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「ここが、ホルディアの街か……」
馬車を降りると、少年——マーク・シュバルツは眼を細めて呟いた。
でかい。最初に抱いた感想はそれだ。
故郷の村では平屋が普通で、二階建ては何軒かしかなかったのに、この街では平屋と同じ割合で二階建てがあり、所々に三階建ての建物も見える。
南方では有数の街らしく人通りも多く、ずっと村暮らしだったマークが感じた事のない活気に溢れていた。
「何はともあれ、まずは一枚っと……」
手に持っていた荷物を足下に置き、目の前の風景を切り取るように、両手の親指と人差し指を使って四角を作る。
「ウィンドウ、オープン」
呟くと、四角の真ん中に目のような円が生まれた。景色を拡大・縮小しながら最高のポイントを見つけ出す。
「テイク」
ここだ、と思った瞬間に唱える。
パシャリ、と音が響いて、目の前の風景が映像となって手の中に切り取られた。
もう一度見直して、納得がいく出来である事を確認してから、胸元にかけたペンダントに左手をやる。
「セーブ」
そう呟くと、右手の映像が光の粒子に変わって、ペンダントの宝石——クリスタルに吸収された。光が全てクリスタルに入った事を確認してから、さらに唱える。
「リアライズ」
途端、宝石が七色に輝いた。光が小さくなると同時、マークの手の中にこれまで撮影・保存した写真の一覧が出現する。
一番左上に表示されたさっき撮った映像に触れると、その写真が拡大表示された。
「よしよし、一枚目にしては上々じゃん」
ニンマリと呟く。数年かけて腕を磨いた甲斐あって、最近は自分でも納得のいくものが取れるようになってきていた。
クリア、と一言呟いて、映像が表示された窓を消去する。
西の方では、カメラというこんな魔法を使わなくても撮影が出来る機械があるらしいが、こちらではまだまだ流通しておらず、お目にかかった事もない。
この街に住んでいれば、いつか手に入れられるのだろうか。
(いや……俺の目的を考えると、壊れやすいものはやめておいた方が良いのか)
「お〜い、そこの兄ちゃん。記念撮影は良いが、終わったんならどいてくれねえか? そこにいられると、荷物が下ろしづらいんだよ」
「あ、すいません!」
気の良い笑みを浮かべた馬車の主に言われ、慌てて荷物と一緒に横へどく。悪いな、と言って主は荷物を運び出し始めた。
「ありがとうございました」
最後に礼を言って、マークは街の中心に向かって歩き出した。ここ、ホルディアの街では何をするにしても、まず自分の情報を中央ギルドで登録する必要がある。
近くにあった看板の地図を見たところ、ここから少し歩いた所にあるらしい。
「まあ、急ぐでなし。見物しながら行こうか」
そう気楽に呟いて、歩き出す。
この辺りでは一番大きく、商人達が集まる街だけあって、通りには様々な店が立ち並んでいた。馬車が停まるからだろうか、どちらかというと食べ物系ので店が多い。
そこかしこから漂ってくるおいしそうな匂いに抗いながらも歩いていると、腹の虫が大きな声で鳴いた。
そういえば、思い出してみると朝に少し食べてから何も食べていなかった。決して懐に余裕があるわけでもないが、せっかく無事に到着できたんだし一つくらいは何か買っても良いか。
そんな風に思考がまとまると、さっきまでの抵抗はどこへやらマークは数秒前よりぎらついた目で通りに並ぶ店を眺め出す。
どうせだから、数日ぶりに調理したての肉が食べたいものだ。
(ステーキ? いや、ちょっと高いなぁ。ミートボール、は自分で作れるし……そうだ、カツサンドにするか)
それほど高いわけでもないし、腹も膨らむし、一石二鳥だろう。
ちょうど客も空いていたので、早足で出店に走り寄る。
「おばちゃん、カツサンド二つ。すぐ食べるから、包みはいいや」
「はいな〜。飲み物はいいのかい?」
「まだ手持ちのが残ってるから良いよ。ありがとう」
答えて、お金を用意している間におばちゃんがサンドイッチを二つ紙に包んで、こちらへ渡してきた。代金を払い、礼を良いながら一つ目の包みを開くと、スパイスとソースの香りが鼻を刺激し、口の中に猛烈な勢いでつばが沸いてくる。
速く食え、と急かしてくる腹に逆らわず、思いっきりかぶりつく。口内に肉の感触とスパイシーな風味が広がり、無意識のうちに食べるスピードが上がっていた。
むろん、サンドイッチ一切れなど育ち盛りの少年の前では一瞬で消えてしまう。
二切れ目はもう少し後で食べようかと思っていたが、耐えきれずにそこで食べてしまった。
かなりうまかった。これで大銅貨一枚は安すぎる。採算は取れているのだろうか、なんて本気で心配してしまった。これからあの店には通わせてもらうとしよう。
一発目からおいしい店を見つけられた事に多少浮かれながら、地図で見たとおりの道を歩いていく。
ほどなくして周りよりさらに広く、大きい建物が見えてきた。看板を確認する。間違いなく、ここが中央ギルドだ。
若干気後れしながら木の扉に手をやり、開く。
途端、酒や煙草などが入り混じった独特の匂いに包まれた。目にしみるその香りに、思わず目をこする。
何度かまばたきをしてから、中に入った。
窓から差し込んでくる光と、何カ所か灯されている魔法光で中は予想以上に明るい。が、一歩進むごとに強くなるその匂いには閉口だ。というか、窓が開いてるのにここまで匂うなんて……。
なるべく鼻で呼吸しないようにしながら、奥の方にあるカウンターまで歩いていく。カウンターの中にいた女性が、声をかける前にこちらを見て微笑みかけてきてくれた。
「あら、こんにちは。初めて見る方ね、住民登録かしら?」
「は、はい、そうです。ええと、ちょっと待ってください……」
ニッコリと笑顔で言ってくれた女性に、ドギマギしながら答える。営業スマイルとわかっていても、それはそれ。男とはそういう生き物なのだ。
背負っていたカバンから、村を出る前に届け出ておいた居住許可書を取り出して、女性に手渡す。
「ふむふむ……。はい、確かに。書類を作成するので、ちょっと待ってくださいね」
もう一度微笑んで、女性は引き出しから大小何枚か紙を取り出して、ペンで必要項目に書き込んでいく。途中、いくつか本人が書く部分を書いただけで、申請は終わった。
「はい、必要事項はこれで全てですね。居住はこちらのカードに書かれている所になります。他に何か登録するものはありますか?」
「あ、ええと……狩猟ギルドに登録したいんですけど、どこで出来ますか?」
「狩猟ギルドはここで登録できますが……あの、失礼ですがあなたが?」
「ええ。……あの何かおかしいですか?」
言いながら、マークは自分の装備を見直す。
古びた鞘に入った長剣とラウンドシールド、同じようにいろんな所がボロボロな革の鎧。
これじゃ、確かに命のやり取りが普通の狩猟生活に入ろうと考えてるとは、到底思えないのかもしれない。
「いやぁ……装備は街に来てから調えようと思ってまして……」
頬を掻きながら言うと、納得がいったのか女性は再び微笑んだ。
「わかりました。狩猟ギルドの所属には、高等学校以上で戦闘系学科を三つ以上取得している事が条件になります。証明できるものはお持ちでしょうか?」
「はい。これで大丈夫ですか?」
故郷で通っていた学校での最終成績書を渡すと、女性の顔に残っていた疑念もすっかり失せて、表情が軟らかくなった。
「剣術に攻撃魔法、回復魔法の初級、基礎コースは全て修了。加えて……撮影ですか。はい、条件は満たしているので、登録も問題ありません」
言って、女性は一枚の紙を取り出す。
「良く読んで、了承したらサインをしてください」
良く読んで、とは言うものの、実際には一文しか書かれていない。
『私は、例えどんな死を迎えたとしても、一切の責任を自分で背負う』
それは、狩猟ギルドに所属しようと考える者なら、誰もが知っている文だ。
だが、実際に目の前に現れると、知っていたとしても緊張してしまう。目を閉じて、今一度自分の胸に問いかける。
が、もはや尋ねるまでもない。
危険だと知っていても、したい事がある。理由は、それで十二分。
渡されたペンで自分の名を書き入れ、女性に渡す。すると、彼女はにこやかに笑って言った。
「我らが狩猟ギルドへようこそ、マーク・シュバルツ君。歓迎するわ」
差し出された手を迷い無く握り、微笑み返す。
「こちらこそよろしくお願いします。……え〜と」
「リリィ、よ。狩猟ギルドの受付や、依頼の受注を担当しています。これからよろしくね」
パチリ、とウインクまでしてくれた。
自分でも現金だとは思う。が、頑張ろうなんて思ってしまった。
あらすじにも書いていますが、投稿ペースはゆったりめです。