怪しげな炬燵少女と特異体質な僕 の 登校
楽しんでいただけましたら嬉しいです。
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どこにでもあった蒼い空……今はどこを探してもない。
隠れんぼが好きで岩戸に隠れてしまったのだろうか。
それならば僕たちのために岩戸の前でひょっこりと顔をのぞかせるまで楽しく踊ってあげて欲しい。
赤い空に赤い地球。
主な原因は栄養たっぷりの海で育った赤潮。
プランクトンの異常増殖による変色が原因と訓練施設で教わった。
プランクトンの餌は戦場で散った人間たちを原始の泉まで先祖がえりさせた赤い液体。
それはそれは栄養たっぷりなのだろうな。
深紅に染まった海。
今は当たり前のことになってしまった戦争。
戦争とは国家間で自国の意志を相手に強制的に理解させるために武力を行使すること。すなわち、軍事力を用いて自国の政治行為や目的を達成させる行為。
地球の覇権を掌握しようとした戦争は三つ大きな勢力の闘争がもたらしていた。
宇宙に浮かぶ空中要塞都市国家『空船』
豊富な地下資源要塞都市国家『地船』
紅き海底の覇者要塞都市国家『海船』
僕は空船軍の大尉だった。
僕はずっと望んでいたから。
憧憬の的だったエースパイロット・須藤ミサトの背中に追いつくために厳しい士官学校生活をすごして卒業後は前線に配属。
そこで姉貴とともに真っ赤な液体に覆われた地球の空を駆け巡った。
姉貴は『黒煙の魔女』と呼ばれて味方からは称賛を『地船』の軍人からは畏怖の念を抱かれていた。
捕虜になり、あんな映像が出回る前までは……。
今は姉貴と安穏に暮らしている僕の肉体には秘密があった。
肉体的秘密と言うこともおこがましいような気がするので肉体的特徴というべきだろう。
特に温度がひえひえな冬場の気候では顕著にでてしまう。
そう今日のような床冷えの日には……。
――はぁー、面倒臭いことだ――
人・人・人……雑踏! リアルおしくらまんじゅうを体験出来る過酷なラッシュアワー。
雑踏しているからラッシュアワーだろ! などというツッコミを自分にいれたい。
そんな混み合っている駅のプラットホームは愛想が良いおば様が頑張る売店やその対抗馬、ホットな飲み物を売りさばく自動販売機には気だるそうな学生やくたびれたサラリーマンがたむろして、憩いの場のように賑わっていた。
「お、おい、見ろよ」
「すげぇーっ」
「な、何かの撮影なのかぁーっ」
ふぅ……また男性のひそひそ声がきこえてくるぞ!
ほんの少しだけ……そう、たった五分ほど早く自宅を旅立てばこのひそひそ声が溢れる時間を避けられるのにーっ!
だが、姉貴との甘美な時間は宝物なんだ。
そんな誘惑に魅了されている僕はどんなに急いでもこの時間になってしまう。
――うわぁー、又、男性どもからガン見されているーっ――
この時期、夏季と比べてほんのちょっぴり勇気を振り絞って職場に行かねばならない。
定時どおり、プラットホームに電車が到着する。
駅員さんの「扉ひらきます!」の掛け声とともに電車のドアが観音開きに開く。
皆が座席に座ろうとして我先に怒涛の勢いで乗り込んでいく。
僕もそんな電車に飛び乗った。
出来るだけ目立たないように隅っこに立ち「はあぁぁぁ……」と小さな嘆息する。
姉貴お手製のファンシーな熊のリュックサックを背負いながらガッタンゴットンと天井にぶら下がるチラシとともに電車で揺られる。
プラットホームにつづき、最近、この時間の名物になりつつある囁きがあちらこちらから聞こえ始めた。
――ふみぃ~……うるさい連中だなぁ――
無論、いつものことで慣れてしまっているが……ほら、耳を澄ましてみよう。
「あの子、超、可愛いよなぁ」
「か、彼氏はいるのかなぁぁぁ」
「もう、萌えてしまうぅぅぅ」
などと男性達の悦がはいった声だ。
この無法無遠慮な視線と羨望や憧憬の声のベクトルは一点集中砲火のように全て僕に向けられていた。
もう穴があったらみんな埋めてやりたい気分だ。
僕はのんびりと間延びした溜息をまた一つ吐いた。
隅っこのスライド式の乗車口にうつる自分の姿を眺めた。
一言でいえば……すげぇぇぇ可愛い――っ。
なんだかんだ言っても僕の姿は呆れるほど超ド級に可愛いとおもうぞ。
レースのトップスに手首の回りがほわほわなニットコート。
ひとくせあるパギンスに茶系のショートブーツ。
うむ、もともとは姉貴の私物のため胸もとにやや余裕あり。
ゆらゆらと揺れる電車内で一際異彩を放っている超絶美少女……それが僕の本日の姿だ。
さきに言っておくが僕は女装趣味(、、、、)などない。
趣味はないのだが……。
やれやれっと大げさに肩をすくめている僕をカテゴリー男性たちは色欲の瞳をギラギラさせて今晩のずりネタとして脳内に画像インプットしていそうだ。
――男性に色欲の視線を浴びせられるなんてとっても切なくなるぞーっ!――
カテゴリー女性たちからは圧倒的敗北感や百合系の憧れを含んだ変態の視線がエキゾチックな秋波となってこちらに集中砲火だ。
――誰か助けてぇーっ――
僕は手すりをグッと握りしめながらとても白けた気持ちになっていた。
誰にも迷惑をかけずに運転席側の隅っこで、窓の外に流れる景色を眺めているだけなのに。
磨き込まれた窓ガラスに映る僕の背後でクリスマスイルミネーションのようにギラギラした視線を僕にロックオンさせる人の群れ……前門の虎・肛門に浣腸されるほどに恐ろしいですーっ!
「あれれっ、このヒトヒトだまりの先は須藤せんせーだぁーっ」
朝陽に育まれた移り変わる景色を眺めていた僕の肩がポンっと押される。
声の主は女性……うん、若い女の子といった声音。
洗練された上品さとはかけはなれた若々しい……いや、バカバカしく元気がよすぎる声音だ。
怪しく煌く百合属性を標準装備した女性でもないかぎりナンパはない。
僕がなぜ、ここまで警戒するのか。
それは僕の意思とは無関係に色彩あざやかなピンクに色気づいた下心いっぱい自称イケメンたちが時々、玉砕覚悟でしつこく僕に挑んでくるからだ。
――そんなことされても嬉しくないぞーっ!――
同性に告白やナンパされても飛んでくる火の粉でしかない。
そんなお尻に関わるようなМっけ属性趣味はない、まったくもって反吐がでてしまうほど迷惑な行為だ。
「……おーい、聞いていますかぁぁぁ。せんせーっ。ふみぃ~、三途の川をわたるのはまだまだはやいですよーっ」
ぽやーんとした口調。
たとえば神社の祭りで境内や参道に出店している的屋のたこやきにタコが入っていなくても「まっいいかぁ」とのんびりとすましてしまいそうな雰囲気溢れる口調なのだ。
これは救いの手を僕に差し伸べてくれているのかも。
自分のふくよかな胸に手を当てて、ぼんやりと見当違いの方向を見ていた僕。
混み合った電車内でも隅っこは比較的回転しやすいポジション。
そのうえ、端っこにいる僕の間近は聖域のように人がよってこない。
僕は職場への出勤に恋焦がれるような待ち人がいる御身分でもない。
他の選択もなく僕はフィギュアスケート選手のようにくるりと見事に回転した。
そう、快活さと天然さが同居した声の主と向き合った。
「………………」
「ふふふふふっ。どうどうですかーっ。堂々としたどうどうですよーっ」
――なんじゃそりゃーっ!――
人間は驚きがK点を超えると声が出なくなる。
僕は絶句した。
たまらなくなるようなクールビューティーの欠片も無い動きやすさなどはまったく考慮されていない鈍重で奇抜なファッション……ぽえぽえした冬の風物詩が目の前に。
「お、おはよう……ティアさん、それは……」
「おおっ、気がつきましたか! 気がつかれますよね! イヒヒヒッ、これはこれはお代官さま御目がたかいたかーい♪ 内緒ですけど、私、こたつのふあふあが大好きだから」
答えになってねーっ!
ティアの口から出てきた言葉『ふあふあが大好き』などと微笑ましいレベルではなく、冬の代名詞『こたつ』がデデーンと二本足で立っていた。
この炬燵櫓とこたつ布団の一体化したかぶりもの、本物さながら良く出来ている。
背中に板机をモチーフにした表が茶色・裏が緑の板が張り付いてみかんと湯呑は底を接着剤で貼り付けて標準装備。
ここに猫でもいれば故郷のじーちゃん・ばーちゃんの家の居間だろう。
というより……ティアさん、近距離での内緒話にしては声がおおきすぎますよぉ――っ。
「あのね! ずっと、お披露目したかったのですますでござーまするよ、番頭どの」
――うひゃーっ、お代官から番頭へ格下げされたーっ!――
奇妙奇天烈な風貌のティアはなぜかとっても嬉しそうに顔をほころばせてその可愛らしい瞳で僕を食い入るようにジィーっと見つめる。
まるで何かを要求しているように。
「ティアさん、制服はどうしたの」
「もうもう、怪しいなぁ。怪しすぎるほどの制服フェチですねーっ。見たいでしょ。おしーい! ちゃんと下着かわりに着ていますよ。下着を着ていないだけで制服はバッチリ。このこたつのふあふあはジャンパーでありコートなのです。これこそが神が与えたもうた究極の防寒着なのですーっ!」
――そんな防寒着あるかーっ!――
そんな防寒着を与える神さまは貧乏神だろうか……なんという安っぽさがバーゲンセール的な雰囲気満載の神が与えた究極の称号なのだろう。
ティアは『もう先生ったら、無知なのですねーっ!』などの激烈な意思が込められた表情で立ち尽くしてしまった僕に声をかけてくる。
おそばせながらだか、この、小生意気なコタツっ子は長谷川ティア。
シルバーの髪にシルバーの瞳。
こたつまでシルバー世代チックなシルバーっ子。
三者面談において将来の夢は『コタツムリ』と言い放ち担任教師を困らせてしまった悪戯大好きっ子だ。
こたつとカタツムリの融合に夢と希望を抱くパイロット候補生である。
「せんせーにしっつもんでありんすーっ」
パシッと勢いよく手を上げるティア。
一部のマニア受けはしていますが、ほらほら、ここは教室ではないのです。
突拍子もない行動はファッションだけにしておいていださい。
ゴリゴリしたこたつの角部分が後ろの人に当たりながらもティアは鮮烈な問
いかけを僕に発信させる。
もはや辟易する暇すら与えてくれないぞーっ!
「ダンナ、ちょいと耳にはさんだ巷の噂なのですが……ダンナが百合ってのは本当ですかい。しかも咲き誇る白夜の百合と異名をとっていると。この噂が本当なら拙者はやっほーなどと叫びアスレチックでうまい棒をたべて大岡越前的サドスティックエロチックに右や左の腕を引っ張られながらいちゃいちゃしてほしいことを代表して要求します」
――誰の代表やねんーっ――
その代表とは『空船』の代表なのか?
突然の江戸前口調。
僕はあまりにおっさんじみたトークに固まった冷凍みかんぐらいカッチカチに固まった。衆人環視のエキストラ諸君も凝固剤が増量されたように固まっている。
瞬間的に顔から火が出てしまいそうな乙女チックな桃色の色恋沙汰的セリフなら可愛いのだが……そんな要素が全くないぞーっ!
こたつ的外観もブッ飛んだ言葉も難易度が高い一線を画しているためエキストラ諸君もざわざわとしたざわめきが息をふきかえす。
対岸の火事や人の不幸は甘い蜜という格言をふんだんに含んだ、個性的な視線のなかに百合同好会などのメンバーもいるのかもしれない。
「ティアさん。僕は男です」
基本的な事実をありのまま伝える。
至極当たり前のことを伝えているのに、またまた衆目から疑惑の視線が突き刺さる。
もはや居合い抜きの達人にめった切りにされている気分だぞ。
最限りなく渋い顔をする僕に。
「男……男ですって、だからどうしたって言うのですかーっ。昔、名探偵の孫のいとこのはとこのピーヨコちゃんは言いました真実は一つです。断言できます。私はせんせーに萌えるのです」
――萌えないでくれぇーっ、あっ、そこの学生もうんうんと納得顔でうなずくなぁーっ!――
ううっ、いとこのピーヨコちゃんって誰だろう? ……もはやどう返答したものか。
困った僕はむむむっと眉を寄せてリップで艶めく唇に人差し指をチョコンと当てた。
可愛いとはいえ相手は生徒。
年下のお子様なのにここまで言われるとほんのり照れくさくなる。
……って認めてどうするねん!
この原因のファクターであるティナは僕の耳元で悩ましく唇を噛み締めて切なく溜息をもらす。
まだまだ蕾が彩るあどけない声の十四歳。
闖入者的な言葉のターゲット兼被害者は十中八九僕なのだ。
『ピーピーピー』的なセリフ、を僕に嘆かれても困るぞ。
うむむっ、ペッタンコな胸の娘が言って良いセリフではないなぁ。
一部の変態的お子様嗜好のマニアなら小躍りして喜びそうだが僕は健全でまっとうかつ純愛にシスコン一筋姉貴一筋の殿堂を謳歌する身としては一寸も喜ぶはずもない。
窓ガラスから差し込む日差しが強いのかな。
もの凄く馬鹿馬鹿しいことなのだが、この程度のイベントで僕の白い肌から汗が染み出てだらだらと流れる。
最近の電車は岩盤浴機能でも付随しているのだろうか? ダイエットなら効果覿面だろう。
朝からティアの軽いジャブ的告白。
僕は少し考え込んだ。ザ・沈思と豪語してよい。
「むむむっ」と僕は困り果てた表情で懊悩してしまう。
その仕草が可愛らしいのか有名人でもないのにカメラ小僧ならぬ背広姿の中年のおっさんや男子学生たちが携帯カメラで僕をバンバン隠撮してくる。
――こらーっ、勝手に撮るなーっ!――
もはやこのフラッシュの数はちょっとしたアイドルの撮影会クラスだ。
ううっ、就職先を間違えてしまったかも。
なぜ僕は早朝通勤からこんなに目に合わなくてはならないのか!
――それでなくても今日は『女の子の日』なのに――
「次はパイロット学校前」と車掌の濁声が目的地である次の駅の名を車内に轟かせる。
その駅は僕が降りる駅。
同時に生徒であるこたつ姿のティアの降りる駅でもある。
僕と姉貴の生活を支える収入源を与えてくれる職場・第三居住区コロニー・パイロット養成第三学校がある区域だ。
「せんせーの色白素肌はスケベの素肌だよーん。あれれっ? そんなフライドチキンみたいな表情してないでおりるよーっ」
――僕は唐揚げかぁーっ!――
想像する……加工されたフライドチキンの顔。
何とも油ギッシュだ。
僕にかけてくるティアの声は元気いっぱい、はつらつすぎる。
ラッシュアワーが少し過ぎて落ち着いたプラットホームでめいっぱい頭上に
両手を上げてパタパタとふってくる無邪気なコスプレ少女ティア。
そのこたつファッション、むちゃくちゃ本格的に目立っているぞーっ。
怒涛の早朝出勤イベントをくぐり抜けて、ドクリドクリと高鳴る鼓動を落ち
着かせながら僕は空を見た。
人工的に蒼い空。
青かった空の時代を投影した天井。
人類はこんなに大きな箱舟を作れるのに。
――なぜ、姉貴を見捨てたの――
こんなに情報規制やプロバカンタ的手法で真実を覆い隠しているのに。
なぜ、僕の姉貴の陵辱やエゴイスト的な辱めの映像を流したの。
――コ・ロ・シ・テ・ア・ゲ・ル――
のっぺりとした表情のない死神の声が心のなかで響く。
――ボ・ク・ノ・テ・デ・コ・ロ・シ・テ・ア・ゲ・ル――
僕の中で抑えられない狂気が咲き乱れる極彩色の死の花びらこそが幸福だと叫んでいる。
いかがでしたか?
狂喜に彩られた世界観が少しずつ花咲き始めます。
皆様、拝読していただきありがとうございました。