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エルフの学園

この作品ではエルフも独自の解釈と設定で登場いたします。

 国立マイヅル学園はルネッタリア王国の最高学府にして、最先端の研究機関である。

 警邏庁の庁舎から衛士が操る鹿に引かれた車に揺られること30分。都市部から離れ山の麓に建てられた学び舎に到着する。

 木とレンガでできた和洋折衷なデザインで大正ノスタルジックを感じさせる。敷地面積は広く、様々な施設が点在しているがやはり3階建て以上の建物が少ない。地震が多いこの土地柄故のことだろう。


 武装した歩哨が立つレンガ造りの立派な校門をくぐり中庭に進む。するとそこには時計台があり、10時30分を指している。小川を引きその水の流れで時を刻んでいるその時計台は荒削りな印象を受けるが、彩兼の腕のダイバーズウォッチとほぼ変わらない時刻を指していることから精度は信頼できそうだ。


「それじゃアヤカネ、また今度話聞かせてよ! 行こうハツ」

「ん」


 学園に着くとヒシャクとハツは授業があるからと先に学舎の方へと走っていく。クロトだけは彩兼を案内するためにその場に残っていた。


「アヤカネ様、こちらへどうぞ」


 外はやや汗ばむくらいの陽気だったが、学舎に入ると空調がきいているかのように涼しい。


「これは……?」

「勉学に集中できるように、ここでは風の精霊の力を使って空気を冷やしているのです」

「なるほど」


 これまで見てきたこの世界の建物の窓は全て吹き抜けだったが、ここでは一部にガラスが使われていた。魔法の力による空調に、この世界では高級品であるガラスの入った窓。そういった環境が与えられているこの学園の生徒がこの国のエリートの中のエリートであることを彩兼は肌で感じていた。今ここの生徒たちは授業中のようで、教室の前を通るとその様子が伺えるが、皆真剣だ。廊下を歩いているだけでも静かな緊張感が伝わってくる。


「ファルカがここの生徒ねぇ……なんか信じられないな」


 真面目そうなクロトやサクラは兎に角、ファルカにクレアやアズなどはどうもこの雰囲気に似つかわしくない。彩兼のセリフにクロトは声を抑えて笑い声を上げる。


「ふふふ、無理もありませんわね。あの子はあれで意外と成績優秀なのですけれど……確かに、この学園に通う人族の皆さんは難関な試験をくぐり抜けたエリートです。しかし魔族に関しては別でして、本来この学園は人と魔族の融和を目指すお祖父様の理念の元に建てられました。そのため毎年一定数の魔族を特待生として受け入れるという制度があるのです。私達魔族の協力の下、魔法の研究を進めているうちにいつの間にか国の最高学府になってしまったというのが正しいですわね」

「……なるほど」


 渡り廊下から別棟へと進む。扉で区切られた先に進むと、そこは学校というより洋館を思わせるフロアになっていた。


「この先はお祖父様……いえ、学園長の私邸なのです。何十年もほとんど外に出ること無く研究に没頭していますわ」


 広いロビーを進み、principal's office のプレートのかかった 立派な木の扉の前に立つとそれを叩いた。


「学園長、アヤカネ・ナルミ氏をお連れしました」


 ノックの後、彩兼に返事は聞こえなかったがクロトは構わず扉を開く。風精通話(シルフォン)を使ったのだ。


「どうぞお入りください」


 クロトに促され彩兼は紙とインクと紅茶の香りの漂う部屋へと足を踏み入れる。


「よく来ましたね、鳴海彩兼君。僕がこの学園の長、リリエル・アウレス・セレファーシア・クリフトス・アストラ・オーヴィッド・カイロスです」


 趣あるデスクの上で指を組んだその上に顎を置き、逆光を背にしたその男は、流暢な日本語でそう名乗った。

 30台くらいの端正な顔立ちの男で、蜂蜜色の長い髪と白磁の肌に深緑の瞳は確かにクロトの血縁者を思わせる。


「お祖父様がやりたかったおもてなしってこれですの? 随分悪趣味ですけれど?」


 日本語のわからないクロトは、賓客の出迎えに尊大な態度を見せた祖父にクロトは眉をしかめる。

 しかし彩兼は久々に聞いた日本語と、彼が見せたポーズのおかげで幾分緊張が和らいだ。


(まるで日本のアニメを知っているみたいだ)


 それは某特務機関の司令然り、権力者が主人公を迎え入れる際の定番の演出そのものだった。


「どうもお招きいただきありがとうございます。リリエル・アウレス・セレファーシア・クリフトス・アストラ・オーヴィッド・カイロス学園長。日本から参りました鳴海彩兼です」


 彼の日本語の挨拶に流暢な英語で挨拶を返す彩兼。彼は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに端正な顔を綻ばせる。


「ふふふ、僕のことはカイロスで構いません。しかし君の容姿で日本人を名乗られると奇妙な感じですね。それにその言葉。どちらが本当のエルフかわからなくなります。」


 そう言ったカイロスの言葉はこの数日で聞き慣れたルネッタリア英語だった。だが彼は本来の日本人の容姿や地球での英語の発音を知っているような口ぶりで話す。


「それに我々エルフの名を一度で覚えることができる人はそうはいませんよ」

「私のときもそうでしたわ」

「ほほう。君は中々の頭脳をお持ちのようだ」

「顔と名前を覚えるのは冒険者の嗜みですから」


 旅先で会った人物の顔と名前を覚えるようにしておけと譲治に教えられている。もし次会ったときに名前が違っていたらそいつは諜報員だからだ。


「我々の名前、ややこしいでしょう? 実はこれは母方の祖母、祖父、父方の祖母、祖父、そして母親と父親の順に名を並べているだけなのです」


 そういえばクロトが名乗ったとき、その中にカイロスの名が入っていたことを思い出した。

 つまりクロトは、レフィーネ婆さんとカイロス爺さんの間に生まれたメルレットを母に、エクエル婆さんとテオーレ爺さんの間に生まれたイグレスを父に持つということがそこからわかる。


「なんでそんな面倒なことを……?」


 するとカイロスもクロトも苦笑する。


「これには種族的な事情がありましてね。例えば僕はこう見えて300年以上生きてますが、この子はいくつくらいに見えますか?」


 そう言ってカイロスは孫であるクロトを見る。

 エルフの年齢が見た目通りではなくて驚くというのはお約束だ。彩兼はその鉄板のイベントに応えるべく見た目で答える。


「うーん、15歳くらいに見えますが……」


 本当はもう3歳くらい上に見える。彼女の凛とした雰囲気と、彫りの深い西洋人の容姿のせいだ。

しかし、13歳というファルカと親しかったり、慎ましい胸の膨らみから若干低く見積もってそう言った。


「惜しいですわね。14歳ですわ」

「えっ!?」


 てっきり実は100歳越えてるんですとか言われることを覚悟していた彩兼は、実は見た目より若いという事実に逆に驚いて声を上げてしまった。


「案外若くて驚いたのでしょう? 今の地球人ならそれも無理はありません」


 カイロスは彩兼の反応を予想していたようだ。対してクロトは意味がわからないという顔をしている?


「期待を裏切って申し訳ありません。確かに我々コモン・エルフの寿命は人の10倍程ありますが体が大人になるまでは人と変わらない速さで成長します。だいたい子供の間まで長かったらその種族は間違いなく馬鹿です。厳しいこの世界で生き残ることなんて出来ませんよ?」

「……やめてください。色んなところを敵に回しそうです」

「ふむ。では話を戻しましょう。我々は肉体の最盛期が長く、10台半ばから500年の間にぽつぽつと子供を作ります。しかしそうするとですね、()()()()()()()のですよ」

「はい?」

「流石に自分の親はわかりますけどね、でもほんの何十年か会わない間に兄弟ができてたり、いつの間にか叔父になってたり祖父になってたりするわけですよ? 枕元で愛を囁いた相手が実は400歳下の妹だったり、若手エルフの集まりで気の合った相手がほんの40歳しか違わない孫だったりすることがあるわけで、そこでいつしか親や祖父母の名を連ねて名乗るようになったわけなんです。……面白いでしょう?」

「面白すぎます……」


 エルフというと高潔で理性的なメンタルを持つ種族というイメージがある。彩兼は俗人である自分が上手く付き合えるかという不安があったが、どうやら杞憂であったようだ。300年生きているというカイロスだが、冗談好きで中々話しやすい人柄の持ち主のようだ。最初の某司令風の出迎えは完全に彼のショーだったらしい。


 和やかな自己紹介が終わると、彼は孫娘の方を見た。 


「さて、クロト。貴方はもう授業に戻りなさい」


 クロトは学園の生徒だ。学園長の孫だからと、これ以上の特別扱いはできない。彼女を出迎えにやったのは風精通話(シルフォン)が使えることと、彩兼を公にしたくないカイロスの事情があったからだ。


「目を離すと心配ですのでお断りしますわ」


 学園長である祖父ににこやかに逆らうクロト。孫娘の態度に怒るでもなく苦笑すると、彩兼を来客用のソファーに促す。


「これから彼とこの国にとって、とても重要なことを話します。ここは聞き分けてください。ね?」


 カイロスはどうやらクロトに甘いようで穏やかな口調で彼女を諭すと、クロトも渋々ではあるが納得したようである。


「仕方がありませんわね。ではアヤカネ様、また後ほど」


 そう言ってクロトは優雅に一礼して学園長室を後にした。

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