お願い
「待って、降りてくれない」
「あっ、うん手離して」
そうなのだ、彼が立ち去ろうと動いた私の腕を掴んだ為にうごけなくなって未だに私は、彼の胸元に乗っかっていた。これ、物凄く恥ずかしい。
「あっ、ごめん」
「私こそごめんなさいそれで話してもいい」
正直に言えば、早く立ち去って帰りたい。ここが誰もいない教室の窓際だとしても、微妙なものを感じる。
「南条さんは、ハーフサキュバス……になったんだよね」
彼は、私のカバンをとってくれ、渡してくれた。良く見たら、彼はもう自分のカバンを握っていた。
「ええ、嘘のような本当の話よ」
あれは、三ヶ月前、五月のことだったの。新しいクラスにも慣れた頃、新刊の漫画を手に入れた私は、浮かれていて早く読みたくて危険だと言われている道を自転車で通ってしまったのよね。これが、間違いだった。ガードなどない細い歩道、一方通行な、その道で私と反対の方向から猛スピードで突っ込んでくる女の子がいたの。私は、怖くて思わず車道に飛び出して……轢かれたの。
「えっ、それ大丈夫だったの」
気づいたら彼は、扉に手をかけている。
「あっ、待って帰りながら話してもいい?」
「うん、もうあたりも暗いしそうしよう方向は?」
彼は優しい。私は、その優しさに漬け込んでいる強いて言えば、悪女なのだろうか。それでもいい。
「東尾根駅」
「僕は、その一つ先」
ほら、と手まで差し出してくれる。ヘタレかと思っていたけど実は、女慣れしていたのだろうか。何だか嫌だな。
「小さいね」
……前言撤回彼は、今私の地雷を踏んだ。そして、扉に頭をぶつけた。背が高いのも考え様なのか。それでも羨ましい。
「大丈夫?」
「うん、で、大丈夫だったの?」
大丈夫なわけなかったわ。車も、猛スピードだったけど、即死できなかったの。さらに不幸だったのは、猛スピードで突っ込んできた女の子が、サキュバスだったことかしら。異界の者、ここではサキュバスね、異界の者は人間よりも長生きで丈夫だからとかいう非常に身勝手な理由で承諾なしにサキュバスにされたの。
「えと、南条さん怒っている?」
少しだけ尾を引いている。小さい言われたことも、あのサキュバスの身勝手さも。
「少しだけ」
続きをいうわね。サキュバスと言っても、まだ完全にサキュバスではないのよ。まだ、馴染んでないから人間としての部分もある。だから、ハーフサキュバスなのよ。でも、サキュバスとしての部位の方が強いらしくてそのうちに私としての人間の部分が消えてしまうのよ。それは、私は望んでないの。
「うん、何となくわかるよ」
「ありがとう、本当に蜜月君は優しいのね」
「いや、そんなことは……」
「あるのよ」
それでね、私が私でいるためにはね、男の生気がいるのよ。
「えっ、どうしてそうなったの」
サキュバスは精を求めて男の寝込みを襲うのよ。
「上目遣いで、襲うとか言わないで」
あら、何か頭を抱えてしゃがみこんだわ。変な蜜月君ね。でも、道路の真ん中でしゃがむのは危ないわよ、車に轢かれるの凄く辛いのだから。
「うん、経験者は語るだね」
おもしろくもなんともないわよ。
「でも、私はサキュバスとしての部分を抑えるために人間の生気を吸うの」
そう、先程のキスも生気を吸うために行ったのだ。残念ながら、口からしか、吸い取れないので。
「それ、他の奴ともやったの」
あら、何か険しい顔をしていますね。でもですね。
「してないですよ」
「してないの?」
ええ、してないです。この三ヶ月間ずっと、我慢をしていたのです。だから、我慢できなくなってしまい……先程は……抑えが効かなくなってしまい、その美味しかったですよ?まさに久しぶりの満足感と言った感じで、人間としての部分もあるので、食事をしていても栄養は取れるのですがね。その、満腹感は得られなかったのです。むしろ、空腹でした。
「あの……」
ここまで、説明をしたら逃がさないです。一気に攻め込んで……って、何を考えているのでしょう。落ち着くのよ私。
「ひっ……何でしょうか」
禍々しい、何かを感じとったのでしょうか、その顔には怯えが走ってます。
「そのっ、私のご飯になってください」
「ごめんなさい、南条さんの事は嫌いではないしむしろ、好きな方なんだけど、そんなそういう対象には見れません命大事なので恐れ多い殺される本当にごめんなさい」
そう、言い切ると同時に彼は逃げてしまった。やっぱり彼はヘタレだった。別に、付き合えなんて言ってないのに、ただキスすればいいのに。それで、私を満足させてくれればいいのに変なの……って、私でも嫌よそんなの、なんて言うの私自己中心的な考えに陥ってる感がする。嫌だ、それに彼は平常普遍的、普通私が変なの。
「でも、ここまで話を聞いてくれた彼しか頼めないよね」
他の人なら、頭おかしいと見られるか、便利な奴に見られるか。だけど、何となく本当に確信はないのだけども彼なら、と思ってしまう。本当に私は悪いこだ。
ざっと、流れていく風が心細さを流していってくれるような気がした。
「絶対に捕まえる」
唇を指でなぞると、彼との口づけを思い出して、背筋がぞくぞくした。
「あーあ、早く明日にならないかなって、私は何を言ってるのでしょう」
そして、慌てるようにして少女もいなくなり後には楽しげに揺れる黒いしっぽだけが残った。