表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/24

起死回生の救出……そして脱出

おはようございます。


    

『マスター。何を死にそうな顔をされているのですか? おや、私に女を連れ込んで……そのおなごと不倫。体液確認。責任をとって結婚。嘘です。調子乗ってしまいました』

 

 緊張感のない月影の発した第一声はパンチがきいている。


恐ろしやゾンビ。


なかば衝撃的なレンタルDVDの三流ホラーも真っ青のリアル体験に五体満足でなんとか息災で逃げ切った。


この第一居住区コロニーの逃げ遅れの失踪者たちは捕食する側になったのか、捕食される側になったのか。


狩るものと狩られるもの。


そんな疑問が脳裏に浮かぶ。


待ちぼうけをくらっていたセラフのコックピットに飛び乗った僕とティアに

月影が手荒い言葉の歓迎で迎え入れられた。


「おおっ、噂の月影さんですなあーっ。せんせーの子を妊娠というお土産も持たずにコックピットに突然おじゃましてすみません。ですのでこれからはせんせーの人生におじゃまをします。ご厄介しまくりくりです。私はアスナさんの正妻候補の長谷川ティアです。もう三回は襲われて六回は出産しています。てへっ」


 ティア、甘えるように僕の胸に頬をぺったりくっつけながら願望にそった欲望を真顔で撒き散らす。


ティアさん……美しい人形のような相貌がにやけて台無しですよーっ。

その不自然なティアの言葉を一字一句正確に分析する月影。


『長谷川ティア……『空船』パイロット名簿より確認しました。強化1型、性別女性。特記事項・幼児体型の変態エロ百合属性』


「こ、これは望外です。そんなに褒めて……最高の褒め言葉。うふっ」

 

 ――それって褒め言葉なのかーっ!?――


ティアは「一度聴いたら癖になりそうな褒め言葉」などと爽やかに価値観が隔たった変態な口調で口ずさみながら『じゅるるーっ』とヨダレをたらしている。


『マスター。ヘルプです。私が悪かったです……助けてください』

 すっかり気圧された月影、少しは僕の気持ちが理解できれば幸いである。

ティアによる月影いじりで発生したヘルプ信号をほっておいて僕は現在、この第一コロニーで何がおこっているのかを知りたい。


僕の敵は『地船』。


その『地船』軍人を捕食していても味方にはとうてい見えないドロドロしたゾンビ。


むしろ新たな侵略者ならやっかい極まりない。


「月影、あの『地船』の死体を喰っている化物は何だ?」


『地船』に侵略されるまでは人で賑わっていたはずのショッピングモール。


モニターに映る一体のドロドロしいゾンビを指差して僕は月影に尋ねた。


この度の『地船』の侵略とドロドロしたゾンビの発生の接点が見えてこない。


支配権を巡る争いの長期化の鎮静は勝利という形で双方が望むもの。


政治的な駆け引きを超えた衝突が憎しみの連鎖を生産するメビウスの輪となった戦争。


たとえば生物兵器やウイルス兵器の投入で屈服させたとしても多くの問題が噴出する。


勝利を目前にした『地船』がコロニーを植民地化するための投入のメリットが全くみえない。


『正体不明生物の遺伝子照合。第一居住区コロニーの第三居住ブロック居住のサンタノ・ラーマ』


 遺伝子データーは『空船』の全居住者の登録が義務である。


思考パターンや遺伝子登録などが詳細に登録されており信頼性が高い。


それにともない月影の答えは闇に溶けたような恐ろしい事実を物語っている。

 その悪意に満ちあふれた真意は凄みを増して全コロニーを侵食しているのだろうか。


不意打ちの出来事に僕は白銀アスカの探索を急ぐ。


『マスター。白銀アスカ機確認しました。ガナック機により回収されています。』


 通信の中身に僕はホッと安堵した。


精神や健康状態はともかくアスカは生きて回収されたことは朗報。


さまよい歩いてゾンビや『地船』の軍人に襲われなかったことは僥倖のかぎりだ。


 幽霊になって僕の枕元に立って「でへへ……ピーピーしましょう」などと言って化けてでらけても困るので二つの意味での安堵だ。


『マスター。オープンルートチャンネルアクセス確認。本部より通信が入ります』


月影の立体投影されるコックピット正面モニターに恩人の姿。


そこに勲章を携えた軍服姿の老将ライセン将軍、憔悴した表情から素敵なサ

プライズなどの類ではないことが容易にみてとれる。


「この通信は全方位に対して訴えかけるものである。私は空船軍・第二軍最高司令官ライセンである。空船及び地船の全戦闘員に対して終戦を呼びかける。現在、『空船』第一居住区コロニー・第五居住区コロニー・第六居住区コロニー・第八居住区コロニー及び『地船』の連合艦隊本軍に対して未知の生命体の攻撃を確認。各コロニーに対してウイルス型寄生兵器が投入。『地船』連合艦隊本軍には巨大生体兵器(宇宙怪獣)が本格的武力介入をしたことを確認。現時刻1836をもって『空船』軍及び『地船』軍の暫定休戦を宣言する」


 誰もが疑わなかった『空船』と『地船』の最終決着。


沢山の亡骸という基盤上に掲げられるひと握りの勝利。


戦争で蓄積した哀しみの行き場がこのような形になるとは想像もしていなかった。


この戦争に頓着するつもりはないがあまりに報われない出来事だった。


僕はエープリルフールという日にプレゼント(休戦)を抱えたハロウィン(未知の生物)がサンタクロース(ウィルス)を伴ってやってきたという感じ。


こんな痛々しい有様、とても了承できない。


僕はうなだれるように肩を落として肺が軋むような深い溜息を吐く。


暖かな体温が僕の右手にそっと重ねられる。


ティアも上目遣いで大きな銀色の瞳をウルウルさせて、すがるように訴えかけてくる。


その瞳は戸惑いとやるせなさが複合した哀愁色をまとっている。


ティアは苦しいのだ。


胸の内をかきむしりたいほどの絶望が湧水のように溢れ出てくる。


まだ、年端もいかぬ十四歳の少女。


どんなに気丈を装っても精神も肉体も『地船』の軍人に汚された生々しい記

憶を海馬の底に沈めるには時が足らなすぎた。


泣き叫ばない強さを僕は心の底から称賛したい。


「せんせー……お願い……あります」


 底冷えしそうな感情がくちびるからこぼれた。


重ね合った手は小刻みに震える。


刻み込まれた現実を直視したティア。


脳裏に鮮明に残る映像を振り払うように感情を押し殺す。


僅かに開いたくちびるが熱っぽく吐息が溢れる。


「私を殺してください。死ねなかった……です。怖くて……怖くて……身体が動けなくて……先生にいっぱい、いっぱい心配してもらっていたのに……」


 一抹の不安が現実のものになった罪悪感と孤独感。


ティアが紡ぐ言葉に濃密な闇が滲む。


後悔と嘆きを糧に深まる闇はティアの魂も包む。


ティアは自身の小さな肉体を抱きしめて身を丸くしてうち震える。


虚ろな瞳、陵辱に打ち震えた小さな少女の肉体。


暫定休戦に呆然としたティナは胸を抑えて嘔吐が堪えきれないほど憔悴する。


「ふええぇーん、ごめんなさい……ごめんなさい」


ティアの感情の起伏が激しい。


鮮明な記憶を捨てさせるなどと無責任なことはいえない。


ティアは自身の心とひたむきに向き合おうとしている。


バランスが崩れた精神をティアは必死に引っ張り上げようとしている。


それはあくまで暫定的な処置かもしれない。


それでもただただ、僕は痛々しく憔悴するティアをぐっと引き寄せて肌が触れ合うほどの距離で抱きしめた。


ティアはビクッと全身を硬直させる。


健気さが保護欲をくすぐるティアの雰囲気。


「ティア……綺麗だよ。僕はそんな綺麗なティアが大好きだよ」


「ふえぇ~!?」


僕の言葉を聞いたティアは幽霊でもみたような驚いた表情になる。


そしてすぐに悦びが満ちたように相好が崩れた。


それは心が壊れて絶望した乙女があったかな幸せに包まれた表情だった。


 抱きしめたこちらまで恥ずかしくなってしまうほどティアは大粒の涙をながして僕にすがりつく。


 結果としてティアのエネルギーがマックスチャージされた。


『マスター。こっそり手篭めにした女の子を慰めの最中に申し訳ないです。ガナック機のオープンチャンネルアクセスが入ります』


忙しく働くモニターに立体映像が投影。


『空船』エースパイロット、ガナック・レスラーだ。


『全機に通達。現存の12コロニー全域に未知のウイルス兵器を確認。コロニーの防衛・奪還ラインを全て放棄する。全機、中央都市へ撤退。惑星型コロニーに全戦力を結集させる。生き残ったやつら安心しろ。俺やお前らの家族がいる第三居住区コロニーの民間人の輸送は完了している。残存機は至急撤退』


 それは休戦に見合う理由だった。


もう、僕の想いがとどかない。


 僕の静かな闘争心は鎮火された


「慰め……慰め……慰め……せんせーに手篭め……イヒヒヒ……」

メリーゴーランドのようにグルグル言葉が回っている。


ご機嫌になったティアのぷるるんと揺れる唇から湧き上がる呪禁を纏った口調……呟く・呟く・呟く。


――うひぇーっ、ティア、その呟きは怖いですよーっ――


ほんのりと頬を赤く染めて所在なさげにコクコクと首を振りながらティアは振り子人形のモノマネ中。


モジモジするティア自身も上手く処理できない感情や気持ちが思考をフリーズさせるのだろう。


「月影。中央都市・惑星型コロニーへ」


『了解。コックピット内に不倫の遺物混入のため液体シンクロは回避。自動制御によるパターン2に移行します』


「ぶぶーっ、月影ちゃん! 不倫ではないのですぅ! せんせーの正妻(せいさい)なのです、夜はせんせーと二人っきりで性祭(せいさい)なのですーっ、ぽっ」


「誰が性祭(せいさい)やねんーっ!」


ティアを無視してセラフは自動モードで動き始める。


絶望的状況が別の絶望的状況によって打破されるという現実を目の当たりにした。


この状況下を平常心で受け入れられる軍人や民間人がどれほどいるだろう。

新たな戦局をむかえた。


未知のパニックが全てを包むように盛大に降りそそぐ世界。


僕は寄り添ってくるティアの白銀の髪に指をうずめて優しくかき回した。


艶めいた髪をいじりながら怨嗟が増産された世界から目をそらすように。


いかがでしたか?

楽しんでいただけましたら嬉しいです(☆∀☆)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ