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メイド少女と美人女教師

今日は6月24日。全世界的にUFOの日ですね!

 ファルプ世界で4度目の朝を迎えた。


 朝食後にメイド服姿の少女が入れてくれたお茶を啜るという贅沢な時間を堪能する彩兼。


(母さん、弥弥乃。心配してるだろうけど俺はまだまだ帰れそうにないよ)


 彩兼は心の中で母と妹に謝ると、早朝から朝食を用意してくれたメイド服の少女に礼を言う。


「ごちそうさまでした。すごく美味しかったよ」


 浅黒い肌に色素の薄い髪。この世界の女性では珍しい短く切り揃えたボブカット。メイド服を着て早朝から甲斐甲斐しく彩兼の世話をしていたのは、学園の生徒であるはずのハツだった。

 カイロスは普段から使用人を雇ったりはせずに、掃除などは自分や弟子たちで行い、食事は基本的に学園寮の食堂で取っている。だが来客などがあった場合など人手が必要なときは学生をアルバイトとして雇うことがあるらしい。

 

 本来は数多い希望者の中から選ばれなくてはならないが、今回ハツは彩兼が地球から来た渡界人であることを知っているため、カイロスから直々に世話を頼まれたのだそうだ。


「可愛い服だね。よく似合ってる」

「あ、ありがとうございます」


 大人しそうな少女は、照れくさそうにはにかみながら食器の片付けを始める。

 日本でもおなじみのメイド服はこの国の使用人の服として定着しているそうで、広めたのは無論カイロスだ。


「授業もあるのに、ハツは働き者だね」

「いえ、うちの里は貧しいんで、こうして仕事回してもらえるのはありがたいんです」


 貧しいといっても食うに困っているわけではない。彼女のむっちりと健康的な身体つきは自然の恵みを十分に受けて育まれたものである。ただ、ヤシャ族の里は秘境ともいえる場所にあり、貨幣経済の導入が遅れているため里に現金が無いため仕送りができないのだ。

 マイヅル学園では魔族枠で入学した生徒は魔法の研究への貢献を引き換えに、授業料の免除と食と住、制服の提供を行っている。だが、充実した学生生活を送るためにある程度は自由に仕える金が必要だろう。そのためハツは学業の合間にこうしてアルバイトに励んでいるのである。そういった事情の魔族は少なくない。


 彩兼に褒められたハツは仄かに頬を染め、やりづらそうに盆に食器を重ねていく。


「あ、あと、学園長先生からお食事が終わったら学園長室まで来るようにと言付かっております」

「うん、ありがとう」

「し、失礼します」


 彩兼が微笑むとハツはぎくしゃくした動きで客間を出ていった。


(初々しいなぁ)


 その小動物のような様子からは、メロウ族のファルカを力で圧倒する強靱な戦闘民族という印象は全く受けない。彩兼はほっこりした気分で彼女を見送ると、身なりを整えて客間を出た彩兼は学園長室へ向かうのだった。



***



「彩兼です」

「どうぞ、入って来てください」


 学園長室に入るとそこにはカイロスとサリーに似た衣装を纏ったひとりの女性の姿があった。知的な印象を与える美しい女性で、歳は20歳くらいだろう。ふんわりとした長いミルクティー色の髪を流し、背はそれほど高くはないが、胸はゆったりした服の上からでもわかる程豊かであることが見て取れる。


「おはようございますアヤカネ君。昨夜はよく眠れましたか?」

「おはようございます。ええ、おかげさまで。夕食も朝食もとても美味しかったです」

「それはよかった。僕は忙しくて、ハツ君に任せてしまいましたが不都合はありませんでしたか?」


 朝食だけでなく、昨日は客間を掃除して夕食の配膳や風呂を沸かしてくれたりしたのも彼女だった。


「いえ、可愛くて働き者で、とてもいい子ですね」

「あはは、まさか彼女まで食べちゃったりはしてないでしょうね?」

「そんなわけないでしょう?」

「そうですね。あの子が相手じゃむしろ食べられるのはキミの方……」


 カイロスの今どき中学生もしないような下品なジョークは、その場にいた女性のわざとらしい咳払いによって中断される。


「コホン。学園長?」

「あはは、すみません」


 女性に睨まれて、頭をかくカイロス。どうやらこの学園の職員らしい女性の説教が始まろうとしたところで、口を開いたのは彩兼だ。


「えっと、学園長。そちらのまるで星の光を集めて人を形どったような美しい女性はどちらですか?」


 彩兼の歯の浮くような台詞にさすがの女性も、カイロスを窘めようとするのをやめてぽかんとした顔をしている。


 女性を引き立てる話術は冒険者の嗜み。


 自分の容姿が最も映えることを計算した潮風が似合う爽やか笑顔。

 甘みと爽快感を感じさせるチョコミントのような台詞。


 譲治に叩き込まれたフェミニズムと、持って生まれた容姿を活かした、彩兼必殺の年上殺しのコンボが学園長室の中に乾いた空気を作り出す。


「ふふふ。セレスティス女史。彼がミスター、ナルミ・アヤカネ君です。120年ぶりのニッポンからの渡界人ですが……面白いでしょう?」

「ええ、学園長。話で聞くよりずっと良い方のようですね」


 思わぬ援護射撃にカイロスは笑いを堪え、女性の方もつられて口元を緩めている。

 ファーストコンタクトがうまくいったことに密かに胸を撫で下ろす彩兼。女性に与えた印象は二枚目半分といったところだろうか? ここで「何いってんのこいつ」という反応をされて、アブラムシを見るような目をされたら海底に引きこもってしまうかもしれない。


(ここに弥弥乃がいなくてよかった)


 弥弥乃がいたら間違いなくバイキンを見るような目で見られたことだろう。


「アヤカネ君、こちらはセレスティス女史。天文学と占星術の第一人者でこの学園で最年少にして教授職に就いた才媛です。君にはしばらく彼女の助手をやってもらおうと思ってお呼びしました」


 カイロスが一歩前に出てお互いを紹介する。セッテというのは普段使われているセレスティスの愛称らしい。

 また、彩兼は彼女の下でしばらくは研修という形になるようだ。彩兼も特別講師という大層な肩書をもらっても、何をしていいかわからなかったため、それはありがたい話である。その指導に就くのが彼女のような美人であるならなおのことである。


「はじめましてミスター・アヤカネ。この学園で教授職を務めさせていただいているセレスティスと申します。チキュウの方とお会いすることが出来て大変嬉しく思います」

「鳴海彩兼です。こちらこそご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします」


 まるで貴族を相手にでもするかのように嫋やかに礼をするセレスティスに、失礼のないように腰を折って礼を返す彩兼。


「アヤカネ君のことは今夜あたり夕食会を開いて紹介しましょう。それまでアヤカネ君が渡界人であることは他の皆さんに内緒ですよ」

「ええ、きっと大騒ぎになってしまいますからね」


 一足先に事情を聞かされているセレスティスは納得したかのように同意する。

 この学園ではカイロスが意図的に流した地球由来の技術の研究に携わっている者が大勢いる。そんな彼等が地球人である彩兼を放って置くはずがなく、知れ渡ればたちまち引っ張りだこの質問攻めになることは間違いない。


「セレスティス先生は地球の学問に興味はないのですか?」

「他の教授と違って、私の専門である天文学は答えを聞いてどうにかなるものではありませんから」

「まあ、確かにそうなんですけどね……」


 彼女の言い分にカイロスが苦笑する。


 地球の歴史では天文学は学問の始まりと言っても過言ではない。神話や数学など、地球人のアイデンティティの構築に大きく関わってきた。

 だがこの世界では天文学はあまり人気がない。それら学問の黎明期を飛び越えて、既に暦や数学を地球から持ち込まれてしまっているからだ。


 地動説は当たり前。大抵の国民はファルプ世界が惑星であることも、太陽の周りを回っていることも知っている。しかも宗教観が無いため、夜空の星の煌きを美しいと思ってもそこに大宇宙への浪漫や、神話を思い描いて見上げることはない。


 彩兼が視線を送ると顔を背けるカイロス。全部この男のせいである。


 この学園は魔法と地球技術の研究の最先端だ。手を伸ばしても届かない遠くの星より、身近にある確かな奇跡。そして目から鱗が落ちるような技術に目が向いてしまうのもしかたがないだろう。


 つまりこの世界の天文学は始まる前から枯れてしまっているのである。カイロスがセレスティスに彩兼を預けたのも、彩兼が彼女に肩入れしてもあまり世界に影響がないという判断したからだった。


 そういった事情を話しながら、セレスティスの表情がどんどん暗くなっていく。そんな彼女に向けた彩兼の表情は、チョコミントスマイルではなく本来の自然な笑顔だった。


「確かに今のこの世界で天文学はそれほど役に立たないのかもしれません。しかし1000年後の時代にきっと役に立つ日が来ます。人が空を越えてその先に進む時代のために、星を眺めることは決して無駄ではないことを、俺は知っています」

「アヤカネ先生……」

「未来のために、一緒に頑張りましょう!」

「はい!」


 彩兼の差し出した手をセレスティスは、熟れた桃のように紅が差した手でしっかりと握ったのだった。

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