コロニー戦争……蹂躙
おはようございます。
◆
宇宙は誰の意識も投影されていない、孤独と自由の尊厳が守られる空間。
信念や妄執などが陳腐に感じる壮大な世界。
どんなにすました顔の天使も正直者も嘘つきも平等に死を与えてくれる。
苦しみはない。
たった一瞬のきらめき。
白も黒も。
天使も悪魔も。
みんな平等に死を与えてくれる。
『マスター。前方に『地船』機動兵器サザム中近距離型を確認。数186機。数距離860。』
クリアーな意識のなか月影が感知した『地船』の機動兵器サザム型。
『地船』が本来、過激な資源争いの対象であった『海船』用に開発した汎用量産型有人機動兵器だ。
地上や海底の専用機を宇宙専用にクラスチェンジさせる技術は見事なものだ。
物質的な資源が枯渇している『空船』とは異なり『地船』は地球に眠る莫大な地底・海底資源を保有している。
『海船』を手中に収めた『地船』の権力者たち。
膨張した欲望はもうとまらなかった。
圧倒的な物量を全面におしだす『地船』の欲望の矛先は宇宙に狙いを定めた。
それが十年前、『空船』と『地船』の開戦にあたる。
『空船』は圧倒的な物資・戦力不足を補うために特殊な技術を特化させた。
『人工融解召喚システム』と『強化人間プロジェクト』
『空船』エースパイロット級の機体に搭載されている独立型人工知能。
機体のパイロットがその核であるブラックボックス『ラピラスの石』とシン
クロすることによりパイロットの属性にそった奇跡が発生する。
『ラピラスの石』は現代水準を凌駕する革新的技術であり、一人の天才科学者が産みだした悪魔のオーバーテクノロジーと呼ばれている。
僕のように『プラチナの賢帝』などの二つ名で呼ばれている『ラピラスの石』を搭載されたエースパイロット級の機体は戦闘に特化しており、長きにわたり『空船』と『地船』の戦況を膠着させる原因を構築した殊勲者たちである。
『空船』の資源は枯渇状態に属しておりそのエースパイロット級の機体や『ラピラスの石』を起動させるエネルギーは現存する鉱石などをいっさい使用しないクリーンエネルギーであった。
『ラピラスの石』起動及び使用代価はパイロットの精神エネルギーとエナジー(魂)。
パイロットが操縦席で液状化する理由は『ラピラスの石』がパイロットから栄養成分を摂取しやすくするためである。
この素晴らしい人道的配慮に欠けるシステムを開発した天才科学者はさぞかし鬼畜な人間だったであろう。
「さて、死せるものたちに優しいキスを……」
『マスター。祈りのコード確認。『セラフモード』リミッター解除』
『プラチナの賢帝』の機体名はセラフ。
無機質な流線型のボディーから流体金属のように滑らかに八枚の銀色の翼と大きな三つの目が形成されていく。
その姿は宇宙怪獣みたいに滑稽。
宇宙ヒーローなどがいれば真っ先に悪役怪獣と間違われてウォンテッドされそうだ。
それがもう一人の僕の姿。
僕の心の醜さが具現化された姿。
その姿は存外的外れでもない。
だから、名前だけは清らかに神の玉座にて讃美を献上するセラファムから頂いた名セラフ。
『マスター。当機が『地船』サザムにより攻撃対象としてロックオンされました。前方距離620よりビーム兵器の熱源を感知。複数の荷電粒子エネルギー』
『地船』のサザムの機体たちはまるで模範的な隊列。
学校で詰め込み学習したカリキュラムどおりしか行動できない呪縛的思考の持ち主みたいだ。
少なくともこの戦闘区域には神がかり的なものはない。
たとえ、信仰のあついパイロットであっても1ミクロンも神の御手を感じることはできない現実世界がここにあった。
サザムのレーザーライフルから放たれた強力な殺傷能力をもつ光の束も嬉しそうに宇宙を舞っている。
ピアノ線のように美しい光の束が標的である僕のもとへ。
『プラチナの賢帝』に迫り来る幾重のビームは花火みたいに可憐。
それは僕の正直な感想。
コンマ数秒。
複数のビームライフルの射線が明滅して不自然に消滅する。
セラムの絶対防衛領域『イヴの翼』の前では身のほどをわきまえている通常
兵器や周到に用意された罠も全て虚無の世界にいざなわれる。
機体は奇体へ。
セラフの機尾に口が浮かび上がり「グオォォォォォォン」と周囲を拒絶するように咆哮。
死への渇望に満ちあふれたセラフは八枚の翼を羽ばたかせ一気に加速。
縦横無尽に刈り取られる魂。
遠慮もない、サザムのパイロットたちは落胆で濁っていく死と向かい合う。
懺悔も後悔も許さない死。
八枚の翼は幻想の実刃。
戦艦の装甲や電磁シールドも無力化する生命の刃。
華やいだ戦慄はぞわりと肌や精神に伝う。
喰らう・喰らう・喰らう……
――ボ・ク・ノ・テ・デ・コ・ロ・シ・テ・ア・ゲ・ル――
『地船』のパイロットのくすんだ未来は消滅する。
永眠の寝息をたてる権利が与えられた繊細なる魂はセラフに喰われる。
魂を喰うたびに奇怪な外見からは想像も出来ない進化をとげる。
――そう……一歩……一歩……神と称される存在に近づいている――
絶望の茶番劇。
マゾヒストですら逃げ出すであろう加虐的苦痛。
死の寸前ではパニックに陥ることもない。
そこは殺人が正当化される戦域、手を血に染めた犯罪者こそが英雄と祭り上
げられる歪んだ現実世界。
苦痛で胸を蝕まれるものは地球から無事を願って送り出した親や妻や子たち
だろう。
しかし、その者たちの喜びは僕の死に直結する、戦場は平和に程遠い対極する位置に属しているのだから。
――生き残った者が正義……ダ・カ・ラ・ミ・ン・ナ・ボ・ク・ノ・テ・デ・コ・ロ・シ・テ・ア・ゲ・ル――
やがて、この宇宙に静寂が訪れた。
凄まじい爆炎も轟音もない。
僕が担当した宙域『地船』との本格的な武力衝突の一幕が終焉を迎えた。
僕の手を血で染めた一方的な殺戮。
侵略者である『地船』の軍兵たちの現状はミイラ取りがミイラになったというところだろう。
宇宙に漂う廃物と化したサザムの瓦礫。
それに温もりを失ったタンパク質と脂肪の塊。
多少、第一住居区域コロニーを破損させてしまったが、『地船』による未曾有の大惨事(略奪・陵辱)がおこったあとなのだから黙っていればご愛嬌ですまされる。
『マスター。当然のことですが当機破損はありません。月影のことをいっぱい褒めてください。褒められれば伸びるタイプの人工知能です。なお、撃墜機数・サザム型186機です、おほほほーっ』
「何か悪い物でも喰ったか?」
『イエス・マスター。マスターのシスコンエキスに食あたりです』
この人工知能(月影)は付き合いが長くなるにつれてつまらないボキャブラリーが増えてくる。
微妙に少女漫画チックな月影の口調。
小学校の遠足で「おにぎりは海苔むすび派ですか?それとも塩むすび派ですか?」などの不毛な問いかけで興味をひこうとする新米先生のようだ。
こんな例えしか出来ない僕はパイロットとしてのブランクを感じてしまった。
「月影、幸せそうだな」
僕はすぐにそう答える。
『イエス、マスター。幸せです、なのでマスターも幸せを掴むためにシスコンなどの実りがない変態行為よりちっちゃな女の子との素敵な恋を推奨します』
「無駄だな。姉貴より素敵な女性は存在しない」
『イエス、マスター。その分析は正当性があります。須藤ミサト様の魅力的で素敵な女性。なのでマスターとは不釣り合い。シスコン視点での無謀と身の程を知れレベルの贅沢もほどほどに』
抗議の活路を塞いだ人工知能の発言。
マスターである僕への敬意など微塵も感じさせない見事な切り返しツッコミ。
アイザック・アシモフの『ロボット三原則』など今は昔の物語と語りたくなる。
「………………」
『マスター、すみません。冗談です。ユーモアなのです。マスターと須藤ミサト様はお似合いのカップル。特別な意思で繋がった……思考シンクロ回復、マスター元気になられましたね』
押し黙っていた僕に月影の見繕ったようなヨイショと謝罪が済むと僕は意識を切り替える。
「第一居住区コロニー周辺の残存戦力と『地船』の残存兵力及び戦況をよろしく」
僕は心音の一拍も遅れることなく流暢に月影に問いかけた。
『イエス・マスター。この宇宙域『空船』残存機は当機を除き全体の20%、12機確認。信号途絶した機体、第一居住区コロニー内に墜落32機。撃墜16機。『地船』生存機0機。撃墜1062機確認』
月影によって情報の羅列が一気に読み上げられる。
「長谷川ティア及び白銀アスカの機体情報を検索」
平常心を装った声だが僕は胸のなかで大きな動揺がうずをまきはじめる。
実戦という魔物は新参者の歩幅に合わしてくれない。
誰もが笑っていられる訳ではない。
ましてや『空船』と『地船』の戦力差は多勢に無勢。
未熟さを披露した時点で撃墜される。
この戦場に僕のような空船のエースパイロットやベテランパイロットは指折り数える程しかいない。
新参パイロットや学生が主力の混合部隊。
そんな強引なやり方で生き残っているほうが奇跡。
ご都合主義で馬鹿みたいだがそんな奇跡を信じてみたくなった。
しばらく間をおいて。
『マスター。長谷川ティア及び白銀アスカの両機とも。機体損傷・第一居住区コロニー内に墜落。生存は不明。第一コロニー居住区内、現在戦力状況不明』
僕はニヤリと笑った。
生き延びた可能性が僅かでも見えることが奇跡。
彼女たちは高額当選の宝くじの当選と同じぐらいの僅かな確率を抜けきったかもしれない。
宇宙で死んだ証拠を回収するより生きている痕跡をみつけるほうが心が踊る。
僕は一瞬も悩んだりしなかった。
「第一居住区コロニーへ降りる」
他人が死ぬことに対しての抵抗感を克服した一流のパイロットに私情は無用。
建前は疲弊した第一居住区コロニーの奪還。
当然、パイロットとしての自分向けの口実。
僕の手の届かない宇宙を駆け抜けた二人の声をもう一度聞きたい。
そんな渇望が心を支配していく。
『イエス、マスター。無数の戦場からしばらく離脱されて、少し、おっさんくさ……いえ、人間くさくなりました。いつも他人ごとのマスターが。お父ちゃんとして育ててきたかいがありました』
――誰がおとうちゃんやねーん!――
月影に一度もお父ちゃんらしいことなどしてもらった記憶はない。
月影の指摘は感情を学んだ人工知能としての一つの悦びを意味しているのだろうか?
八枚の銀色の翼と大きな三つの目が形成されている異形の機体から本来の無機質な流線型に憑きものがとれたように変化していく。
この戦争で誰よりも人の死をみて、自らの死も間近に感じてきたからこそ僕の心は急げと発露する。
情緒とは無縁の宇宙空間に僕は全方位にむけてオープンルートチャンネルをひらく。
「こちら須藤アスナ、これより当機はコロニー奪還作戦を決行する」
僕は臆することなく苛立った口調で告げた。
真空の宇宙に漂うセラフはプラチナの輝きを放って地球の衛星軌道上に鎮座する第一居住区コロニーに舞い降りることとなる。
『地船』軍兵の命が沢山散った。
僕は嬉しくてたまらない。
釈然としない死なんて興味はない。
薄汚い『地船』のパイロットたちの断末魔が心地よいのだから。
僕が死なないかぎりみんな死ぬよ。
だからこんな戦争早く終わらせて愛してやまない姉貴を僕の手で殺して僕も死ぬ。
だから彩ってよ。
姉貴を陵辱した『地船』のみんな。
雪も溶かすような残酷な時間をプレゼントしてあげるから。
――ミ・ン・ナ・ボ・ク・ノ・テ・デ・コ・ロ・シ・テ・ア・ゲ・ル・カ・ラ――
いかがでしたか?
楽しんでいただけましたら嬉しいです。




