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クインテット!  作者: 日生
1章 合成獣
3/25

3

 朝になり、ただの死体に戻って点々と倒れているアンデッドを五人が辿って行くと、樵が立ち入るよりさらに奥、魔物の棲みかとなる深森の中に、突如としてドーム状の建造物が現れた。


 頑丈な石造りであるが長年の風雨の影響か、半ば崩れ落ち、壁を蔦が這い苔がむしていた。

 その周囲に、殊更に多く死体が転がり、ひどい腐臭を放っている。


「ここが魔術師のねぐらなのか?」

 サングラス越しに、ザンは眩しそうに建物を見上げる。


「これは《遺跡》ですね」


 入口の扉を調べていたロイが、壁の一部を指した。そこにはエンブレムが刻まれている。

「まだ把握されていないもののようです」

「マジ!? やったボーナスゲットぉっ!」

「俄然やる気出て来たぜ~」

 真っ先に歓声を上げたのはウィリーで、ザンも腕をまくった。ロイは更に壁をなぞり、エンブレムの下に彫られた文字を読み上げる。


「《三十五番、黒き有翼の戦士、大いなる侯爵》・・・間違いなさそうです」

 メルも扉に近づき、壁を見てみる。しかしそこにあるのはまったく見たこともない文字で、メルには何が書いてあるのかさっぱりわからない。


「どうして読めるの?」

「さあ、どうしてでしょう」

 ロイは微笑んではぐらかす。


「メルさんは《遺跡》がなんだか知っていますか?」

「・・・知らない」

「いつ誰が建てたものかもわかっていない、有史以前のとても古い遺物なんですよ。各地に点在し、把握されているものだけでも四十以上あります。形状は様々ですが、現在の建築技術よりはるかに高い技術が使用されており、史上最大の謎と言われています」

「ふうん・・・中に何があるの?」

「どうやら何かを封印しているようなのです。このエンブレムを見てください」

 ロイが指す壁には、羽の生えた犬の上に鎖が交差している模様が彫られていた。


「《遺跡》には必ずこのように、前面に鎖が交差している怪物のエンブレムが刻まれています。この怪物がなんであるのかはわかっていないのですが、おそらく魔に関わるものなので、建物自体を国で管理し、一般人には立ち入りを禁じているのです」

「なんで、見つけると喜ぶの?」

 メルは小躍りしているウィリーや、ザンを指す。

 ロイは苦笑を浮かべた。


「新たな《遺跡》の発見には国から褒賞金が、つまりお金がもらえるんですよ」

「おい早く入るぞっ!」

 待ちきれなくなったザンが入口の扉に蹴りを入れた。三メートルはあろうかという両開きの石戸の片方が吹き飛び、床に落ちて一部砕けた。


「あ、これまた帳消しコースだな」

「・・・言ったそばからザン、あなたという人は」

 メルは、ぽかーんとして、吹き飛んだ扉を見つめた。


「今の」

「ああっとほら! 脆くなってたんだよっ、めちゃくちゃ古い建物だしさ!」

 慌ててウィリーが言い添える。

 メルは不思議そうにしながら、さっさと先へ進むザンの後を追った。


 内部にも死体が多数転がっていた。天井はドームの骨組だけが残っており、降り注ぐ陽光が凄惨な光景を照らし出している。だだ広い空間には他に何もなく、入口の石戸以外にどこかへ続く扉もない。

 死体ばかりで、魔術師の姿は見当たらなかった。


「逃げちまったか?」

 それぞれに散って調べ始めて間もなく、ザンがぼやく。

 一方、ロイはまた別のことに疑問を抱いていた。


「おかしいですね。封印の間へ続く扉もないとは」

「ってことは、ここ《遺跡》じゃない?」

「そんなことはないと思いますが」


 男たちが首を傾げているのを尻目に、壁をぺたぺた触り回っていたメルは、あるところであるものを見つけた。

 それは羽の生えた犬の上に鎖が交差している、入口にもあったエンブレム。


「ねえ」

「あ?」


 メルは一番近くにいたザンの袖を引き、エンブレムを指した。その時に、たまたま出張っていたエンブレムに指先が触れてしまう。

 途端に、ザンの立っていた石の床が抜けた。


「ぅおっ!?」

「おわっ!?」


 さらには、ちょうどその対角線上の反対側、ウィリーの立っていた床がピンポイントで開き、まっさかさまに深い穴へと落ちる。その際、ザンを掴んでいたメルと、咄嗟にウィリーに掴まれてしまったノアも、もろともに落ちていった。


「・・・なるほど。下へ続いているわけですか」

 残ったロイは一人、冷静に呟いた。




「―――ぅおおおおおおおぃぃいぃっ!?」

 どこまでもどこまでも地の深くに落ちていくザンの絶叫が響き渡る。下は闇に包まれ、何があるかもわからない。

(ちっくしょうが!)

 ザンは空中でメルを引き寄せて抱え込み、下に目を凝らす。やがて着地点を見定め、歯を食いしばった。


「~~~~~っ!」

 二人分の体重の衝撃を足に受け、ザンは不覚にも泣きそうになった。

 メルは硬直したまま悶える男の腕からひょいと飛び降りる。見上げれば小さく、点のような光があったが、底まで届かず、闇が辺りを支配する。周囲の様子はほとんど見渡せなかった。


「てめえなあ!」


 きょろきょろしていたメルは、復活したザンに腕を引っ張られ、危うく転びそうになった。

「余計なことすんな! 本当なら死んでんぞ!?」

「死んでない」

「俺のおかげでなっ!!」

 がなり立て、メルを放す。ザンはサングラスをポケットにしまい、遥かにある光の点を見上げて舌打ちした。


「さすがに届かねえか・・・っくそ、最悪だ。よりにもよってこいつと二人きりかよ」

 しかし文句を言おうにも、メルはきょとんとしているばかりで、相手にならない。

「しょうがねえ。行くぞ」

 諦め、歩き出すザンをすぐにメルが呼び止めた。

「ねえ、前、見えない」

「あ? ああ、そういやそうか。いちいち面倒な奴だなあ」

 ザンは戻ってメルの手首を掴んだ。

「妙なのには触んなよ」

「うん」


 ザンの目には、床に散らばる瓦礫や、さらには死体が見えている。それらを避けながら、行く道は一本のみで、ひたすらにまっすぐ伸びている。幅広く、巨人も通れそうである。岩壁には等間隔にくぼみがあり燭台が備え付けられていたが、火元になるものはなかった。


「上、戻れる?」

 岩壁に反射し、メルの声がよく響く。


「知るか。一生出れねえかもな」

「やだ」

「てめえのせいだっ――」

 ザンが足を止めた。


「? どうしたの」

 メルの問いには答えず、前方に目を凝らす。そして、


「伏せてろっ!」


 メルを突き飛ばし、床を蹴った。

 遠く闇の中から、岩でできた翼をはためかせる怪物が飛んで来ていたのだ。


 ガーゴイル。

 本来は雨どいとして屋根に設置される翼竜に似た単なる彫刻であるが、《遺跡》では侵入者を排除するガーディアンとして稼働する。額に赤い宝石が付いており、そこに込められた魔力によって動いているのだ。大きさは人の子ほどもあり、それが二体、ザンらにまっすぐ向かっていた。


 ガーゴイルが開いた口から炎球が飛び出し、一瞬前までザンのいた場所を黒く焦がす。

「ぅおらっ!」

 高く飛び上がったザンのかかと落としが、炎を吐いたガーゴイルの額に落とされた。頭ごと赤い宝石が砕け散り、残った胴体は落下して砕けた。

 着地し、もう一体を探して見回すと、ちょうどメルに向かっている。


「逃げろっ!」

 ザンは叫んだが、メルには向かってくるガーゴイルの姿が見えない。先程ザンに突き飛ばされた際に転倒し、ようやく起き上がれたばかりだった。

 舌打ちし、ザンは走る。が、

(っ、なんだ?)

 ガーゴイルが、メルの前で突然止まった。


 闇に視線をさまよわせる少女を、中空でじっと見つめている。


 そして狙いを定めて飛び上がったザンの蹴りが、そのままガーゴイルの横面に入った。壁に叩きつけられ、ガーゴイルの頭が丸ごと砕け、さらに床へ落ちて全身がばらばらになる。

 完全に機能停止したことを確認し、ザンはメルを振り返った。


「おい、今なんかしたか?」

「ううん」

「だよなあ。なんだったんだ?」

 ザンは首をひねるばかりだ。

 一方、メルはまったく何事もなかったかのように、平然としている。その様子にもザンは引っ掛かった。


「お前、怖くねえのか?」


 昨夜のアンデッド退治の時も、落とし穴に落ちた時も今も、メルは悲鳴の一つも上げず怖気づく素振りすらない。

 シュトラールに養護され、人前で歌って過ごしていただけの子供が、この程度の反応しか示さないのは、ザンにとって意外過ぎることだった。


「こんなの、怖くない」

「ほー? 勇ましいな」

 半分は強がりと受け取りザンは茶化したが、メルの言葉は続いていた。


「悪いドラゴンもそうなんでしょ」

「あ?」


「もっと怖いことを知ってるから、こんなの怖くないんでしょ」


 確信に満ちた口ぶりだった。


「・・・ドラゴンじゃねえって言ってんだろ」

 ごまかすようにザンは返し、またメルの手首を掴み、先を急いだ。




 しかし数歩も行かないうちに、背後から爆発音と悲鳴が響く。


「なんだ!?」

 振り返ればウィリーとノアが、数十体のガーゴイルを引き連れ疾走していた。ガーゴイルらが飛ばす炎球によって、辺りが昼のように明るく照らし出される。


「よぉザンっ! 助けてくれ!」

「ボケウィリィィィっ!」

 ザンはメルを小脇に抱え、ウィリーらと並走し罵声を上げる。


「何してやがんだてめえらは!」

「落ちた場所がガーゴイルの巣穴だったんだよ! これでもだいぶ減らしたほうなんだからな!?」

「全部片付けて来やがれ!」

「誰かさんみたいな体力バカだったらな!」

「ノアっ、てめえも働け!」

「そのための時間がいるんだ! メルちゃんは預かるから行ってくれ鉄砲玉!」

「クソがっ!」


 ザンはメルを投げ出し、急転換。ガーゴイルの群れに向かって床を蹴った。

 メルを受け取ったウィリーとノアは、少し先で止まる。


「俺の後ろから出ないでねーメルちゃん」

 言いながらウィリーは背後にメルとノアをまとめて庇った。


 ノアはずっと持っている本を開くと、あるページを見ながら、チョークで床に何かを描き始めた。メルはしゃがんで、絵とも文章ともつかないそれを眺める。


「――喰らえっ!」

 ザンの怒声につられてメルが顔を上げると、炎とガーゴイルが飛び交う中、ザンはガーゴイルたちを踏み場に宙を舞っており、不安定な体勢から拳や蹴りを繰り出していた。


 しかしガーゴイルの数は多く、ザン一人で捌ききれるはずもない。零れた二体が同時にメルらに向かって炎球を放った。


「どぉええぇぇっ!?」

 近くのガーゴイルを拳銃で追い払っていたウィリーは、左右からやって来る攻撃に対し咄嗟に両腕を伸ばした。

 広げた手のひらに炎球がぶつかり、ぱらぱらと火の粉が落ちる。


「ふぃー、一か八かだったなー」

 安堵してすぐ、ウィリーは向かい来るガーゴイルの額を撃ち砕いた。

「おーい! 怖いからこっち来させないでくれよ!」

「うるせえ黙って盾になってろ!」

 ザンに文句をつける余裕まであるウィリーの服を、後ろからメルが引っ張った。

「手、燃えないの?」

 ウィリーは顔だけ振り返り、人差し指を唇に当ててみせる。


「愛の力ってやつ。内緒だよ」


「?」

 メルが疑問符を浮かべた時、ちょうどノアの作業が完了した。


「できた?」

 ウィリーに頷き、ノアは床に片手を添える。


「・・・シハーブ」


 その一言を呟いた途端、ガーゴイルの額の宝石から次々と、流星群のように赤い光が飛んでノアの足元に集まった。光が床にぶつかるごとに絵は青く輝き、宝石の光を失ったガーゴイルは次々と墜落していく。

 すべてのガーゴイルがただの彫刻に戻るまで、十秒とかからなかった。


「うっし、終わり」

 高いところから軽やかにザンが降り立つ。

 事の成り行きを見守っていたメルは、ある推測に至った。


「今のって、魔じゅ」

「さ、さあ先に行こっか!」

 ウィリーが慌ててメルを促した。その横で、本のあるページに手を添えたノアが、

「・・・ナール」

 呟いた途端、目前に小さな炎が現れた。宙を漂い、ガーゴイルが機能停止したために暗くなってしまった空間を明るく照らし出す。


「ねえ、やっぱり魔術」

「細けえことは気にすんな」

 メルを遮り、ザンはさっさと先に行ってしまった。


 魔術が法律で禁止されていることは子供でも知っている常識なのだが、メルはそれ以上、何も問わなかった。


「そういやロイはどうした?」

「あー、あいつだけ助かってたわ。ロイってそゆとこあるよな」

 ぼやきながら一行は歩き、やがて道の終点に辿り着く。


「お疲れ様です」

 閉ざされた大きな門の前に、ロイは立ってた。


「あれ、なんでいんの?」

「そこの階段から」

 ロイは、左手の長い長い石段を指す。


「あの後よく壁を調べてみたら他にもいくつかエンブレムがありまして、それらを決まった順序で押すと地下へ続く階段が現れる仕組みだったようです。ところで、そちらは派手な音がしていましたが、全員無事ですか?」

「聞こえてたんなら助けに来てよっ!?」

「今、ようやく着いたばかりなんですよ」

 ウィリーは大げさに肩を落とした。


「・・・ロイってそゆとこあるよな」

「こいつも掴んで落ちりゃよかったんだ」

「私まで落ちていたら戻れなかったでしょうが。メルさんは怪我などしていませんか?」

「へいき」

「なによりです。一緒に落ちたのがザンでよかった」

「よくねえっ!」

「声を抑えてください。どうやらこの扉の向こうが、封印の間のようですよ」


 ロイは、鎖の模様が複雑に絡み合っている装飾の扉を、ゆっくりと、慎重に開けた。


怪物メモ


・ガーゴイル

 =ガルグイユ

 元々は司祭に捕まり、焼き殺されて首だけ残ったセーヌ河の竜。火と水を吐く。

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