6
その日の午後、ゼノンはある部屋の扉をノックした。
即座に中から「入れ」と声がし、入室する。
正面奥の執務机には黒い長髪の美女がいた。小柄で、ともすればゼノンよりも年下に見えるが、実際の年齢は誰も知らない。この美女こそ、闇夜を見張る梟の群れを統べる者。
その名もアレシア。
「うまくいったようだな」
口の端を片方だけ吊り上げ、アレシアは言った。もともと目付きが刃物のように鋭いため、そういう表情をするとかなり人相が悪く見えるのだが、本人は好んでそのような笑い方をする。
「お前の髪が乱れていない。今日は問題児たちへの説教がなかったということだろう?」
当たっている。しかしゼノンは喜んでいいものかわからず、曖昧な表情で上司に報告書を提出した。さっそくアレシアは書類をめくる。
同時に、口頭でも報告を行った。
「初めて、あの連中に感謝の言葉が寄せられましたよ」
「結構じゃないか」
「とはいえ感謝の内容はすべて彼女についてでしたが」
すると上司の華奢な肩が、鼻笑いとともにかすかに揺れた。
「とびきり優秀というのは本当だったらしいな」
「大司教らの得意顔が目に浮かびます」
「老い先短いジジイどもだ、せいぜい余生を楽しませてやれ」
「このまま彼女を採用していいのですか?」
「愚問だな。シュトラールがコーリスターの有用性を示したいのであれば勝手に示してもらう。こちらは使える者を使うまでだ」
ふと、アレシアは書類をめくる手を止め、顔を上げた。
「ところでメルは連中に馴染めたのか?」
「ええ、意外にも。特にあのザンに懐きました」
「意外だな。一番とっつきにくい相手かと思ったが」
くつくつとアレシアは喉の奥で笑っている。
「シュトラールで《天使》と称されているあの子には、連中の異質さがちょうどいいのかもしれんな」
「余計な問題が起きなければいいのですが」
「問題といえば、拘留していた魔術師がさっき脱走した」
「は!?」
上司がさらりと漏らしたことにゼノンは目を瞠る。
「そんな、なぜ!?」
「予想以上の力を持っていたようでな、特級拘束具が無残に破壊され、気づいた時には姿がなく追跡も不可能だったそうだ」
「はあ・・・これでまた議会に叩かれますね」
「口ばかりの連中の追及なぞ屁でもないさ」
(だろうな。この人は)
しかしフォローのために駆け回る羽目になるのは幹部であるゼノンらだ。
問題の多い部下と上司に挟まれる、中間管理職の男は先を憂いてこっそり頭を抱えていた。
1章終了。