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とあるマニアの狩猟記  作者: 高空天麻
とある少年少女の邂逅
13/21

2−2

 低いうなり声が、森の中に響く。

 生命に満ち溢れた森林の中、その唸り声の周辺だけは隔絶されているかのように静かだった。

 唸りを上げているのは、全身を赤の鱗で纏った竜。

 その背に翼はない。その代わり、発達した四肢は巨大な体を俊敏に動かすに足る力を秘めている。


「フルルルルルゥ……」


 低い声を漏らしながら、周囲を見回す。

 周りに、生命はない。動いていた存在は先ほどソレが吹き飛ばし、引き裂いたからだ。

 ソレに、真っ当な食欲は存在しない。

 全身を爛々と輝かせる魔力が示す通り、その身には過剰と言えるほどの力が満ち溢れている。

 魔力は、生命力から生成される力。ならば、その逆を出来ない訳はないとでも言うかのように、ソレは三週間何も食していないにも関わらず全く変わらないパフォーマンスを発揮してみせる。


 ソレは、何かを待っていた。

 何を? そう尋ねる者はいない。それに、ソレ自身にもはっきりとはわかっていなかった。

 ただ、獣よりも高次の存在が持つ直感のようなものが、ソレの本能へと告げている。

 ここで待て、と。ここで待っていれば、来るべき時が来る。

 だから、ソレはここにいる。どれほど退屈でも、己の本能が告げる声に従って。


「グゥ、グゥオオオオオオオオオオオオオオン!!」


 身を震わす何かに逆らわず、ソレは天へ向かって吠える。

 その原因がなんなのか……知る者は、存在しない。




「むむ……悩むな」


 ホルディアの酒場。その一角で、マークは記憶クリスタル片手に唸っていた。

 クリスタルの記憶容量が、そろそろ限界だ。

 消したくないのは山々だが、整理しないと本当に置いておきたい写真まで消えてしまいかねない。

 そんな矛盾した思いを抱えながら、彼は今日もどれを残しどれを消すか悩んでいるのだった。

 もう一つ買えばいいだろうと思う方もいるだろう。だが、彼が鍛えに鍛えた撮影魔法で撮られた写真は、一枚でもなかなかな容量を必要とする。そんな物を百枚も保存しておける記憶クリスタルなど、そうそう何個も買えるような値段じゃない。

 具体的に言うなら、記憶クリスタル一個で装備が一式買えるぐらいの金額になる。まだまだ金が必要な彼からすると、手が出せるレベルではないのだ。


「アンタ、また悩んでるの? ほんっと好きよね〜」

「ん? ああ、レナか。いいじゃん、好きにさせてくれよ」


 呆れた声で言ってくる相棒に、一ヶ月前よりだいぶ砕けた口調で言い返すマーク。

 故郷で先生や師匠に叩き込まれた礼儀作法に則って、初対面の人にはかなり丁寧な口調で話すものの、心を許した相手には素が出る。とはいえ、一人称は誰に対しても「僕」のままなのだが。


「ようやっとそれ出来たんだ。どう、記念に一枚?」

「遠慮しとくわ。それに、これは次への繋ぎみたいなもんだしね」

「んなこと言わないでさ。ほら」


 そう言って、唇を尖らせながらもこちらを向いて待ってくれるレナードに、いつも通りの手順で撮影魔法を発動させる。

 距離感を調整し、周囲から浮かび上がらせるように魔法式を少し弄ってから、行けるかどうかもう一度確認する。その出来に一度頷いてから、マークはレナードに口を開く。


「行くよ。一、二……はい」


 掛け声に合わせて撮影する。

 魔力によって投影された絵は、彼の首元のクリスタルへ保存されていった。その映像を早速呼び出し、会心の出来であることを確認してまた頷く。


「よしよし、いい出来いい出来。やっぱレナって、映えるよね」

「褒められて悪い気はしないわね。アンタの腕もあると思うけど」


 軽くはにかみながら、レナードは席に着いた。それを見てやってきた給仕の女性に一つ二つ注文をしてから、こちらを向く。


「とりあえず、お互い装備更新おめでとう。長かったわね……特にアンタは」

「はは……先立つ物も無かったしね」


 苦笑いしながら、改めて自分たちの着ている装備に目をやる。

 マークの着ている装備は初心者感丸出しな革鎧ではなく、先日討伐したスノウヘアーの素材を利用した“雪兎”装備に変わっていた。

 毛や皮と利用しているために金属鎧よりもかなり軽く、その割に下手な金属よりも強靭。おまけに寒さにも強くなれるという、中堅の狩人が使う定番装備だ。欠点といえば火に弱い所と、一定以上の金属鎧にはやはり防御面で劣る所だろうか。

 とはいえ、彼の売りは手数を頼みにしたヒットアンドアウェイ。大抵の攻撃は回避し、どうしても避けきれない一撃を防具で受けるようにすれば、それもあまり気にならない。

 なお、武器も故郷の鍛治師が作ってくれた物ではなく、“鬼喰おにくい”と呼ばれる長剣に変わっている。ゴブリンよりも大きい亜人種、オークの一本角と金属から作りだされた物で、前の物よりも幅広かつ重い。切れ味も上がっているので、一撃の威力がだいぶ上がるだろう。

 レナードも、装備を一新している。

 防具は“薄桃鳥”シリーズへと変わっていた。“雪兎”装備よりも若干重いものの、甲殻と鱗をふんだんに使った装甲は小型の肉食魔獣程度の爪牙くらいなら軽く弾きかえすし、火にも強い。

 加えてこれは裏技のようなものだが、薄桃鳥ことクックゴアの素材は人の魔力と親和性が高い。うまく防具にも魔力を纏わせる事ができれば、素材以上の防御力を叩き出せるというのも、レナードが選んだポイントなのだとか。

 魔法を剣に付与して戦う彼女らしい選び方だ。

 双剣は新たに作り出すのではなく、前の剣を基にして作り直してもらったそうだ。結果、重量はそれほど変わらないまま、しかし切れ味は大幅にアップしたと嬉しそうに語っていた。


「あらら、二人とも装備が変わったのね。いいじゃない」

「ありがとう、リリィ」


 レナードの注文したものを持ってきたリリィが、微笑みながらそう言ってくる。その言葉と表情に他意が無いことを知っているマークは、同じように微笑みながら言葉を返した。


「……言ってなかったっけ? 装備更新するって」

「言ってたけど、聞くのと実際に見るのとはやっぱり違うわよ? 特に、レナは更新するするって言いながら、ずっとしてこなかったしねぇ」

「そ、それはあれよ。しっくりくる装備が見つからなかったのよ!」


 そう言って頰を膨らますレナード。それにくすくすと笑いながら、余裕の態度を崩さないリリィ。

 見た目には全く似ていないのに、どうしてかこの二人のやりとりを見ていると姉妹にしか見えない。前にそう言った時、「それは私が幼く見えるって言ってるのかしら!?」って誰かさんが拗ねてしまったので、口には出さないけれど。

 一通り二人でニヤニヤ笑い通した後、心なしかツヤツヤした顔で「そう言えば」とリリィが新たな話題を振ってくる。


「二人は、カヌートの街って行ったことあるかしら?」

「カヌート? リホリディアの森の向こう側にある、少し大きめの街よね。二、三回くらいかしら。長居はしたことないわね」

「噂だけ。行った事はないです」


 二人の答えに、「そうよねぇ」と答えるリリィ。「どういうこと?」とレナードが怪訝そうな表情で尋ねると、考えるような顔をしながら言ってくる。


「カヌートの街にあるギルドから、二人を指名した依頼が来てるのよ。二人は少しずつ名が売れ始めてるから、多分その関係で来てるだけだと思うんだけど……」


 リリィの言葉に、レナードの視線がこちらを向く。

 が、マークは考えるまでもなく首を振った。カヌートの街に知り合いはいないはずだ。自分の関係者ではない。

 故郷の家族とはほぼ絶縁状態だし、それ以外の知り合いもわざわざカヌートに行くくらいならこちらに来た方が圧倒的に早い。村以外で知り合いはいないから、この時点でマークの関係者という線はなくなるのだ。

 それを見たレナードは、自分も考えるように宙へ視線をやってから、同じように首を振った。


「私の知り合いでもないと思うわよ。私、親は二人とも死んでるし、親戚も知らないもの」

「さらっとヘビーな過去を晒すね……」


 何でもない事のように口に出された過去に、マークの頰が軽く引きつる。

 食うためにハンターになった者は多い。若い者の中には両親や親戚がおらず、自分で稼ぐしかなかったというパターンも少なくない。

 とはいえ、これまで知らなかった相棒のなかなかにヘビーな過去を聞いて、顔色一つ変えずにスルーできるほど、マークはこの業界にどっぷり浸かっていない。


「そう? 割とそういう子も多いと思うけど。それより、リリィ。その依頼、内容を詳しく聞かせなさいよ」

「ええ。カヌートの街周辺にも、リホリディアの森によく似た森林地帯があるのよ。そこで、全身赤色の竜を見かけたそうなの。今の所被害は出てないんだけど、なるべく早めに討伐してくれないかってことみたいね」

「赤色の竜……それって“王者”じゃない、よね?」


 リリィの発言に、レナードとマークの表情が同時に陰る。

 “王者”キングバーン。

 飛竜族の中でも最上位に位置し、初心者はもちろん熟練のハンターであっても五分の戦いがようやっとという、まさに飛竜の王。

 その赤い巨躯は少年達に畏怖と憧憬を植え付け、彼を倒したいがためにハンターを志す者がいるほどだ。

 もしもキングバーンが現れたのだとしたら、今のマークとレナード程度では話にならない。彼らでは一歩劣る“女王”であっても対等には戦えないのだ。“王者”を前にして、生きて戻れる自信はない。


「流石に“王者”ではないと思うわ。キングバーンの動向はある程度把握されているし、あれほど有名なモンスターならギルドの人間だったらすぐにわかるはずだし」

「じゃあ、新種?」

「その可能性は、ないと言い切れないわね。私たちは、この世界のことを全て知っているわけじゃないんだから」


 苦笑しながらリリィが零した言葉は、この場の誰もが分かり切っていることだった。

 この世界は、未だに未知で溢れている。

 昨日までの常識が、今日の常識とは限らない。前回通じた戦法は今日も通じるとは限らない。

 そんな流れゆく世界の中で、彼らは生きているのだ。どんな事象も、ありえないと言い捨てることはできない。

 それに、“女王”も“王者”もここ三十年の間で作られた名称だ。自然界のスパンで考えると、いつ新種が生まれてもなんらおかしくはない。


「まあ、新種だったらあまり深く考えすぎても仕方ない面があるし、いつも通り準備は念入りにってことで」

「そうね……やってみましょうか」

「それじゃ、受けるってことでいいのね? なら、依頼書を渡しておくわ。隣の街に対する依頼ってことで期限はだいぶ長く取られてるけど、なるべく早めにお願いね」

「了解です」


 「よろしくね」と言葉を残して、リリィは別のテーブルへ向かった。


「リリィ、読み終わったらこっちに回してよ」

「もちろん。……あれ、どっか行くの?」

「ちょっと、記録クリスタルが安くなってないか見てくる」

「ああ……はいはい、いってらっしゃい」


 呆れたような表情で軽く手を振ってくるレナードに同じように応え、坂を出て行くマーク。

 なんだかんだ、彼にとっての最優先事項も変わらないようだった。




「なんか、やな感じの長老だったわね」

「自分の街を最優先に考えるのが長老の仕事だから……」


 苦笑いしながら言うも、マーク自身あまりいい気はしていなかった。

 なんせ、開口一番「私の街が危険だからさっさと調査に行って来い」だ。普通、隣とはいえ他の街からハンターを呼んだ場合、まずは「来てくれてありがとう」を言うべきなのだ。

 なのに、妙な余裕を見せてくるからひどく鬱陶しい感じを抱かせる男だった。


「まあいいわ……話が早い分には文句ないもの」

「そうそう。僕らの仕事は噂の赤竜を調査、出来るなら討伐ってだけだしね。無理っぽそうなら、さっさと引き返そう」


 マークにもレナードにも、街のために命を捨てるなんて感覚はない。

 自分が住んでいるホルディアのためならまだしも、知り合いもいない街なんて自分の命よりは優先度が低い。

 マークの場合はこれまで知らなかった世界を見て見たいというだけ、レナードも“女王”や“王者”と言った強力なモンスターと戦いたい、というだけで、何かを守るためにハンターになったわけではないのだから。


「とりあえず、準備が出来次第話に出てた森に侵入。赤竜がどの地点にいるのか、どれくらいの脅威なのかを測って、それから方針を決めようか」

「妥当なとこね。んじゃ、行こうか」


 酒場奥に置かれている長老室から出て、酒場へ戻ってくる。

 人の出入りが少ない長老室前の廊下と違って、酒場はホルディアにも負けない活気に満ち溢れていた。


「リヴェルさん……だっけ。赤竜調査の依頼、受けたいんですけど」

「はい、かしこまりました。今書類をお作りしますから、ちょっと待ってくださいね」


 レナードが依頼を受けている間にマークは他の所へ目をやっていた。

 規模はホルディアより小さいものの人が少ないわけではないし、ハンター達の士気も低くない。

 やはり彼らが呼ばれたのは万一に備えて自ギルドの戦力を減らしたくないかららしい。そう考えると、どうしてもやる気は出ない。


(……ん? あの子は……)


 カウンターに、この場にはあまり似付かわしくない少女がいた。

 年頃は十一か十二くらいだろうか。ギルドに正式加入できる最低年齢が十五歳からだったから、どう考えてもギルドのメンバーではない。

 少女は何かを求めるようにカウンターへ目をやり、けれど諦めるかの如く俯くのを繰り返している。その表情には、焦りと諦めが混じった暗い感情が秘められていた。


「お嬢ちゃん、どうかしたの?」

「えっ?」


 気付いたら、マークは少女に話しかけていた。

 少女は誰かが気にかけてくれると思っていなかったのか、目を見開いている。その釣り気味の瞳には、普通の人間にはあり得ない紅蓮の光が灯されている。


(竜人族……か)


 竜から人へ形を変えたとされる種族。

 その名に違わず、彼らは竜にまつわる特殊な力を宿しているため、エルフやドワーフ以上に狩人になる者が多い。

 だが、種族としての絶対数が少なく、少子で知られるエルフの十分の一程度の人口しかないと言われている。


「あ、あの……えっと……」


 竜人の少女は突然話しかけられたショックからまだ抜け切れていないらしく、口を開いても意味のある言葉が出てこない。

 どうしたものかと考えているうちに、受付を終わらせたレナードが首を傾げながらこちらへやってきた。


「何やってんの、マーク。……あら、竜人族? それも、火竜系統の種族じゃない。こんな所にいるなんて、珍しいわね」

「そうなんだ?」

「火竜は基本的に火山とか炭鉱の近くとか、火にまつわる場を好むからね。……ていうか、なんでアンタは知らないのよ」


 呆れたような視線をスルーして、マークは改めて少女へと目をやる。

 ようやく衝撃から抜け出せたのか、少女は見定めるようにジッとこちらを見つめてきていた。


「えっと……僕はマーク・シュヴァルツ。こっちはレナード・ミリティア。見てわかる通り、ハンターをやってる。それで、ギルドに依頼があるんなら、僕らが話を聞こうか?」

「……いいん、ですか?」

「そりゃあ、依頼の内容にもよるけどね。少なくとも、ここで待っているよりかは進展があると思うけど」


 そう言うと、少女は納得がいったのか頷いた。

 それを確認してから、マークは近くにあった席へ座る。何を話すにしても、先ずは落ち着いて話してもらわなければ、依頼内容が確認できない。

 席に着いた三人を見て近づいてきた給仕の女性に飲み物と軽食を注文してから、改めて口を開く。


「それじゃ、君の悩みを聞こうか。場合によっちゃ、今受けてる依頼のついでに片付くかもしれないしね」


 レナードはマークに任せる気なのか、彼の隣で双剣の手入れをし始めていた。おそらく彼を信頼してくれているのだろうけど、依頼人の前でその態度はどうなのかなぁ、なんて考えながら、マークは少女を威圧しない程度に観察する。

 服装は、お世辞にも良い物とは言えない。ボロボロの布に手足が入る穴を開けて、それを何枚か重ねて着ているような格好だ。一番近い表現で言えば、ワンピースの上にチュニックを着て、さらにカーディガンを重ねているような感じだろうか。

 髪の毛は染めているのか大半が明るい茶色だが、よく見ると根元の方は瞳と同じように炎のように真っ赤だ。

 竜人だとばれたら、何かまずいことでもあるのだろうか。

 そんなことを薄ぼんやりと考えていると、少女はようやく意を決したのか自ら口を開く。


「お、お願いします。お母さん、私のお母さんを助けてくれませんか!?」


 端的でわかりやすい発言に、二人の思考がカチリと切り替わる。

 一瞬だけ目線を交わしたその時には、もう既に仕事を目の前にした戦士の目に変わっていた。


「お母さんはどうしたんだい? 怪我か、それとも病気?」

「び、病気になってしまったんです。私一人じゃどうしていいのか分からなくって……それで、この街に来てどうにかしてくれる人がいないかって探してて……」

「お母さんがどんな風になっていたとか、思い出せる限りで言ってくれる?」

「最初は何を食べてもすぐに吐いちゃって……もうお水も飲めないままになってるんです。それに熱がものすごく高くて……あと、あと頭と身体中が痛いって言ってました」

「食事が摂れず、発熱に頭痛、全身の痛みか……」


 少女の言葉から病状を推測するも、なかなか判断に困る。

 発熱も頭痛も、わりと多くの病気で発生する症状だ。全身の痛みも発熱によるものと考えることができるし、何を食べても戻すという状態は体力が低下しきっていて、胃腸が正常に動いていないのだろう。

 だが、それだけなら普通の熱風邪でも起きうることだ。逆に、それを熱風邪だと思って治療していたら、全く別の病気だったなんてことも枚挙に暇がない。

 何にでも起こりうる症状と言えるし、それだけで何の病気かを判別するのは非常に難しい。


「ちょっとそれだけじゃあ分からないな。ただの酷い風邪かもしれないし、もしかしたらそうじゃないかもしれない。僕らじゃ、それは判断しきれないね」

「そう、ですか……」

「ていうか、まずは医者にかけるべきなんじゃないの? 僕ら、ハンターに頼るんじゃなくてさ」

「私の家は、森の中にあるんです……。あまりにも森が深くて……お医者さんにも断られてしまいました」


 その答えに、まあ妥当なところだろうと頭を抱える。

 医者とて命は惜しい。わざわざリスクを取ってまで依頼を受けようとする人間は少ないだろう。


「僕らが護衛について、医者を連れて行けばいいんじゃないか?」

「ま、それが一番良い方法よね。具体的に、どの辺なの?」

「カヌートの森の、奥の方です」

「それって、例の赤竜が出た辺りじゃないっけ?」

「大分近いわね。ちょうどいいじゃない」


 言い合って、これからの方針を大雑把に決めていく。

 とりあえず、医者に関してはギルドに勤務している専門の医者がいるからその人に頼めばいいだろう。少なくとも、彼らよりは人体に詳しいはずだし、マークとレナードに竜人族と普通の人間の違いなんて分からない。

 あとは、彼ら二人で二人の護衛対象者を守り切れるか、という点にかかっている。


「新装備の見せ場ね。いきなり来るとは思ってなかったわ」

「はは……僕の防具はあまり役に立ちそうにないけどね」


 “雪兎”シリーズは先述の通り、火に弱い。赤竜が火を操るモンスターだったら、一発でもブレスを受けた瞬間にあの世へ招かれることになる。


「とりあえず、敵と遭遇しても戦わないことが大前提だね。乱戦になったら、僕ら二人じゃあどうにもならないよ」

「んん……そうね。小型ならともかく、中型大型のモンスターは、見つからないようにしないと、流石にまずいわね」


 クックゴアレベルの敵であっても、護衛対象を二人抱えている状態では難敵に変わる。

 戦わないのが最良、加えて見つからないのが最善。


「んじゃ、その依頼受けよう。僕がギルドの医者連れてくるよ。レナードは話聞いておいてくれる?」

「わかった。頼むわよ」

「あ、あの……よろしくお願いします!」

「うん。よろしくね」


 にっこりと笑いかけて、マークは歩き出す。とりあえず、行く先は医務室だ。


「あ、そうだ。あのさ、あとで写真撮らせてくれないかな? 竜人族って、見るの初めてなんだ」

「え? え、ええいいですけど……」

「そう、ありがとう!」


 ニヒッと笑って、マークはもう一度背を向ける。

 勢いに押されたまま頷いてしまった少女は、呆然としたまま呟いた。


「あの人……いつもあんな感じなんですか……?」

「まあ、大体そんな感じね。ああなったらかなりしつこいから、覚悟することね」


 少し投げやりなレナードの言葉に、竜人族の少女はわずかに口元を引きつらせる。

 が、レナードはそれに何も言わない。

 自分も通った道だ。決して乗り越えられない道ではない。

 ……多分。



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