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生きることの代償と生きてきたことの代償……妹増えました

楽しんでいただけましたら嬉しいです。

   ◆

僕の住処は木造二階建てアパート。


敷金・礼金などがチロルチョコ価格のお手頃物件。


当初はその激安なディスカウント価格に驚かされたが、夜な夜な「一枚・二枚」などとお皿を数える幽霊などが出るわけではない。

好々爺チックな大家さん(御歳90歳)が趣味でやっている道楽アパートなのだ。


若者で賑わう商業施設や『空船』行政機能が密集している中央市街地。


そんな繁華街や都市部から随分遠ざかること徒歩40分。


更に主要幹線道路から三本ほど小道を歩く。


そんな、田舎中のド田舎。


虫とカエルがさざめく人里は離れた非開発区域。


両目いっぱいの視界には遙かかなたまで野菜畑が広がり、良質な土が提供し

てくれる、懐かしくて心地よい鼻腔をくすぐる懐かしくなる香り。

そんな、ド田舎の真ん中にどっしりと鎮座する、


少し大きめの木造建築物。


立派な門構えに剣術道場のように掲げられた、木製の看板には『ゴージャス荘』の文字は完全に名前負けだ。

この木造建物の年季の入り方はシロアリが引っ越してきたら瞬殺されるぞーっ!


そして、屋根裏のねずみ君たちの大運動会をまったく気にしない店子たちが居座っているため、築六十年だがまだまだ現役で活躍している。

その一階左端、103号室が僕と姉貴の愛の巣である。


その愛の巣はのっけからどんよりと空気が重い。


わが家の玄関にて明智小五郎もびっくりのちょっとしたサスペンス劇場仕様の殺人事件がおきようとしていた。


「あーちゃん……メス連れてきた」


玄関で驚きのあまり立ちつくす姉貴。


時間帯は夕方魔女っ娘ものアニメ時間。


その崇高な時間であるにもかかわらず、姉貴は眼中の衝撃に耐えかねたようにあんぐりと口を開いていた。


少しばかり圧力が増してきた姉貴の殺気、両肩にはうっすらと気炎が昇る


――もしかして、ヤバイ……かも――


……クルリっと反転して現実逃避の瞑想がしたいですよーっ!


僕の後ろではひなたが寄り添うようにぴったりと豊満な肉体を密着させる

(姉貴の威圧を感じとったのだろう)と姉貴は、しっかりと手に持っていた

プロテインオレンジジュース入りの、水戸黄門のマグカップを重力に従うよ

うに床に落とした。


ガチャーン!


オレンジジュースが床の上で水たまりをつくる。


そして僕の胸に物凄い焦燥感が込み上げてきた。


姉貴は強い攻撃色を輝き放つ瞳をひなたに向けると厄介そうに眉をひそめて、くちびるに人差指を添えた。


「あーちゃん……メスとぴったんこ……してる」


姉貴の果てしなく抑揚がない声。


音質は極めてダークな重低音。


こめかみがヒクヒクと痙攣。


もしかしなくても姉貴は物凄くご立腹なのですねーっ!


うっそり幸薄系巨乳少女とうらぶれた病弱ロリロリ少女をテイクアウト。


このままでは僕の魂が死神の手によって冥府へテイクアウトさせそうな勢いですよーっ!


――こ、これはヤバイ雰囲気すぎるぞーっ!――


姉貴は転がっていた、マグカップを拾いあげると定位置である棚の上に置く。

ヤバイといっても、今は百%姉貴の攻撃射程範囲なので、どうすることもできない。


陸戦格闘術においても姉貴は僕より遥かに上の実力者だ。


「大きいおっぱい……当たっている」


その言葉と表情……僕の胸の内、恐ろしいものが満ちてくる。


艶やかな前髪をはらりと揺らしてニッコリ微笑む姉貴の姿。


その微笑みはいつもと違い表情筋のみでつくられた偽物。


鑑定団に出品しなくてもすぐにわかってしまう。


ほら、その証拠に目が……キッと鋭い瞳の中に現役時代さながらの殺気で眼光だけで失禁しそうだぞーっ。


「どういうことなのかなぁー」


姉貴はゆらりゆらりと床を滑るように僕に近づく。


その足どりは時代劇の暗殺者であるザ・忍者を彷彿させる足運びだ。


ギラギラした瞳にバニラシェイクのように甘ったるい声の姉貴。


その手に握られている業物。


ヒンヤリとした感触が喉元に走る。


キラリン☆と光る台所のお友達(包丁)の柄をしっかり握って僕の片耳から喉元にかけてしっかりと押し付けてくる。


――姉貴ーっ、ご、誤解ですよーっ!――


その形状から手持ちの武器は刺身包丁ですねーっ。


先端が尖っていないのは昔、喧嘩っ早い江戸っ子が喧嘩に使いにくくするた

めと姉貴の調理本に記してあったが、この状態では尖っていないだろうが逆

刃刀だろうが簡単に調理されそうなきがするぅぅぅ♪


ザザザーッと擬音が聞こえるほど血の気が引く。


思考の内面にまで浸透するような恐怖と高揚感。


死亡フラグがたちそうな僕の生殺与奪権は風前の灯に。


愛する姉貴に殺されるってぞくぞくして気持ちよさそうだけど、嫌われたままや誤解されたままじゃ魂が成仏できるはずがないーっ。


全てをありのままに清廉潔白で清らかすぎて「僕、天使」と言いたくなるほどの真実を伝えることにする。


「う、浮気……うち……捨てられたのぉーっ。うちの。うちだけのあーちゃんに」


その瞳から怒気が消えて、涙が溢れそうだ。


やばいぞーっ! ドラックを飲んで幻覚が見えている金魚のようにぼそぼそと呟く。


「えへへっ」と青ざめた顔でうつろな微笑みを浮かべながら両肩からぼわ~んと黒い気炎が見える気がするぅぅぅ♪


「しっかりして姉貴! 現世に戻って来て! いったい、何を言っているの。僕が愛している人は今も昔も未来も宇宙の果てまで姉貴だけだよ、僕は姉貴のオンリーワンだよ」


気分はジュリエット『おおっロミオ、あなたはどうしてロミオなの』と類似したセリフが脳裏をよぎる。


姉貴のほうが男らしかったので脳内キャストは姉貴がロミオなのだ。


「ぐすん。だってだって、貧乳と巨乳のコラボレーションをお持ち帰りしてきたんだもん」


なんだかポテトとナゲットのコンビをお持ち帰りしたようなニュアンス。


剣呑と悲哀が十重二十重に絡み合って、薄ら寒い雰囲気をまとい、ウルウルしたジト目で僕を見つめてくる。


こんなに見つめられたら、無条件降伏であっさり白旗をあげる。


「僕の純愛は姉貴だけのもの。ライクではなくラブ、二人だけの絆だから」


「あーちゃん……ほんとに……うちのことだけ愛してくれるの」


 うつろな声で僕に釘を刺す姉貴に僕は全身全霊のオーバーリアクションで頷く。


「じゃあじゃあ、あーちゃんはうちのどこが好きなのかなぁ?」


見上げてくる眼差しに、ドッキン再び心臓が跳ね上がる。


『早く、あーちゃんの返答を聞きたい!』っと、焦ったような姉貴が醸し出す愛玩動物以上の愛らしさが可愛らしくて。

男の心を虜にする魔性の魅力が僕の心拍を加速させる。


「ほら、この艶やかな髪質……姉貴の綺麗なセミロングの黒髪も透き通った瞳。あどけなくて清楚でキスをしたくなる知的な美貌。均整とれた肉体の流線美。その艶かしい姉貴に僕はずっと溺れている」


「ムフフッ♪ あーちゃんがいっぱいおぼれたらチューしてスーハーしてあげる」


「今すくチューしてほしいな」


「てへへ。うん。あい、ちゅー」


 僕は少し戸惑いながらも、覚悟を決めたように顔を前につきだす。

人前ということで、案外恥ずかしいものなのだが懐柔に成功。


テンションと機嫌バロメーターが、いつもとかわらないだだ甘えっ子ランクまで、回復した姉貴の熱いまなざしが心地よい。


「ふにゃ~」と言葉を漏らして僕の顔を覗き込むと、姉貴の柔らかくしっとりとしたくちびるを、僕のくちびるにふあっと触れあいかぶせる。


 蠱惑的なつぶらな瞳がスゥと緩み、ピンク色の艶やかなくちびるが悦びを宿す。


姉貴の行動は僕を『弟』ではなく一人の『男』として接する幸せと依存にあふれていることがありありと見てとれた。


 僕の背中を涙目でぎゅーと抱きしめてくる姉貴の手に物騒なものはもうない。


ときめきを覚えそうな生暖かい吐息が肌をくすぐる距離。


姉貴の高鳴る胸の鼓動がジャージの生地を乗り越えて伝わる。


僕の肩に小さな顎をのせてゴロゴロと喉を鳴らし頬にスリスリしながらとっておきのハグで甘えてくる。


――姉貴……僕が裏切るはずはないよ。だって胸に鬱蒼とした闇を抱える僕を癒してくれる人は殺してあげたいほど愛している姉貴だけだから――


「……はじめまして……姉貴さん」


 ペッコリと折り目がついたようなお辞儀。


「ふなぁ~?」


ゴーストバスターズがいれば、真っ先に幽霊と間違えられそうな、ひんやりとしたうっそり声。


冷静にひなたを見た姉貴は、僕との余韻でふにゃにゃと微笑みながらも、パチクリさせた目を白黒させて鼻をおさえながら僕の背中に隠れた。


――姉貴ーっ、どうしたのですかーっ!――


隠れ方がペットショップの子リスやフェレットのようで僕は胸キュン。


「……わたし……冬野ひなた」


「ふえぇぇぇぇん。臭いですぅぅぅ」


泣いてしまった……須藤ミサトさん元エースパイロットの二十歳の女性が泣いてしまった。


姉貴は僕の上着を掴んだまま玄関にポア~ンと棒立ちのひなたと横たわる緑

髪の少女を臭いの元凶と断定したらしくもう一方の手でびしっと指差す。


グイグイと僕の上衣を引っ張りながら悲鳴のように「ビエェェェェン」と豪

快な音色を奏でる。


うーむ、姉貴の指摘を冷静に考察していれば。


「あーちゃん、すごーく、くちゃいよーっ!」


大きな空の下で歩いていたときは気がつかなかった。


ひなたの薄ピンクの髪はあぶらぎって黒くくすんでいるし、制服もところど

ころほつれてボロボロに汚れている。


戦場から遠ざかって、久しく嗅いだことのなかった指折り数えられるほどの

悪臭ですよね。


ひなた&気を失っている少女ふたり揃ってその肉体から発せられる天然系発

酵生ゴミの香りが玄関に充満する。


「……す、すみません。わ、わたし、お金も住むところもなくて……もう、一ヶ月ほど……タオルを冷水で洗って拭いていたのですが、不潔でおけつですみません」



生活必需品一式と大きめの旅行カバンを玄関先に置くと『がらがらん』と雪

平鍋などの金属音が擦れて響く。


そして、だぼっとしたピンク色の髪が床につかんばかりに九十度の角度で絶

壁のおじき。


ひなたのビューティフルすぎる折り目しっかりのお辞儀に軍隊育ちの姉貴は

好奇心がウズウズしたらしく、ばっちり興味をもってくれたようだ。


「あーちゃん。この子たちのうんこみたいにくっちゃいくっちゃいをお風呂

場でいっぱい臭い臭いのとんでけぇーしていい」


「うん、姉貴の好きにしていいよ」


「わかったぁーっ、うんこくちゃいの洗いおとすのぉーっ!」


二人の少女のやもなき事情を直感力が優れている姉貴は感づいたのかもしれない。


両腕を元気いっぱいバンザイして、残念な発言をする姉貴だが、真実味と現

実味が交差した的確な指摘には頭がさがる。


僕はお風呂にお湯をためるために姉貴を促そうとすると。


「じゃあ、うちがいっぱいいっぱいゴシゴシしてあげるのぉーっ」


待ちきれなくなった姉貴からまたまた建設的発言が飛び出したぞ。


まぁ、よくよく考えれば姉貴が鼻の曲がりそうな匂い程度のことで負の感情

に頓着するはずもない。


「……はい。須藤先生の姉貴さんということはわたしの義理姉貴さんになります。二人も妹が増えてしまい申し訳ないですが宜しくお願いします」


「ふなぁ~。ひなたたんはうちの妹なの?」


「……はい」


 驚いたようにぷるぷるっとほっぺたをふるわせて首をふった姉貴。

しばし返す言葉に詰まったあと大きく息をすって真面目な表情を浮かべる。


「う~ん……あーちゃんのこと好き?」


「……はい。わたしは教師と生徒の垣根をこえたアバンチュールなど生ぬるいと思えるほど大好きです。願わくはマゾっけなわたしの肉体をおかしくなっちゃうぐらい弄んで、白く並びの良い歯であとが残るほど貪っていただきたい。あらゆるプレイにおいてのFカップの胸と括約筋は自信があります」


ふんすっと鼻息が荒いひなた。


「ふなぁ~むずかしいよー。ひなたたんはあーちゃんとエッチしたいの」


「……はい。姉貴さん」


「じゃあ、ひなたたんとその子もとくべつに妹にしてあげるのだぁ」


「……ありがとうございます、うっそりとひっそりと良い妹になります」


どんな妹やねんーっ!


全ての問題が解決したが、僕は苦笑。


生徒である、ひなたの胸の内と性癖を聞いてしまった。


姉貴は嬉しかったのだろう、ワイワイとはしゃぎながら僕の肩から身を乗り

出してひなたの手をキツく握るとグイグイとお風呂場のほうに引っ張っていった。


「さてと」


 僕の視線はキッチンに横たわる小さな少女に向けられた。


焦点があっていないおぼろげな瞳。僕はつんっと突きさすような生々しく臭

う汚れた少女の背中と太ももに手を入れるとお姫様抱っこで軽々と持ち上げ

て、台所のむこう、短い廊下に出で右手にある自室に運ぶ。


自室に入ると、とっても目立つ大きめな低反発ベッドが一つだけぽつりと自

己主張をしている。


どこぞの高級ホテル御用達ベッドのようにびしっとした折り目正しい純白のシーツにふんわりしたふあふあ感満載の羽毛布団。


枕元には姉貴特性の熊の枕カバーがキュートなピンクの枕。


そんな静まりかえった自室のベッドに早速、汚れた少女をゆっくりと横たわ

らせる。


ぐったりと肢体がベッドに沈む少女。


色や形は違えど少女も年端もいかぬただの人間。


こんな小さく華奢な身体で荒んだ闇が蠢く野宿生活は辛かったのだろう。

衰弱しきった幼い肉体がベッドに沈んだとたん小さな手は僕の手をグッと握

って離さない。


優しさと温もりを感じ取りたいのだろうか冷たく小さな手から伝播する切な

い想い。


身体を大きく震わせるほどの絶望と懊悩に押しつぶされてしまいそうな心。

そんな枷をつけながらうずくまって泣きそうな心を奮い立たせて生きることに精一杯虚勢を張る小さな少女。


幼心の伝播は誰かにすがりたいという意思表示なのか、あのとき天啓がおり

たようにこの小さい少女を買ったことが運命の悪戯にも思えてしまう。

小さく震える少女にふかふか羽毛の掛け布団を肩まで隠れるようにかぶせると僕はベッドの隅に座る。


「うっっ」


少しだけ怯えた呻き声が少女の口からこぼれた。

少女の乾いたカサカサのくちびるに濡れたフェイスタオルをそっと当てて水分を与える。


気持ち良いのだろう、強ばっていた表情筋が弛緩していく。


「だ……れ……」


未熟な少女のあどけなく不安な声が僕に問いかけてくる。


「ゆっくり寝てなさい」


 僕はぼそりとささやきかけた。


すると華奢な身体を布団のなかで反転させてぞっとした目で僕を見上げると意識が覚醒したようにぼんやりしていた瞳に火が灯る。


 少し間があって、少女は慌て始めた。


「あわわわっ。あ、あたし……ご、ごめんなさい」


少女の仕草と表情に戸惑いと混乱。


僕のほうをチラッとみながら真剣な顔と固い声。


少女はあたふたしながら、俯きかげんで細い肩を僅かに震わせて、わたわた

と半袖のシャツと半パンズボンを脱ぎ始める。


――やっぱり女の子だな。すぐに着替えをださなきゃ――


僕の感性では……男性が目の前にいて着替えのためとはいえ『見知らぬ女の

子が服を脱ぎすてる』行為は常識から逸脱している。


しかし、少女という生き物は乙女科乙女属に属する哺乳動物であり、僕の常

識を打ち破る言動が数多くあることを僕は最近理解したのだ。


その良い例がティアやアスカを始めとする乙女という変人たちだ。


いきなり服を脱ぐなどの自発的行動は着替えには好都合なので僕は押入れか

ら引越センターのダンボールを出して子供時代の服をあさってみる。


昔大人気だったヒーローが印刷されているマーベルトレーナーとお揃いの長ズボン。


下着はゆったりめの前開きブリーフと無地のシャツでいいだろう。


「あ、あの……旦那さま……?」


引きつった声音。


何か突然のことが重なり合って理解できていない声音だ。


『旦那さま』などと某時代劇の番頭さんのセリフか、とんでもないMっ子の妄想願望的なセリフ。


そんな不自然な呼び方なのに自然な感じに『旦那さま』と小さなくちびるは紡ぐ。


時代錯誤のユーモアすぎるセリフが、少女の口から僕に発せられたことに振り返った僕は目を瞬く。


怯えたように少女は羽毛布団の端を持ち上げて、ゆっくりとめくる。

羽毛布団が取り払われた真っ白いシーツ部分に、チョコンと正座をすると三つ指ついて深々と頭を下げてきた。


背丈も小さな少女の行動としてはとても年相応とは思えない。


「ご、ごめんなさい。あ、あたしはゴミです……もう、壊れているし……病気だし……」


しどろもどろした少女の言葉がとても殺伐として、うかがい知ることもできない闇を感じる。


だから僕はベッドのクッションに上がると少女の頭をそっと撫でてあげた。


少女のあぶらぎっしゅな緑色の髪をほどくように優しく優しく。


細く華奢な肩の小刻みな震えが止まった、いや、完全に固まった。

僕は身体を寄せて幼い少女の頭を慈しむようにグッと抱きしめた。


――辛かったよね……もう、大丈夫だから――


ずっと不安を感じていたのだろう、少女の全身が一度だけビクリと大きくはねる。


『旦那さま』と言う言葉。


そんな言葉を濁すこともなく発する少女にとっては僕の存在は恐怖や厄介事の対象、もしくは巷でいうパトロンでしかないのだろう。


この少女は賢い少女だ。


だからこそ自分を卑下して媚びるような仕草を見せる。


この慎み深い行動に、幼い少女の孤独と絶望の軌跡がみてとれた。


生きるために必死なその姿に。


少女の顔を僕は静かに覗き込む。

ぴったりと密着した少女の柔らかさ・小さな息遣いや体温が伝わってくる。


このままだと、溶けゆく淡雪のようにどこかに消えていきそうな華奢な少女

を僕は優しく抱きしめつづける。


僕は目を細めて紅茶に入れると崩れていく角砂糖のような背徳感を心に溶かしながら少女の額に優しくキスをした。


「愛してあげる」


 僕は穏やかにそう告げる。


「えっ?」


少女はクリクリした目を見開いてとても驚いた表情でただただ僕を茫然と見つめてくる。


「だから……僕のものになって。僕だけのために生きて。キミの肉体も骨も心も全て愛してあげる。ここがキミの居場所」


 やんわりとした僕の言葉を聞いた少女はしおらしくコクリと首を縦に振った。


胸にあたたかな気持ちがこみあげていっぱいになったように少女は小さく嗚咽する。


「ゆーな……あたし……ゆーな」


「ゆーな……だね。今からキミは須藤ゆーな」


 少女は涙ぐみながら僕に名前を伝えた瞬間、心のなかでわだかまっていたものが溢れ出た。


そしてゆっくりと感情を抑えるように嗚咽と声を絞り出しながら泣きつづけた。


いかがでしたか?

人生って色々ですねぇ。

物語で少しでも表現できましたら嬉しいです。

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