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尻尾と嫉妬

もふもふ尻尾の獣人少女が苦手な方はお控えください。

 一通りの話をした後、まだ仕事が残っているカイロスと別れて、彩兼はひとり学園の敷地内にある林道を歩いていた。


 カイロスには学園の敷地から出ないようにと、強制ではなくお願いされているが、生徒や職員のプライベートな場所を除いて好きに見て回って構わないと言われている。学園の敷地の大半は自然公園のようでその中を探検するだけでも数日は楽しめるだろう。


 目立たないようにと今彩兼はカイロスに借りた茶渋色のゆったりとした着物に袖を通している。持ち物は竹でできた水筒と小腹満たしにともらった乾パンの入った巾着袋。ハンズフリーマイクと帯にパレットを挿しているだけだ。


 着物はカイロスが縫製技術と共に地球から持ち込んで広めたもので、風土に合っているため、主にプライベートな時間に着る私服として広く普及しているのだ。


 林道を抜けると、そこはちょっとした広場になっていた。学生たちが普段憩いの場に使っているのだろう。真ん中に生えた大きなクヌギの木の周囲には、腰掛けるのに良さそうな丸太なんかが置いてある。


(よし、ここならよさそうだ)


 あたりを見回して彩兼は慎重に周囲に他に人がいないことを確認する。


 ファルプ世界は地球より約15ヶ月遅れているため、ルネッタリア王国の暦だと今は5月。そして心地よい五月晴れ。午後の憩いのひとときをおくるのに文句ない場所だが、今は授業中のためか、付近に人の気配はない。


 彩兼が人気のない場所を探していたのはある欲求を満たすためだ。だがそれを人前でやるには、やや勇気を必要とする。

 客間はカイロスに声を聞かれる恐れがあるため、彩兼は人気の無い場所を探していたのだった。


「アリス、ドローンによる警戒を指示があるまで一時中断してくれ」


『了解、ドローンを待機させます』


 ハンズフリーマイクで港に停泊しているアリスリット号に指示を出す。サバミコの町で散々な目にあったこともあり、彩兼はアリスリット号のAIに自分のガードを命じていた。

 無線機で常に通信ができるように上空に電波中継用のバルーンを飛ばし、実は今もドローンが彩兼の周囲を警戒している。それを中断するのはこれから記録に残したくない行為を彩兼が行うつもりだからだ。


(みなぎる俺のパッションを今ここに解き放つ!)


 クヌギの木の下で、彩兼はもう一度周囲を確認すると、静かに深呼吸する。

 

(精霊は人に応えてはくれないかもしれない。けれど魔力は人にも影響を与えているらしい。それならできるかもしれない。あの技が!!)


 足を広げ、腰を落とし、両手をゆっくりと右腰の近くへ持っていく。体内に秘められたエネルギーを凝縮して打ち出すようにイメージしながら両の手で龍の顎を形作るようにして突き出し、叫んだ。


「か・○・は・め・波っ!!」


……

………

…………

 何も起こらない。だが、かの仙人も、完成まで50年の修業を必要とした大技だ。彩兼も最初から上手くいくとは思っていない。


「か~○~は~め~波~っ!!」


……

………

…………

 再度試みるが、やはり手から光線が出ることはない。

 だが、何か手応えを求めて再び両手を腰へ。


 校舎の方から授業を終える鐘の音が聞こえてきた。これからこの広場にも人が来るかもしれないと考えた彩兼は、これを最後とするべく大きく息を吸いこむ。


「かぁー○ぇーはぁーめぇーはぁぁぁぁっ!!」

「もーーっ!! うるさーーいっ!!」

「!?!?」


 頭上からした声に、彩兼は両腕を突き出したままの状態で固まる。


 ギシギシと首から軋む音が聞こえるような動きで見上げると、目に入ったのは枝から垂れ下がる真っ白なもふもふだ。そして学園の制服を着た女の子が枝にもたれて、眠そうな目で彩兼のことを見下ろしている。白いもふもふは、短いスカートからはみ出した彼女の尻尾だった。


「こ、子供?」

「ぶー、タマモは子供じゃないし」


 獣人の女の子だ。ふわりと尻尾がゆれて、女の子は軽やかに地面に着地する。


 ツインテールにした白くて長い髪が風に揺らめく。学園の生徒ならば12歳以上なのだろうが、女の子の背丈は彩兼の肩程もなく、顔立ちも幼いため10歳くらいに見える。いや、訂正。胸元の膨らみは十分大人の水準を満たしていた。


(タマモ? それがこの子の名前か。狼系獣人? いや狐か? )


 女の子の白い綿毛のような尻尾は狐のものだ。それからそれと同じ色の三角形の耳が初夏の風を受けて、くすぐったそうにぴこぴこと揺れている。

 どうやら彩兼が来るずっと前から木の上で眠っていたようだ。ドローンのセンサーが健在であればAIが忠告していたはずだが、それを切ったのは他ならぬ彩兼自身である。


「なにやってたん? さっきの何?」


 タマモが眠そうな顔と声で彩兼の心をえぐる。


(今のみられてた!?)


 救いは彩兼が何をしていたのか、女の子が理解してなかったことだろうか?


「なななな、なんでもない。そうだ、タマモちゃんお腹減ってる? このお菓子あげるから今見たのを忘れてくれないか?」


 彩兼は乾パンの入った巾着袋差し出してタマモの買収を図るが、タマモはぷいっとそっぽを向く。


「嫌! それ嫌い!」

「なんで中身見ないでわかるんだ? 美味しいお菓子かもしれないぞ?」

「乾パンでしょ? 見なくても匂いでわかるよ」


 獣人の5感、特に聴覚と嗅覚は人間より鋭い。巾着袋越しにも中に何が入ってるかを当てるぐらいは朝飯前だ。 

 確かに固くてぱさついていたが、味は悪くなかった。だが、彼女を満足させるものではなかったらしい。


「ところでお兄さん誰? 何やってたん? 変わった匂いがする」


 タマモは彩兼に顔を近づけてすんすんと鼻を鳴らす。


「いや、俺はだな……」


 名乗るのをためらったのは、国からの正式な発表が行われるまで、あまり自分が地球人であることを話すなとカイロスに言われていたからだ。

 形式的なことではあるが、国の認知を受けている以前と後ではトラブルが起こった際の対応が全くことなる。


「うん? なんやこれ?」


 彩兼の体を嗅ぎ回っていた女の子は、帯に挟んだパレットに手を伸ばす。


「あ! こら!」


 彩兼が止めようとしたが一瞬遅かった。女の子はパレットを手にすると、取り返そうとする彩兼の手をさっと躱す。

 

「こら! 返せ!」

「べー!」


 小さく舌を出すタマモ。捕まえようとする彩兼だが、彼女はくるくるとからかうように彩兼を翻弄する。


「何やってたのか教えてくれたら返してあげるよ!」

「ぐぬぬぬぬ……はぁ、仕方ないな……あれはかめはめ……いや、掌法といって、俺の故郷に伝わる必殺技だ。ちょっとここで練習させてもらってた」


 相手は獣人。すばしっこい上に例え捕まえられても取っ組み合いで勝てる保証もない。彩兼は力づくで取り返すことを諦めると、何をしていたかを白状する。


 だがそれが女の子の興味を引いてしまったようで、タマモは眠そうにしていた目を輝かせた。


「おお! 必殺技! どうやるん?」

「悪いんだけど一子相伝の奥義なんだ教えることはできない」

「どうやるん?」


 タマモがパレットを眼の前でひらひらさせる。


「こんにゃろ……! 仕方がないな。本当に秘密だぞ」


 彩兼はそう念を押すと、タマモの前であの技の一連の動きをやってみせる。


「こうやってな……」

「こう?」


 彩兼の動きをタマモが真似する。


「ああ、もう少し脚を開いて。力を手に溜める感じ……そうそう。そこからためた力を吐き出す感じで……こうだ」


 右手を上に左手を下に腕を前に突き出す。アニメならここで手から光線が出る。


「そうそう……って隙あり!」

「あっ!?」


 女の子が腕を突き出したところで彩兼はその手からパレットを取り返した。

 

「ずるい!」

「教えたんだからいいだろ?」

「まだ誰か聞いてないよ?」

「ああ、俺は彩兼だ。今度ここで講師をすることになった」

「なんだ。新しい先生か」


 彩兼の言葉に女の子は半目で唇を尖らせる。日本風に言い方を変えると「チッ……なんだセンコーかよ」という感じである。


「それでこれでどうなるん?」

「ああ、手から発生した波動によって相手を吹き飛ばすことができる」

「ほんとう?」

「修行を積めばたぶんな」

「さっき叫んでたの。あれはなんなん?」

「……あれも教えるのか?」

「当然」


 彩兼はもうこの場を離れたかったのだが、まだ彼女は逃してはくれないようだ。諦めるかのように肩を落とす。


「あれは気合だ」

「気合?」

「そうだ、気合だ」

「どんなふうに?」

「こんな風に、腰でためて……はーーっ! だ」

「こうやって……」


 彩兼も別に期待していたわけではなかった。むしろ何も起こらずタマモが飽きればそれでいいと考えていた。


「はーーっ!」


 だが、可愛らしい声と同時に腕を突き出した瞬間ソレは起きた。


「うわっ!?」


 地面から発生した小さな衝撃波が彼女のツインテールの髪を昇竜の如く巻き上げる。制服のスカートが捲れて顕になった白い下着は横で結ぶシンプルなデザインで、尻尾に配慮してか布面積が小さい。


「嘘だろ……」


 驚愕する彩兼。それは一瞬であり、光線がでたわけでもないだが、確かに何かが起こった。


「使えね」


 だが当のタマモはといえば、冷めた反応だ。

 衝撃波で彼女の制服のスカートや髪だけでなく、尻尾の毛もひどく乱れている。


「今、何が……?」

「……まほーがぼーそーした」

「魔法が暴走? 今のが魔法?」

「そうだよ。今すごいまほーの力が湧いてきたけど扱いきれなかった」


 獣人を始め魔族は大地から魔力の供給を受けている。彼らはそれを大地の精霊の力と呼んでいた。外部からのエネルギーサプライとそれに耐えられる肉体。それが魔族の高い身体能力を生み出しているのだ。


「……まじかよ」


 アニメのように光線が出たわけではないが、何かを起こすことは出来た。それが重要なのだ。

 修行を積めば本当に撃てるかもしれない。それを期待するには十分であり、彩兼はそれが羨ましい。

 魔族の持つ可能性や力に嫉妬せずにはいられなかった。


(この世界の人は、いつもこんな気持でいるのかもしれないな)


 複雑な彩兼の気持ちなど知らないだろう。女の子は丸太に腰掛けて尻尾の毛づくろいを始めている。


「それ、触ってもいい?」

「なぁに? おっぱい?」

「違う。尻尾」

「うーん、どうしよっかな」


 女の子はじっと彩兼のある部分へと目を向ける。帯に下げた巾着袋だ。


(嫌いって言ってたくせに。素直じゃない子だな)


「ほら。全部は勘弁してくれよ?」

「ん」


 乾パンの入った巾着袋ごと渡すと、早速巾着袋を開けて乾パンを口に放り込む。


「硬い……」


 女の子は文句を言いながらそれを噛み砕く。彩兼が水筒も渡すと、その水で胃に流し込み、ふたつ目を頬張る。

 彩兼はそんな彼女の隣に腰を下ろすし、尻尾に触れる。

 タマモに嫌がる素振りはない。どうやら好きに撫でて構わないようだ。白い毛並みはふんわりと真綿のように柔らかく、彩兼はその感触を堪能するようになるべく優しく撫でる。


「ふわふわだ。いいなぁ……」


 気持ちよかったからか、腹が膨れたからか、タマモは初めて彩兼に笑顔を見せた。


「えへへ、いいでしょ?」

「ああ、君たちが羨ましいよ」


 勿論、尻尾がという意味ではないが、タマモはずいぶんと気を良くしたようで彩兼は存分に彼女の尻尾の感触を堪能したのだった。




***




「おーーい! たま坊ーーっ!」


 林道の方から声がした。目を向けると、林道からひとりの女子生徒が姿がある。

 鮮やかな赤毛の狼系獣人の娘、ヒシャクだ。


「シャクか……また五月蝿いのが来た」

「聞こえてるよ!」


 悪態をつくタマモに間髪入れず叱責するヒシャク。鼻だけでなく耳も良いのだ。


「たま坊! また授業サボってたな! 先生怒ってたぞ」

「授業つまんないもん」


 どうやらタマモは木の上に隠れて授業をサボっていたようだ。

 続いてヒシャクは彩兼に目をやる。


「やあ、アヤカネもいたのか。さっきと格好が違うけど似合ってるよ」

「あ、ありがとう」


 彩兼は彼女の視線から逃れるように目をそらす。

 それはさっきカイロスと見た動画のせいだ。彼女が褌を締めて相撲をとる姿が脳裏にちらつくせいでどうにも直視し辛いのである。

 女性的な丸みは他の女の子達に譲るが、健康美に溢れた身体は決して見劣りしない魅力を持っていた。


 また試合でも積極的に攻めていく彼女は勝っても負けても、印象に残る熱い取り組みばかりだ。


「うん? どうかした?」


 彩兼の目が泳いでることを不審に思ったのかヒシャクが鳶色の瞳でその顔を覗き込む。それをなんとか愛想笑で誤魔化す彩兼。


「シャクのこと知ってるん?」

「あ、ああ。港からここまで迎えに来てもらったんだ」

「ふぅん」


 彩兼の照れた様子に、タマモは何やら思いついたかのか、ヒシャクの元に近づいて何やら耳打ちする。


「ねえシャク、これやってみて」

「なに? どれどれ?」

「……こうやって、こう。そして、はーーっ! だよ」

「あ、それ秘密だって言ったろ!」


 彩兼はタマモが自分が教えた掌法を、ヒシャクにも教えているようだと気がついた。


「ふむふむ。こうやって……はっ!!」


 しかし彩兼が止める間もなく、ヒシャクの気合と共に足元でさっきと同じように衝撃波が起こる。項でまとめた尻尾髪が天を突き、彼女のスカートは言わずもがな……


「ちょっと!? 何させるんだよ! 魔法が暴走したじゃないか!」


 驚いてタマモに声を上げるヒシャク。だが、彩兼がいることに気がつき慌てて居住まいを正した。

 彩兼が言葉に詰まっていると、タマモは彩兼が内心考えていたことを正確に代弁する。

 

「おっぱい無いけど、尻はえろいな」


 ヒシャクはタマモの頭上に無言でゲンコツを落とす。なかなかいい音がした。



***



「それじゃあ、ボクらは行くから。またね」

「ああ、ふたり共またな」


 ヒシャクはこれからファルカに会いに警邏庁の本部庁舎まで行くという。タマモもヒシャクに首根っこを掴まれて連行されていった。


 ふたりの姿が見えなくなると、彩兼はハンズフリーマイクに話しかける。


「アリス、ガードを再開だ」


『了解。ドローンによる周囲の警戒を開始します』


 アリスリット号とのリンクが再接続されると、懐からパレットを抜く。


「荷電粒子砲屈曲射撃用意」


『荷電粒子砲収束パルス射撃モード。リフレクトドローン展開。パレットとのリンクを確認。射撃準備完了しました』


 彩兼離れた場所にある丸太にパレットを向けて照準をあわせる。


「発射」


 トリガーを引く。


 洋上のアリスリット号から放たれたプラズマの弾丸はリフレクトドローンによって反射され、標的にされた丸太に撃ち込まれる。

 アリスリット号から目標までの位置は直線でならば5キロもない。ほぼタイムラグなくボンッっと大きな破裂音がして木っ端微塵に吹き飛ぶ丸太を眺めると、彩兼はつまらなそうにため息をついてその場を後にしたのだった。

わたしはかめ○め波の真似はしたことがありません。そんなの絶対出来ないって分かってますから。

でも孔○王〈映画〉や波○拳〈アニメ〉の真似はやりました。何となく出来そうな気がしませんか?

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