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彩兼と秘密の部屋

 話を続ける前に場所を変えようというカイロスの言葉で席を立つ。だが、カイロスが向かったのは何もない壁際だ。


(どんでん返しの隠し扉か。でも絨毯に跡がついてる。お粗末だな)


 壁際から絨毯の毛の向きが一部変わって扇型に色合いが変化している。こうした手がかりから隠されたギミックを見つけるのは冒険者の嗜みだ。


「どうぞこちらへ」


 だが、彩兼の予想に反し、カイロスは扉に手をかけるとそれを横にスライドさせた。

 隠し扉は引き戸だった。

 カーペットの跡はフェイクだったのだ。彩兼のようにちょっと目ざとい人間を脅かす以上の意味のないものであるが……

 

「やりますね」


 彩兼は一本取られたと潔く負けを認めた。


「僕は魔法の学園の学長ですよ?」


 カイロスがコツコツとつま先を鳴らすと、足元で風が凪ぎ、絨毯の毛の向きが一斉に変化して見事に彼の孫娘の顔が描かれた。


 この世界に来て最もファンタジックな魔法を見せられて彩兼の口から自然と感嘆の息が漏れる。


「風の精霊の力ですか。器用なものですね」


 絨毯の毛に緻密な気流操作が行われなければ不可能な芸当だ。地味だがとても高度な技術である。


「こういうのは慣れですからね」


 再びつま先を鳴らすと、絵は消えてまっさらな状態へと戻る。


「行きましょう。暗いので気をつけてください」


 隠し扉の先には地下へ向かう階段があった。


「これから君に見せるのは陛下ですら知らないこの学園の最高機密といえるものです」

「何故それを会ったばかりの俺に?」

「君がニッポンの普通の高校生だったなら教えなかったかもしれません」

「俺、普通の高校生ですよ?」

「ふふふ、本当にそうでしたか?」


 見透かしたかのようなカイロスの笑みに、彩兼は口を噤む。自分が持つ知識と技術を驕るつもりはないが、卑下するつもりもない。父親から受け継ぎ、苦労して身に着けていた彩兼の誇りである。カイロスがどこまで彩兼のことを知っているのかはしらないが、随分高く評価されているようだ。


「放って置いてもおそらく君は気がつくでしょう。そして探ってくるはずです。だったら最初から教えておいた方がいい。僕は君と協力関係でありたいと思っています。これから見せるもの、話すことがその誠意の証と思ってください」


 二人は階段を下りた先の扉を開く。

 スイッチを入れる音がして、暗い地下室が白い明かりで満たされた。


「えっ!?」


 彩兼は思わず声を上げた。

 20畳ほどの地下室。そこには電気が通っていた。天井に取り付けられているのは近年普及したLEDランプである。

 電気だけではない。本棚には地球の本がぎっしりと詰まっていて、それに入りきらない本がいたるところに積み上げられている。百科事典、図鑑、専門書、小説、童話と、相当な雑食っぷりだ。また、世界地図に地球儀、望遠鏡、顕微鏡、デスクの上には電気スタンドに、ノートパソコンまで置いてあった。


「ここで使う電気は水車に設置した発電機で賄っています。驚きました?」

「ええ、貴方はいったい?」


 ポータブルのIHコンロには熱を帯びたケトル。彩兼に出されたお茶はここで入れられたようだ。


(拾ったものを解析して使っている感じじゃない! 学園長は間違いなく地球と関わりを持っている!)

 

 部屋の中心には丸いテーブルがあり、椅子が4つ並べられている。


「この部屋のことを知っているのは僕の他は弟子達だけです。こんど君の分の椅子も用意しますから、今は好きなところにかけてください」


 弟子とはクレア、サクラ、アズのことだ。それぞれ使う椅子を決めているようで、それぞれ動物の柄がついたクッションが敷いてある。

 眠そうな顔をした梟、ピンク色のウサギ、白い犬、黄色い鳥。


(わかりやすくてよろしい)


 彩兼は黄色い鳥のクッションの上にやや乱暴に腰をおろした。


「そこはサクラ君の席ですね」

「え!? 嘘!?」


 てっきりアズの席だと思っていた驚いて腰を浮かす。


「ふふふ、嘘です。アズ君の席ですよ」


 またまた一杯食わされた彩兼は恨めしげな視線を送り、ゆっくりと腰をおろした。カイロスは相当悪戯好きのようで、クロトが目を離すと心配と言ったのも頷ける。


「その様子だとアズ君は随分世話になったようですね」

「3度も暴力を振るわれましたよ」

「それはそれは。彼女の師として謝罪します」

「いえ、貴方が謝ることでは……彼女も子供じゃないんですから」


 彩兼の言葉にカイロスは優しい笑みを浮かべて礼を言う。


「有難うございます。お茶のおかわりはいりますか?」

「いただきます」


 カイロスが新しくカップを2つ用意する。そこに入れられているのはコーヒーだ。手軽に用意できるペーパードリップ式の粉にIHコンロで沸かしたお湯を注ぐ。砂糖とミルクも日本で普通に売られているものだった。

 カイロスはわざと地球のモノを使って見せているのだろう。

 出されたコーヒーを口に入れる。彩兼好みの塩の効いた味ではなかったが、カフェインが染み渡り、心と体を解していく。


「この世界でコーヒーが飲めるのはここだけです。豆が手に入りませんからね」

「なるほど……」


 このファルプ世界ではコーヒー豆の原産地に人の文明は現在のところ確認されていない。ルネッタリア王国と交易がある僅かな国々から手に入れることも難しいのだ。

 だが彩兼はカイロスの言葉を訂正する。


「今はもう一箇所ありますよ。俺の船です」

「なるほど。アズ君から聞いています。いずれ拝見させていただけますか?」

「勿論です」


 カイロスは自分の椅子を彩兼と対面する位置に移動させると腰を降ろす。


「さて、色々聞きたいこともあるでしょうが、まずは君がどうやってこの世界に来たのかを教えてくれませんか?」

「はい、これです」


 彩兼は自分のスマホを取り出すと、自分がこの世界に来る原因となったUFOの映像をカイロスに見せた。


「なるほど……そういうことですか」

「これに心当たりがあるんですか?」

「まあ、一部分だけですけどね」


 そう言って自身の頭上を指差すカイロス。するとそこに光の粒が集まってきた。その光はすぐに収まり、そこにはUFOの八角形のリングをダウンサイジングされたものがカイロスの頭上で天使の輪のように浮かんでいた。


「それって、あのUFOのと同じ! まさか貴方は!?」

「まあまあ、落ち着いてください」


 彩兼も逸る気持ちを抑えて静かにそれに従った。ここで彼の機嫌を損ねるような真似をするわけにはいかない。


「今、君が考えているように、僕はこの世界と地球を行き来することができます。実は僕は君のことを以前から知っていたのですよ。これでも僕は君のお父上、ジョウジ・ナルミ氏のファンでしたからね」


 驚きで目を丸くしている彩兼にカイロスは柔和な笑みを浮かべ、本棚から一冊の本を手にとった。

 『鳴海譲治の冒険』著者、鳴海ティーラ。監修鳴海譲治。他にも譲治やティーラが書いた本がその一角にまとめて収められている。


「お父上のことは残念でした。彼の冒険には僕も非常に興味がありましたからね。いずれ向こうで一度話をしたいと思っていたのですが、機会が無いままあのようなことに……心よりお悔やみを申し上げます」

「いえ、こちらこそご丁寧に……」


(異世界でエルフに親父のお悔やみを言われるとは……)


 日本人くさい仕草でお互いにぺこぺこする。カイロスが日本に慣れていることは間違いなかった。


「それで、地球に行けるというのは本当なんですか?」

「ええ、とても大きな魔力が必要なので自由にとはいきませんが、僕はこれを使って、70年前から月に1度地球を訪れているのですよ。これを世界を渡る魔法、渡界魔法と僕は呼んでいます」


 日本に慣れているのも当然だ。カイロスは彩兼が生まれる遥かに以前から地球とこの世界を行き来していたというのだから。


「はぁ……やっぱり魔法ですか」


 しかし彩兼はこの事実に落胆のため息をつくのだった。

この物語はチートな能力を主人公が持っていません。

ただし、それを補って余りあるハイスペックを持っています。

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