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こたつむりのキスとふたなりさまの嫉妬……職員室

楽しんでいただきましたら嬉しいです。

   ◆

「うむむむむむっ」


唸ってしまった。


決して一休さんととんち対決しているわけではない。


学校はテスト週間ということもありその日の授業は昼までで終わった。

ということは、人件費削減などという無慈悲かつ強力なカッターがふるわれる。


日雇い臨時教員である僕も学生とともに帰宅の予定。


「ふうぅ」


思わず溜息がこぼれる……これは風と共に去りぬということなのだ。


沢山の教職員の机がならぶ職員室の隅っこ。


安定した給料がもらえるうえに雨露を凌げるので贅沢は言うつもりはない。


ただ、僕はどんよりとした雰囲気のまま職員室のマイデスクの前で茫然と立ちすくんでしまった。


「今日もかぁ……」


眉をピクピクさせた僕のデスクにわんさかお供え物のように置いてある手紙(ラブレター)の数々は笠地蔵のお話にある親切心から置かれたものではない。


ついさきほど、一階廊下で四十代独身の男性教職員に「よかったら俺と御飯いかない?ご飯のついでに結婚を前提にお付き合いしたいなぁ」などとトチ狂ったお誘いを営業スマイル全開でお断りしたところだった。


僕は誰もいなくなった職員室で打ちひしがれながら盛大に「はあぁぁぁ」と

可愛らしい唇から深い溜息をこぼしてしまう。


正面きって告白も困るが机の上の置き手紙、その名も熱烈ラブレターの数々は僕にとって無用の長物である。


「ううっ……僕は国語の担当ではないのに」


じわじわと効力をはっきする兵糧攻め……机の上に重ねられた想いの総数、三十通はくだらない。


廊下側の隙間からの僕を一目見ようと職員室を覗く、ざわめく男子生徒の衆目。


全学年混合の男子生徒がびっしりと待ち構えていることが某妖怪少年の妖怪

アンテナがなくても僕ははっきりと認識していた。


「ううっ、僕は男……のはずだぞ」


僕は軽く前髪をかきあげると職員室で身だしなみを整えるために設置されている全身カガミに映る自分の姿を見つめた。


とても美人、いや、美少女と言うべきだろう。


凛々しく真面目な顔をしているが姉貴のような眉目秀麗の耽美系美貌。


黒髪に黒い瞳は東洋の神秘といっても良い。


襟元からのぞく鎖骨などは場違いなほど色っぽい……ってなに自分にうっとりしているんだーっ!?


危うくナルシス的なナル様に陥るところだった。


僕はぶにゅと自分の胸に手を当ててみる。


それにしても小柄で地味な服が大好きな僕にとって滑らかに膨らむ成長期のEカップは悩みの種である。


あれっ? 僕のことを遠目でみている学生諸君の視線が強くなったぞーっ。


「きゃーっ。エロエロっす。エロエロのエは越前の国、ロはローマをさします。フルで発音すると越前ローマ越前ローマなのです。あまり叫ぶと三組のハーフ学生、越前ローマさんに殴られてしまいます。おやや、私の言葉に勘違いして鏡をみながら一人オナニー妄想ですかーっ」


「そんなことしません!」


素っ頓狂すぎるご機嫌な声に不意をつかれた。


下品な発言の主……コタツムリのティアが好奇心旺盛な瞳をめいっぱい見開いて僕あてのラブレターを手に取り検分しながらジト目で廊下に向かってわざとらしくキャッキャと騒ぐ。


「しょえーっ。今時『俺の魂がこの世から消えてしまうまで君をおもいつづける』って超ストーカーだなぁーっ。こんな野暮ったいこと書いていたら須藤先生に嫌われちゃうよねー!」


などとティアは腹の底から響きわたる大きな声を出して廊下で待ち構える男子生徒の純朴なハートをぶち抜く。


ティアは鋭いまなざしで廊下側を睥睨すると悪の権化のように口の端をヒクヒクさせる。


そのこたつを背負った演技たるやラブレターのアドバンテージがあるにもかかわらずとびっきりの三流大根役者に通ずるものがある。


――ティア、僕を気遣って殊勝な行いをしてくれたのですか?――


だがそのやり方はおかしいだろ。


カウンセラーを兼ねている保険の先生のもとへ何人の生徒が駆け込むことになるやら。


といっても半分冗談のような話になるが僕は自称草食系平和主義者。

教員の立場上、猫の皮をかぶってお淑やかにしている僕の代わりにティアが超攻撃的なオーバーキルアタックを駆使して男子生徒を追い払ってくれるなら見て見ぬふりをしてしまう。


「せんせー、下心エキスのかたまりな下賤な男どもはすべて追い払いました。お褒めくださいな、褒めちぎってください、むしろ、嫁にもらってください、てへぺろ☆」


はうぅーっ! その『てへぺろ☆』の動作が百獣の王に見えてしまいますよ。


――それに嫁って何ーっ!?――


通路側の薄壁一枚はさんでこちらの動向に興味津々だった男子生徒が表情を曇らせて逃げていった様子に勝手な結論を出して威嚇ミッションコンプリートしたのだろう。


ティアは再び僕に向き直って突然生真面目な表情をつくった。


「せんせーにとっても大切なお願いがあってきました」


「即決で嫌です」


「ふえぇぇぇ、もうもう、断ることは許さないです。何も言っていないのに拒否すると、身ぐるみはがして、はだかんぼにして抱きついて誘拐して、港の誰もいない倉庫あたりでチョメチョメなチョメリングしちゃいますよ」


「ティアさん……『空船』軍兵御用達の腕利きカウンセラーがいる精神科を紹介しましょうか」


 僕は物凄く嫌そうな眼差しをティアに注ぐ。


いい加減に警戒していることを、気がついても良いレベルのはずだぞーっ。

価値観が違うのかティアは「コタコタ――っ」とひと吠えするとぼっと朱色に染まった頬に手をあてて、いやんいやんとくねくねしながら恥ずかしがっている。


「もうぅぅ――っ。せんせーたら味醂入れすぎのブリの照り焼きぐらい照れちゃって。嫌よ嫌よも好きのうちって地球史の授業でならいました。そのツンデレっぽい毛嫌い感が可愛い。ああっ、このこたつのなかで先生の豊かなEカップのおっぱいに吸いつきたい」


ティアはタコの吸盤のように唇を歪める。


『早く仲間がいる真っ赤な海に帰りなさい』と言いたいがティアの思考的理論が謎すぎて誘爆を引き起こしそうな言葉はとてもいえない。


「ふーっ。ティアさんはその図太い精神とマイペースな図々しさがあれば戦場でもエースになれますよ」


 僕にとっては、イヤミ半分本気半分の言葉がもれた。


そのマイペースすぎるポジティブシンキングがあれば何処でもやっていける。


これはティアの本質的才能かな?


「もうもうぅぅ。せんせーは女性として乳はデカイのに器が小さいです。小さすぎて、きつめのシワシワ梅です、ウメウメ小梅ヤローなのです。それともシュワシュワキンタマンと言いましょうか。おほほほほっーっ」


14歳乙女のその発言、頭のネジが吹っ飛んでかわりにウインナーでもつまっているのでは。ティア……こいつはやっぱり壊れている。

僕と方向の違うベクトルで壊れている。


ごくごく普通にそう思う。


これ以上の抗弁は火に油をそそぐというかゲシュタルト崩壊しそうな。


もう強引な断り方はやめて絹ごし豆腐のようにソフトタッチに。


「はいはい、せんせーはどうせウメウメ小梅ヤローですよ。そのウメウメ小梅ヤローにティアさんのご相談は何かな? 進路希望相談なら担当の先生に」


「はーい、やっと聞く気になりましたかコンチクショー。私がとっても相談したいことは大親友の冬野ひなたちゃんのことどえーす」


小生意気な言い方で僕と鼻先が触れ合いそうなほど身を乗り出したティアは気合の入った表情を覗かせる。


聞き手の僕は干満の引き潮ほどに引き気味なのだが。


「実はひなたちゃん。住んでいた施設が潰れて引き取られた実家からも逃げて、住処がナイナイバーです」


「冬野さん? 住処?」


突然だった。すっと影を落としたようなティナの表情。


震える喉を鳴らしているように声のトーンが下がる。


「はい、毎日こんなに寒いのに空が布団で大地が寝床の自由生活しているようなの。ひなたちゃんの両親はむっかしに離婚したのですが最近母親に男ができて。同棲しはじめたのですがひなたちゃんがその男にレイプ未遂みたいなことをされて家出したの。そしたら、ほらぁ」


 とカバンにしまってあったひとつ折りの新聞を取り出す。


そして一枚目の新聞記事一面をひろげて僕に見せる。


そこには恋愛がもつれた凄惨な殺人事件の記事。


この新聞の発刊日は冬野ひなたがホームレスの噂が発生したあたりと合致していた。


押し黙ってしまった僕に「ひなた……実母も義父も死んじゃった……天国か地獄のむかえびとにお縄をかけられちゃったみたい」と控え目な口調でティア。


 たとえ無気力だろうが無口だろうが冬野ひなたは僕の大切な生徒だ。

どうして僕は「元気だせ」と言葉をかけたり、お昼ご飯の餌付けをする程度の行動しかしてやれなかったのだろう。


思いやりの心が持てなかった自分の浅慮にいやけがさす。


「噂はきいていましたが冬野さんが『ホームレス少女』って……真実でしたか」


ティアは大きく顔を縦に振ると、見たこともないほど、真剣に懇願した眼差しで見上げてきた。


そして、感極まったようにとても小さくひそめて声で「助けてあげて」と。

遠慮なく言ってくれる生徒ティアと先生(僕)の距離感に感謝する。

本当に知らないということは怖い。


無知は罪なり……古代ギリシャの哲学者ソクラテスの言葉が脳内を反芻する。


僕は慌てて、廊下に視線をうつした。


虚無が飲み込んだように静まりかえった廊下。


もうそこには、燃え尽きて白い灰になっていた男子学生たちも誰もいない。


こんな、人の尊厳を揺るがしかねない話が、万が一他の生徒にもれたら……

彼らが一人でも、こんな『人の不幸は甘い蜜』的な話が耳に入っていれば、冬野ひなたの学園生活は生きた心地が全くしない灰色の世界になってしまうだろう。


ひなたの光が当たらない生き方は、学園生活においても日照不足で灰色っぽいのに……。


「緊急性の高い相談です。僕が個人的に動きますからティアさんは今までと変わらず接してあげてください」


『僕が個人的に動く』という言葉の意味は良くわかっていないようだが、ティアは建設的に何とかしてくれるという意味合いで捉えてくれたようだ。


屈託のない笑顔になったティアは、ほっとしたようにコクコクとうなずく。

なんだかんだいっても学生。


破天荒な性格でも出来ることと出来ないことの分別をしっかり理解しているな。


「それと……」


 ティアの研ぎ澄まされた感性を宿した瞳が僕を上目遣いで見上げてくる。


その瞳にはこの世に誕生した生物全てに平等に備わっている『恐怖』という感情の色が宿っていた。


払拭したくても出来ない想いが見え隠れする色。


「せんせー。『空船』の最終防衛線が突破されたってニュースでやっていました。この居住区も私たちも戦争に巻き込まれて、いつ死ぬかわからないですよね。だから……短い間でもいいからせんせーの力でひなたちゃんの心をほかほかに温めてあげてほしい」

 

――世間を知らない純粋な想いだな――


僕をじっと離さず見続けてくる、ティアの透き通った瞳が眩しい。

それを直視する僕の瞳は濁りきっている。


ヘドロのような濁りが精神にも瞳にも同居している。


血みどろの世界を渡ってきた生命体だから他人の善意はすぐに信じることができない体質になっている。


信じる価値があるの? もし価値を見出すのであれば信頼できる家族だけが……今は家族である姉貴が信じられる唯一の対象である。


その家族の絆さえも裏切られて失ったひなたの心の辛さを考えると僕は柄にもなく同情をしてしまった。


同情こそ、戦場で死に直結する魂を狩る死神の罠なのに。


「せんせーっ、えっと、ここ、ここ。ここの場所のはずでーす」


ぱたぱたとティアが学生鞄から取り出したメモ用紙。


そこには公園の名前と住所が記載されていた。


とても崩れた象形文字と謎の図面だが解読すればなんとかたどり着けそうなきがする。


「せんせーっ」


メモ用紙をじーっと眺めていた僕に銀髪を靡かせるティアの散りばめた宝石のようにキラキラした銀色の右目が一瞬透明純度の高い青色……バライバトルマリンの色を宿す。


虹彩異色……オッドアイと呼ばれる瞳だ。


この『空船』の遺伝子操作によって誕生した強化人間の証し。


「くんくん……せんせーからとってもいい香りするーっ。この臭いは生きているーって実感できる、大好きな魔性のか・お・り♪ こ・う・ふ・ん。てへへ」


猫や犬などの動物みたいにクンクンと臭いを嗅いでくるティアは両手を後ろで組んで改まったように僕の頬に顔を寄せて嬉しそうに微笑む。

そしてチュッと僕の唇にティアの柔らかさが伝わる。


幸福感に包まれたような頬がほんのりと染まっていることは性的な興奮もまじっているのだろう。


今の僕は女の子なので傍観者がいれば巡るめく百合の世界。


「むひひっ。今の今のは生涯でただ一度っきりの私のファーストキスだよーん。ふむふむ、戦争が始まって死ぬ前に一番大好きなせんせーに献上しちゃった。なんだったら、私の処女もあげちゃうよ。むしろ私を抱いちゃって! 結婚とコタツの三点セットをプレゼントしてあげるよーん!」


 ――うわぁー、せ、接吻をされてしまったーっ!――


指で唇をなぞりながらあっけにとられて目をまん丸にする僕に対してティアの声が無邪気に弾む。


何だか違和感も残らない爽快感ばっちり深夜の通信販売お得セットのようにはっきりとした爆弾宣言。


先生と生徒・女と女の危険なアバンチュール。


ただ、ティアの制服が『こたつ』なのでなんともシュールな絵面だ。


「ティアさんとても残念なのですが。僕の心の中には生涯愛することを誓った女性がいるので」


 このセリフ。


台本があればドラマのクライマックスなどにありそうな恥ずかしいセリフだ。


まぁ、その台本がサスペンスやホラーでないことを願いたい。


僕の恋は狂気。僕の恋は異質。僕の恋はインセスト。


だから、ティアを受け入れることは一生ありえない。


「だったら安心した」

 

 ――ほえっ? どういうことですかーっ!?――


ティアの安堵した声はとても小さな声だった。


「安心?」


「だって、ひなたちゃんってド級におっぱいボインボインでうっそりしているけど意外に小悪魔的幸薄系で女子力高いし。そのあたりの下心見え見え男性ならすぐにエッチなこと考えちゃうでしょ。うむうむ、せんせーの将来的な妾兼側室である私のファーストキスを犠牲にしたかいがあったってもんだぜーべらもうめーっ」


 ティアは表情筋が柔和に緩んでニッコリと嬉しそうにはしゃぐ。

こいつは行き過ぎた友達想いというか……僕は少しばかりティアを誤解していた。


この少女は本物のポジティブシンキングを心に宿しているのかもしれない。


ガラガラガラ――


廊下側のスライド式ドアが開くと女子生徒が一人職員室に入ってきた。

それだけなら僕も驚く必要はなかったのだが……戦場で培った直感がありえないぐらい嫌な気配を訴えかけてくる。


言うなれば嫉妬(、、)。


こんな刺々しい気配を睨まれ続けたら空腹時や睡眠不足のときのように人間としてのパフォーマンスが低下してしまうぞ。


同じように気配を感じ取ったのだろうティアが「てへへっ。せんせーっばいばーい」とチョロっと可愛らしく舌をだして、ピューン! と凄い反応速度でこたつ布団を羽ばたかせて職員室を出ていった。


あの見事な逃げ方は『危険な敗戦処理は任せましたのだー』と駆け落ちして見つかったカップルのような逃げっぷりだ。 

デスクの上の書類を両手でポンポンとまとめて私物とともにファンシーでメルヘンチックな熊のリュックサックに詰め込みそそくさと職員室をあとにしようと椅子から立ち上がった僕の正面を威圧感がたっぷりの女子生徒によってしっかりと塞がれた。


 僕の進路を塞いだ相手は張りのある豊かな胸もとでがっしりと腕をくむ。

自毛の金髪がきらびやかな学級委員・白銀アスカだったが美しいボディーラインをなぞるように不穏当なオーラに包まれていることがとても気になる。

色で表現すれば紫がかった桃色だぞ。


「須藤先生……どういうことですか。神聖なる職員室でティアさんと唇と唇が密接につながりあったアクロバテック的大胆行為。理性の壁はベルリンの壁のように崩れ去ったのですか。是非、強制的にしっかりまったりご高説っぽいご説明をたまわりたいのですが」


その目つきヤバいですよーっと言ったイライラとした瞳で鋭くと僕を睨みつける。


――しっかりと、み、見ていたのですねーっ――


気のせいだろうか……睨みつけられた視線の一端に思春期特有の色欲がチラチラと見えますよーっ!


思わずツッコミを入れてしまいそうな理不尽な嫉妬心で形成されたレーザーのような視線をじっとりと僕に注ぎ込んでいく。


結論から言うと眉目秀麗・成績優秀・品性高潔の真面目な学級委員長さまが大変にお怒りなことははっきりと認識できる。


「と、兎に角落ち着いてアスカさん」


「なんで、なんでですかぁぁぁーっ。ティアさんと不純異性行為だなんて……不潔……わたくしの天使は堕天してしまいましたぁぁぁ」


「だ、堕天使!? その高濃度に毒気を帯びた言葉はいったい」


『わたくしの天使』って誰やねんっ! とツッコミたかったが……。


 蠱惑的に揺れる金髪が表情を覆い隠しヨヨヨっとその場に崩れ落ちたアスカ。


僕の心臓がドクリと大きく跳ねた。


トランポリンなら二十メートルは跳ね上がっている大ジャンプ級の跳ね方だ。


――やってしまったぁ、大失態だぁぁぁ――


ちっぽけな理性も思慮深い思考も鷲掴みにして破壊するほどの恥をかきすてて荷物を持って全力で自宅に帰りたいのだが教職員という立場が重くのしかかる……目が泳ぎながらもグッと衝動を抑えて冷静なふりをする。


「フフフ……生肉です……堕天した先生はもう生肉の塊になってドラム缶に入れてわたくしの家の裏庭に埋めて純粋なわたくしの想い出のなかだけで綺麗なままの姿で生きてもらう方法しか思いつかないです」


――ふえぇーっ、アスカって猟奇的な性格破綻者だったのですねーっ!――


「グフフ……」とアスカの声は押し殺したように小さくて震えている。

しかし、その言葉をきいた僕のほうが五臓六腑に恐怖が染み渡り震えてしまいそうだ。


ぶつぶつと念仏のようになにか怨嗟を大量に含んだ怖いお言葉を発しながらアスカはお行儀悪く床にパタンっと座る。

肩を竦めて無意識に吐き出した破滅願望の言葉はアスカの本音なのかーっ!?


「も、もしかして……いや、もしかしなくても見ていたよね」


僕の質問にアスカは辛そうな表情でコクリと大きく頷く。


自覚がないが今の僕はいつものようににっこりと口角をクイッとあげた営業スマイルになれない。


頬がピクリと引きつってしまう。


このままでは顔面神経痛クラスまでレベルアップしそうだ。


「はい、この抜群に視力が良い瞳でばっちりと見ました……先生とティアさんの危険な情事の画像はわたくしの脳内ライブラリーに永久保存されております……不潔……です」


 ジト目だ……自宅のトイレで検便採集を失敗してよこについてしまった✖✖✖見るみたいに『汚らわしい』と言っている視線で見つめないでーっ。


これは何を言ってもどう踏み出しても足場のない状態だ。


どうにか怨嗟の化身になりそうなアスカのティラノザウルス級の殺傷力を鞘に収める方法はないか。


「先生……わたくし以外とキスだなんて……由緒正しき伝統をひっくり返すような無作法……不潔です」


あれっ!? なんだか一気に話のベクトルが変わったような……。


『わたくし以外とキスだなんて(、、、、、、、、、、、、、)……』と言うことは『わたくしになら良いですよ(、、、、、、、、、、、、)』ってことを自己申告しているようなものではないか。


ここまでむちゃぶりな変化はいったい。


「………………」(←呆然となって言葉にならない僕)


「………………」(ふーふーと鼻息の荒くて言葉にならないアスカ)


職員室に広がる無音の牽制、お互いに無言だが静寂とは無縁の状態、もう僕の心が折れそうだ。


姉貴曰く、某朝番組のどうぶつ占いではラッキーアイテムは熊……のはずなのに。


今日は厄日なのだろうか。


厄災の神にでも惚れられたようなハプニングがてんこ盛りすぎる。


「……というわけで、マイノリティ派のわたくしにも権利というものが発生しました」


突然の得意げな顔でアスカは我儘暴君のように蒼い瞳をギラギラと瞳を輝かせる。


――こらぁ、マイノリティ派ってどういうことですかーっ!――


もはや残念すぎるセリフだ。


マイノリティ派ってアップルティやピーチティなどの茶葉の仲間ではないですよね……というそういう類ののレベルではないぞーっ、もはや、言っている意味がわからない。


むしろ理性を司る人間らしさより本能を全面に押し出す動物らしさがどっかりとにじみ出ているアスカは蒼い瞳を細めてじゅるりと口元から溢れたよだれを手の甲で拭く。


――だれかーっ、動物園から逃げ出してきた猛獣ですーっ! ア、アスカさん、理性を取り戻して! ここは職員室ですよーっ――


ゆっくりと顔をあげたアスカは威圧的な雰囲気でグイグイ迫ってくる危険な野獣と化している。


こ、これはサファリパークの放牧されたライオンのまえでバーベキューソースをたっぷりぬった裸体のまま、焚き火をしているほどの緊張感があるぞーっ!


「残念すぎます、狙っていましたのに。ティアさんに遅れをとるなどという失態。とんでもない犠牲もありましたが……欲望にとりつかれた先生って素敵。大漁です」


――た、大漁だってーっ!?――


僕はやっと理解した。


その怪しすぎる思考……いや、優等生であるアスカの嗜好の方向性を。


「ふぅむ、後は実践あるのみですわ」


学級委員長のアスカが「グフフ……」と不気味な笑みを浮かべて僕の首に両腕を絡ませて抱きついてくる。


 女性特有の柔らかい感触が……。


なんだか全身にあまーい、だだあまーいフェロモンに包まれる。


「アスカさん……一つだけ聞いても良いですか」


 気が滅入りながら肩をがっくり落とした僕は精一杯ぎこちない笑顔を浮かべて、おそるおそる尋ねてみた。


確信めいた答えが脳によぎりゴクリと喉をならしながら……。


「もしかして……アスカさんって……百合(、、)なのかな」


 少し不満げな表情ながらも唇の端を釣り上げてクスリと失笑したアスカは余裕を見せつつごくふつうに答えてくれた。


「せ・ん・せ・い……その突飛でいやらしすぎる発想は欲求不満なのですか!? 腐敗しきった思考のいったい何処の引き出しからもってきたのやら。もしや、巷で有名な百合や薔薇系同人誌を購読されているのならやめることを推奨します」


僕とアスカが真正面から顔を見合わせるとアスカは僕の背中に手をまわす。

眉目秀麗な顔を僕の肩口にひょっこりとのせて耳元に生暖かい吐息と誘惑フェロモン全開の言葉を囁く。


アスカの口調から生粋の百合でないことがわかったぞ。


うむむ……僕の推測は間違っていたようだ。


しかし、ゆるゆるとまったりした安堵の息を吐くことは到底できない。

いまだに変な悪寒が五臓六腑から脳髄まで走りぬけているからだ。


「先生もわたくしたち同様に特殊強化された人間……それが先天性か後天性か……ただ、それだけの問題です。無論、後遺症の分類は異なりますが……」


アスカはうっとりとした溜息を漏らしながら……。


「わたくしは『ふたなり』なのです」


「………………」


絶句した。


僕は想定もしていなかった事実に絶句した。


もう、それはそれは、絶句しすぎて息が詰まってのた打ち回りながら地獄の

三丁目まで突き進みそうになったほどの破壊力だ。


驚きで言葉を失った僕を悪戯っぽくそっと覗き込むアスカの瞳は左目がブルー。


右目がAAAクラスのレッドスピネルのような深紅の瞳。


大真面目に色気づいた学級委員長・アスカの表情……魅惑すぎる誘惑だがもう腹は決まっている。


僕は慟哭を発しそうなあきらめたような表情を浮かべて鼻と鼻が触れ合いそうな近距離でアスカにひっそりと囁いた。


「アスカさん……貴方の気持ちは嬉しいですが……どうしても僕をものにしたいのなら」


 その言葉を無意識に続けるように何食わぬ顔で再び囁いた。


――ボ・ク・ノ・テ・デ・コ・ロ・シ・テ・ア・ゲ・ル――


砂塵のように乾燥しきった僕の言葉を正面からうけたアスカは何か感銘を得たように不自然なほど上機嫌になった。


「本物って、す・て・き・ですわ。その手で……その手でわたくしを血みどろに殺してくれたら……わたくしは戦場で死なずにすみます……ふふっ」


――こいつも僕と同類か……――


その微笑みは狂気を孕んだ美しくて淀みのない死の香りがする微笑み。


僕は本能の赴くままにアスカの頭をそっとなぜた。


窓辺に視線を向けると雪がチラチラと舞っている。

この舞い散る雪は軍人だけが知る『空船』からのメッセージ。


『地船』の大規模な艦隊がすぐそこまで迫っている報告。

最終防衛線を抜かれた『空船』に対する『地船』のコロニー攻略戦争がすぐそこまで迫っていることを知らせる死の結晶なのだから。





いかがでしたか?

SF作品なので、もう少ししたらロボット君が出てきます。

お楽しみに(☆∀☆)

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