大切な人のために……邂逅
こんばんわ、楽しんでいただけましたら嬉しいです。
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僕がまだ年端もいかぬ子供のころ……ストリートチャイルドと呼ばれる浮浪児で、姉貴との運命の出逢いをはたせていなかった時代。
身体を売って働くこともできずに、餓えと寒さに身も心も蝕まれ幼心に温かい飲み物が飲みたくなって、戦災者配給所で手足を凍えさせながら二時間ならんでほんのわずかなオニオンスープを手にして飲んだ。
暖かくて、美味しくて。
そんな、非力だった僕に比べればゆーなは立派だ。
その肉体を闇と欲望に埋めて弄ばれても必死に生き抜いてきた。
空腹を満たしてくれない自尊心を捨てて精一杯生き延びるために喧騒と犯罪が紙一重で闊歩する無法地帯を幼い身体を酷使してくぐり抜けた強者。
ひなたも僕が教鞭をとった生徒のなかで誰よりもどんよりうっそりしながらも逆境に負けず生き抜くという生命力は素晴らしいものだ。
そして二人とも、心の根っこは誰よりも人のぬくもりを求めている。
そんな信頼できるゆーなとひなたに僕は最愛の姉貴を託した。
都市部の中心に位置する第三コロニー防衛本部のガラス張りの入口は人の気配がなくがらんとしていた。
シャッターばかりの錆び付いた商店街のようなシーンとした静寂に包まれている。
この静寂は安穏とした静けさではなく虚無に近い旋律を奏でた絶望を背負った静けさだ。
軍人時代の見知った同僚どころかエントランスホールの受付の事務職員の姿すら見えない。
無論、この静けさの理由は僕もよく理解していた……理由それは『地船』が第三居住コロニーの間近までせまっているためだ。
現在、第三コロニー全域に避難勧告が発令されている。
何の益体にもならない一般市民は中央指令部と政府の指示により『空船』中央都市がある惑星型コロニー行き脱出シャトルが鎮座している空港に向かってごった返している最中だろう。
それにしても後遺症とはいえ体質とは面倒だ。
今日は気温や体温的に女の子の日である。
防衛本部の集まりがある目的地までの通路にぶら下がっている全身カガミに映る僕の姿。
姉貴の姉貴による姉貴だけの僕を演出したようなとびっきりの姉貴風ファッ
ションの着せ替えチョイスにより黒基調のレザージャケットにレザーボトムス。
僕は髪も黒なのでリアル真っ黒クロ○ケ、姉貴曰く「てへへ、悪役魔女の出来上がりなのぉ」と言っていた。
防衛本部内の通路を歩いていくと次第に軍部関係者の姿が多くなっていく。
『地船』との戦闘がまじかにせまっているためだろう軍兵たちの緊張もピークを迎えている、すれ違う軍兵も殺気だって会釈しても反応が薄い、身も心もプレッシャーに追い立てられているようだ。
しかし、目的地である会議フロアに近づくにつれて軍兵たちの衆目が次第に僕に集まる。
まぁ、色々と飢えている、むさい男性軍兵ばかりのなかに僕のように華がある美少女が徘徊すれば異質におもえるだろう。
それにしても入り組んでいるうえに広大すぎる本部通路に迷ってしまったようだ……会議フロアまでの道筋がわからなくなったぞー。
ゆらゆらと歩いていても更に迷ってしまいそうなので忙しそうにひしめき合う軍兵に道を尋ねてみることにした。
「ちょっといいかな」
僕のことをどっぷりと見つめていた軍兵の中から極力干渉しなさそうな優しげな青年軍人に声をかける。
ピシッと敬礼して、びっくりするほど真っ直ぐ僕の顔を見つめてきた。
キミ、目がハートですが告白するのではないですよね。
「あ、あの、須藤アスナさんですよね。『プラチナの賢帝(、、、、、、、)』の須藤アスナさんですよね」
青年のその声は緊張のためだろう軍兵らしくない可愛らしく裏返った声音だ。
僕はひっそりと溜息を吐く……見事にやらかしてしまったのだ。
何しろ僕のことを『プラチナの賢帝(、、、、、、、)』と呼んでくるのだから。
僕の登場でこの生真面目そうな青年軍兵さんはフーフーと激しい息遣いで興奮してしまい頭の上から足の先まですっかりパニックになってしまった。
「あのですね……」
「は、はい。え、えっと、す、凄くファンなのです。毎月発売の月間雑誌空
船軍部を愛読しています。特にミサトさんとアスナさんの大ファンです」
「あはは……ありがとうございます」
憧れのアイドルにあったような青年軍兵さんの異常なテンション。
青年軍兵さんが僕を窓越しに優しく届く灯りを浴びながらちょっぴり奥まった会議室フロアに案内してくれるまで少し時間がかかりそうだなぁ。
「こちらであります」
ビジッと凛々しく敬礼をした青年軍兵に軽くウインクをすると顔を真っ赤にして恥ずかしそうに走っていった。
僕は『空船』第三コロニー防衛力の全てを結集していると言っても過言ではない。小さな会議室の小窓から中の様子をのぞき見た。
第三コロニー最終の防衛力がこんな小さな会議室に集まるほどしか残っていないなんて沈みがちな絶望感がヒラヒラと舞ってきそうだ。
小さな会議室には正規パイロットや学生が不安な相貌でパイプ椅子に座っていた。
数時間後、ここにいるパイロット達の半分は生きることを忘れた屍になっているだろう。
平和な時代なら何処かの大きな会社に入って高い給料をもらって、恋愛の末に結婚して幸せな家庭を築くことが約束されていた優秀な人材のはずなのに。
ガラガラガラ……
僕はひと呼吸して気持ちを切り替えると僕はドアに手をかけて会議室に入った。
どよめきやざわめきが色濃く滲んでいた重い空気が僕の素肌に突き刺さる。
しかし意に介さず僕は空ボケた微笑みを浮かべて軽やかにあいさつをすることにした。
「須藤アスナ、只今を持って空船防衛軍部に復帰いたします」
僕は沢山のパイロットが一堂に会した場で尊敬してやまない英雄であった姉貴の口調を真似してみた。
「くくくっ、いいね。やはり血の味が恋しくなったか」
「おや、その聞き苦しいダミ声……聞き覚えがあるよ」
「覚えてもって光栄だよ……シスコン坊主」
絶世の美少女である僕を見て『シスコン坊主』とは。
海坊主やなまくら坊主と一緒にされては困る。
それを聞いた若いパイロットたちは名状しがたい複雑な表情がよぎっていた。
その原因をつくったパイロットが僕を見るなり近づいてきた。
退屈な決起会から解き放たれてラッキーと言いたげな様子だ。
みずみずしい笑顔がとても気持ちわるい。
「まだ生きていたのか?」
「ああっ、死神に嫌われていてな」
「死神に嫌われている? 相変わらず認識が甘いな」
「ふん、どういたしまして褒め言葉としてとっておこう。死にたがりとは違うのでな」
僕はこのパイロットのことを知っている。
歳のころは四十歳に一寸手前。
短いコゲ茶色の髪はツンツン。
鋭すぎる眼力は『蒼きプレデター』の獰猛な異名にふさわしい雰囲気を宿している。
――『空船』エースパイロット、ガナック・レスラーだ――
「お前、ねーちゃんが犯されたことに絶望して軍部からケツまいて旅立ったはずだよな」
「相変わらず粗野で下品だね」
「ああっ、下品は俺の専売特許だからな」
低く弾んだ声。
いやらしく口角を上げたガナックはおそらく僕を試している。
なので僕はふっくらとマシュマロのように柔らかい微笑みを浮かべて。
「たよりない弱者には正義のヒーローが必要だろ」
「くくくっ、相変わらずの馬鹿野郎が」
ガナックの腹の底から笑う狂気の声。
こいつも壊れいている。
だが、ガナックの瞳は穏やかな色をにじませる。
「よく帰ってきたな。俺としては合格点をやる。お前ら、こいつの復帰で文句のある奴は俺に言ってこい。須藤アスナ。シスコンのエースパイロット『プラチナの賢帝』様は絶対強者のいない無限の殺戮の世界がお好きなそうだ」
豪腕無双といった筋肉質の肉体から発せられるガナックの覇気に会議室はのみ込まれる。
戦場の場数を踏んでいないひよっ子なら失禁間違いなしだ。
前列で立っている学生はガクリっと膝から崩れ折れたり、震える足で必死に踏ん張ったり。
もう一息で失禁どころか脱糞までいってしまうのでは!?
「せっかく参加するのだ。『プラチナの賢帝』様はこの絶望的な『地船』との戦況をどうやってひっくり返すか、妙案があればそこにいる優等生たちに聞かせて欲しいものだが」
ふふんと鼻で笑うガナック。
優等生とは卓上の空論を自慢げに掲げてデスクワークのみ戦地に赴かずに今も後ろのほうでふんぞり返っている司令部の連中のことだろう。
「そんな簡単なことも忘れたのかい?」
「ああっ、戦争の原理原則を忘れている猿どもに伝えてくれ」
「ふっー……僕に下品な言葉を言わせるつもりだね。相変わらずドSだねキミは」
「同じ穴の狢だろうシスコン坊やのエロチックな声で悶絶させてやりたいのさ。思考は俺と同意見だろうからな」
その答えは戦場を、宇宙を駆けたものなら必然的な定義。
だから、僕はさらりと言ってのけた。
「両手を血に染めて……ぶっ殺せばいい。『地船』の軍人は全てゴミ。ゴミに尊厳なんてない。存在すらのこらないほど滅ぼせばよい」
狂喜を色濃く宿した僕の答えだ。
ガナックも納得の顔、目指すべき心理は同一。
「そんな陳腐なことより、僕の機体は格納庫にあるの?」
酷く傲慢な言い方だがぱたぱたと忙しく走り回って探すよりここで聞いたほうが断然早い。
そんな淡々とした口調の僕に聞き覚えがある声がかけられる。
「ああっ。わしとしては孫のようなお前が戻ってくることを信じていたからの。お前のプリプリしたお尻のように艷やかでとびっきりの機体が用意してある」
「地船を殺る前にそのいやらしく有害な手を血に染めましょうか?」
親しくお尻をポンっと叩くとその手がとてもいやらしくこなれている。
『エロは美徳』と幼い僕に教えてくれたで御仁の手だ。
そのままレザーボトムスの生地を挟んで見事に揉みしだいてくる。
僕のお尻の感度をしっているように手馴れている手さばき。
もはや芸術的にいやらしい。
とても敬愛すべき人物のやることではないので、僕は凛とした目でキッと睨みつけた。
「おお、こわっ。睨むな睨むな。ミサトそっくりの可愛い顔に萌えてしまうだろ」
「こらぁーっ、姉に萌えるのは僕だけでけっこうです!」
お前なんて萌えるより燃えて灰になれ……などと沸き起こる憤りと殺意を超
重力で押さえつけて。
僕は白髪の老人に向き直り敬礼をした。
実際は僕も姉貴もこの人には頭が上がらないし逆らえない。
ぼさぼさの白髪に緋色の瞳。
軍部より老人ホームがにあいそうな老将『空船』最高幹部の一人、ライセン将軍。
僕と姉貴が軍部退役のときに誰よりも親身に軍部やマスコミなどを押さえつけて波風をたたせず穏便に生活できるようにあらゆる手を尽くして守ってくれた恩人。
疲弊していた僕と姉貴を金銭的にも精神的にも支援してくれた尊敬の念を抱ける人物だ。
「すまんな」
ライセン将軍のその言葉。
謝罪の意味。
僕にしか届かないその意味。
だから『地船』の次に大嫌いな『空船』の軍人の中でこの人だけは好き。
どうしようもないド変態エロじじいだけど。
僕と姉貴にとっては好々爺然としたおじいちゃん。
僕は首を横にふって。
「おじいちゃん。ただいまかえりました」
この瞬間から僕は修羅になる。
哀しみがこびりついた想いがあふれた地獄へ。
僕は小さな会議室のパイプイスに座った。
今からライセン将軍によるとても大切な作戦説明をご拝聴させていただくために。
いかがでしたか?
そろそろSFらしくなっていきますのでしばらくお待ちくださいね(☆∀☆)




