帰還……そして無謀
こんばんわ、楽しんでいただけましたら嬉しいです。
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そのコロニーは宇宙に漂う小惑星そのものだった。
ややいびつでまるっこい球形のコロニー表層部はチョコレートファウンテンでコーティングされた苺のように一寸の隙もなく流体金属が全体を保護する。
スペースデプリやミサイル・粒子砲などの兵器も防ぐ鉄壁の防壁。
また、流体金属は有害な紫外線などを遮断。
太陽光線を集めて電力などに変換して中央都市に供給もおこなっている。
そう、そこが『空船』最後の防衛戦(砦)である中央都市。
僕はセラフを統括軍本部の格納庫にメンテナンスのために置いてきた。
ティアは「やだーっ、離れたくないですぅ、助けてぇーダーリン」などと苦そうにトチ狂った言葉を叫びながらジタバタして離れたがらなかったが「ウィルスに感染したらティアもドロドロになるよ」と言うと「ひぃーっ!」と
雄叫びをあげて医務室に走っていった。
ティアの現状を医療チームに口数少なく答えた僕は軍部パソコンの端末から第三居住区コロニーの避難民が登録されているデーターを確認する。
――ふぅー、無事に移動できたようだ――
守るべき住み慣れた街から大切な姉貴と愉快な仲間たちは孤立せず無事に中
央都市へ到着していた。
如才ない本部の対応に感謝しつつ僕は工場区のさきにある世界最大級の宇宙
港の広大なドックに高くそびえ立つ巨大な戦艦にドッグ内移動専用のトロッコに乗って向かっていた。
僕は揺れる窓からこっそりと人工的に染め上げられた空を見上げた。
夜空の星をイメージした灯りは現実の空も綺麗で透き通っていればこんな感じなのだろう。
「お、おい見ろよ。す、すげぇ美人。な、ナンパしろよ」
「うぉぉぉぉぉ。神だぁぁぁ。女神の降臨だぁぁぁ」
「な、何、あの美貌とスタイル。ア、アイドルか。俺たちに慰問にきたアイドルなのかぁぁぁ」
周囲でざわめくヤロー(軍人)たちの声はかなり本気モードに聞こえる。
こいつら本気で僕のことを狙っているような……ギラギラとした瞳に殺気すら感じる。
僕はちょっと引き気味になりながら額に指をあてて小さな溜息をついた。
ざわめく、ざわめく、ざわめく――
僕の魅力的な唇からこぼれた小さな溜息がキュートなのだろう。
『オタクかよ!』とツッコミたくなるぐらいパチパチと携帯写真をとってくる。
盗撮写真や妄想話などが飛び交うトロッコはとても緊急時とはかけ離れた世界だ。
揺れるトロッコ、僕は諦めたように両肩を落とすと無表情のままわざときこえないふりをした。
「窓辺にて空を見上げるシスコンか、絵になるな。そのまま芸能事務所にでも入ったらどうだ。AVが出れば俺も買ってやるぞ」
聞き覚えのあるおっさん声が馬鹿なことを口走ってくる。
この超通勤ラッシュのような雑踏のなか僕に向けられた不敵な笑み。
僕はお味方発見とばかりにサラサラの黒髪を低重力に靡かせて振り返る。
そして、彼……ガナック・レスラーを見上げた。
「ガナック、キミにデリカシーの片鱗もみえない。情操教育からやり直したら? それに僕は男には興味はないから」
親しき者に向けられる信頼のこもった殺伐した口調で大いに反論する。
目的はどうあれこれほどの人ごみの中で同郷のパイロットに声をかけられたことは僕の存在が際だっているということなのかもしれない。
僕は一瞬視線を落として自分の身を包む服装を確認する。
しっとりとしたきめ細やかな肌を隠したパイロットスーツのボディーライン
が見事にぴったりと特徴的なスタイルを浮き彫りにしている。
少なくとも見積もってもグラビアアイドル級のスタイルなのだ。
容貌もワールドクラスの第一線で活躍できそうな美貌。
道端を通っても振り向かないほうが不思議と言わざるをえない……が僕は改
めて自分の愚直すぎる美少女っぷりを自覚することになった。
「くくくっ、シスコン帝王は健在だな」
「ガナック、キミなんて死ねばいいのに」
「お前のプリンとした胸の谷間で死んでやろうか?」
「心から遠慮するよ」
このカップルのような痴話喧嘩。
僕は自分の頬に手を当ててぷくっと膨れっ面でくちびるを尖らせた。
その表情の変化を楽しむようにガナックは目を細める。
「相変わらず斬新なお返事だな。あいにく俺には冥府から放たれる死神のお迎えはまだこない。この間産まれた息子の成人する顔を拝むまでは死ねねーよ」
一瞬、柔らかな表情を浮かべたガナック。
誰もがそうだろうが僕もガナックも戦争の被害者だ。
ガナックと交わした言葉は少ないが親としての一面を垣間見たことでガナックの人間らしい本音とぬくもりを感じた。
「早く息子さんに逢えたらいいね」
「ああっ、うちの嫁様の顔も拝まにゃいけないし本部の呼び出しが終わったらすぐに逢いにくいさ」
「えっ、キミも本部に?」
「ああっ、現場責任者としては現状を知る権利があるからな」
さしものガナックも未知の敵には白旗というところだろう。
「僕はガナックのそう言う向上心が強いところは素直に評価するよ」
真面目そうに返答したガナックを見て、僕は嬉しそうに目を細めた。
「アスナ」
ガナックの真面目な呼びかけに僕はビクッと肉体が反応。
その瞳は少し寂しそうに申し訳なさそうに僕を見ている。
彼もエースパイロット。
少なくとも『空船』の軍部や民間双方から英雄視される人物。
その彼が暗く澱んだ闇を吐き出すように鎮痛な表情を浮かべて。
「ミサトのことはすまなかった」
その言葉に僕は何を言えばいいのかわからなくなってしまった。
ただ、僕の心の奥で潜む闇の部分が怒りと憤りを訴えてくる。
二人の間に無機質な沈黙が立ち込めてしまう、どんな言葉も喉を通りそうにない。
「あいつは『黒煙の魔女』は俺の……いや、俺たち全てのパイロットを救ってくれた英雄。許してくれなんてむしのいいことは言えない。ただ……」
ガナックは不器用に苦しい胸の内で必死なって言葉を探す。
そこには芝居がかった仕草など微塵もない。
ガナックは唇を噛み締めながら冷静な口調で言葉を紡ぐと僕に向かって深々とコゲ茶色のツンツン頭を下げた。
危なかしさや猛々しさはなりを潜めている。
悪夢から覚め切らないような心地の僕の姿が彼の瞳にうつったのだろう。
ただ、無垢なまでに詫びる男の姿がそこにあった。
お互いの心を行き来する想いが繋がったような気持ちが溢れてしまい僕は精
一杯照れを隠すように肩をすくめてみせた。
惨劇の宴は宇宙に散らばった残骸と肉塊で幕をひいたはずだ。
もう、恨みがましく呟くつもりもない。
深々と頭を下げて詫びていたガナックの言葉の真意に綿埃にまみれていた僕の良心がズキリっと痛む。
「『地船』に怨みをはらしたいと思っているのはアスナだけではない。俺たちの女神の仇はお前だけの使命じゃないってことを……これだけは覚えていてくれ」
「……ガナック……わかったよ」
フラッシュバックする想いを沈めながら、ガナックの言葉に僕は想いを込めて一度だけ頷いた。
僕は心の中に暖色がともったようなノスタルジックな気分をどう表現していいか分からず、ただただぎこちない笑みを浮かべた。
白くくもったトロッコの窓から見える大きな施設は例外なくフル可動していた。
違和感がない、むせかえるような緊張感が世界を包む。
僕やガナックをはじめ、多くのパイロットたちが傍観をやめて、イニシアチブのない不確実で寂寥を纏った道しるべのもと、次に宇宙に飛翔するときがくれば……。
それが『空船』の最後の戦闘になるかもしれない。
いかがでしたか?
『こちら陽気なたんぽぽ荘』も宜しくお願いします。




