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??日目 タイムリミット

17日目は銀月様よりツイッターにて、触手ランドセル幼女のイラスト(おかわり)をいただきました!

ありがとうごさいます!!

小野おのくん、小野くん!!」

 野太い声が俺を呼んでる。


 まだ眠い。

 触手を動かして、追い払う動作をする。

 頭で念じるだけで動いてくれるから、触手は便利だ。


 次の瞬間、俺の頭を誰かが叩いてきた。

 痛くて思わず飛び起きる。


「小野くん、仕事中になぜ寝ているんだ」

 目の前にはスーツを着た中年の男性。

 ぽっちゃり体型でカエルのようかな顔をしているが、モンスターではなく人間だ。

 俺の会社の上司で、40代後半の男性だった。


「なんで……係長がここに?」

 そう言葉にしてから、自分の声が音になっていることに気付く。


「えっ!? なんで俺、喋れるんだ!?」

 驚いて声に出して、それから自分に手があることに気付く。

 緑に滑った触手ではなく、指が5本ある人間の手だった。


 立ち上がる。

 視界が高い。足がある。


 ペタペタと自分の体を確認する。

 慣れ親しんだ、人間の体。

 それは小野おの雄仁ゆうじという人間のものに違いなかった。


「係長、俺人間になってます!!」

 あまりのことに混乱する。

 よくみれば、ここは竜の倉庫じゃない。

 飽きるほどに毎日通った、俺の会社だった。


「お前、疲れているのか?」

 係長は気遣うように声をかけてくる。

 気の毒そうなものを見る目を、俺に向けていた。


 

 アヤメと仁葉ヒトハは?

 少年……まことと竜はどこへ行った?


「触手、触手がない……」

「何を言ってるんだ? 職種って何のことだ。今日はもう帰っていいぞ。恵方巻きでも買って食べて、早く眠れ」


 後のことはやっておくから。

 俺の肩を叩いて、係長は去っていく。


「どういうことだよ、これ……」

 頭の中は大混乱だった。



 ◆◇◆


 スマホを見れば、今日は2月3日の節分だ。

 テレビでは彗星が突如消滅して、観測できなくなったと騒いでいた。


 隕石が堕ちてきて、人間が皆モンスターになる。

 そんな突拍子もない夢を、俺は見ていたんだろうか。


 あれが全部夢だった?

 触手の体になったことも、俺に娘がいることも。


 それにしてはヤケにリアルだったな。

 なんて簡単な一言で納得できたら、俺は相当のアホだ。



 この状況から察するに。

 『人間化復活装置』を、アヤメは発動させたんだろう。


 会社を出て、すぐにアヤメのマンションへ向かう。

 チャイムを押しても誰も出てこない。

 電話をかけても、アヤメは出なかった。


「くそっ!!」

 アヤメはどこにいるんだろう。

 あいつが働いている場所を、俺は何も知らなかった。


 アヤメの実家に電話をしても繋がらない。

 あいつの親はそもそも外国を飛び回っていて、娘のアヤメにはあまり関心がなかった。

 期待はできないと思ったほうがいい。


 考えろ。

 アヤメは今、どこにいる?

 あいつのことだからきっと、俺が探すことくらい予想がついているはずだ。



 今更、俺から逃げようなんて思ってはいないはず。

 ならどこで俺を待っている?


 アヤメとの思い出の場所を、記憶から呼び起こす。

 もしかして、あそこかもしれないという場所が1つあった。


 自宅に戻って、引き出しをあける。

 そこには小箱があった。

 開けば細身の白いシンプルな指輪が入っている。


 アヤメとそういう関係になった次の日に、買い求めたものだ。

 まぁ、我ながら重かったよなというのは自覚している。


 向かった先は、家から少し離れた場所にある臨海公園。

 アヤメを呼び出した俺は、男として責任はとるから恋人になろうと指輪を渡したのだ。


 本当にもう、あのときの自分を殴りたい。

 色々と恥ずかしいのもあるが、そうじゃないだろと言いたい。


 ちゃんと「お前が好きだから」って、自覚を持って言えてたら。

 強引にでも恋人になっていたら。

 例え結末が変わらなくても……そこに到る過程や関係は、変わっていたはずなのに。


 今更そんなことを言ったって、どうにもならない。

 だから、俺は今自分にできることをするだけだった。


 夕方の公園は人が多くて、散歩をしている人達が多かった。

 海を見ながら散歩できるこの歩道は、地元の人達に愛されているんだろう。


 探せばすぐにアヤメは見つかった。

 白いコートを着て、手をすりあわせながらベンチに1人座っている。


 よかった。いた。

 姿を見ただけで、胸がきゅっと苦しくなる。

 声をかけようとしたそのとき、見知らぬ男がアヤメの側に座った。


「ねぇ、さっきからずっとここにいるよね。誰か待ってるの? もうこないんなら、俺と一緒にカフェにでもいかない?」

 ジョギングウェアを着た男は、アヤメになれなれしく話しかける。

 アヤメはちらりと男を見て、それからまた視線を歩道の方に戻した。


「遅れて悪かったな」

 わざと割り込むように声をかける。

 手を差し出せば、無表情だったアヤメが顔をほころばせた。


「いや、君なら来てくれると信じていたよ」

 アヤメが俺の手を取って立ち上がる。

 手は氷のように冷え切っていた。


 立場のなくなった男が、バツの悪い顔をして去っていく。

 アヤメと手を繋いで、しばらく無言で歩道を歩いた。



 ◆◇◆


 どうして、世界を元に戻した?

 責めることなら、いくらでもできた。


 でも、アヤメの決断の理由を、俺は痛いほどわかっていたから。

 だから、何も言わずに受け入れたいと思った。


 昨日まで会っていたアヤメより、今のアヤメは痩せている。

 あちらでのアヤメは、病気になるまえの健康だったアヤメなんだろう。


 あと3カ月しか一緒にいられない。

 それを突きつけられたような気分になれば、喉から何かがせり上がってくる。

 涙は辛うじてこらえたけれど、俺の手は少し震えてしまっていた。


 アヤメが、繋いだ手に少しだけ力をこめてくる。

 困ったような、でもどこか嬉しそうな顔をして、俺を見ていた。


 この恐れは、全部見抜かれてしまっているんだろう。

 本当に怖いのは、俺よりもアヤメのはずなのに。

 これじゃいけなかった。


「……仁葉は?」

「心配しなくても、信頼できる人に預けてある。ちゃんと存在しているよ」

 誤魔化すように話を振る。

 安心してくれとアヤメは笑って、俺の弱さに気づかないふりをしてくれた。



 ◆◇◆


 歩道の横の、海側へとくぼんだスペース。

 そこにもまたベンチがあって、海を見ながら休憩できるようになっていた。


 ありがたいことに、そこに人は座っていない。

 夕日が海に沈もうとしてるタイミング。

 

 できすぎるくらい、できすぎだな。

 思わず笑いそうになりながら、俺はポケットから小箱を取り出した。


「アヤメ、好きだ。俺と結婚してくれ」

 あの日受け取ってもらえなかった指輪と、本当に伝えるべきだったこと。

 まっすぐ目を見つめて、言葉にする。


「だが私は……もうすぐ死ぬぞ? 君の人生を考えるなら」

 この後に及んで、何をアヤメは言ってるのか。

 箱から指輪を取り出し、アヤメの薬指にはめてやる。


「俺は、お前の残りの時間を全部俺のものにしたい。ここで待ってたってことは、お前もそれを望んでたってことだろ」

 アヤメの逃げの言葉なんて、もう真に受ける気はない。

 少し怒った口調になったのは、こいつがあまりにも素直じゃないからだ。


 強引に手首を掴んで、引き寄せて。

 それから、キスをする。

 俺の肩をアヤメの手が、ぎゅっと掴んでいた。


 腕の中のアヤメに、いつもの余裕はない。

 潤んだ瞳と、華奢な肩。


「ゆうじ、私は……」

 甘く潤んだ声。

 優しく髪を撫でてやって、その続きを待つ。


「私も君が好きだ。最後のときまで、一緒にいたい」

「……よく言えました。頑張ったな」


 後頭部に手を添えて、アヤメを自分の方へと引き寄せる。

 俺のコートに顔を埋めて、アヤメはずっと泣いていた。

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