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彩兼、0点を取る!?

今日はポニーテールの日ですね!

poni-myuraはポニーテールヒロインを何処までも応援いたします!

 問1。公爵様が流行りの菓子をご所望されたので下男を使いに出すことにしました。1ルランの菓子を100個、5ルランの菓子を50個、8ルランの菓子を20個を買うには何ルラン必要ですか?


 問2。猪が大量発生したため警邏隊10人と猟師10人とが協力して10頭の猪を捉えました。捉えた猪を売ってお金にした場合ひとりいくら受けとることができるでしょう? 猪は通常1頭100ルラン程度で取引されています。


 問3。100人が住んでいる村に魔獣デデスピオンが現れて1日目に3人。2日目に6人。3日目に9人が殺されました。その後隣村から猟師が12人やってきて、デデスピオンは討伐されました。さて、村人は何人残っていますか?


(なんじゃこりゃ? 大丈夫か最高学府……)


 眼の前にある問題用紙。

 小学校レベルの文章題か意地悪なぞなぞにしか見えないそれは、先日学園行われたテストの問題である。


 彩兼の学力を見たいと言われて図書室につれてこられた彩兼。


 紙とインクの匂いに満たされて静かな威厳を感じさせる図書室は他に誰もおらず、セレスティスと2人きり。和紙のような触感の答案用紙には校章の印が入り、いかにもな趣きがあるが、そこに書かれた問題に彩兼はずっこけそうになった。


「制限時間は次の鐘がなるまででいいですか?」

「え? はい……十分です」


 鐘が鳴るのは1時間に1回。ちらりと懐から出したダイバーズウォッチで確認すると、まだ30分以上ある。


(ここの生徒はこの問題を解くのにそんなにかけるのか?)


 呆れながら鉛筆を走らせて回答を記入していく。


「できました」


 問1に510ルラン。

 問2に50ルラン。

 問3に82人と回答して答案用紙をセレスティスに見せた。

 1分もかけずに問題を解いた彩兼に怪訝な表情をしてセレスティスは答案用紙を受け取る。


「随分早いですね。ここの資料を見なくてもよかったのですか?」

「え? 単純な計算問題でしょう?」

「ふぅ……なるほど。そういうことですか」


 セレスティスの言葉の意味がわからず彩兼が聞き返すと彼女は小さく息をついた。その後彩兼の解答を確認すると容赦なく赤鉛筆でバツを付け、とどめとばかりに0点と書きなぐった。


「全問不正解。0点です」

「なんですと!?」

「アヤカネ先生はこの問題を勘違いしていらっしゃるようですね?」


 納得していない様子の彩兼にセレスティスは問題の説明を行う。

 その仕草と雰囲気は決して彩兼を馬鹿にするような様子はなく、優しく教え子を導く女教師のそれだ。


「まず問1ですが、お菓子の代金に1000ルラン。それから下男の手間賃に50ルラン。それに帰りは荷物があるわけですから車を雇うのに300ルラン。合計だいたい1350ルランと回答して80点というところですね」

「は?」


 美しき女教師の口から出たあまりの珍回答に彩兼は間抜けな声を出してしまった。


 だいたい80点ってなに!?


 ツッコミどころが多すぎて、どこから聞けば良いのかわからないが、まず大きなところから疑問を呈する。


「あの……まず買い物したのは510ルラン分の菓子でしょう? なんで1000ルランなんです? 490ルランはどこからきたんですか!?」


 彩兼の抗議に、セレスティスは白魚のような綺麗な指で問題の最初の一文が書かれた部分をとんとんと叩く。


「アヤカネ先生。問題文をよく見てください」

「公爵様……?」

「はい。公爵様です。公爵家がお釣りを受け取ったり、ちょうどで支払ったりするわけがないじゃありませんか。大貴族としての沽券に関わります」


 分かるかそんなもん!!


 彩兼は叫びそうに鳴るのをどうにか堪えた。


「この国には『金貨での買い物は貴族の嗜み』という言葉があります。とはいえ、お釣りを受け取るには店側に相当量の銀貨を用意させねばなりませんから、貴族はお釣りを受け取らないのです」


 ぽっかーん。その時の彩兼の顔はその言葉がぴったりだっただろう。


「な、なるほど……では満点の解答とは?」

「店員へのチップや、付近に子供や妊婦がいたら施しをする場合などが考えられます。それらを予測してより納得の行く数字を出した場合に加点されるというわけです。


(そういうことか……)


 彩兼はこの問題を見て小学生レベルの算数の問題だと思っていた。だが違った。これは状況を予測してより具体的な数字をはじき出す論述問題だったのだ。


 他の問題もそうだ。


「警邏隊員は規則で副収入を得ることを禁止されていますから、お金を受け取ることはありません。あと、大量発生しているということは1頭あたりの価格も3割り程度にまで値崩れしていることが考えられます。つまり答えは猟師がひとりあたり約30ルランとなるわけです」


 問1が貴族の習慣と手間賃や車代の相場を知っていなければ解けなかったように、この問題は警邏隊の隊規を知っていなければ答えることができなかった。だが、先日この世界に来たばかりの彩兼がそんなことを知っているはずがない。


「俺、そんなの知りませんよ?」

「調べる時間はあげましたよ?」


 女神のような微笑みを浮かべるセレスティス。


 続いて問3の問題だが、これは魔獣デデスピオンを知っていなければならなかった。


「デデスピオンは中型のサソリ型魔獣で、討伐するには警邏隊の衛士2個小隊、48名が適当とされています。12人が援軍に来たからといって村人だけでどうにかなるものではありません」

「どうにかなるものじゃないって、それならどうやって倒したっていうんですか?」

「デデスピオンを確実かつ被害を抑えて討伐できる人数。それが訓練された衛士2個小隊なのです。村人だけで討伐しようとすれば相当な犠牲を払ったと考えられますから……ほぼ全滅でしょう」

「ひどい問題ですね……」

「それでも、知らないではすまないことです」

「そうですね……」


 セレスティスの模範解答を聞き終えた彩兼は、改めて0点の答案用紙をまじまじと見つめる。

 地球では優等生の彩兼が、この世界のテストで0点だった。何故か? 


 彩兼はこの世界を心の何処かで所詮発展途上の世界と馬鹿にしていたのだろう。だから問題を見ても疑問を持たなかった。この程度なのだろうと納得してそれで問題を読み違えた。


「テストで0点なんて生まれて初めて取りましたよ」

「ふふふ、0点をつけたのは私も初めてです」


 彼女が彩兼の知識にあまり関心がないというのもあるだろう。他の教授だったら、彩兼が教える立場になり、過ちに気が付かなかったかもしれない。


 カイロスはそこまで考えていたのだろうか?


「この答案は記念にいただいてもいいですか?」

「え、ええ。勿論です。彩兼先生は変わった方ですね」


 その日、彩兼の宝物がひとつ増えた。



***



 その頃、学園長室では……

 カイロスの元にある人物が訪ねてて来ていた。着崩した着流しと随分ラフな格好だが、警邏庁北方本部長官フリックス・フリントである。


 フリックスにとってカイロスは師であり、今でも絶大な信頼を寄せている。

 常に張り詰めた空気を纏っているフリックスだが、カイロスの前ではそれが和らいでいるのがその証拠だった。


 人でありながら魔族をも凌駕する力を持つ彼は、人種族にとって希望の象徴であり英雄であるが、中にはその生命を狙う輩も存在する。

 彼ひとりならばそう遅れを取ることはないだろう。だが周りの人間が巻き込まれることは十分に考えられ、そうならないために彼は常に周囲に神経を尖らせていた。

 そのために彼が気を休めることができる場所は実に少ない。

例えば皇狼であるマロリンの傍ら。自分と同等以上の力を持つ彼女の前では彼はひとりの男になれる。

 そして恩師であるカイロスが守護する学園の中で彼はOBとして人に戻ることができるのだ。


 ソファーに腰を下ろし、カイロスがいれた紅茶目をすすり目を細めるフリックス。

 対象的にカイロスは眉をしかめて、フリックスから預かった書類に目を通している。それは一連のリーパー襲撃事件に関する報告書だ。

 

「これは……警邏隊からも思った以上に被害が出ていますね。君も辛いでしょう……」


 沈痛な面持ちでカイロスが言葉を漏らす。

 事件発生から昨日までの間にわかっているだけでも20名以上。MIA(戦死が確認されていない戦闘中行方不明者)を全て含めると殉職者は50名近くになる。


「ええ、それも今朝までにわかっている者に限ります。初動捜査の遅れも、たかがリーパーと侮ったことも、全て自分に油断があったためです。それで多くの部下を死なせてしまった」


 感傷的なカイロスに対してフリックスは口調は淡々としたものだ。だがカイロスは人一倍責任感が強い彼が部下の死に心を痛めていることに気がついていた。


 強靭な肉体を持つフリックスだが、メンタルはそこまで人間離れしていない。彼もまだ20代と若く、警邏庁の長としての責務と人類の切り札としての期待を背負って無理をしていることを冷たいポーカーフェイスで隠しているのだ。


 その後しばらく沈黙が流れ、それを破ったのはカイロスだった。


「君も気づいていると思いますが、今回の事件はあまりにも出来すぎている。調査には僕も協力を惜しむつもりはありません」

「よろしくお願いします」


 予測できないリーパーの動き。行方知れずになった偵察隊。最初に襲われた集落についても疑問が残る。いくらリーパーが獰猛で数が多いとはいえ、住民がひとりも脱出できずに食い殺されるなど考えにくい。

 フリックスもカイロスも言葉にはしないが、今回の事件の裏には人の関与があると確信していた。

 リーパーの大規模な群れの動きを警邏庁の目からそらし、人の味を教え、意図的に誘導した何か大きな組織がこの国の中に存在すると……


 学園は国の頭脳が集う場所であると同時に、魔族社会との窓口でもある。人より鋭敏な感覚を持つ彼らの協力が得られれば、調査は格段に早く進むだろう。


「ふむ、しかしこれだけならわざわざ君が持ってくることもなかったのでは? 君も暇ではないでしょう」


 報告書を読み終えてカイロスが顔を上げる。

 被害を受けた村や町、犠牲になった者など詳細が細やかに記されているが、大まかなあらましはこれまで聞いてる通りだ。

 リーパーによる大規模な襲撃事件は警邏隊とメロウ族によって殲滅された。報告書の最後はそう結ばれている。


「ええ。ですが実はこの事件には続きがあります」

「ほう? 実直な君らしくないですね」


 普段のフリックスならば、最初から全て見せていたはずだ。それをわざわざ別個にしたのは、記録から抹消することを考慮してのことであり、その判断をカイロスに任せるという意味だ。


「俺としても、どう扱うべきか迷いまして、先生の意見を聞かせていただきたいと参じた次第です」

「……君からまさかそんな言葉を聞くとは思いませんでしたね」


 フリックスが語る続き。それはリーパーが繁殖地としていた離島を発見し、それに対して彩兼がなんらかの攻撃を行い、離島もろとも消滅させた件についてだ。


「事実なのですか?」


 フリックスに話を聞き、カイロスが鋭く目を細める。


「ええ、俺はそのとき彼の船に乗っていましたので間違いありません。ですが何を行ったのかがわからない。彼の説明も俺にはさっぱり理解できませんでした」

「ふむ」


カイロスは秀麗な眉目を寄せて顎をなぶる。


(彼はこの世界に何を持ち込んだんでしょうね……)


 無論カイロスは地球にある核兵器のことは知っている。だから真っ先にそれを疑った。だが流石に民間人の彩兼がそんなものを持っているはずがない。


「僕は彼をあまりこの世界にかかわらせたくないと考えています。彼をここで雇うと決めたのも、目の届くところで元の世界に帰る手助けをするため……ですが、彼がそれほどの力を持っていると知れれば、国としては放っておけません。急進派の貴族や神民主義者達も黙っていないでしょう」


 急進派というのは国土拡張を急く輩のことだ。人口増加の著しいルネッタリア王国だが魔獣が住む森林地帯の開拓には時間がかかる。かつて強引な開拓によって国力を衰退させたアルフヘイムの例もあることから、開拓は十分な調査と綿密な計画を持って進められているからだ。だが、それが慎重すぎると焦れている貴族は多い。

 魔獣を容易く焼き払う力。それがあれば開拓は急速に進む。この件を彼らが知れば、なんとしてでも彩兼とアリスリット号を手に入れようとするだろう。

 

 そして神民主義者(デウスニスト)に至っては、それを魔族勢力に向けることが容易に想像できる。彼らの目指すところは全ての魔族の支配。もしくは排除だ。


(僕が200年かけて作り上げたこの国を、荒らすようなことは絶対にさせません)


 カイロスは、今聞いた内容を決して他言しないようにフリックスに言い含めた。

 重々しく頷くフリックス。

 あと、それを知っているもうひとりの人物。ファルカにも念を押しておかなければならない。今日の昼までには勾留(おしおき)中の彼女も釈放されて帰ってくる。


「君はいいのですか? 警邏庁の長として、彼が欲しくはないのですか?」


 彩兼の力があれば、警邏隊の犠牲を減らせる。そして助けられる人々も格段に増える。だが、警邏庁の長は迷いなく頭を振った。


「俺はあいつを早く故郷に帰してやりたい」


 フリックスの考えに賛同するようにその肩を叩くカイロス。


「僕も同じ気持ちですよ。わかりました。この件は一度僕からも彼に確認してみましょう」

「よろしくお願いします」

「そういえば当のアヤカネは? まだ周囲に渡界人であると伝えていないのですか?」

「ええ、何人かには伝えましたが、陛下とサイモン卿の承認がまだですからね。ただ、うちの職員には夜に食事会を開いてそこで伝えようと考えています」


 カイロスは教授陣を招いて、彩兼を紹介する催しを開くつもりでいることを告げた。表向きはあくまで新しい講師の歓迎会としてだ。その場で彩兼が渡界人であることも発表するという。


 フリックスも一緒にどうかとカイロスは訪ねたが、流石に忙しいからと誘いを断るフリックス。彼は明日にはまたサバミコの町に戻ることになっている。犠牲になった人たちを弔う行事に参加することになっているのだ。


「ふむ。ですが、そうもいかないかもしれませんよ? どうやら向こうからいらしたようです」

「ほう?」


 そのときカイロスは風精の眼(シルフアイ)で、学園に近づく鹿車の集団を察知していた。


「さて、どうしますか?」

「知らん顔して帰るわけにもいかないでしょう。俺もご一緒させていただきます」

「ですね。それでは参りましょうか」

「はい」


 カイロスとフリックスはその人物を出迎えるために、校門へと向かった。

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