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クインテット!  作者: 日生
1章 合成獣
5/25

5

「汝らは何者だ?」

 ユングは純粋に驚いている。


「明らかに人間でないものが二人いるな? そしてなぜ、魔を禁じているはずの国の者が魔術を使い、なぜ妖精の繰る呪文まで知り得ているのだ?」


「えっとぉ、その人間じゃない二人のうちの一人って俺?」

 ウィリーは困ったように頬を掻く。


「さすがにザンほどは人間離れしてないと思ってるんだけど」

「魔術を打ち消す人間など見たことがない」

「まーこれは俺の力じゃないんだけどねー」

「どういうことだ?」

「詳しく聞きたきゃ下りて来な? たっぷり教えてやるからさっ」

 来い来い、とウィリーが挑発する。

 ところが、魔術師は不敵に笑った。


「まだ私の手駒は残っているということを、どうやら忘れているらしい」


 すっ、とユングの右手が上がった時、広間に繋がる廊下から、無数の人影が現れた。

 戦いの間に、ユングは手持ちの死体たちを密やかに集めていたのである。その数は入口をほぼ塞ぐ程にある。どう多く見積もったとしても、小さな村で葬られたであろう死体数では足りない。

 グラウクスに通報が入るもっと以前から、もっと別のところからも、魔術師は死体を無理やり蘇らせ、手駒として調教していた。


「ほんの一部、ね。なるほど、ほとんどはちゃーんとご主人様の命令を聞くわけだ」

「おい、まずいんじゃねえのか、これ」

「まずいですよ。火炎放射器は置いて来てるんですから」


 切っても撃ってもアンデッドは死なない。手足を落として無力化させることができたとしても、この数である。火炎放射器など広範囲を一気に攻撃できるものがなければ、退治は容易ではない。

 明るいうちは不要と判断し、かさばる武器を持ってこなかったことが、今に至り仇となった。


「おいノア! 魔術で燃やせっ!」

 焦ったザンが指示するが、ノアは緩く頭を振った。

「・・・無理」

「あぁっ!?」

「疲れた・・・」

「肝心な時にガス欠してんじゃねえぇっ!」


 いくら絶叫しても、状況は変わらない。

 次の指示は冷静なロイが出す。

「ここはひとまず退避しましょうっ」

「あの魔術師ぶっ倒しゃいいんだろ!?」

「そうしたいのは山々ですが届かないでしょう。手榴弾が残っている人は?」

 血の気の多い男を諫め、ロイは仲間を見回す。


「っ、ねえよっ」

「俺は小さいの二個」

「・・・一個」

「私も一個。ぎりですが、なんとか階段まで走りましょう。ザンはメルさんをお願いします」

「またガキのお守りかよ!?」

 文句を言いつつ、ザンはさっさとメルを肩に担ぐ。


「んじゃ行くぞーっ!」

 先陣をウィリーが切る。手榴弾をアンデッドの群れの中に放り投げ、爆発した後を四人は素早く走り抜ける。

 捕まれば逃れられないが、動作の緩慢な敵の間をすり抜けることは、戦い慣れた彼らには難しくはないはずだった。

 突如、アンデッドが飛翔するまでは。


「ふおおおっ!?」

 間一髪で、ウィリーが死体のボディプレスをかわす。腐った肉は床に潰れ、破れた皮膚から中身が盛大に飛び出した。


「臓物ぅぅぅっ!」

 ウィリーの悲鳴に応えるように、次々と死体が落とし物をしながら飛び上がる。さらには、攻撃をかわされ体が潰れてもなお這って動き回り、マムシのごとく獲物を狙う。


「動き早ぇぞ! どういうことだ!?」

 ザンの疑問には、優雅に足下を観戦している魔術師が答えた。

「下級悪魔を宿らせ、機動性を向上させたのだ。存分に堪能してくれたまえ」

「いらん工夫をありがとうぉわ!?」

 魔術師へ皮肉をこめて怒鳴った拍子に、ウィリーは足を滑らせ転倒した。

 手を付いた場所には血や臓物とはまた違う色をしたものがある。

 傍で、ノアがうずくまっていた。


「ゲロぉぉっ!」

「またかっ!」

 咄嗟にザンがノアの襟首を引っ掴み、置いていかれそうになったウィリーは素早くザンの腰にしがみついた。

「俺も運んで!」

「触んなゲロが付くっ!」

「ゲロくらい大目に見ろやボケぇっ!」

「バカ二人っ、じゃれてないで走って!」

 ロイが背後を援護しながら急かすが、先に進むのは困難だ。


 飛来する死体を避けるうちに出口からは遠ざかり、四方を囲まれ、他になすすべなく、やがて五人は一塊になり銃を構えた。


「もう無理もう無理ぃっ! 手榴弾なくなったぁ!」

「っ、こーなったらウィリーっ、自爆しろっ!」

「無茶ぶりにも程があるわっっ!」

「使えねえ野郎だなあっ!」

「自爆機能が搭載されてる人間なんか逆に使えないだろ!? 日常的に近づけねーわ!」

「この状況でまだふざけますかっ」

「ふざける以外にないじゃんこの状況っ!」

「ちくしょうあのキチガイ魔術師叩き落としてやるっ!」

「ザン、そっちどんどん近づいてますよ!」

「弾切れだっ!」


 ぎゃーぎゃーうるさい男たちの背に囲まれて。


 メルは静かに、呼吸を整えている。


 胸に手を当て、この時ばかりは宝石のような青い瞳を閉じて。

 すぅ、っと息を吸い込んだ。


「―――」


 美しい歌声が、メルの形の良い唇から流れ出る。


 どこまでも透き通り、伸びる音に騒がしかった男たちは黙り込み、場の誰しもが動きを止めた。


 メルが歌うと空間が輝いた。まるでメルの放つ音が、光っているかのように。

 歌声の届く範囲にいる、すべてのアンデッドの体を柔らかな光が包み込む。無理やり蘇らされた死体たちは両腕をだらりと下げ、そろって天井を見上げた。


 メルの歌声がいよいよ伸びやかになると、更にまばゆくなった死体が、細かい光の粒子となって散る。そして、そのそれぞれが導かれるように天へ昇っていく。

 光の粒が空間を占拠し、えも言われぬ美しい光景を作り出して、やがて消えた。


 メルは静かに歌を終わらせ、瞳を開く。


 後には灰すらも、残ってはいなかった。


「―――・・・」


 誰も声を発せられなかった。先程まで広間や廊下を埋め尽くしていたアンデッドの大群が一瞬のうちに跡形もなく消えてしまったのだ、男たちは皆、夢を見ていたかのように呆然としていた。


「なん、と」

 震える声で、最初に言葉を紡いだのは、宙に浮いたままの魔術師である。


「ここに・・・こんなところに鍵があったとはっ・・!?」


 男は素早くメルの背後に降り立つや、その肩を掴み、シルクハットのつばがメルの額に当たるほど近くまで迫った。


「名前は、名前を教えてくれっ!」

「・・・メル」

「メル君っ! 気づかなかったが、君はああ、なんと美しい・・・その歌声こそまさに私が探し求めていたもの。美しい者が美しい音色を奏でる時、封印は解かれるのだ。――メル君っ! 私と共に来ないかっ!?」

 ユングは鼻息荒くまくし立てた。

「君さえいれば世界を手に入れることができるっ!」


「やだ」


 突如、メルは男に大音量の叫びを浴びせた。鼓膜を破らんとする声を至近距離で喰らい、男はその場に倒れ伏す。

「――っ、なんて声出しやがるっ」

 近くにいたザンらも余波を受けて耳を押さえた。

 メルは一人、けろりとしている。


「そんなものは、いらないの」


 白目を剥いている魔術師に言い捨て、さっさと歩き出してしまった。

「おい待てっ。どこ行く」

 慌ててザンが呼び止めるが、メルは足を止めない。顔だけ半分振り返る。

「おわった。から、帰るの」

「待てっつのっ」

 気絶した魔術師をベルトで縛って担ぎ、四人は急いでメルの後を追った。


「おい、さっきのなんだよ」

 先頭を行くメルにザンがぶっきらぼうに尋ねた。


「なにが?」

「さっきのアンデッド消したやつだ」

「浄化の歌。死んでるものは、消える」

「あれがアンセムなのか? ただの子守唄じゃねえのか」

「だから優秀な・・・コーリスター、なんじゃないですか?」

 最後尾からロイが言う。歌の力を信じられなかったグラウクス職員らも、間近に見せつけられては信じるしかない。

 ここで、ザンはあることに気づいた。


「・・・おい。ってことはお前、もっと早くに歌ってりゃ簡単に片付いたってことじゃねえのか? 昨日のアンデッド退治だってお前」

「言われたの」

「あ?」

「グラウクスは、コーリスターを信じてない。だから、すっごく危なくなってから、助けてあげなさい、って」

「・・・てめえなあっ!」

「まあまあまあ。実際俺らメルちゃんのこと侮ってたし、文句言えないって」

 メルに掴みかかりそうな勢いのザンを、ウィリーが後ろからシャツを引っ張って止める。

 その様子をメルはくすくす笑って、軽やかに階段を登りながら歌い出した。


 先程と同じ、浄化の歌。

 岩壁に囲まれた空間をどこまでも響き渡り、廊下や、ドームの中、さらには外に転がる死体をすべて美しい光に包みこんだ。


 地上に出るとすでに日が落ちていた。しかし森で一夜を明かすつもりはなく、強行軍で突っ切り村へと戻った一行を待っていたのは、怒りに満ちた村人たちだ。


「? なんだ?」

 森の入口に赤々と松明が焚かれていたことで、すでに一行は不審を抱く。

 村の中へ入ると、死体に戻ったアンデッドが三匹ほど、畑に転がされていた。


「どうやら森を抜け出したアンデッドがいたようですね。魔術師が気を失ったことで術が解かれ、ただの死体に戻ったというわけですか」

 冷静に状況を分析したロイだったが、村人たちはたとえ事が解決したのだとしても、化け物の侵入を許したことに怒り心頭だった。


「あんたら守ってくれるんじゃなかったのか!」

 血気盛んな若い男が、憤慨を露わに怒鳴りつけた。敵意を真っ向からぶつけられると、ザンは条件反射で喧嘩腰になる。


「守ってやったじゃねえか。こちとらアンデッドの大群を相手してやったんだ、三匹くれえでびびってんじゃねえぞ」

「ちょっ、ザン君?」

 ウィリーやロイが止めようとした時には遅かった。


「な、なんだその言い方! あんたらがちゃんと守ってくれなかったせいでこっちは怪我人が出ているんだぞ!」

 男は更に声を荒げ、他の者に支えられて家へ運ばれていく仲間たちを指し示す。


「だぁら、さっさと避難すりゃよかったんだ」

「これじゃなんのためにあんたらを呼んだかわからない! 責任は取ってもらうからな!」

「なんだよ責任って」

「また減給かー・・・」

 ウィリーがぼやき、ロイは無表情に呟く。

「今後は事前にザンの口を塞いでおきましょう」

「俺のせいかよっ」


「なにを怒ってるの?」

 ノアと共に、後ろに下がってあまり話を聞いていなかったメルは、ロイの袖を引っ張って尋ねた。


「アンデッドに怪我させられたことを怒っているんですよ」

「怪我? じゃあ、また出番」

「え?」

 メルはザンらよりも前に出て、すう、っと息を吸った。


「―――」

 耳慣れない言葉で、美しいメロディが村中に響き渡ると、大地から淡い光が立ち昇り、人々の体に宿る。すると、

「け、怪我が、怪我が治ってる!」

 仲間に依ってようやく立っていた者たちが快調に歩き出し、包帯の下には傷一つ残っていない。

 ザンらも擦り傷などが消え、怪我をしていなかった者まで、身の内から湧いてくる活力に歓喜した。


 メルが歌い終える頃には、村人たちが残らずむせび泣いている。

 透き通った美しい歌声に、導かれた奇跡に、誰もがメルを讃えずにはいられなかった。


「癒しの歌、ですか」

「美少女で美声で退魔に治癒できるってすご過ぎでしょ。俺らいらないじゃん」

「前の二つ関係ねえだろ」

「・・・便利」


 呆然とする四人へ、メルは華やかな笑顔を向けた。

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