1-3
先日、バトル回と予告しましたが、思った以上に量が多くなってしまい、バトルまで入っていません!
ごめんなさい!
今回の狩猟場であるリホリディアの森は、馬車で一時間ほどの場所にあった。
この森はモンスターの棲息区分から五つのフィールドに分けられていて、それぞれのフィールドに一つベースキャンプが設置されている。マーク達が今回使うのは、二番ベースキャンプだった。
「さて、新入り。クックゴアはどのエリアに来る可能性が高いと思う?」
ベースキャンプに支給品として置かれていた地図をこちらに手渡しながら、レナードが聞いてくる。
マークは自分の中にある知識と経験を元に、フル回転で予測し始めた。外そうものなら、何を言われるかわかったものじゃない。
「そうですね……。開けた広場にあるエリア四と五、それに水飲み場があるエリア七の辺りですかね。九にも水飲み場はありますけど、クックゴアの体格を考えれば狭すぎるから、こちらへは行かないかな……?」
良いながらチラリと様子をうかがうと、レナードは若干満足そうに微笑んでいた。
「及第点、かしらね。私も同じ意見よ。主戦場はエリア四と五、その隣にあるエリア三にも草食系モンスターが多くいるからこの辺りに来るでしょうね。じゃあ、巣はどの辺に作ると思う?」
「ええと……エリア八かな?」
「よろしい。そこまでわかってれば、あとは立ち回り次第よ」
そう言って、レナードは支給品ボックスの中から包みを二つと、空色の液体が入った瓶を何本か取り出して、こちらへ渡してくる。
「これ、支給の携帯食料と応急薬。あまり美味しくはないけど、食べられるウチに食べときなさい」
マークが受け取ると、レナードはさっさといくつか置いてある椅子の一つに座って食べ始めた。マークもそれにならって、椅子に腰掛けて食べ出した。
水分が無くぱさぱさしているものの、ベースキャンプは水場の近くに設置されるために飲料水には事欠かない。食べるのに、それほど労はかからなかった。
「じゃ、行くわよ」
食べ終わり、水を水筒に補給したのを見て、レナードが言った。
頷くと、出口のほうへとさっさと走っていった。置いて行かれないように、少し早めのペースで追いかける。
ベースキャンプを出ると、眩しい光が目に突き刺さった。
内心舌打ちしながら、何度も瞬きをする。二週間戦場から離れていた程度で気が緩んでいるなんて、故郷の教官に知られたら、何と言われるか。……説教だけじゃ済まないだろう。
十秒ほどしてから、ようやっと目が慣れた。
目の前に広がるのは、広大な草原。
森、と名付けられているものの、リホリディアの森は森林地帯と丘陵地帯の入り混じったかなりの広範囲をまとめて指す。その中には、マーク達がいるような草原も少なからず存在していた。
風が吹き抜け、陽光が暖かく照らす中では、天敵となる肉食モンスターが少ないのか、中型の草食モンスター達がゆったりと草をはんでいる。
「テイク」
とっさに、撮影術式を起動、撮影していた。
置いて行かれないように動きながらではあるが、それほどブレもなく取れたのでよしとしよう。
「珍しいわね、撮影魔法を取得してるなんて」
クリスタルに画像を保存していると、レナードが足を止めて聞いてきた。少し興味深そうにこちらを見てきている。
「そうそういないでしょ、それを実用レベルで使える人」
「そうですね……。でも習得自体は楽ですよ?」
「習得できても、綺麗に撮れる人がいなかったら意味がないでしょう? 私も何回か使ったけど、見れたものじゃなかったわ」
「はは、最初は僕もそうでしたよ。数年も使ってたら、さすがにコツも掴みます」
そういって微笑むと、つられてかレナードも小さな笑みを浮かべた。
(……おお)
とっさに撮影しようとした自分を抑えられたのは奇跡と言っていい。
これまでしかめ面しか見てなかったせいか、少し笑っただけで本来の美しさが際だち、輝いているようにさえ見えた。
(いつもこんな表情だったら、可愛いのに……)
そう残念に思っていると、自分で思っている以上にじっと見つめていたのか、またいつものしかめ面に戻ってしまった。
「……何」
「いえ、ナンデモナイデス」
ナイフのように鋭い視線から、目を逸らす。
一瞬でも可愛いと思ったからか、その目はやたらと痛かった。
「……行くわよ」
「はい」
レナードがこちらから視線を外し、再び動き出す。若干残念に思いながら、マークも続いた。
しばらくの間、二人は何も言わずにいた。
草原が終わりに近付き、高台のエリア二へ向かう道と森林のエリア七や九に繋がる道の分岐点へさしかかる。レナードは無言で高台へ向かう道を選んだ。
今のところ、クックゴアがいたらしき痕跡はなかった。……とはいえ、今さっき通ったエリア一は高台と森林に囲まれているせいか、大型モンスターが殆ど入らないらしいが。
だが、この先はいつ遭遇してもおかしくない。
そんな風に考えながら全身に気を巡らせていると、レナードがいきなり立ち止まった。
「新入り、ここで待ち伏せるわよ」
「へ?」
想像だにしていなかった発言に、間抜けな声が漏れた。
それを聞いて、レナードは億劫そうに答える。
「この崖の下が、エリア四なの。ここからならすぐに降りれるし、あっちからはこちらが見えづらいし、こっちからはあっちが丸見え。けっこういい位置なの。……OK?」
「な、なるほど……」
崖の下を見ると、確かに地図で見た通りのエリア四がそこにあった。この辺りは経験の差だろうか。
納得して頷くと、レナードは小さな木により掛かって座り、目を閉じた。どうしようか悩んでると、レナードは片目を開けて言ってくる。
「あんたも休めるなら休んでおきなさい。食べれる時に食べる、休める時に休む。これ、ハンターの鉄則だから」
言うだけ言って、レナードは再び目を閉じてしまう。
何となく手持ち無沙汰になってしまった。持ち物の整理や得物の手入れは、こちらに到着するまでの間にこれでもかと言うくらいにしたので、もう一度する必要はないだろう。
(……そうだ、今のうちに)
こういう時でも忘れずに胸元にぶら下げている記憶クリスタルに手をやり、これまで撮影した写真の一覧を呼び出す。
数年かけて貯めた金で買っただけあって、それなりに容量はあるのだが、それでも一定以上の画質を求めると千枚程度しか保存しておけない。
出来るなら消したりしなくて良いようにあと数個同じクリスタルが欲しい所だが、ギルドに登録したばかりの新米がそんな大金を持っているわけもない。
必然的に、血涙を流してでも置いておく写真と消す写真に分けて、消していく必要があった。
間違って別の写真を消したりする事がないように、慎重に指を動かして一枚一枚見ていく。どれもこれも、その瞬間の自分の全力で撮った物だ。拙い物が混じっていても、それにさえ愛着がある。
(……これは良いか? いや、でもあと五十枚は撮れるんだし、置いておいても……ッ、バカ言うな、前にもそうやってパンクさせただろ!)
ふと胸にほろ苦い記憶が蘇った。
あれは半年ほど前の事、まだ行けるもう少し入ると残り残量を把握せずに保存していたら、いつの間にか静かに限界を超えていたクリスタルが反乱を起こし、結果全体の一割以上が破損ないし消失してしまったのだ。
それを機に、泣く泣く整理し始めたのだが、誘惑は未だに襲いかかってくる。だが、自分が撮った写真を改めて見直すというのは本当に楽しい物で、眺めているだけでついつい時間を忘れてしまう。
そして、時折自分のする事を思い出しては、軽くへこみながら消す写真を選ぶ、という事を繰り返していた。
「ねえ……」
小さく声をかけられて、振り向いた。
いつから見ていたのか、レナードはこちらを興味深そうに見つめていた。
「何ですか?」
「あんた、何で写真を撮ってるの?」
「何で、って……」
「ハンターになるのに、撮影のスキルなんていらないわ。写真家になるのに、ハンターの技術も必要ない。……でしょ?」
「まあ、そうですね……」
言いながら、一覧を手元から消した。
レナードの目は真剣だ。時間潰しのためとか、そんな理由ではなく本気で疑問に思っているからこその質問だろう。
そんな人に、適当な答えは出来ない。
「ちょっと長くなりますけど……良いですか?」
それにレナードが頷くのを見てから、マークは話し始めた。
「いくつくらいでしたかね……小さい頃に酷い病気を患ったんですよ。それで、何日もベッドから離れられなかったんです。その頃、外を走り回るだけが楽しみだったんで、ベッドから勝手に出ようとしては医者に止められてました。そんな僕を見かねてか、父親がある本をくれたんです」
「本?」
ええ、と一つ頷いて、マークは続ける。
「写真集です。いろいろな風景や、様々なモンスター……それに立ち向かうハンター達が写されている、普通の写真集でした。……でも、僕はそれに本気でドはまりしたんです」
そこで、ふと一心に本を見続ける自分を不思議そうに見ている父親の表情を思い出した。多分、あそこから人生が全て変わったのだと、マークは確信している。
「父親からすれば外で遊ぶ事だけが好きだった僕に、退屈しのぎで渡しただけだったと思うんですけど、僕はそこに写されていた世界に完全に魅了されたんです」
その瞬間を、マークは昨日の事のように覚えている。
こんなのつまらないよ、と文句を言いながらも、買ってきてくれた父親に申し訳ないから開いてみたら、途端にその世界に引き込まれたのを覚えている。
気付いたら夜になっていたほどに読み続けていた。
特に気に入ったのは、見開きいっぱいに写された、ワイバーンとハンターの対峙シーン。
猛々しく吼え、暴力的に美しい飛竜と、人類の知識の結晶を携えて立ち向かう雄々しき狩人。
その荒々しくも、魅力的な世界に、幼い頃のマークは一気に魅了された。
自分の住んでいる村だけが世界の全てだった少年には、そこに写されていた全てが鮮やかに映ったのだ。
それ以来、マークは成長したら村を出て、世界を見に行く事を心に決めた。
そこに写されていた狩人のように、それを写した写真家のように、世界を自らの手で見て、聞いて、取りたいと願ったから。
最初は一番近くにある街へ、そこである程度実力を付け、思った通りの写真を撮れるようになったら、さらに遠くへ、さらに未知の場所へ。
誰も、見た事がないような世界へ。
そんな、夢を抱いたのだ。
当然、親からは猛反対されたし、村人からは嘲笑を受けるようになった。
ハンターはそんなに甘い職じゃない、とか。
ましてや、写真家としてなんて食っていけるわけがない、とか。
そんな風に言われながらも、彼は一人で力を付けるために努力し続けた。
いつか村を出た時に、自分が気に入った世界を撮る事が出来るように。
いつか未知の場所へ飛び込んだ時に、一人で生き抜く事が出来るように。
「だから、僕はホルディアの街を訪れたんです。ここなら、自分の腕を磨く事も出来るし、きっと今の僕よりずっと良い写真を撮れる人だっている。故郷の村じゃ手に入れられない何かを手に入れたい……だから、村を出て、街に来たんです」
ここに来るまでだけでも、たくさんの人に手伝ってもらった。
一歩踏み出すだけでも、様々な困難を乗り越える必要があった。
きっとこれからもっと辛く、厳しい未来が待ってるのだろう。それでも、マークの目に躊躇する色はない。
全ては、ただ一つの夢を叶えるがため。
「……僕の理由はこんなとこです」
言い終わって、レナードの方をチラリと見やる。
きっとバカにされるか、呆れられるに違いない。故郷でもそうだったし、何よりハンター達は現実主義者だ。何を馬鹿げた夢持ってんだ、そうやって笑われても仕方ない。
そう自分に言い聞かせて、心の防壁を組み上げながら。
だが、レナードの反応はそのどちらとも違った。
笑っていたのだ。小さく、微かなものだったが、それでも確かに。
「……良いね、そういうの」
そういって、こちらの目を真っ直ぐに見てくる。
その碧の瞳はこれまで見た事もないほどに綺麗で、マークは自分の鼓動が高鳴るのを感じた。
「そ、そうですか……? 自分でもガキっぽいと思うんですけど」
「夢なんて、ガキっぽいくらいでちょうど良いのよ。ハンターになる人は、大抵食いっぱぐれる事がないってだけでなる人が多いしね」
割に合ってるかはさておきだけど、と言いながら、レナードはこちらから視線を外した。必死に鼓動を落ち着けながら、しかし違和感を覚えてマークは尋ねる。
「それじゃあ、レナードさんにもあるんですか? その、理由とか、夢みたいなものが」
その言葉に、レナードの眼が一気に細くなった。
「……何でそう思ったの?」
「え? いやぁ……言い方を聞いてる限りじゃ、レナードさんは食べるためにハンターになった訳じゃないんですよね? それなら、何か目指す理由があったんじゃないかな、なんて……」
若干しどろもどろになりながらそう答える彼に、レナードは小さく息を吐いた。
「……答えとしてはイエスよ。私も、目的があってハンターになったわ」
吐き捨てるように言った彼女へ、マークは「そうですか……」と一言言っただけでそれ以上何も尋ねなかった。
その反応に、レナードは眉をひそめる。
「聞かないんだ、その理由について」
「……聞きたいっちゃ、聞きたいです。ただ、レナードさんの言い方から察するに、何かその話をした事で嫌な経験をしたんじゃないかな、と」
その言葉に、レナードは目を丸くしそうになった。
が、少し考えてみれば、なるほどと理解できる。
さっき、彼は自分の夢をガキっぽいと表現した。だが、自分の夢を自分で罵倒するのは難しいものだ。
そう考えれば、簡単だ。彼も、過去に同じ経験をしたに違いない。
自分の夢を嬉々として語り、その価値を解さない他人に無遠慮に踏みにじられた事があるのだろう。
だから、彼はいったん踏みとどまった。万が一にでも、自分が人の夢を踏みにじる事がないように。
そして、同時にこちらへ警告してもいるのだ。万が一ではあっても、自分が人の夢を否定する事があり得る故に。
表面には出さないが、レナードは内心で舌を巻いた。
ここまで人を見て、他人を不快にしないように立ち回る人物を初めて見たのだ。しかも、まだ十八だというのに。
この子になら、話しても良いだろうか。
そう思うほどに、レナードの警戒は緩んでいた。
「……それじゃあ、聞いてもらっても良いかしら?」
「え、良いんですか?」
「ええ……。と言いたい所だけど、」
頭上にハテナを浮かべたマークへ、人差し指を口に当てるジェスチャーをしながらレナードは獰猛に微笑んだ。
「来客のようね」
途端、崖の下から何かを引きずるような音が聞こえてきた。
次の更新は7/6を予定しています。