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とあるマニアの狩猟記  作者: 高空天麻
とある少年少女の邂逅
8/21

1-7

大分遅れてしまいましたが・・・ボスモンスター追加です。

 エリア四から、高台のエリア五へと向かう道は、僅かながら坂道になっている。舗装もされていない坂道を小走りで駆けていくと、この結論に至るのは当然とも言えた。

 傾斜の最後、数メートルを一気に走り抜けると、視界が一気に開けた。

 目の前に広がるのは、エリア四とは違って周囲より高い位置にある広場。

 そして、その中央にたたずむのは極彩色を纏う大鳥。

 視認すると同時、マークはクックゴアへと駆け寄りながら、ある物を投げる。それは真っ直ぐに敵の元へと飛んでいき、衝突すると同時に中身をぶちまけた。

 ペイント弾だ。

 前の分の効果が切れるまでまだ時間はあるが、その強烈な香りと色合いのせいで、これを放り投げた者は敵から強烈に憎まれやすい。

 一度目は正確さを優先してレナードに投げてもらったが、本来ならばこれは敵の目を引き付ける彼の役だ。

 そして、マークの意図した通りにクックゴアはこちらを向いた。その目には殺意が漲り、今すぐにでもこちらを食い殺さんとばかりに力を放っている。

 だが、彼はそれにも臆さずに剣を抜き放つ。

 標的の足下へ向かって既にレナードが背後から向かっているのだ。ここで下手を打って相手がレナードの存在に気付いてしまうと、彼女が一気に苦境に立たされることになる。

 だから、何にも目をくれず、ただひたすら前へ。

 クックゴアがマークをついばもうとくちばしを振り上げ、猛烈な勢いでこちらへ向けて下ろしてくる。

 が、その程度の単調な動きではマークは捉えられない。振り下ろされたくちばしをスレスレで避け、がら空きになった頭——正確には広げられた耳へと容赦なく剣を叩き付ける。

 広げられたエリマキのような部分は翼膜と同じ材質なのか、一撃で思った以上にざっくりと耳が切り裂かれた。きちんと血管も痛覚も通っていたらしく、派手に血を噴き出しながらクックゴアが悲痛な叫びを上げる。

 そこへ、ダメ押しとばかりにレナードが突撃した。


「ナイス陽動……ッ!」


 そう呟くと同時、レナードの両手に握られた双剣が、これまで以上に強い輝きを放つ。その口元に獣のような笑みを浮かべ、彼女は両の刃を高速で、全力で振るい始める。


「お、おぉおおおおおおおおおおおおお!!」


 青の刃撃が、蒼の斬撃が、碧の連撃が、敵に動くことすら許さないまま鱗を引き裂き、肉を切り裂き、クックゴアの命を抉り取っていく。

 二十にも届く攻撃の末、レナードは一度呼吸を整えるべくマークの隣まで退いた。人間を相手にしていたのなら、三・四打で決着がついただろう。

 だが、これほどの連撃を叩き込んでも、目の前のモンスターは倒れない。

 ダメージは確かに蓄積している。傷も、決して癒えている訳ではない。

 だが、自然に生きる猛威は、ただ悠然とそこに君臨している。

 全身から血を流しながら、身体の至る所を引き裂かれながら、それでもなお脅威は依然としてそこに存在していた。

 それを理解した途端、マークは自分の頬が緩んでいくのを感じた。剣を握る手に自然と力が籠もる。

 きっと、彼はこんな瞬間を待ち望んでいた。自然の脅威と、己が全力を賭して戦う、そんな瞬間を。

 叶うならば、今目の前で荒ぶるモンスターを全力で撮影したい所だ。だが、そんなことをしていたら、敵は彼をただ一撃で行動不能に追いやるだろう。


「……残念だ。本当に、残念だなぁ……」

「あんた、本当に撮影第一なのね……」


 呟いた途端、あれだけしかない情報の中から正確にこちらの意図を察したレナードから、極寒の冷気にも匹敵するほどの視線が向けられた。

 マークとしては、そこまで変な目で見られるほど妙な趣味を持っているつもりはないのだが……そう言えば故郷の村でも彼の趣味を受け入れてくれたのは、妹と師匠だけだった気がする。


(僕って……そこまで変かね……?)


 今まで思いもよらなかった事実に、若干愕然とするマーク。

 だが、それも一瞬のこと。

 傷を負いながら、それでも戦意を失わない薄桃鳥へと視線を戻す。


「さて、続けようか」


 言って、目前の敵を倒すために構える。

 距離を測り、剣を硬くならない程度に握り、そして一気に駆け出す。


 その瞬間、場の空気が変化した。


「!?」


 思わず天を仰いでしまったが、それはその場にいた全ての生物がそうだった。

 肌を粟立たせるほどのプレッシャーと共に、クックゴアが起こすものとは比べ物にならないほどの強風が広場を通り抜け、一つの巨大な影が飛来する。


 舞い降りてくるのは、一体の竜。


「あれは、ワイバーン……か?」


 気付けば、マークは完全に動きを止めて、その存在に魅入ってしまっていた。いや、これもまた彼だけではない。レナードも、クックゴアでさえ足を止めている。

 それは森緑よりもさらに深い緑の甲殻を身に纏っていた。大きさからしてクックゴアの倍はあり、その足はマークの胴よりも太く、爪はレナードの双剣の如く鋭い。

 それはまさしく、彼が幼い頃に本で読み、いつか実際に対峙してみたいと望んだ天翔る飛竜——ワイバーンだった。

 しかも、マークの記憶が正しければコイツは……


「よりにもよって、女王級だなんて……!」


 ワイバーンという呼称が持つ意味は二つある。一つは飛竜種全体を表す言葉。もう一つは、その中でも特定の雌雄に対する呼び名だ。

 この雌雄は成長していく過程で身体を包む甲殻が変色していく。雌雄で色は異なるものの、雌の場合生まれた時は鮮やかな黄緑、身体が成長していくにつれて緑へ変わり、完全に成長しきった個体の鱗は深緑へと転ずるのだ。

 ワイバーンは、まだ黄緑色の個体であってもクックゴア数体よりも危険度が高い。ましてや、深緑まで至った個体は強敵の一言だ。熟練の狩人であっても、滅多に手を出せるものではない。

 地へ降り立った女王、クインバーンは青く爛々と輝く目を辺りに走らせ、凶悪な牙の並ぶ口を開いた。

 途端、地を揺るがすほどの咆哮が放たれる。

 それに、理性や理屈を抜きにした、本能の部分が悲鳴を上げた。

 クックゴアも同じだったらしく、ズタズタにされた耳を限界まで広げ、女王へと威嚇の声を上げる。

 その傍で、マークは剣を構えたまま動けずにいた。

 理性はすぐにこの場を離れるべきだと告げている。だが、本能は動くことをそもそも拒否していた。

 今動いたら、確実に獲物として認識されてしまう。まだだ、まだ……。


「何やってんの、バカ! 逃げるわよ!」


 そんなマークの思考など気にもせず、レナードは彼の手を取ってエリア四の方へ続く坂道へと走り出す。

 それを引き金にして、クックゴアとワイバーンの戦いが始まった。

 だが、彼らはそちらへ目もくれずに坂を駆け下りていく。

 クックゴアではワイバーンには勝てない。それがわかっている以上、あの場に長居していれば次に狩られるのは間違いなく彼らだ。

 ロクに息も吸えないままに坂を走り抜け、大きな岩壁の陰に隠れた所で、マークの肺がようやっと正常に機能した。

 酸素の供給が追い付いていないせいか、頭がピリピリと痛む。こめかみの辺りを揉もうとして、自分が剣を鞘に収めないままいたことに今更ながら気がついた。

 思っていた以上にパニックを起こしていたのだと、自分の事ながらおかしく思えてくる。

 同じようにようやっと呼吸を整えて落ち着きを取り戻したらしいレナードがこちらを向いた。


「やれやれ、初陣で女王に当たるとか……あんた相当運が悪いわね」

「はは、かもしれませんね……。どうします?」

「どうするって……まさかあんた、女王と戦おうなんて考えてやしないわよね?」

「いや、それは……」


 実は、考えていた。

 思いっきり図星を突かれて、彼は思わず目を逸らした。

 女王とさえ呼ばれるほどに強力なモンスター。撮影したいというのもあるが、何よりもまず戦ってみたい。

 様々な世界を知り、色々な物を見たいと願ったからこそ、彼は村を出たのだ。

 あれだけの存在を前にして、ワクワクしない訳がない。


「ダメよ。あいつがクックゴアを狩ってどこかに行くまで、私達は待機」

「で、でも……!」

「女王はあんたが考えてるほど甘くないの。死にたくないなら、大人しく……」

「でも、本当はレナードさんも戦ってみたいんじゃないですか?」


 その言葉に、レナードの表情がわかりやすく変化した。

 それだけで、彼女にとっても彼の言葉が図星だったのだということが理解できた。


「本当は戦ってみたいと思っているはずです! レナードさんがあの竜を見る視線は、恐怖じゃなかった! レナードさんはきっと……」


 一旦言葉を止め、マークは深く息を吸う。


「あの竜に……ワイバーンに挑んでみたいと思っていたんじゃないですか……?」


 深緑の飛竜が舞い降りた際、それを見つめる彼女の目は憧れに満ちていた。マークは彼女がどうしてハンターになったのかはわからない。だが、彼女が望んでこの場に身を置いている理由は、もしかしたらそこにあるんじゃないかと考えていた。

 ハンターになりたいヤツの動機なんてしれた物だ。

 特別な理由もないのにこんな死と隣り合わせの職を選ぶのは、大抵人知の及ばぬ力を持つ飛竜と戦ってみたいとか、そういう理由が九割なのだから。

 だから、きっとレナードも……。


「……はぁ。あんた、本当にバカでしょ」


 溜め息を吐きながら、レナードは半眼でこちらを見る。


「あんた、本当に意味がわかってるの? 初陣なおまけに、たった二人しかいない。そんな状況で、あの女王に手ぇ出そうって言ってるのよ? その意味が、本当に自分でちゃんとわかってるの?」

「わかってるつもりです。それに、何も死にたくてハンターになった訳でもありません。やばそうだと思ったら、即座に逃げます」

「普通、女王を最初に見た瞬間に逃げたくなると思うんだけどなぁ……」


 だが、そういう彼女の口元には微笑が宿されていた。

 しょうがないなぁ、とでも言いたそうな、少し優しい笑み。

 その時、彼らの頭上を巨大な影が覆った。目をやれば、降りてこようとしているのは、女王の名を冠する飛竜。

 どうやら、女王はクックゴアの近くにいただけのちっぽけな人間であろうとも、見逃すつもりはないらしい。

 今からでは、逃げることもままならないだろう。


「さて、あんたの思った通りになったわよ。言い出しっぺなんだから、せいぜい頑張りなさい」

「すいません、レナードさん。巻き込んじゃって」

「謝らなくてもいいわよ、バカ。あと、さん付けは嫌いなの。レナ、でいいわ」

「え、と……じゃあ、レナ。改めて、よろしくお願いします」

「はいはい」


 剣を抜き構え、彼らは飛来するワイバーンを睨んだ。


「行くわよ……マーク!」

「はい!」



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