君以外の解答なんて論外です(12/8編集)
そういう表現はありませんが、一線を超えた仲です、という前提で進みます。
「おかえりなさーい」
「ご飯になさる? お風呂になさる? それとも……」
「わ・た・し?」
新婚さんの定番ワーズ。究極の三択。ベタ過ぎるって? でもそれってつまりは定番になるほど世間に支持されているからだと思うの。
別に「わたし」を選んで欲しいわけじゃなくて、動揺する彼が見てみたかった。可愛いかわいいうちの幼馴染み兼彼氏。翼くんこと明良翼くん。ワンルームマンションの狭い玄関で、バイトあがりの彼は硬直してしまった。バッグが落ちても気づかないくらいに。でも三十秒くらいたっても石化したままで、さすがに心配になって翼くんの鼻の頭をつつく。
「翼くん? まさか気絶してないよね?」
そんなに衝撃的だったか。やっと現実に戻ってきた翼くんは、こっちの想定外すぎる行動に移っていた。
……落ち着け。落ち着くんだ、明良翼。今、かずらさん、何て言った?
ご飯? お風呂? ――わたし? え、『わたし』って今言った? 幻聴なのか、そうなのか? 今日も今日とてしばかれた疲れた俺の願望なのか? いやいやいや。そんなエロ漫画みたいなこと望んでないから。かずらさんは何を考えているんだ。また友人の入れ知恵か、そうなの? ここでご飯か風呂を選んだら怒られるか? どうなんだ俺、どうする俺!
「大丈夫? 翼くん」
そんな俺の葛藤に気づかずかずらさんは首をかしげて、下からアングルしてきた。そして俺の鼻の頭をつんとつつく。
――ぷつん。
何かが切れた音がした。きっとそれは理性の糸。もう、止められない。
「翼くん!?」
翼くんは突然うちを抱き上げて寝室まで歩いて行った。いわゆる乙女の浪漫『お姫様抱っこ』というやつで。あれって浪漫なシチュエーションに見えるけれど、実際やられる方は結構怖くて下手に抵抗できない。
どうやら、軽い悪戯心のドッキリが、翼くんのスイッチを押してしまったようだ。ベッドにうちをそっと下ろすと、案の定、翼くんが覆いかぶさってくる。耳にかかると息が、熱い。エプロンの紐を外されて、大きな手が部屋着のキャミソールの下に回される。何回こういうことをしても。この、一番はじめの第一手がくすぐったくて身をよじる。
「何回しても慣れないのな」
翼くんはそう言って、うちの首に顔をうずめた。与えられる甘い感触に流されそうになりながら、その体温ではっとうちは我に返る。
「ちょ、ちょっと待って! 翼くんってば」
「却下。もう無理」
「で、でも、ね」
「今日、俺、誕生日。俺、王様。てことでヨロシク」
しかも何かキャラ変わってるんだけど? 十八歳になってどうしちゃったの? 最近バイトに入ってきたうちの従弟の影響受けちゃった感じ? というか、本当に無理なんだってば。
「今は駄目なんだってば! 揚げ物してるんだから!」
「へ?」
ぴたりと止まる翼くんの手。ため息をつきながら自分の體を起こして、乱れたうちの服を直してくれた。
「今日は君の好きな唐揚げだからね」
にっこり笑って、うちはエプロンしながら狭いキッチンに戻った。
……だよなあ。そんなわけないと思ったんだ。イイところでおあずけを食らった俺。何か口ずさみながら料理を作る年上の彼女の背中を見送るしかなかった。そこでやめちゃうのが地味なアッキーらしいよね~。などと後日同期にからかわれたりするのだが。……火事になったら困るだろうが。
「ごめんなさい」
いつもは完璧なかずらの作る唐揚げが、今夜ばかりは、少し揚がり過ぎて硬い歯触りになった。
「挽回は明日、ベッドの中で」
「期待してる、卵サンドも付けてね」
かずらさんは笑顔で呟いた。