星空の闘い
彩兼VSファルカ。科学と魔法の対決が始まります!
学園の裏山は公園として整備されており、学園生達の憩いの場になっている。そしてその先は小さな浜辺のある入り江へとつながっていた。ちょっとした学園のプライベートビーチ。夏本番となれば学生達で賑わうが、今はまだ訪れる者はほとんどいない。
星明かりに照らされた海で水音が跳ねた。
白く淡い光が暗い海の中で舞い踊る。激しく荒々しいダンスはしばらく続き、やがて満足したかのように海上を漂い始めた。
波に身を委ねながら、ファルカは海の上に寝そべり星空を見上げる。
「ばーか、ばーか、ばーか!」
口から漏れる悪態は、ある人物に向けてのもの。
そいつは自分が一人寂しく罰を受けているとき、会いにも来なかったばかりか、英雄にでもなったかのような扱いで綺麗な女性や女の子達と楽しく過ごしていたようだ。夕方ようやく開放されて学園に戻ってからそのことを友人から聞いたときは本当に頭にきた。
サバミコの町で一緒に戦った仲間だというのに随分と薄情ではないか。
「こっちは2日も閉じ込められて、干物にされるかと思ったのにさ」
留置場での謹慎ですっかりやさぐれたファルカの心は、その怒りの矛先を彩兼へと向けることになったのである。
「アヤカネのばーか! ばーか! ばーか! 大嫌い!」
どうせ誰も聞いてはいないとファルカは声を張り上げる。
だが、彼女は気づいていなかった。ひっそりと波間を滑るように忍び寄る影があることに。影は手にした獲物を静かに彼女に向ける。
「そりゃ悪かったな」
「ふえ? わぷっ!?」
驚いて声がした方を見るファルカ。振り返ったその顔に勢いよく水をかけらる。
ぶるぶると水を払いファルカが再び顔を上げると、そこには今の今まで考えていた人物が立っているではないか。それも海の上に平然と……
「アヤカネ!?」
「はい。彩兼です。それで俺がなんだって?」
彩兼は手に持った水鉄砲をファルカに向けると引き金を引く。またもや水を顔に受けてファルカが悲鳴を上げる。
「きゃあ! 何よそれ!?」
「これはヴァリアブル・スピード・ウォーター・ライフルといって俺が作った水鉄砲だ。大容量タンクと可変速装置を備えていて、放水量と威力を任意に変えることができるんだ。というわけで最大出力でくらえ!」
間違いない。こんな訳のわからないことを言う人間他にいない。
「え? 何言ってるかわかんな……わぷっ!」
強烈な放水を顔面に受ける。憎らしい高笑いが聞こえた。
「もう! やったな!」
ファルカはおかえしとばかりに魔法で作った水の柱を彩兼に向かって放つ。水かけっこでメロウに挑むとはいい度胸だ。
「なんとーっ!」
だが彩兼はエンジンの音が響かせて空中に飛び上がり、それを回避する。
「えっ!? 嘘っ!?」
彩兼は空中に浮いていた。
科学が未発達な世界に暮らすファルカが驚くのも無理はない。翼もなく魔法の力も持たない人が空を飛ぶなどありえない。それがこの世界の常識だったからだ。
ぽかんとした表情でその光景を見上げているファルカに向けて空中から海水がかけられる。
「きゃっ! なんなのよもう!」
どうやら彩兼が手に持っているのは水を飛ばすだけの玩具のようだ。何発か食らったが、威力は低い。海水で壁を作るとそれは難なく防ぐことができた。だが彩兼は足に水面に立つための円盤を履き、背中には空を飛ぶための何かを背負っている。そちらはファルカの理解の範疇外だった。
ちなみに足に履いているのは水上かんじき。これを履けば水面をアメンボのように立って歩くことができる。背中に背負っているのは水素ラムジェットエンジンを搭載したフライトユニットだ。どちらも譲治の発明品である。
「へぇ、これはクレーターか? まるで隕石でも落ちた跡みたいだ。やっぱり完全に同じってわけじゃないんだな」
フライトユニットで上空に逃れた彩兼は、一旦空中で周囲を見回す。
星明かりだけでは暗くてよく見えないが、海岸線が円形にえぐられてそこに土砂が堆積して砂浜を作りあげている。だが彩兼が知る限り舞鶴市にはこんな地形の場所はない。この大地の傷跡はこの世界で過去に大きな出来事があった証拠である。
「おっと危ない!」
彩兼のすぐ側を、数十メートルの巨大な海水の剣が振り下ろされる。ギリギリ回避できたが、叩きつけられた海面が爆発したかのように飛沫を上げ、その威力に流石の彩兼も肝を冷やした。
「殺す気かっ!?」
直撃していれば真っ二つにされていたかもしれない。刃が入っていなかったにしても大質量で海上に叩きつけられていただろう。殺意無しにはありえないような威力だった。
「う、うるさい! 卑怯よアヤカネ! 降りてきなさい!」
人の姿に変幻したファルカが海上から彩兼を睨んでいる。二撃目を放つ様子はない。どうやら連続では使えない大技だったようだ。
夜風が彼女の長い髪をなびかせる。
両手に海水でできた刃を持ち、素足で海面に立つファルカの姿に、彩兼は自分が狙われていることを忘れてしばし見惚れた。
(全く、何処まで凄いんだよ。あいつは……)
牽制のために水鉄砲を撃つ。だがファルカは両手に持った刃でそれを切り払う。
「無駄だよアヤカネ!」
「面白い!」
本気を出したファルカを前にして、彩兼は高揚する気分を抑えられなかった。もっとこの少女と遊びたい。戯れたい。その力を全身で受け止めて感じたい。そう思った。
(普通に戦っても勝てそうにないし、やっぱあれかな)
彩兼は思いついたアイデアを実行に移すべく、ファルカを挑発する。
「ほら、こっちこっち! 人魚さんこちら!」
彩兼は空中で旋回すると、砂浜に向かって飛ぶ。
「このバカアヤカネ!」
海水の礫による剛速球が彩兼めがけて飛んでいくが、コントロールは悪く大きく外れる。
「下手くそ~!」
「この! 待てっ!」
砂浜へと消える彩兼を追って、ファルカは海の上を駆けていった。
砂浜に着陸した彩兼は、水鉄砲もフライトユニットも放り出す。そして準備運動を始めると、すぐにファルカも追いついてきた。
「なんのつもり?」
無防備な彩兼の様子にファルカは罠を疑う。当然だろう彩兼はファルカが知らない道具を幾つも隠し持っている。
警戒するファルカを他所に準備運動を終えた彩兼は、砂浜に円を描くとその中に立った。
「何って、相撲だよ。お前強いんだろ? 一番相手をしてくれないか?」
「絶対何か企んでるでしょ?」
「なにもないよ。魔法も武器も無しで正々堂々勝負しようって話さ。俺はファルカと喧嘩したいわけじゃないしな」
ジト目で疑うファルカに、彩兼は手を広げて何も持っていないことを示す。彩兼はTシャツにショートパンツだけの格好で、腕時計もレーザーコンタクターも砂浜に他の装備と一緒に置いている。
「何言ってるの!? 喧嘩売ってきたのアヤカネじゃない!」
「それはファルカが人のことばかばか言ってたからだ」
「ちょっと……いつからいたのよ」
「泳いでいるファルカがあまりにも綺麗だったからずっと見てた」
「……っ!?」
暗い夜空の下では、ファルカの顔が真っ赤になっていることに彩兼は気が付かなかった。だが、殺気立った気配が和らいだことは感じることが出来た。その証拠に彼女が手にした刃は海水に戻り、流れ落ちている。
「わかった」
ファルカは首から下げていたペットボトルを外すと、長い髪もポニーテールに結わえる。彼女はその勝負を受けることにしたのだ。
「いいよ、やろうアヤカネ。でも男だから勝てると思ってるなら大間違いだよ? そんな細い体なんて全然ハンデにならないんだから」
彩兼とファルカでは身長で10センチ以上、体重で10キロ程違うため一見彩兼が有利に見える。筋肉量に至っては彩兼が圧倒している。だが、実際は出力が違いすぎて、その程度の体格の差などあってないようなものであることを、彩兼はあの動画を見て知っていた。
それでも彩兼は彼女を知るために勝負を挑む。
「ああ、手加減無しでいいよ」
「いいの? 知らないよ? じゃあね……」
ファルカは自分の優位を確信している。だが、まるで秘めた想いを告白するかのように余裕のない表情と口調でその言葉を口にした。
「……あたしが勝ったら、ひとつお願い聞いてくれる?」
彩兼は自分の不利を自覚している。ファルカは自分より強い。だが、迷うことなく彼女の条件を受け入れた。彼女が何を願うのか興味があったからだ。
「いいよ。勝てたらな。それじゃあ俺が勝ったら……そうだ! ファルカには1日メイドさんやってもらおう」
「えーーっ! 絶対やだ!」
半ば冗談で、思いついた条件を出す彩兼にファルカが笑う。その後静寂が訪れると、静かな緊張感がその場を支配した。
彩兼とファルカは土俵に見立てた円の中で対峙すると腰を落とし、砂の上に手を付く。そして……星空の下でその身体をぶつけ合った。
科学と魔法の対決……ごめんなさい本当にごめんなさい。m(_ _)m