん、また会おうね!」
「うちの里に嫁ぐ件は真面目に考えて置いてくれ」
「アンタは……バリ子も元気でね!」
「はい! 先輩達もお元気で!」
また会える日を願って……旅立つ鹿車を見送るトバリ。
だが、それは叶わなかった。
彼等のキャラバンの消息が途絶えたのはその3日後。
トバリは数カ月後に最悪のかたちでそれを知ることになる。
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