1-6
標的モンスターとのバトル前半です。
(……来た!)
空を悠々と引き裂いて、巨大な影が飛来する。爆風を伴った羽ばたきがきっかり四度聞こえ、地響きと共にそれは地へ降り立った。
見た目は、鶏をそのまま人間の倍くらいの高さになるまで巨大化させた物に近い。ただし、鶏とは根本的に種が違うので、色々と違う点もある。
まず第一に、全身を包む毛も、鱗も、甲殻も全てが派手派手しい極彩色であるという点。密林や丘陵地帯に棲息しているにもかかわらず、である。
隠れたりするには向かないため、威嚇のためだろうという意見もあるが、クックゴアの自然界序列はそれほど高くない。研究者にとっては恐ろしく謎な色彩ではあるものの、加工するとこれが少し淡い桃色になるので、好むハンターは多い。
第二に、皮の変わりに鱗や甲殻が存在し、翼は羽根が失われて翼膜へ変化している。
そして第三に、首の辺りに襟巻きにもよく似た集音器官があること。あれが広げられると、コイツは異常なくらいの聴力を発揮するようになる。これは、巨大化していく中で、生存競争に打ち勝つために発達していったのだと想像されている。
クックゴアが襟巻きと翼を広げ、甲高い声を上げた。
おそらく威嚇のつもりなのだろうが、こちらからすれば絶好のシャッターチャンスだ。その機を逃さずに、術式を発動させて三枚ほど撮っておく。
視線を感じて横を見てみれば、レナードが呆れたようにこちらを見ていた。
「あんた、ホント写真好きね。そこまで行くと、むしろ感心するわ」
「このために、わざわざ街まで来たんですから」
写真がクリスタルにきちんと保存されるのを見届けて、マークは剣を引き抜く。それに、レナードは笑みを浮かべながら言った。
「さあ、始めるわよ! 大ケガとかしたら、そのまま囮にするからね!」
「了解です!」
物騒な言い様に答え、二人はターゲットに向かって走り出した。敵まであと数歩といった所でレナードは一瞬立ち止まり、手に持っていた球状の物をクックゴアへ投げつける。それは、相手にぶつかると同時に弾け、中に仕込まれていた鮮やかな色と鼻につく香りを兼ね備えたネバネバをぶっかけた。
大型モンスターを捕捉・追跡するために開発されたペイント弾だ。これを当てておけば、天候などにもよるが数時間は追跡できる。
それを頭の端に留めながら、マークは標的へと一気に駆け寄った。突然自らの身体に付着した何かに気を取られているクックゴアの頭へ、刃を全力で叩き付ける。
硬い感触と共に、クックゴアの黄色いくちばしが僅かに削れた。それが不快だったのか、敵がマークへと向き直る。
だが、それこそがマークの狙い。
クックゴアがこちらへと向いたその隙に、レナードがその足下へと潜り込む。その巨体の下へ入るのはかなりの恐怖が伴うはずだが、彼女は動きを全く強張らせることなく剣を両手で握った。
そちらへ敵のターゲットが行かないようにと、マークはさらに続けて剣を何度か振るう。ダメージ自体は大したことないものの、顔の周りでちょろちょろされるのは鬱陶しいらしく、クックゴアは顔を振り回しながらもこちらから視線を外さない。
その絶好のタイミングで、レナードは鞘から双剣を抜きはなった。
魔法を付与された刀身が青い輝きを放ち、冷気を振り撒きながら宙を踊り、空を裂く。元々の切れ味も相まってか、他の部位に比べて柔らかい腹を、刃が易々と切り裂いた。
しかも、彼女の攻撃は一度で終わらない。
「ふっ……ッ!」
呼気と共に、左右の腕がそれぞれ全く別の動きをしながら、しかし一点のみを集中して何度も何度も抉っていく。何枚かあったはずの鱗は呆気なく切り裂かれ、そのうちにある肉からは紅の雫がぼたぼたとこぼれ落ちる。
鶏にそっくりな大声を張り上げ、クックゴアは足下のレナードをついばもうと首を伸ばす。
だが、
「させない!」
させジト、マークが立てに魔力を通して敵の身体を叩く。途端、クックゴアの全身を電流にも似た衝撃が走り、たまらず敵は動きを中断した。
「クォンクォン、クォオオオオオオオオオオオン!!」
耳をつんざく咆哮を上げ、クックゴアの巨体が宙に浮いた。翼によって起こされた風圧が身体を叩き、二人の動きを阻害する。
その隙に、クックゴアは少し離れた所へと着陸していた。
「クォルルルルルルルルルルルルルル……ッ!」
低く唸るその口元からは、微かに炎が漏れ出ている。それは、敵が怒り、こちらを全力で排除する時に起こる兆候だった。
その推測は当たり、クックゴアは一声吼えると同時に、口から真っ赤な液体を吐き出した。速度は大したことないものの、とても生身で受けられるような熱ではない。
だから、決して受けない。
口から吐き出されているだけで、あの火炎液に速度はない。ならば、わざわざ盾で受けなくとも躱せばいい。
そう考え、マークは目標に向かって真っ直ぐに走り出した。三歩目で着弾予想地点を越え、五歩目に後方で熱が弾けるのを感じる。装備の上からでもわかるほどの熱気が背中をあぶり、それに彼は僅かに顔をしかめた。
だが、言ってしまえばそれだけだ。歩みを止めずに、マークはそのまま前へ走りきる。
剣を振り上げると、敵も学習しているのか首を振り回して頭を刃の届かない位置まで持ち上げてしまった。
しかし、今回の狙いは頭ではなく、翼。
さっきはレナードが足下にいたために頭部を攻撃していたが、彼女はまだこちらへ追い付いていない。ならば、くちばしや甲殻といった剣では壊しにくい部分を攻めるより、翼膜や鱗などの比較的柔らかい場所を攻撃する方がダメージが通りやすいのは、自明の理だ。
「やああああああっ!」
気合と共に、上段から刃を振り下ろす。切っ先は翼膜を易々と引き裂き、クックゴアが悲痛な声を上げた。
だが、構うことなく突き、斬り払いと動きを繋げ、最後に身体ごと一回転して勢いをつけた袈裟斬りを叩き込む。元々耐久性の高い訳でもない部位を連続で攻撃されたせいか、僅かにクックゴアの身体が傾いた。
「クォオオオオオオオオ!」
吼えると共に、マークの胴体ほどもある太さの尾が恐ろしい勢いで振るわれた。その一撃は近くにあった小木をアッサリと薙ぎ払いながら、マークへと肉迫する。
「よいしょっと!」
だが、その程度の攻撃ならば、彼も予想している。マークはクックゴア自身の足下へ潜り込むことで、尻尾の一撃を回避した。
尻尾はよほど扱いの上手いモンスターでない限り、モンスター直下を攻撃できない。中には自身へのダメージを顧みずに行ってくるヤツもいるが、そんなヤツは一握りだ。
案の定、クックゴアは戸惑うように鳴くだけで即応してこない。安全を確保した彼は、レナードが先ほど作り出した傷目がけて何度も剣を突き入れる。
こちらの居場所は掴んでいるものの、どう対応すればわからないらしい敵の呻きを聞きながら、何度も何度も。
「クゥオオウ!」
「なっ!?」
フワ、と微風が頬を叩いた。
それを感知したとき、クックゴアの巨体は宙へと跳んでいた。マズい、と叫ぶ直感に従って、身体を思いっきり右側へと投げ出す。その瞬間、地響きと共に敵が着陸した。
とっさの判断が幸いして直撃こそしなかったものの、振動と衝撃だけで容易く身体が吹き飛ばされる。
岩に身体をぶつけて、ようやっと止まる。痛みに呻きながらも、剣と盾はしっかりと握っていた。これさえあれば、まだ戦える。
「新入り、スタン行くわよ!」
言葉と同時、カツンと言う音を立てて何かがクックゴアの鼻面に放り投げられた。
刹那、昼であるにも関わらず、目が潰されそうなほどのすさまじい光が放たれる。
強烈な光を浴びせて相手の視界を奪うためのアイテム、スタングレネードだ。本来ならば閃光と轟音を両立させるらしいが、瞼を閉じればどうにか出来る視覚と違って聴覚の保護は面倒が多く、広範囲からモンスターを引き寄せやすいといった弊害も多いため、現状では閃光一本に絞られることが多い。
まぶた越しでもわかるほどの強力な閃光に、平衡感覚が若干怪しくなった。痛みと感覚のマヒでふらつく身体に喝を入れて、マークはクックゴアと距離を詰めるべく再び駆け出す。
だが、今度はレナードの方が圧倒的に速かった。
「……ッ!」
再び両の剣が宙を舞い、連続してクックゴアの右足に襲いかかる。
想像して欲しい。もしあなたが目隠しをされた状態で、徹底的に右足を蹴り続けられたら、どうなるだろうか。
答えは、考えるまでもないだろう。
「グォオオオウ!?」
ガクッ、とクックゴアの右足から力が抜け、その巨体が横倒しになった。
まだ動いている所を見ると神経まで断ち切った訳ではないようだが、大分深く抉られている。
人間ならば、もはや立ち上がれないレベルの損傷。だが、モンスター達にとってはこれでも決定打にはなりえない。
モンスターは道具や武器を生み出す知能を持っていない代わりに、それを補って余りあるほどの生命力を持っているのだから。あの程度の傷なら、一時間かそこら休むだけで回復しきってしまうだろう。
故に、モンスターと戦う時は、休む間を与えずに一気呵成に攻め立てるのが定石だった。
マークも剣を振るい、さっきまで攻撃していた翼に追撃を加える。全身柔らかい人間と違って、クックゴアには鱗も甲殻もある。全身をまんべんなく痛めつけるより、叶う限り一点に打撃を集中させる方が効率は良い。
同じ理由で、レナードは腹の傷を徹底して抉り続けていた。そこには先ほどまで微かに残っていた鱗などももう見えず、何度も引き裂かれてグズグズになった肉だけが残っている。
敵はどうにかしてこの状況から脱しようともがいているものの、レナードに傷付けられた足と、マークが痛撃を与え続けている翼が上手く動かないせいで、思うように起き上がることが出来ないでいるらしい。
一方的と言えるほどに、優勢。
だが、マークは背筋に何か冷たいものが走るのを感じた。その耳に、小さく息を吸う音が届く。
音に導かれて目をやれば、横倒しになった敵の口元に火が宿っていた。その視線が向いている先にいるのは、レナード。彼女は攻撃に手一杯で、クックゴアの挙動に気付いていない。
考える時間は、なかった。
「レナード!」
声をかけながら、少女の元へ走り寄る。
レナードは怪訝そうな表情で一度こちらを見て、そこでようやっとモンスターの挙動に気付いたようだった。
彼女の持っている双剣は、防御性能を廃することで攻撃性能を限界まで引き上げているものだ。攻撃を受けることをそもそも前提とされていないため、敵の攻撃をいなすための機能はないと言っていい。
そして、今からでは回避は間に合わない。
マークが彼女の傍まで駆け寄ったとき、敵の口元から火炎液が放たれた。
とっさに彼はレナードを自分の下に引き倒し、ほぼ直線に飛来した熱液を盾で真正面から受け止める。ジュウウ、と派手な音と共に熱が盾の表面を焦がしていく。
「っつう……」
腕をあぶっていく熱気に顔をしかめる。
二人共が動けなくなったその隙をぬって、クックゴアは再び空へと逃れた。今度はこのエリアに降りてくる気はないらしく、ボロボロの翼を羽ばたかせて高台の方へと飛んでいく。
その姿を見送ってから、マークはレナードへ手を差し出した。
「すいません、レナードさん。逃がしちゃいました」
「ううん、どのみちこのエリアで仕留めるつもりはなかったもの。むしろ、謝るのは私の方よ。盾、大丈夫?」
「とりあえずは、いけると思います」
盾は、表面に僅かな焦げを残しているだけで、変形したりは特にしていなかった。目に見えないレベルでの劣化は起こしているかもしれないが、その程度ならこの戦闘中くらいは保ってくれるだろう。
「匂いと飛んでいった方向から考えて、アイツがいるのはエリア五……ですかね。行けますか?」
「誰に聞いてんのよ」
抜いたままだった双剣に、刃こぼれやなまりがないかを確認しながら答え、レナードは双剣を鞘に収めた。その瞳には獰猛な光が依然として宿っており、退く気などさらさら無いことを言外に物語っている。
「次のエリアで瀕死にして、休息所のエリアで決めるわ。タゲ取り、頼むわよ」
「了解です」
タゲ取り、というのは相手のターゲットを自分の方へ向け続けることだ。マークもレナードも装備や技術からして前衛向けなのだが、このエリアでの戦いで二人の間には暗黙のうちに役割が決まっていた。
双剣による圧倒的手数と魔力付与によって、瞬間的に大ダメージを叩き込んでいけるレナード。
火力はそれほど無いものの、相手の動きを読みながら軽快に動き回って相手を混乱させられるマーク。
マークが相手の目を惹いて攻撃をいなしている間に、攻撃役のレナードがダメージを蓄積させていく。この二人ならば、この結論に至るのは当然と言えた。
強気な笑みを浮かべるレナードに小さく微笑み、今度はマークが先に立って走り出す。
休む暇など、与えるつもりはない。
次の更新は、十月中旬ごろを予定しております。