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超科学の渡界魔法

長らくこのエピソードが抜け落ちていることに気がついていませんでした。

 この世界には地球にはない特別なエネルギー源。魔力が存在する。この魔力をエネルギーに精霊の力を使うことを魔法と呼ぶ。

 そして魔法が使えるのは、魔力によって進化した魔力変異新人種、通称魔族と、同じく魔力で変化した獣、即ち魔獣だけだ。

 人は魔力の影響を受けることはあっても精霊とコンタクトを取る術が無いため魔法は使えない。それがこのファルプ世界の理だ。


 人である彩兼では自分の力で渡界魔法は使えない。だが……


 ぬるくなったコーヒーで舌を湿らせ、彩兼はカイロスに訪ねた。


「……渡界魔法。学園長はやはりそれを魔法であるとお考えですか?」


 ファンタジーの世界で召喚だ転移だといったものは枚挙に暇がない程の定番だ。

 魔法と言ってしまえばそれまでだが、それは本当に魔法なのだろうか? 彩兼はそれが疑問だった。 UFOといい、カイロスの頭上のリングといい、間違いなく人工物だ。


「まあ、そんなわけ無いですよね」


 カイロスがふっと息をつく。

 魔法の申し子ともいえるエルフがあっさりと魔法を否定したのだ。


「僕も向こうの世界の知識に触れて気がついたんです。僕たち魔族が魔法と呼んで使っているコレは本当に魔法なのかってね。だって明らかに機械でしょう? これ」

 

 自分の頭の上にある八角形の輪っかをつんつんと突くカイロス。


「実際これを含めて、我々が魔法と呼んでいるものが何なのか、その正体について考えることを僕は保留しています」


 やはり、と彩兼は思った。この世界だけで生きていればそのような疑問を持つことはなかっただろう。だがカイロスは科学に支配された地球の常識と知識に触れることでそう考えるようになったようだ。

 カイロスはそこにあったメモ用の紙を、手のひらの上で浮かべる。これには種も仕掛けもある。風の精霊の力。魔法と呼ぶ何にかによるトリックだ。


「魔法だけではありません。魔族、精霊、魔獣、この世界にあって向こう側に無いもの。君はそれらが自然に発生したものだと思いますか? もしくは所謂『神』と呼ばれる存在によって創造された産物のように見えますか?」


 人魚にエルフ、魔法を見せつけられても、彩兼はそこに違和感を感じていた。確かに凄い。だが、魔法にしても必ず仕組みがあるはずだ。


 この世界の人間が地球の技術に驚くように、彩兼もまた、より発達した科学に化かされていたのではないか? 彼らがそうと気がついていないだけで……


「そのヒントが、そこに写る未確認物体なのかもしれません」


 カイロスは彩兼のスマホに写るUFOをまじまじと見つめる。カイロスもその正体に心当たりはないらしい。だが、人工物である以上、それを作り出した何者かが存在するのは間違いない。


「学園長は、この世界が高度な文明によって造られた人工の世界であると考えているのですか?」

「どうでしょう? 僕はそれを考えるのが恐ろしくて保留にしているのですよ」


 魔法とは何か? 魔族とは何か? 何故こんな力が使えるのか? そしてそれを誰が、何のために作ったのか?


 例えば地球の医学や技術を用いて自身の体を調べればもしかしたら答えを出すことができたかもしれない。しかし考えうる可能性に恐怖を覚えたカイロスは、それらの研究をこれまで行わずにいたという。


「実際魔法なんかより、地球の学問や技術の方がよっぽどこの世界のためになりますからね」


 そう言って積まれた本や資料を見る。


 元々自然豊かで食料が豊富なこの世界では一次産業があまり発達していなかった。また、母国から持ってきた麦も土地に合わず栽培が困難だったこともあり、人々は危険を犯して森に入り食料を調達する必要があった。だがカイロスが地球から持ち帰った稲作の技術によって農業が広まると、人々はより安定した食料を安全に入手できるようになった。


 その後もカイロスは学園を通じて国の産業の改革を行い現在に至る。


 魔法の研究は魅力的だが、始めたところでほとんど進まなかったばかりか、下手をすれば地球でモルモットにされていたかもしれない。もっと身近で人々に役立つ技術を学んだカイロスの判断は正しかったと言えるだろう。


 彩兼は冷めたコーヒーを飲み干した。カイロスがおかわりがいるかと訪ねたが、流石に3杯目はと、それを断る。


「あの……それで、貴方は俺を地球に戻すことはできるんですか?」


 彩兼の言葉にカイロスは頭を振る。彩兼もそれはなんとなく予想できた答えだった。


「残念ながら。僕はスーツケースひとつ分くらいの荷物を持って渡界することしか出来ません。これでもずいぶん進歩したんですよ? 最初何回かは服すら持って行けず素っ裸で路上に転移することになりましたからね」


 はははと笑うカイロス。彩兼はそのシュールな光景を思い浮かべて頭を抱える。70年かけてようやくスーツケースひとつ分、人を連れて行くにはもう100年は掛かりそうだ。


「でも昔のエルフは地球人をこっちに連れて来ていたんですよね?」


 カイロスは小さく頷く。


「かつていたハイ・エルフはコモン・エルフより遥かに強い魔法の力を持っていましたからね。それに僕は何度か動物で実験していますが全て失敗しています。運べる大きさもそうですが、生物を連れての渡界にはまた別の技術が必要なのかもしれません」


 カイロスは実験で用いた虫や小動物は渡界の際に全て死んでいたことを話した。また、120年前にこの国に流れ着いた地球人に対しても言及する。


「かつてこの地を訪れた地球の船には当初90名の人間が乗っていたそうですが、この世界に流れ着いたときに生き残っていたのはそのうちの12名だけでした。また、稀に地球船舶が漂着しますが、生存者は確認されていません。渡界の際に生死を分ける要因がなんなのか、今はまだわかっていないのですよ」


 その事実に彩兼はぞっとする。渡界魔法やあのUFOがどんな理屈で世界間を行き来しているのかはまだわからないが、彩兼はあのとき世界の間を通り抜けたのだ。


(亜空間とか時空の間とか、そういうところを生身で通ったんだよな……)


 彩兼を帰したくないがためにカイロスが嘘を言っているとは思わない。この部屋にあるものや、渡界魔法を秘密にしなかったことを誠意の証として十分と彩兼は見ている。


 しかし、とカイロスは話を続けた。


「それらがコモン・エルフである僕の能力不足だとしたら、僕にはどうにもできませんが、僕より魔法の力に恵まれたあの子達なら君を地球に帰すことができるかもしれません」


 あの子達とは彼の弟子たちだ。彼女達の魔法の才能はコモン・エルフを大きく上回りハイ・エルフに匹敵する。


「そもそもこの魔法、どうやって習得したのか使ってる僕もわからないんですけどね。ははは」

「なんですかそれ!?」

「地球について研究していたらある日突然使えるようになりましてね? そこで僕は彼女達にも渡界魔法を伝授すべく、日夜ここで一緒に地球について研究を続けているのですよ」


 渡界魔法が使えるようになる条件はカイロスにもわからないため、クレア、サクラ、アズの3人が使えるようになる保証はない。しかし、使えるようになればハイ・エルフと同じように、人をつれて渡界できる可能性がある。


「……ははは、精々嫌われないようにだけ気をつけますよ」

「結構、でも惚れられないでくださいね? この学園は恋愛禁止ですから」


 さらりとにこやかに、しかし目は真剣にカイロスが言った。


「えっと……まじっすか?」


 鳴海彩兼18歳。異世界に転移しても春の訪れはまだまだ先になりそうである。

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