ホームレスパイロットとこたつむりパイロット……ホームルーム
楽しんでいただけましたら嬉しいです。
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僕は衆目の視線にさらされる羞恥を乗り越えて無事に? 通勤通学ラッシュを乗り越えて学校に到着した。
昨今、戦争難民の流入でコロニーの治安が悪くなっているために、学校の正門では検問が行われている。
生徒たちがセキュリティカードを提示して本人チェックを行う必要が政府より義務づけられていた。
そのため、最終のチャイムがなる少し前はスーパーのタイムバーゲンのような人だかりが形勢されるのだ。
「きゃー遅れちゃう」
「ここを乗り越えないと単位がぁ」
「おしくらまんじゅう万歳」
などの阿鼻叫喚な生徒の叫びにまじって
「ほらぁーっ、そこを通してぇぇぇーっ!」
お腹の底から響き出る大声で叫びながら妙に可愛らしいメルヘン系のファンシーな熊のリュックサックをひっつかみ遅刻常習犯たちの人垣をかき分けていく。
「先生のタイムカードのためにそこをとおしなさーい!」
こちらも必死なので生徒相手とはいえ容赦はしない。
正門を抜けると二宮金次郎の銅像がそびえる緑豊かな校庭を全力疾走。
校内では廊下を蹴り上げてトップスピード! ガラリッとスライド式ドアを開けて素早い動作で黄色のタイムカードをガシャリ!と押す。
うひぃーっ、ギリギリセーフだ、これでやっと心穏やかに一日が迎えられるぞ。
僕のような臨時職員は時給制度。
一分の遅れが一時間の減給につながり厳しい現実を給料日につきつけられる。
白と黒のコンストラストが引き締まって見える運動靴からジェット噴射のような淡い炎がチラチラと見えてしまうほどのスピードでぶっ飛ばしたため「ゼエゼエ」と息が乱れ、心臓がお行悪くドックンドックンと跳ね上がり、酸欠の金魚のように口をパクパクさせる。
そんな僕が走り込んだ先は職員室。
そうだ教師と呼ばれる者達の巣窟だ。
仰向けに倒れたいほど体力を消耗しながらも他の職員たちに僕は頭を下げてにっこり挨拶をする。
――と、とりあえず、席に着こう――
僕も一応、臨時職員としてお給金を貰っているので職員室に小さいながらも慎ましい専用デスクがある。
職員室の前側は校長や教頭のデスクで占拠されており、その背後のホワイトボードは毎月の学校行事の予定がびっしりとかかれている。
ちなみに僕の専用デスクは隅っこにあるFAXコピー機のとなり。
窓際にもかかわらず、本棚によって陽光がシャットダウンされた不健康な鬼門に位置している。
まぁ、どこの世界も新参者には発言権はなく、市民権が得られていないひよっこの僕はそのデスクに甘んじている。
だけどこのレトロチックな職員室は嫌いじゃない。
「……おそようございます……須藤先生」
『およそうございます』とは何ともシャレとパンチと皮肉などのスパイスがたっぷりきいたお言葉。
壁掛け時計の長針と短針の位置が間違っていなければ微妙に納得してしまう時間だ。
その言葉を子供の頃、姉貴につまみ食いがバレて注意をされたときのような殊勝な気持ちで受け止めた。
僕は教室で配る連絡用のプリントから視線をあげて声の主を見た。
どどーんと暗い、とても暗い、どんよりと暗い、もう暗すぎてぼんやりと照らす二十w電球が神々しくみえるほどの人物がうっそりとたっている。
停電と錯覚しそうな雰囲気に口元に浮ぶ不気味な忍び笑い。
天日干しの干物ぐらい乾燥した表情と死んだ魚のようなに生気のない瞳。
ホームレスパイロット候補生・冬野ひなたのひっそりとしたあいさつだ。
「……昨日、商店街の熱気でフラフラしながら寒さをしのいでいたときに発見した世界七不思議的な質問です。なぜ、アツアツのお好み焼きの上にかけるかつお節は踊り狂うのですか。あの情熱的なフラダンスをわたしは学びたい」
――情熱的なフラダンス!? そんなの知るかぁーっ――
そんな想いを胸に秘め、僕は椅子に座ったまま、きょとんっと小首を傾げた。
辛気臭い口調よりも発想の辛気臭さにこの子の真骨頂と不幸の度合いを感じてしまう。
不規則な回転運動を加えて、もじもじと腰をくねらせながらかつお踊りを全身で表現するひなた。
制服がビリビリと張り裂けそうな胸もとに鎮座するむっちり巨大おっぱいがプルンプルンと弾力を兼ね備えた柔らかさで揺れる。
流石は同学年の男達を至福の妄想にかきたてる魅惑のFカップの芸当、ここまで大きいと肩こりがひどいだろうなぁ。
僕にはよくわからない魅力だが同学年ではうっそり系幸薄巨乳として本人の知らない場所で密かに幸薄巨乳教の教祖として信者まがいのファンに担ぎ上げられている。
まぁ、ひなたは確かにとびっきり可愛らしい顔はしている。
「で、用事は」
「……はい。今日は須藤先生のシンボルがマンモスの日ではないのです。わたしとしては悪い意味で大雑把な肩透かしをくらった気分です。残酷なまでに傷つけられました……損害賠償としてわたしをもらってください。男も女もいけるくちの両刀使いです。未来の嫁のわたしに二つ名として可愛らしくふたなりちゃんと呼んでもらってもけっこうです」
――ふたなりちゃん……誰が呼ぶかぁーっ!――
なんてフリーダムすぎる発言なのだ。
あまりの奇妙さにこちらが脱兎のごとく逃げたくなるぞ。
そんな僕に良からぬ妄想をめぐらしているひなたは光が毛嫌いしそうなどんよりとした瞳で弱々しく僕を見つめてくる。
――死んだ魚のような眼差しがこわいですよーっ!――
「冬野さん、女の子がふしだらすぎることを口走ってはいけません」
「……先生なら……わたしの肉体……毎日ごはん食べさせてくれて寝床を与えてくれるなら……ペットになってもいい……スクランブルエッグみたいに滅茶苦茶にしていいです」
うぁーっ、ひなたさーん死にたい願望ですかーっ!
ぼよーんとたわわに実りすぎた女性の象徴・巨肉バストとくびれたウエスト。
白磁器のような滑らかな肌が桃色にそまっている。
幸薄そうな童顔と肉感満載の不釣り合いが同級生の男子生徒にうけしているのであろう。
「それ、新種の嫌がらせなのか」
マイペースすぎるひなたとの会話……なんだが疲れるなぁ~。
「……ちゃいまんねん」
引きつった声、いきなりのうっそり風味の下手な大阪弁に俺は思わず膝からガクリと崩れ落ちそうになる。
「ちゃいまんねんって、なんやねん――っ!」(←……オウム返し)
手を左右にフリフリしながら、ぱちくりさせる双眸。
少なからず推測するに、その生気の感じられない表情から読み取れるものは好意。
そう、これは好意なのだろう……。
冬野ひなたのひなたによるひなただけの好意なのだ。
それに今日の僕は女の子の日(、、、、、)。
男の子の日ならイラッとするかもしれないが気品のあるたおやかな心を噛み締めながら迎える女の子の日はニッコリと余裕の笑顔を浮かべるように心がけている。
「はいはい。もう教室にいきますよ」
普段は姉貴にしか使用しない、姉貴の為の姉貴による姉貴だけの優しい口調で行動を促すとキラキラとしたラメがまったく似合わない瞳でジーッと僕を見つめていたひなたが手をさしだしてきた。
これは寂しがり屋の幼稚園児が先生にかまってもらいたくて、背伸びして自己アピールする『私を教室まで連れて行って』風のおねだりではないか!?
すくっと立ち上がった僕はひなたの手をギュッと握って廊下に出て行くことにした。
「後でお弁当わけてあげるからお腹すいているとおもうけどガンマしてね」
小さく「……餌ですね……はい」と呟いたひなたの頬に朱色がさしていた。
もしかして風邪かな、後で保健の先生に診断してもらうこと進めよう。
栄養失調気味のフラフラモードのひなたの手を引っ張った僕は大人の責任を全うすべく教室までエスコートしたのだった。
「はいはい、みんな席につきなさい。そこの汚い顔の男子も『歩くわいせつ物』ってあだ名がつかないうちに座りなさい。今からショートホームルームをはじめるから席につかない生徒は内申点をゼロにします」
実際、内申点がどうのこうのなどという崇高な権限など臨時教員である僕にはない。
僕は少しだけ先生らしいことを言ってみたいだけだ。
それにしても……。
女子生徒はしっかりいうことをきいてくれる。
しかし、男子生徒たちはざわざわと騒がしいぞーっ!
再びクラスの沈静化をはかるために僕は黒板前の教卓に手荷物を置いて『パンパン』と両手を大きく打ち鳴らす。
「はわわぁ、可愛すぎるぅぅーっ、大人の魅力。大人の香りが脳髄まで伝わるぅぅ」
「本物だぁ。本物なのだぁぁ。そのおみ足で俺を踏んでください。むふっ」
「俺が必ず幸せにします。結婚前提に付き合ってください」
そう言いながら、僕を凝視してくる騒がしい元凶であるクラスの男子生徒。
いつものことながら、悪意のない本能に思考回路が乗っ取られたナチュラルな言動だろうが学業の場として脱線したものなのでほとほと困ってしまう。
教室の過半数、全体の八割を占める男子生徒VS絶対領域(麗しの乙女ゾーン)をもつ女子生徒の温度差はちょっとした辺境惑星の昼と夜の温度差ぐらいが発生していた。
男子生徒は本気なのか? はたまた青春じみた冗談でやっているのか? 血走った瞳を見てしまうと線引きが難しいぞーっ!
パイロット養成第三学校の教職員は僕をのぞけば、でかい図体のむさすぎる
体育会系男性職員のオンパレード。
僕は花も恥じらう乙女ではないが、体育会系といわれれば違和感がほろり。
「えっと皆さん。僕の受け持ちはショートホームルームだけです。一限目からはじまる実地テストの適正結果で『空船』軍部への配属先が決まります。練習用パイロットスーツに着替えて体育館に集合、そこで朝の点呼をします」
二学期末の実施テスト。
それは部門別上位適正者や実施試験総合上位者である優秀な人材を前線へ仕分けすることが目的。
死と絶望の香りで精神がむせてしまう戦地への配属か後方支援への配属か。
解決方法が見当たらない無限ループに入った戦争の維持のために必要な戦力配分。
現在、『地船』の侵攻を許している『空船』にとって最重要課題の一つだ。
まぁ、現場を潜ってきた僕としてみれば、卒業生が配属された場所が最前線なら初見の戦闘で半数にあたる五割は戦死。
三割は人殺しという、もんもんとした罪悪感に精神と心が押しつぶされて使い物にならないジャンク兵に陥る、残りは殺戮と狂気を楽しむ精神異常者か軍部が望む適正者だ。
死という人生の終焉がすぐに訪れる魂の大放出セール実施中の戦場はいつでも人材不足。
そう人手が足らずに深刻なのだ。
深刻すぎて適正があれば若かろうが老いていようが死の切符である赤札が政府からご自宅まで速達で届く。
「須藤先生」
僕を呼ぶその声はとても凛子して清々しい。
これぞ優等生! とわかる身だしなみもバッチリの女子生徒がピシッと手をあげた。
学級委員長ポジションがこよなく似合う白銀アスカさんだ。
ノートに連絡事項の記入が終わり、うつ伏せ気味だった相貌をガバァッとあげる。
茜色の夕日を浴びた小麦畑のように淡く輝く金髪がふわりと弧をえがき気持ち良いほどの女の子特有の甘い香りを撒き散らして教室の男子生徒をドキドキさせる。
「は、はい、なんですか?」
教卓の前で僕の声が裏返ってしまう。
――これはヤバイ臭いがプンプンするぞーっ!――
危険感知能力が働いたようにググっと身構えてしまった。
そんな僕にアスカは「おほんっ」とひと呼吸おいて蒼い瞳で見つめてくる。
なんだか飢えた狼にターゲット・ロックオン! されたモグラの気分だ。
「わたくしは戦闘機乗りとして最年少でトップクラスに君臨された元エースパイロットの須藤先生に直接、手とり足とり手ほどきをお願いしたいです」
アスカの歯に衣着せぬ物言いに教室が「おおっ」とざわめく。
まぁ、普通の感性ならそう言う意見もあるだろう。
そういう意見が出ることは想定済みだ。
僕としても前もって対応策はバッチリと練ってある。
眼前にひろがる生徒たち総勢35人から期待に満ちた視線と拍手が送られてくるが当然そんなことは出来ないし日雇い臨時教員に権限もない。
僕はアスカを一瞥するとクラスの意気込みに蓋をする形できっぱり言う。
「アスカさん。僕は退役軍人の日雇い臨時教師です。実技で必要なことは正規の教職員から手ほどきを受けてください」
「実技の先生よりも『祖国の英雄』や『空船最終防衛戦の英雄』である須藤先生から手ほどきを受けたいです。わたくしはずっとテレビや雑誌で須藤姉弟の活躍に憧れてパイロットを目指しました。なので、このチャンスはものにしたいです」
アスカは夢を語るように自信満々の持論を展開する。
机をボンっと叩いて立ち上がったアスカは僕の姉貴より少し背が高い。
天然自毛の金髪が煌びやかで、白人特有の透明度のある白いやわ肌に透き通ったブルーの瞳。
くっきりとした気の強そうな顔立ちが、僕を捕らえて離さない。
その凛々しく可愛い顔の雰囲気が少しだけ姉貴に似ている。
「はいはーい、せんせーっ。私はこたつのなかで布団にくるまりながら大人チックな夜の営みを手とり足とり虫捕り、撮り撮りまくって手ほどきをうけたいです。今、映像に収めるなら私処女ですよーっ」
――うあぁーっ、ティア! れっきとした乙女だろーっ、もっと恥じらいを持つのじゃーっ――
妖怪コタツムリ……いや、教室の窓側隅っこの特等席にこたつで丸くなっていたティアがみかんを片手に何を考えているのかわからない無邪気な笑顔で邪気すぎる発言を投げかけてきた。
もはや、このやりとりは頭が痛くなる。
しかし子供相手にムキになる必要もない。
特別に良い考えも浮かばないので僕は、教卓に置いていたプリントを配りながら苦笑いだ。
そもそも日雇い臨時教員は雑用係であって、戦闘機のシュミレートや実技は専門の職員のお仕事。
いちいち僕がでしゃばる必要もない。
日雇い臨時教員は給料の範囲ないのお仕事が大切。
だから僕ははっきりと断言した。
特別な技術を伝えることは学校校則禁止事項だが道理を言葉に置き換えて伝えることに抑制はうけていない。
「アスカさん。あなたが憧れる『祖国の英雄』は人殺しなのです。暗がりで生者を死人へといざなうことがうまいだけの罪人。それに僕は生き延びるために沢山の同胞も犠牲にしたから」
僕は実地訓練注意事項が記載されたペラペラのプリントを配りながら生徒に向かってニッコリと微笑んだ。
その瞬間、アスカはしょぼんとバツが悪そうに視線を机に落とした。
あの頃の昔話をつつかれても、たまらなくなるような苦しい想い出に苛まれることや寂しげな面持ちになることも、今は少なくなった。
プリントを配り終えた僕は、窓辺の陽射しが暖かい隅っこに置いてあるパイプ椅子に腰かけた。
顔も知らぬ同胞の家族や孤児から、指をさされて殺人鬼と罵られ続けた僕にとって、今の平穏で自由な暮らしを誰よりものぞんでいた。
カビキラーでも落ちない青カビ(根っこの強い奴)が生えそうな諸事情が複雑に絡まった僕は正規の担任教職員が前方のドアをドカンと蹴り開けて入ってきたことを確認するとガラス窓から空を見上げた。
瞳から光が失われる残酷な現実を知らない一般市民たちと炎と瓦礫と死体で
満ちあふれた残酷な世界で生きた僕たちを区切る境目の空。
この空のむこうは今も湧き出す怒りがとまらない地獄絵図がひろがっている。
僕もあいつらを殺したい。
もう一度、宇宙にでることがあれば、綺麗な綺麗な死肉の山を作ってあげるから。
――コ・ロ・シ・テ・ア・ゲ・ル――
僕の大切な姉貴の全てを蹂躙した……あいつらを……
――ボ・ク・ノ・テ・デ・コ・ロ・シ・テ・ア・ゲ・ル――
いかがでしたか?
まだまだ序盤戦。
狂喜に彩られる世界観を描ければいいのですが……皆様……どうでしょうか?