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クインテット!  作者: 日生
2章 二角獣
7/25

1

「ふぁ~・・・あ」

 大口を開けて、ザンはあくびをしながら会社の廊下を歩いていた。


 午前中、庭木の陰で居眠りをして、起きると太陽が高くにあったため、そろそろ昼飯かと思い、食堂へ向かっているところだ。


 闇の生き物の討伐を行うグラウクスでは、仕事がない時には基本、職員の行動は自由である。幹部となればデスクワークや外部との面会など細かい仕事が多いが、ザンのような下っ端構成員の仕事は人外生物の駆除と報告書の提出くらいで、怪物たちが大人しくしていれば特に何もすることがない。


 ただし、勤務時間中に私用で施設の外に出ることは禁止されている。いつ出動要請があるかわからないためだ。そのかわり、施設内にはトレーニングルームや娯楽室、休憩所、図書室、食堂、カフェなど、時間を潰せる施設が充実していた。彼と同じチームの面々も、思い思いの場所で過ごしている。


「――っと」

 再びあくびをした際、ザンは対面からやって来た相手に肩をぶつけた。


「痛っ」

 少しかすめただけだったが、相手の男は大げさに肩を押さえ、不愉快さを露わにザンを見上げた。

 ザンは一瞥しただけで通り過ぎようとしたが、すかさず相手が前に回りこむ。


「おい、謝りもせずどこに行くつもりだ」

「あぁ?」

 ザンはサングラスをずらし、その蛇のような目で睨みつける。相手の男のことはよく知っていた。


「ンだよマリウス。俺に用か」

「ぶつかったことを謝れっ。大体、ゴロツキが廊下のど真ん中をふらふら歩いて邪魔くさいんだよっ」

「ちっとかすったくれえで喚くなチビ」

 暴言にマリウスという青年は細い眉をますます吊り上げる。


「お情けで置いてもらっている分際が、ずいぶん態度がでかいじゃないか。この間の始末書は書き終わったのか? 毎度ろくなことしない、不良職員が」

「はっ、始末書も出ねえ小物相手にしてる野郎がでかい口叩くじゃねえか。てめえなんぞこの間俺が殴り倒した魔物のエサにしかなれねえくせに」

「自分のほうが仕事ができると言いたいのか? 助けに行って苦情を返されるお前らが? どうやら頭のほうまでイカれてるらしいな」

「なんだと!?」

 ザンがマリウスの胸ぐらを掴み上げたが、マリウスは足を踏ん張って、高笑いした。


「偉そうにしてるがな、聞いたぞ! シュトラールのコーリスターを追い返すどころか、危ないところを助けてもらったそうじゃないか!」

「あぁっ!?」

一般人(・・・)に助けられるとはお笑い草だな! これじゃなんのためにお前らのような化け物どもが雇われているんだか!」

「歯ぁ喰いしばれクソチビっ!」

「チビって言うなっ!」

「みっけ!」

 突然、高い声が響き、ザンの背中に何かが取りつく。


 ザンは振りかぶった拳を止め、首だけ後ろに向けた。すると低い位置に金色のふわふわした物体がある。

 チビと罵られたマリウスよりも更に小柄な少女が、ザンのシャツを掴んでいた。


「げっ」

 ザンはすかさず顔をしかめる。その際に手が緩み、マリウスはザンの拘束から逃れた。

「? 誰――」

 マリウスはザンの後ろを覗き込み、言葉を失った。

 どんな者も我を忘れて見惚れてしまうほどに、メルという少女はとても美しい姿をしている。


「てめ、どっから湧きやがった」

「悪いドラゴン、探してた」

「俺はドラゴンじゃねえっつってんだろが。うぜえから付きまとうな」

「だって、ヒマ」

「ロイかウィリーにでも遊んでもらえ」

「悪いドラゴンがいい」

「だぁらドラゴンじゃねえ!」

 怒鳴りつけるも、メルはまったく動じない。ザンのシャツを掴んだままだ。


 そのうちにマリウスの呪縛が解け、おずおずと問いかける。

「・・・君は?」

「あ? 知らねえのか?」

 意外に思ったザンは苛立っていたことも忘れてマリウスに話しかけ、マリウスのほうも普通に応じた。


「知り合いなのか? っ、まさかお前、どこからかさらって来たんじゃ」

「なんでだ! こいつが例のコーリスターだっつの」

「えっ!?」

 マリウスはメルを再び見やる。ザンの後ろに半分隠れている形で、きょとんと見返すメルに何かを言いかけ、口を閉じた。

 その様子を見たザンは、悪意そのものの笑みを浮かべる。


「おいガキ。こいつ、お前に出て行ってほしいんだとよ」

「な!?」

 ザンに指され、マリウスはあからさまに動揺した。


「シュトラールの力なんぞ借りたくねえってよー。とっとと帰れっつってるぜ」

「そ、そこまでは言ってない! というか、いきなり何をっ・・」

 慌てふためくマリウスを、メルはじっと見つめた。


「どうして、そんなこと言うの?」


 とても純粋な瞳が、マリウスに問う。

「へ?」

「なにも、悪いことしてないのに」

「あ、いや」

「ひどい」

 メルはうつむき、両手で顔を覆う。


「い、いや! 別に君自身がどうというわけではなくてだねっ・・・」

 いよいよ焦るマリウスは必死にフォローの言葉を重ねたが、メルはうつむいたまま。最終的に、

「す、すまない、ちょっと用事がっ」

 マリウスは走り去ってしまった。


 完全に足音が消えてから、メルは顔を上げた。

「嘘泣きか」

 ザンが覗き込んだ時、メルはまったく普段通りのままの表情だった。涙が浮かんでいた気配すらない。


「いじわる言われたら、こうするといいって」

「仕込まれてんのかよ。ま、おかげで笑えたぜ」

 ザンは満足して歩き出す。


「どこ行くの?」

「メシだメシ。付いてくんな」

「お腹すいた」

「おごらねえぞ」

 結局、メルはザンの後について食堂に行く。

 昼時とあって混雑しており、注文を聞くカウンターには列ができていた。


「――あ」

 と、メルが声を上げたのは、その列の最後尾に数少ない知り合いがいたためだ。


 黒い頭のほうはロイ、その後ろの青い頭はノアだ。二人もメルが駆け寄って来たことで気がついた。

「なんだお前ら雁首そろえて」

 メルの後ろから、ザンもゆっくりやって来る。


「ノアを放っておくと餓死しかねませんから。メルさんのことも先程まで探していたんですが、ザンと一緒だったんですね」

「付きまとわれて迷惑してるとこだ。こいつの面倒もみとけよ」

「いやあ、我々はあなたほど懐かれていないので」

「俺に押し付けんなっ。ウィリーはどうした? あいつならべたべた構うじゃねえか」

「あそこにいますよ」

 ロイが指す先、広い食堂ホールの端から端まで繋がる長いテーブルの中ほどに、向かいの女性職員と楽しげに会話しながら食事をとっているウィリーの姿があった。


「あのナンパ野郎・・・」

「本人は単なる挨拶だと言い切ってますけどね」

「ンなことやってっから呪われんだ」

「ザンに突っ込まれたらおしまいですね」

「どういう意味だ」

「メルさん、あれがメニューですよ」

「おい」

 ロイはメルにカウンターの上の壁を指し示す。


「あの場所で注文してお金を払うんですよ」

「おカネ?」

 メルはきょとんとしている。


「ご飯食べるのに、お金がいるの?」

 ロイとザンは思わず互いに顔を見合わせた。


「当たり前だろが」

「ふぅん」

「メルさん、お金は持っていますか?」

「・・・お金はどんなもの?」

「え?」

「見たことないから、わかんない」

「はあ?」

 そこで、ロイは自分の財布から紙幣やコインをいくつか出してメルに見せた。


「これらがお金というものです」

「この、紙のなら持ってる」

 メルは示された中で一番高額の紙幣を指し、スカートのポケットから小さなガマ口を取り出す。中には折り畳まれた紙幣がぎっしり詰められていた。


「すげー大金じゃねえかっ。なんでこんな持ってんだ?」

「持たされた。これ、お金だったんだ」

「なんだと思ってたんだよ」

「ただの紙」

「それが一枚あればなんでも頼めますよ」

「お前、今までどういう生活してきたんだ?」


 メルは答えず、言われた通り紙幣を一枚だけ取って、残りはまたポケットにしまう。

 四人は注文した料理を受け取り、わざわざウィリーらを取り囲んで座った。彼らの存在に気づいていなかったウィリーは、突然現れた仲間に驚きを見せる。


「あれっ? メルちゃんと、お前らまでどうした?」

「なんかムカつくから」

「邪魔しに来ました」

「正直者っ!」

 女は、そのやり取りを愉快そうに眺めていた。


「ねえ、もしかしてその子が噂のコーリスター?」

 赤いネイルが塗ってある人差し指で、彼女の正面から二つ右に座ったメルを指す。


「そ。メルちゃん」

「びっくりするくらいの美少女ね」

 女は愛想よくメルに笑いかけた。


「私はハンナ。ウィリーのお友達よ。よろしくね」

「フられてやんの」

「うっさいなー」

「ハンナさんも今日はゆっくりされているんですか?」

 ザンが隣のウィリーをおちょくる間に、ハンナの右隣に座ったロイが彼女に話しかける。


「ええ。昨日帰って来たばかりなのよ」

「それはお疲れ様でした」

「あなたたちもね。聞いたわ、アンデット退治に行っていたんでしょう? メルちゃんは来たばかりで災難だったわね。怖くなかった?」

「全然」

 メルはパンを頬張る。ハンナにとって、それは意外な反応だった。


「・・・そういえば、メルちゃんが退治したとも聞いたんだけど、本当?」

「本当ですよ」

 今度は、口の中がいっぱいのメルにかわってロイが答える。ハンナは少し考えるような間をあけた後、きらりと目を光らせた。


「ね、もしよかったら、ちょっとだけ歌ってみてくれない? 魔を祓う歌が一体どんなものなのか興味があるの」

「・・・」

「ダメ?」

 ハンナはねだるように首を傾げてみせる。メルはパンを飲み下し、あとから水を飲み、すう、っと息を吸い込んだ。


「―――」

 美しい旋律に乗って、耳慣れない言葉が流れ出る。透明なメルの歌声はホール中に響き渡り、誰もが動きを止め、メルに注目した。


 音が高く伸びやかになると、彼らの頭上から光の粒子が降り出す。粉雪のようなそれは、接触した人の全身を一瞬で包み、消える。


 メルが歌い終えると光はやんだ。

 歌っている間、ずっと閉じていた目をメルが再び開いた時、グラウクス職員らの驚いた眼差しがいくつも注がれていたが、メルはまったく気にすることなく、食事を再開した。


「おい、今のなんだ?」

 ザンがメルの右肩をつつく。

「祝福の歌」

「ありがたそうな歌だねえ」

 すでにメルの歌を聞いたことがあるウィリーらはあまり驚くこともなかったが、ハンナのように初めて聞いた者は言葉を失っている。


「・・・本当だったのね」

 先程まで降っていた光を確かめるように、ハンナは手の平を上に向けた。


「でなくば置いてはおかんさ」

 音もなく、黒い影が彼女の背後に現れる。


「あまりサービスしてやらんでいいぞ、メル。疑う者は放っておけ」


 まっすぐな黒髪ロングの美女。肩にジャケットを引っ掛け、口の端を片方だけ吊り上げた悪人のような笑みを浮かべているが、彼女こそ、このグラウクスを統べるボス、アレシアである。

 その姿を見るや、ウィリーは立って歓声を上げた。


「麗しのアレシアさまぁ! ランチですか? よければご一緒しません?」

「お誘いありがとうウィリー。だが、あいにくランチは済ませてきた」

「何しに来やがった」

「相変わらず上司への態度がなっていないな? ザン」

「けっ」

 主人と再会した犬のごとく振る舞うウィリーとは対照的に、ザンは不機嫌にそっぽを向く。

 そしてロイはごく普通に、上司に尋ねた。


「我々にご用ですか?」

「ああ。全員そろっているようだからここで話そう」

「では私は席を外しますね。どうぞ、ボス」

「すまんな」

 ハンナがあけた席にどっかとアレシアが腰かける。


「お前らに仕事を頼みたい」

 メルとノアを除いたメンバーは眉をひそめた。


「アレシア様じきじきですか? ゼノンさんは?」

「奴は別件で出払っている。先日、魔術師が脱走したことは聞いていよう?」

「聞いたぜ。この間俺らが捕まえた奴だろ?」

「そうだ。特級の魔力抑制拘束具を使ったにもかかわらず破壊されてしまったのだ。今後のために更に強力な拘束具を作れぬものか技師に問い合わせたところ、必要となる材料があるとのことだった。よってお前らにはそれを取って来てほしい」

「パシリかよっ」

 用件を理解したザンは途端にふんぞり返り、やる気のなさを明確な態度に出す。しかし、いつも通りの彼を気にする者はなく、話は進んだ。


「その材料というのは、バイコーンの角だ」

「バイコーン?」

「二本角の馬型の魔物ですね。ユニコーンの亜種の」

 なかなか知識を頭に入れない仲間のために、ロイが説明を加える。


「へー、そんなのいるんだ」

「五十年前の話だが、大陸東南部のウドゥ湖でバイコーンの目撃情報がある」

「五十年前すか・・・今もいるんですかねえ?」

「そういうものはたかだか数十年では棲みかを変えんものだ」

「またこいつも連れて行くのか?」

 ザンが親指でメルを示す。


「愚問だな。メルはお前らと同じチームだ。連れて行かん理由がなかろう」

「固定されてんのかよ。いつシュトラールに返すんだ?」

「特に期限は設けていない。強いて言うなら、時が来れば、といったところか」

「意味わかんねえ」

「お前は少し頭を鍛えろ」

「あぁっ!?」

 ザンがテーブルを叩いたのと同時、アレシアが立ち上がる。


「この私じきじきの命令だ。とっとと行ってこい下僕ども」

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