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幕間『葬儀』

前回からの流れで見ると彩兼がとんでもない薄情者に見えたりしますが、どんな物語でも主人公の視点から外れた裏側があるはずです。


それをご理解いただいた上で読んで頂きたいと思います。


 夢だと思った。嘘だと思った。

 お母さんも、ラッテももういないなんて信じられなかった。


 真っ赤になったお店の中で、ばらばらになっていたのがお母さんだなんて信じられなかった。


 だから目が冷めたとき、あたしはお母さんとラッテを探した。けれど、やっぱりふたりはもういなくって、あたしはひとりぼっちになっていた。


 深緑色の変わった形の帽子をぎゅっと握る。

 この帽子はあたしを助けてくれたお兄ちゃんの帽子だ。目が冷めたとき、あたしの頭にかぶせてあった。取ると小さなメモが挟んであって『See you again』と書いてあった。


 あたしを助けてくれたお兄ちゃん。町のために戦ってたくさんの人を助けたんだって教えてもらった。


 でもどうして、どうしてお母さんとラッテは助けてくれなかったの?


 どうして? お兄ちゃん……



***



 サバミコの町の河川敷では幾つも火が炊かれ、リーパーの死骸の処理が三日三晩に渡って行われていた。


 屍の匂いに惹かれてに新たに魔獣や獣がよってくる。そのためこの国では人も家畜も火葬が基本だ。


 サバミコの町がリーパーの襲撃を受けてから4日。リーパーの死骸で溢れた町の浄化も終わり、ようやく犠牲者の葬儀がこの日行われた。


 その中には『Frog House』で生き残ったルワの姿もある。不似合いなテンガロンハットをかぶり、母親の亡骸が荼毘に付されるのを泣きながら眺めている。彼女が目覚めてから3日が経つが、どれだけ泣いても彼女の目から涙が枯れる様子はない。


 身寄りを無くし、近所に住む老夫婦の元に預けられていたルワはこれまで碌に食べもせず、泣くことと眠ることを繰り返していた。

 今日の葬儀のために半ば強引に連れ出されたときも、最初は相当嫌がっていたが、やがておとなしくなり、今は最後の別れを受け入れるかのように荼毘の炎を見つめている。


 ルワが自暴自棄になって炎に飛び込んだりしないようにと、居候先の老夫婦の他にチョウタもその横に立ち、彼女を知る町の住民達もその様子を見守っていた。


 そんな中、ひとりの男がルワに近づく。フリックスだ。流石に今日はいつもの着流しではなく、警邏庁長官としての正装を纏っている。

 チョウタが敬礼し、老夫婦も静かに一礼すると、フリックスも礼を返す。そしてルワの前に立って彼女の視線に合わせるために身をかがめる。


「いい帽子だな」

「こ、これ……お兄……ちゃんの……」


 彩兼の残したテンガロンハットは立派にマイヅル案件だ。ルワは奪われると思ったのか、帽子のつばをぎゅっと掴む。


「大丈夫だ。取ったりはしない」


 フリックスは帽子を奪う意思がないことを伝えるため、微笑みを浮かべてルワに語りかける。

 それは普段彼が部下の前では決して見せないような姿だ。チョウタが珍獣でも見たかのように目を丸くしている。


「アヤカネは君や町の人を守って戦ってくれた。彼が君にその帽子を託したのなら、俺はその意思を尊重しよう」


 ルワは涙を溜めた目でフリックスを見た。悲しみと怒りが込められた目は、フリックスがこれまで、何度も向けられたことがある目だった。

 だが、その矛先はフリックスではなくこの場にいない誰かに向けられていた。


「でも……お兄ちゃんは……お母さんもラッテも……助けてくれなかった……!」


 預かった帽子を大切にしながら、彩兼に対して怒りを向ける二律背反。

 その怒りは理不尽なものだ。だがそうでもしなければ少女の心は持たなかったのだろう。だが、怒りと憎しみが、絶望の縁にたった彼女をぎりぎりのところで彼女を生かしていた。

 もしも悲しみに沈みきってしまったら、自暴自棄になったルワが何をしたかわからない。それを心配してチョウタも老夫婦もルワの側についているのだ。


 チョウタは恐怖を感じた。

 小さいがとても熱く、深い怒りをルワは彩兼に向けている。チョウタはそれが怖かった。その怒りが自分に向けられることが怖かった。


 犠牲にったのはエルやラッテだけではない。その遺族は悲しみと怒りを抱えてこの場にいる。だが誰もチョウタを責めたりはしない。それどころか町の人を束ね、先頭に立ってリーパーに立ち向かった彼を褒め称えている。チョウタと共に戦い、犠牲になった者の家族でさえだ。


 だが本当は、あのときエルを、ラッテを、町を守れなかったのは警邏隊員である自分だ。偶然あの場に居合わせただけの彩兼ではない。


 チョウタは拳を強く握り、それを伝えようとする。だがその前に……

 

「すまなかった」


 フリックスがルワに謝り頭を下げた。


「すまなかった。君の家族を助けられなかったのは俺だ。アヤカネではない。全て俺の責任だ」


 民を守る警邏隊の長として……

 民を守れなかった愚か者として……


 怒りを向けられるべきなのは自分であると、フリックスは頭を下げた。


 慌ててチョウタも90度腰を折ってルワに謝る。


「ごめんルワちゃん。俺、あのとき近くにいたのに、奴らの接近に気が付かなかった。本当にごめん!」


 また、近くにいた警邏隊員達が転がるような勢いで集まってきてそれに続いた。立場のある上級士官も、一般隊員も関係なくひとりの少女に頭を下げる。


 それにはルワも面食らった様子で、老夫婦もおろおろしている。


「お前ら、それくらいにしておけ」


 その異様な光景は、憎まれ役を演じる眉間に皺を寄せた男の登場まで続いた。


 

***



 ルワのことは町の人に任せ、フリックスは人気のない森へと向かう。

 そこではひとりの男がフリックスが来るのを待っていた。

 男の名はアロ。諜報部に所属する彼に、フリックスは独自に事件の捜査を命じていたのだ。


「長官」

「何かわかったか?」

「ええ、長官が睨んだ通りでした。これを見てください」


 アロは布にくるんでいたソレをフリックスの前に差し出す。


「宿屋の従業員の娘のものです」


 それはラッテの遺体から取り出された甲状軟骨だ。俗に喉仏と呼ばれる部位の骨である。

 それを目にしたフリックスの目が険しくなる。

 そこには明らかにリーパーの噛み跡では無い傷、鋭利な刃物で切られた真っ直ぐな傷がついていたからだ。


「はっきりしたな」

「はい。今回の事件は人の手によって起こされたものです」


 『Frog House』での出来事はフリックス自ら彩兼から話を聞いている。そのときフリックスが不審に思ったのがラッテの声を誰も聞いていないことと、エルが殺されるまでの時間が短すぎる点だ。


 エルとラッテの殺害でリーパーはあまりに手際が良すぎる。

 リーパーは凶暴で人を食らうが、声もあげる間もなく人を即死させるほどの攻撃力はない。不意をついて喉を噛みちぎれば可能かもしれないが、それには幾つもの偶然が重なる必要がある。だが……


「この娘は厨房にひとりでいたところを何者かに刃物で襲われたのは間違いありません。その後犠牲になった女将にしても、その死には不審な点が多い。いくらなんでも殺されるまでの時間が早すぎます。そちらの遺体からははっきりとした証拠は見つけられませんでしたが、やはり誰かがリーパーを誘い込み、それを目撃したふたりを殺害したと考えるのが妥当でしょう」

「……そうか。引き続き捜査を頼む」

「はい」


 しばし瞑目してからアロに捜査の続行を命じるフリックス。その様子はいつも通りに見えたが、腕利きの諜報員であるアロは彼が内に秘めた静かな殺気を敏感に捉えていた。


 まったく、何処の馬鹿だ? この人をこんなに怒らせるなんて……


 アロは逃げるように木々の中へと姿を消したのだった。

ここまで読んで頂きありがとうございます。


ルワの彩兼の呼び方がいつの間にかお兄ちゃんになってますが……あまり気にしないでください。

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