こたつむり少女救出……ゾンビとの遭遇
こんばんわ、楽しんでいただけましたら嬉しいです。
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「ふあぁ~」と僕は大きく深呼吸をした。
大気があって、地面に両足をつけることができる快感。
酸素も美味しい。
やはり死ぬときは真っ赤な液体より形のある個体がよい。
僕と姉貴が死ぬときの参考にしよう。
巨大な第一居住区コロニーはうらぶれた廃屋病棟のようにがらんどうとしていた。
一般市民の避難は終了したのだろうか?
それとも襲撃されて虐殺されたのか?
どちらにしても人の気配が感じられない薄気味悪い静けさだ。
僕はセラフの人工知能・月影が提示した『長谷川ティア・白銀アスカの墜落地点』とおぼしき場所を特定。
第一居住区コロニーの第五居住区は街外れの広大な土地と近接する住宅密集地域を活かした巨大ショッピングモールが並ぶ一大ショッピング区画。
そのショッピングモールに隣接した平面駐車場に機体をおろした。
平面駐車場には飼い主の帰りを待つ忠犬ハチ公のようにじっと動かない車達が放置プレイされている。
すらすらと車種が脳裏によぎるほど車は詳しくないのだが、放置されている車は重厚で貫禄がある。どれもこれも高月給取り高級車なのだろう。
ぐるりと周辺を見渡すとエレベーター口に傷も鮮やかな弾痕に彩られた案内標識が突き刺さっている。
物騒な武器を従えた者がいることは確実となった。
鍛え抜かれた感覚で周辺に意識を巡らせるが強い敵意はむけられていない。
とはいえ危険と無縁ではない。
狙撃手よりも厄介な気配(、、、、、)を感じる。
その気配の先端におぞましい死臭も漂っている。
「さて、行くか……」
僕は案内標識に従い駐車場から巨大ショッピングモールの入口付近までゆっくりと進む。
時折、風に吹かれて空き缶がコロンっと音を立てて転がっていく。
この風、大気移動はコロニーに外傷があり大気が宇宙に逃げている証明である。
建物のなかに入るための薄暗い通路にどす黒い腕の肉の一部などが転がっている。
滑らかに切り裂かれた切り口などではなく骨ごと引き裂かれたようだ。
腕に付着している軍服の切れ端が『地船』の軍兵ものだと断定できる。
この争った名残が何を示しているのか?
不安と危険な香りを感じずにはいられない。
額に滲んだ汗を拭いながら薄闇の通路を睨むような目つきで慎重に進む。
ガラスが散乱した自動ドアをくぐるとショッピングフロア。
民族風衣装や流行を先取りした衣装、ファンシーな雑貨店などが占拠するや
たらと乙女チックなフロアだ。
そんな乙女チックな商品陳列とは裏腹に室内の空気は淀みきっている。
電気の供給が止まったため換気システムが働いていないようだ。
その上、悪意がある気配が充満している。
肺に吸い込んだらうつ病になりそうなどんよりと澱んだ闇がそこにある。
――ただ、戦場としては違和感が……そう、強者が弱者を捕食する狩場のようだ――
死臭と血の臭いが漂っているのに死体どころか銃弾の一発もとんでこない。
万が一のために逃走経路を思案しながらまだ遭遇していない、襲撃者たちを警戒して歩む。
肺機能的には真っ当な酸素を求めて喘いでいるがフロアを眺める研ぎ澄まされた意識が優っているので我慢できる。
壁や放置された商品に鋼の色の弾痕が見え隠れする。
だが排除すべき『地船』の軍兵と遭遇しない。
血なまぐさい亡骸が見えないのに鮮血が滲んで広がった商品に幽霊じみた、そう、ゴーストシップに乗ったクルーのような絶望がすぐそこにいるように歪んでみえる。
僕はもう一度、変な気配が充満するフロア全域を見渡し小さな音も逃さないように耳をすませる。
ガタッ――
僕は迷わず音がした方向に銃口を向ける。
突然、家具のフロアから飛び出たこたつが僕のまん前の通路を塞ぐ。
――こ、こたつーっ!――
とても滑稽な出来事なのだがこたつが眼前に飛び出してきた。
一瞬見間違えかとおもったがやはりこたつなのだ。
むしろ、こたつを見間違えるはずがない。
何しろ彼女のトレードマークなのだから。
だが同時に表面化した問題もある。
僕は怪訝な表情を浮かべながら「ティアさん?」と小声で尋ねる。
こたつからぽんっと手が出ると焦っているようにおいでおいで……と招く。
明らかに様子がおかしい。
戦場にこたつで動き回るなんて軍人視点ではイレギュラーすぎる盲点だがティアのどう行動するかわからない予測不能の天然さなら共感できる。
そんな力説をふるうためにここに来たわけではない。
狼狽しながらも僕は奇妙極まりない破天荒なこたつの中へ入った。
「せんせー、おかえりまさい。ご飯にします? お風呂にします? それとも、く・さ・や♪」
――ティアーっ、なんでくさや(、、、)やねんー!――
「てへへ……せんせーの顔みたら私の胸のラブジュースが沸騰しちゃいそうですぅ」
緊迫した戦場なのになぜかよく知った可愛らしい笑顔が出迎えてくれる。
そのままティアに黙って従い、もそもそ芋虫移動で家庭用家具コーナーに移動する。
不思議とほっとした僕がいた。
ティアの無事に安堵した自分の感情に驚きたい。
ただ、ティアの身体から臭うオスの獣臭。
それだけが氷のような床冷えする不安感を残す。
まだまだ匍匐前進の芋虫移動は続く。
あれ? もしかしてティアのコタツムリの夢がこの戦場で叶ったのでは!?
グオォォーン!
耳を劈く咆哮がフロアの奥から聞こえた。
それはケダモノの声。
しかも断末魔だ。
「せんせーっ。このコロニーは納豆が靴下に入って水虫になったぐらいヤバヤバでござーます」
言語そのものが一番ヤバイような気がするぞーっ……だけどそっとスルーした。
ティアのつやつやしたくちびるから囁かれる危険信号。
第一居住区コロニーが『地船』の手中にあることがヤバイことなので理解は
出来る……しかし、ティアの語りかけてくるニュアンスが何処か違う。
どろりとした雰囲気が色濃く見えるというか。
「せんせー。しーっ」
ティアはくちびるに人差し指をつけてじーっと僕を凝視。
唐突な行動だが今回は訳ありみたいだ。
いつもののほほんとした様子は1ミクロンもない。
雑音をシャットする集中力で意識を傾けて耳を済ます。
ひたりひたりと変な足音が聞こえた。
少しだけ、こたつ布団の隙間から覗いてみる。
――ゾンビがいます――
一瞬見間違えかとおもったがもう一度見返してみても。
――やはりゾンビがいます――
戦場に畑違いのモンスターを発見した僕はティアに目配せをすると意図を読み取ってくれたらしくコクコクと頷く。
その表情は完全なる大苦笑。
――なんでゾンビがいるんやーっ!――
ひたりひたりとしたゾンビの足音が遠ざかっていく。
「せんせー。質問でーす」
ティアの口調はいつもとかわらない。
ただし、戸惑いと真剣さがヒシヒシと伝わってくる。
目もキョロキョロと泳ぎまくっている。
例えるなら今のティアは高校受験日の前日に実家が火事にあって途方にくれた学生が「明日の受験どうしよう」と飼い犬の柴犬に相談するほどの混乱した思考に陥っていそうだ。
「あのドロドロしたうんこみたいな奴はなんですかぁ?」
「――正直、わからない」
僕も頬をつねってみた。
――ううっ、痛い……とっても痛いぞーっ!――
これは夢現なのだろうか。
どんな過酷な状況でも死人が歩くなどというホラー映画の定番など現実社会であるはずがない。
「せんせー、あのドロドロゾンビ……さっきそこの入口で動物園から逃げ出した両生類のトカゲの顔した『地船』のパイロットたちに襲いかかって。殺して腕や足を引きちぎってもぐもぐと美味しそうに喰っていたよ。爪楊枝で歯の隙間をしーしーもしていたし、モンスターVSゾンビみたいでこわかったですぅ」
瞳をウルウルさせたティアの証言は信頼性が高い。
その光景は鷹に捕食されかかった小動物の末路だろう。
『地船』の戦闘要員及びパイロットは霊長類の概念をこえた、バイオテクノロジーが産みだした新人類。
おぞましくて冷酷で欲望に忠実。
特に性欲に関しては特化しており悪趣味な変態おやじのお菊様も襲うとの噂。
男女見境なく発情する厄介なやつだ。
「ティアさんは無事そうだな」
その言葉にしばらく沈黙するティア。
これは壮絶に地雷を踏んだ。
何かあったのは明白だ。
その証拠にこたつにもかかわらず、雰囲気的温度が寒いギャグも言っていな
いのに三度は下がった。
ティアはじーっと僕を見る。
よく顔を見ると精神状態が興奮しているため、シルバーとブルーのオッドア
イの視線が揺れている。
震度6強の揺れだ。
津波警報も発令されそうだ。
「あ、あの……です」
気がつくとティアはがばぁと抱きついてきた。
狭いこたつの中、逃がさないで、私を逃がさないで、とせがむようにグッと抱きついてくる。
僕はパイロットスーツがあるべき肉体に触れるが柔らかな素肌の感触が伝わってくる。
やや小ぶりのバストもほっそりした肩が震えている。
ティアは素直に感情を出すタイプ。
そのまま僕の身体にグイグイと肉体を密着させてくる。
その時になって僕は気がついた。
ティアはパイロットスーツを着ていない。
女性の象徴である丸い膨らみもプルッとした小ぶりのお尻も全て露出されている。
「せんせー……私……」
言葉を失う。
僕は一瞬で真っ青になった。
先程までの声はいつもどおり陽気で明るかった。
なのに、現実は。
気丈にふるまっていたティアをぐっと引き寄せた僕はただただその小さな肉体を抱きしめた。
くちびるを閉ざしたティア。
かすかに震えて、泣いて泣いて泣いて。
僕はティアの小さな肉体の温もりをただ感じることしかできなかった。
ティアが泣き止むまでどれぐらい時間がたっただろう。
ここでティアが納得するまで抱きしめなかったら僕は後悔するだろう。
この子にとって今、頼るべき場所は僕しかいない。
僕は『地船』のことを伝えたつもりだったが、つもりで終わっていたようだ。
ティアを救えなかった。
そんな想いが僕の心に刻み込まれる。
柔らかな肉体。
指でツンと突くと、弾き返す弾力の素肌が小刻みに揺れる。
ティアの心は平常心を保つことを出来ずに不安定だ。
握る手に力がこもり、その小さな肉体を晒された状況が徐々にティアの心と思考を蝕んでいく。
姉貴のように廃人にはなっていないが心のトラウマは大きい。
総合失調症になったり不潔恐怖症のように不潔さや汚れが自分に付着することを極端に恐れ、人や物に触れることができなくなったり。
そんな後遺症がでないように僕はただ、小刻みに震えるティアを抱きしめた。
「せんせー」
泣き疲れてかすれた声。
だけど子犬が親に甘えるようにティアは見つめてくる。
現実を刻み込んだティアの心は崩壊することもなく踏みとどまっていた。
「私……汚され……た」
かすれた声……だけどとても淡々とした声。
やがて身体の震えはおさまっていく。
「そうだな」
僕は素直に頷いた、そして優しくニッコリと微笑んで見せた。
ティア。
この子は強い。
現実を受け入れる強さ。
それは無邪気な笑顔の裏に潜んでいたティアの揺るがない信念。
澄んだ瞳も実っていない小さな肉体も全てにその信念が宿っている。
だから事実を陰徳するつもりもない。
真実と向き合うことがどんなに辛くても現実から逃げていては漠然とした迷宮に入り込んでしまい心も精神も救えなくなってしまう。
「せんせーは無臭のどら焼きと匂い付きどら焼き、どちらが好き?」
――ほえぇーっ!?――
ティアの質問の意図がみえない。
しかし、ティアは真剣な表情。
複雑に絡み合った想いを乗せた瞳。
『絶対にこの答えを聞きたいですーっ』と自己主張している雰囲気。
はぐらかすことは無理のようだ。
「ティアさん。先生はどら焼きであればどちらも好きです」
――ふふーん、どら焼きは大好きなんだーっ!――
とても抽象的で当たり障りのない答えを述べたがティアは上機嫌にうんうんと納得してくれた。
何やらティアにとっては濃密な質問だったようだ。
「せんせーのその気持ち。無事に帰ったら行動で示してください。示してくれないと『うんこちんちんせんせー』って呼ぶ地味な嫌がらせを毎日の日課にするのです」
「誰がうんこちんちんせんせーやねん!」
その妙にズレた美的センスの提案。
もはや、黒ひげ危機一髪のどこを刺しても全部アウト状態。
先生と生徒の関係は毎日顔をあわせる。
一緒にいる度が極めて高く、地味に逃げ道がない。
一辺の恥じらいも躊躇もなくいいきるティア、流石、鋼の信念の持ち主。
その嬉しそうな顔が悪魔に見えますよーっ!
「兎に角、この場所から逃げるぞ」
「はい、了解でありんすーっ。せんせーとならホテルでもホテルでもホテルでも……」
ティアは僕の右手をそっと握ってきた。
僕はその手を引っ張ってこたつから抜け出した。
ゾンビからかくまってくれたこたつに感謝の気持ちを抱きながらティアの手
をひいてセラフの待機する駐車場を目指した。
ファンシーな雑貨が並んだ薄暗い闇が蔓延るフロアをティアとともに走り抜ける。
途中、ベージュの子供用フリードエアーウールコートとふあふあスカート付きレギンスを幼児体型のティアが拝借。
なんとも緊張感がないファッションだが。
保護欲が刺激されそうな幼児体型の裸体のまま走り抜けるよりはマシだな。
ここまでは運良く走り抜いたのだが駐車場への薄暗い通路を抜けた途端。
「せんせー……グチャドロさんが……」
あははっ……と乾いた笑い。
震えるティアの指先が全てを物語っている。
半分悪意だろう思えるほどの醜悪。
まばらに投げ捨てられた車とスペースを区切る白い車線を折りはさむように
グチャドロ(ゾンビっぽいやつ)がこちらを見ている。
僕もティアも息をどっぷりと飲みこんだ。
何だかんだ言っても怖いものは怖い。
流れ弾に当たって即死するほうがまだまだ幸せだろう。
奴らは機敏性がなくぱっとした動作は見えない。
ゆっくりと味わいながらクチャクチャと『地船』のパイロットの切り落ちた
腕や砕けた頭を捕食。
ぽたりぽたり……血の滴る生肉。
甘美な時間を過ごしている。
僕はティアの手ひいて全力で走り抜ける。
暗い影を落とす駐車場。
「うっうっ、生きてかえりたい……です」
掴んだら離さないですぅぅぅといった様子のティアは恐怖を振り払うように一心不乱に僕の手を握り走る。
だから僕も後ろを振り返らずに懸命に走る。
セラフまでの距離はあと少し。
リアルお化け屋敷とゾンビによる悪意の塊の夢を今晩は見るだろうが今は走り抜くことにした。
いかがでしたか?
終盤に差し掛かってきました(☆∀☆)
もう少しお付き合いを宜しくお願いします。
『こちら陽気なたんぽぽ荘~大家と店子の家賃戦争』も地獄編に突入します。
こちらの作品も宜しくお願いします(☆∀☆)




