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濁った愛情と狂喜……お風呂

楽しんでいただけましたらうれしいです。

  ◆

 ひっそりとした闇。


そんな帳が第三居住区コロニー全域をお料理の必需品・濃口醤油のような色合いで包み込むと、夜の世界は昼間の喧騒など嘘のように静かだ。


 室内灯でおぼろげに照らされた窓辺から人工的な芸術である夜空を見上げるとハッと息をのみたくなるほどに煌々と一際輝くオリオン座が見える。


 僕はぼんやりしながら手の届きそうな星たちが舞う夜空と淡く差し込む月明かりに想いを絡ませてぼんやりしていた。


「あーちゃん」


その声色はいつもとかわらない僕をほっとさせる音色。


僕を呼びかけた姉貴に気がつくと、遠慮しがちに振り向いてやんわりと微笑

んだ。


そこには生粋の黒髪美人が「てへへ」と恥ずかしそうに笑いかけてくれる。

白地に紺色で水玉模様の業務用浴衣姿。


心拍が高鳴りすぎて、スキップしながら冥界に旅立ちそうなほど僕を魅了する姉貴の寝間着は浴衣派。


「家族、いっっっぱいふえたね」


 我が家の人口倍率がドン! と二倍になったわけなのだ。


そのことが単純に嬉しいように姉貴ははしゃいでくれる。


姉貴は僕に寄り添うように傍らにくると「てへへ」と照れながらぽぁと頬を赤く染めて僕の右腕にしなだれかかり腕を絡ませる。


相変わらず無邪気にぽにょっと撓む二つの弾力のある膨らみ。


体温がはっきりと伝わるほど腕を挟み込んで押しつけてくる。


「ほらほらーっ。あーちゃんの大好きなおっぱいだよーっ」


少しはだけた浴衣から開放された胸の谷間。


少しだけ膨らんだおへそのあたりまで丸見えで欲情してしまいそうになる。


「色々と勝手なことしてごめんね。姉貴は僕と二人だけのほうがよかったかな?」


「ほえぇ。うちはあーちゃんがいたらいいの。あーちゃんはうちのこと好き? それとも大好き? そんでもって大大だぁぁぁい好き?」


方向性が定められた一択の選択肢に凄まじい愛情と独占欲を認識。


姉貴の黒髪がふぁっとひろがって心地よい香りを放つと、凄くやわらかな頬

を僕の頬に何度も何度も甘えん坊の子猫みたいに摺り寄せる。

想いすがるほどの悦びがうっとりする艶やかな笑みに変換されて僕に触れ合ってくる。


「うん。大大大好きだよ。僕は姉貴だけのものだから……」


「てへへ」


テレテレしながらの悪戯っぽい眼差しが一流スナイパーの狙撃のように僕の心を打ち抜いてほっこりしてしまう。


全体露出は少ない浴衣でも、自然なかたちではだけた姉貴の豊満な胸もとから、壮大な露出部分は七夕の織姫と彦星に短冊に願いするよりも魅力的だ。

魅力が溢れすぎてシスコンとして姉貴と同じ時間を過ごせることを誇りにおもう。


シスコンとは文化であり理屈的な文明とは異なるものだ。


照れ笑いをする姉貴の黒髪をいとおしむように愛でると心地よいのだろう。


うっとりと目を細めた姉貴はもっと愛でろと頭を突き出してくる。


「だから、姉貴は僕だけのものだよ……もう、誰にもふれさせない……」


 むせ返るほどの甘い臭い『もう、何処にもいかないで』と願っていた幼いころの僕に神様は残酷な形で願いを聞き届けてくれたのだ。


あれほど世間が騒がした『黒煙の魔女』の二つ名エースパイロットの捕縛と『地船』による拷問と陵辱動画。


しかし、その出来事が僕と姉貴の運命を結びつけたから。


――以前よりも仲睦まじく、すっと一緒に……――


「うん。あったり前だよーっ。うちはあーちゃんだけのものだよー。だから……いっぱい愛してほしいのだぁーっ。で、ないと……」


「で、ないと?」


 おもわず反芻してしまった僕に姉貴は照れくさそうにマシュマロのような柔らかな口調で。


「あーちゃんのこと殺しちゃう……うちのお腹の赤子と二人で……いっぱい、いっっっぱい殺してあげる」


マッドサイエンティストなみに狂気が散りばめられた無邪気な姉貴の口調は抑揚もなく淡く消えてしまいそうだ。


「僕も姉貴に殺してもらいたい。いっぱいいっぱい殺してもらいたい。殺したくなるほど愛して欲しい。姉貴……僕だけの姉貴」


 甘える子犬のように無邪気にはずむ姉貴の肉体に愛情を注ぐように雄々しく力強く抱きしめる。


衣擦れた音、柔らかさと豊潤さを姉貴の体温とともに心地よく堪能する。

淡い快楽が僕の脳髄まで麻痺させて欲情を押し出すのだが。


「あーちゃんのこども……むふっ」


姉貴はお腹の膨らみにそっと手を添える。


ぷっくりと可愛らしいお腹を見るたびに僕は微笑みながら心の片隅に殺意が芽生える。


殺したくて……殺したくて……奴らの存在をこの世から消してやりたい。


その狂気が僕の欲情を押さえつける。


「姉貴……僕になにか用があったのかな」


 ほえっ? と小首をかしげてしばらく黙考する姉貴。


やがて脳内シナプスが繋がったのかぶんぶんと首を縦に振って「さっすがー

っ。あーちゃんだね」と、にぱぁとにこやかな微笑みを浮かべてご満悦顔の

姉貴。


なにごとにご満悦なのかは置いておいて僕は姉貴の笑顔を見ているだけでほっとする。


「えっとえっと、あのね、用事があったのーっ。お風呂のこといいにきたのだぁーっ」


 握りこぶしを高らかに掲げて元気いっぱいの宣言。


「わかった。すぐにお風呂にはいる」


「はいはーい。あーちゃんがお風呂場でお湯をつかって一人ストリップゴッコで楽しんでいるあいだにうちはおいしーい御飯をつくろーっと」


パタパタっと両手を振ると元気いっぱい僕の部屋から出る。


そして廊下に置いてあった野菜のみ入った買い物袋をもって台所へ消えていった。


今晩の姉貴の調理気分は肉食や雑食よりもメエメエ子羊的な草食系料理のようだ。


 僕は押入れの収納箱から姉貴とお揃い浴衣と肌着を持つと廊下にでる。


台所から舌っ足らずの元気はつらつ姉貴とどんよりうっそりしたひなたのコ

ラボレーションした声が聞こえてきた。


二人仲良く調理をしてくれているようだ。


二人の姉妹愛の育みに安心しつつ僕は脱衣所に向かった。



老朽化したアパートといっても洗濯機なども完備された一般家庭の脱衣所と広さも機能性もそれほどの遜色ない。


妙に磨きこまれた洗面台には姉貴のコスメアイテムや歯磨きセットなどが大

名行列のように規則正しく陳列しており生活臭がしっかりといきづいている。


エコロジーを地で突き進むほんわりと薄暗い常夜灯の灯りは雰囲気的にしなびた感はほっとする田舎の旅館のようで粋というものだろう。


僕は脱衣所の無造作に放置された籠に服を脱ぎ捨てて秘められた素肌をあらわにする。


といっても誰かにみられているワケではないのだが。


浴室のドアに手をかける、浴槽のドアは年代ものとはいえ一枚のガラスをか

まちで仕上げてあるデザイン性に優れたものなのでお気に入りだ。


ふわりと湯気が踊る、浴室はかなり広い。


大家さん曰くこだわりの広さらしい。


風呂場のタイルはスレート調のシックな色合いで清潔感をたもった雰囲気が日頃の手入れのよさを物語っている。


溢れんばかり浴槽にたっぷりとお湯がたまっている。


これぞ贅沢なのだ。


水切り性抜群のお風呂用の椅子に座って蛇口をひとひねり。


シャワーノズルから四十二度のお湯が勢いよく噴射。


この時期は少し高めの温度設定にしないと時代劇に感化された姉貴の江戸っ

子大好きパワーに詰問される恐れもあるし、水道管で冷やされた水が温まる

までぬるいお湯がでてくることも要因の一つだから。


我が家湯けむり紀行・お風呂場編などで姉貴との恋愛ドラマが一本つくれそうな妄想力を駆使してシャワーからお湯が出るまでに時間を満喫。

もう、待ち時間のそれすら心地よい。


白鳥の羽を連想させる落ち着いた白色が穏当な気持ちを呼び込む大きめの浴槽の淵にタオルを置いて爽やかなほど勢いの良いシャワーを使ってゴシゴシと頭や身体を洗う。

 

「あの……失礼します」


あどけなさが残る幼い声で恐る恐るお伺いをたててくる。


曇った一枚ガラスのドアの向こう。


脱衣所に全く実っていない残念すぎるゆーなのペッタンコボディーシルエットがぼんやりと浮かぶ。


ガラガラガラ――


一枚ガラスの浴室ドアが開くと華奢というより貧弱な裸体に巻いたバスタオルがやけにしっくりくるゆーなが遠慮しがちに入ってきた。


脱衣所からの混入した冷たい空気にせっけんとシャンプーの香りがふぁっと

浴室に華を咲かせる。


「あれ、ゆーな。さっきはいらなかったのか?」


 僕の問いかけにゆーなはプルプルと顔を横に振る。


「は、はい……あ、あたし……お背中……流そうと……」


どこぞの誰かの教育の成果なのか心遣いは嬉しいのだがゆーなは僕の背中を流すより自分の身体を洗うべきだったのでおもわず失笑してしまう。


ゆーなはバスタオルを手馴れた手つきで折り目正しくたたんで浴槽隅のコスメ置き場へ。


僕はちょうど全身を洗い終えて湯船に身体を沈めたところだ。


かるく目を閉じると全身の疲労感や圧迫感が湯船に溶けていく。


全身があったまるとほっとする安堵感に包まれる。


「しっかり身体を洗うのはゆーなだよ。匂いも汚れもすごいし……もうずっとお風呂入ってないだろ」


「はい……ご迷惑です……よね。すみません……本当は一人では寂しくて一緒にはいりたくなって」


 ゆーなの吐露した視界不明瞭な霧がかった本音。


ゆーななりに真剣に考えた答えをぽつりと独り言のようにつぶやくと僕から

じっーと目を離さなかった視線が自然と下降して伏せていく。


しゅんとして申し訳なそうな空気をふりまいて、シャワーノズルからでた熱

めのお湯を頭からかぶった。


ゆーなの肉体からどど黒いお湯がタイルに広がり排水口へ。


実りのない肢体や髪の毛をゴシゴシと洗うゆーな。


鼻についた生臭い体臭もせっけんのフローラルな香りに変わりはじめる。


――ゆーなも必死なのだろうな。大好きな姉貴以外の女にしがみつかれるのは苦手だが、先ほどの一言はどう考えても僕が言いすぎた――


「ゆーな」


僕は熱めのお湯で全身を流し終えたゆーなに顔を近づける。


――涙……流して……!?――


ゆーなの真っ赤に充血した瞳から大つぶの涙がポロポロとこぼれている。


こぼれた涙と水滴は肌に当たってはじけて。


贅肉のひとかけらもない華奢な短躯のすっとした流線美をなぞるように流れていく。


「こっちにおいで」


そう言って、僕はおいでおいでと手招きした。


ぐすりっと鼻をすすったゆーなはウルウルした瞳で僕を見る。


そのウルウルはウルルン紀行も真っ青なウルルンっぷりだ。


湯気のむこうに透けて見えるみずみずしいゆーなの裸体。


汚れすぎて黒の妖精と勘違いしそうだった肌は本来の色を取り戻す。


すらりとした華奢なボディーラインは細くて薄くて儚げで。


透きとおる柔肌は肉欲に支配されそうな不思議な艶めかしさを宿している。


「いいの……?」


とても遠慮がちだ。


そんな気分にさせた原因の一翼は僕にもある。


落胆に彩られていたゆーなが儚い期待を描いてキョトンと小首をかしげながら僕を見つめてくる。


僕は三十種類もの表情筋を総動員して満足そうな作り笑顔を演出。

脳内で繁殖しようとした不埒な煩悩などお湯と一緒に排水口に流れてしまった。


「ああ、湯加減バッチリのいいお湯だよ」


ザザザーっ――


ゆーながお湯に入るとたぷんっと波紋がひろがりながら表面張力で踏ん張っていた湯面が浴槽から流れ出す。


小さな肉体をあったかい湯船にどっぷりと沈める。


湯気にまぎれるように浴槽からさらに湯が溢れ出し、たぷんっとプリンがプリプリするように湯面が波立つ。


「あたし……邪魔……ですよね」


その言葉はとても寂しそうで自分を卑下して打ち震えるようなモルモットのようだ。


遠慮しがちにおずおずとそんな不毛な言葉を投げかけてくるゆーなの心境。


数時間前までは公園の路上生活者。


出来損ないのお子ちゃま口調。煩わしい病気までもっているらしい。

しおらしくなる原因がすき家の大盛り牛丼よりも大盛りすぎて不確定要素満載。


「うーん、邪魔じゃないよ。僕の家族だし。ゆーなの過去の出来事を僕は全然しらないけど、今のゆーなは僕の大切な家族。家族は絆が大切なのだよ。僕はその絆を信じたい」


ゆーなの瞳の色に暗い闇の色がはしる。


正座をしすぎてしびれて痙攣を起こした足をつつかれたような悲痛な色合いに染まる。


沈思黙考。


この沈黙の行動と思考は公然と存在する世の闇の部分を歩んだことをゆーな自身が公言したことになる。


虚無を孕んだ冷たいガラスのように脆く透き通った瞳。


湯船で温まって朱に染まっていくゆーなの白色の柔肌。


まだまだあどけなさを残した肢体がうろたえて硬直する。


時折、天井からちゃぽんと落ちる雫の波紋が湯面にひろがっていく。


静寂な空間が浴室に浸透している。


もう、僕からゆーなに声をかけることはない。


ただ、湯船を満喫して。睡魔にまけないように意識を保って。


「本当に……あたしを……こんなあたしを愛してくれますか?」


そんな均衡をやぶったのはゆーなだった。


驚くほど温度を感じさせないゾクッとするような声音。


その声音は演技に見えないもどかしさと不安、渇望する本音や募る想いが入り混じった声音。


僕の口元にはセルフコントロールされた笑みをたたえている。


僕はゆーなの望んでいることがはっきりとわかる。


それはゴミとクズに埋もれていた昔の僕が心から渇望したそれだから。


――だから答えはもうでている――


「いつか……僕がキミを……ゆーなを愛しすぎて……いっぱい殺してあげるから。家族だろ」


支離滅裂した言葉。


僕は亡骸を抱いて嬉々する精巧に狂ったマッドサイエンティストみたいで滑

稽な言葉をささやく。


壊れた精緻と妄想夢想に満ちた狂気。


本性が剥き出しになって狂っている僕に熱っぽい眼差しを向けてゆーなは幼く実りのない全身を僕にかぶせるようにしなだれる。


嬉しそうな色を宿す甘い吐息。


ペロリっとざらついた舌が頬に触れる。


ぎこちない舌使いはミルクを発見した子猫そのもの。


歓喜に満ちた表情で僕の期待に答えてくれた。


「はい……あたしを沢山引き裂いて……血肉の欠片や骨になっても……ずっと愛してください。もう、離れないですよ。あたし、こうと思ったら子泣き爺より抱きつきますから。あたしが離れるときは……須藤さんの血をすするときです」


ゆーなも知っているのだ……僕の手の内を見透かしたように。


絶望を糧にした人間の最後の望み。


そう、愛している者の手で殺して欲しいという実態のない願望を。


どんよりと濁った愛情に沈み込んでいく僕のように。


いかがでしたか?

類は友を呼ぶ……そんな家族を描いているような気がします。

少しでも楽しんでいただけましたら嬉しいです。

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