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とあるマニアの狩猟記  作者: 高空天麻
とある少年少女の邂逅
12/21

2-1

お待たせしました。

第2章、開幕です。

 雪原、それは命が手放しに繁栄することを許さない、厳しい環境だった。

 夏場の昼であっても気温が氷点下を超えることは少なく、ましてや冬に至ってはあまりの寒さにギルドがハンター以外の出入りを禁ずるほどだ。

 無論、ハンターとて人間であることには変わりがない。一歩誤れば、夏になるまで見つからない人々の仲間入りだ。


「レナ、右です!」


 そんな環境の中、彼らは狩りをしていた。


「タイミング、遅いわよ!」

「無茶言わないでください!」


 パートナーの難題に怒鳴り返しながら、マークは必死に足元の雪原に眼を凝らす。

 次から次へと降り注ぐ吹雪のせいで、なかなか地面と空中の見分けがつかない。が、数秒も目をやっていれば、慣れてくるのか自然と見えるようになってくる。

 ガタガタ、と微かな揺れとともにレナードの足元にわずかなヒビが入った。


「レナ、来るよ!」


 その言葉を聞いて、レナードはその場からとっさに後ろへ跳びのいた。一瞬後、彼女が元いた位置から影が飛び出してくる。


「フルルルルルゥ……」


 苛立っているように小さく唸ったのは、真っ赤な目の白兎だ。

 ただし、体高はマークよりも大きい。爪も牙もないけれど、それだけの巨体が軽快に動き回れるというだけで、十分な脅威となる。

 おまけにこの白兎、スノウヘアーは幾つか面倒な能力を持っている。足場の悪いこの状況では、決して簡単な相手ではない。


「ルルルウゥアアッ!!」


 一声叫ぶとともに、スノウヘアーは兎らしく立派な耳を振り回す。途端、吹き荒れる雪に混じって、幾つもの矢が飛んできた。

 それらを剣と盾を振るってどうにか叩き落とす。

 これが、一つ目だ。

 雪原のフィールドは、平野エリアと雪山エリアに分かれている。このうち、雪山エリアの屋外では標高が高いせいか雪が降っていることが多い。

 スノウヘアーは、降り注ぐ雪に自分の分泌する油を混ぜ合わせることで弾丸へと変化させるのだ。

 ワイバーンの火球なんかに比べればさすがに劣るものの、油で固められてコーティングされた雪は、頭に受ければ脳震盪を起こすだろうし、他の所で受けてもベタつく雪は体に張り付いて寒さと重さの両面でハンターの体力を奪っていく。

 案の定、盾で受けた雪はそのままくっついてしまっていた。とっさに払い落とそうとするが、敵の動く気配がそれを止めさせる。

 目をやれば、雪兎の巨体がこちらへ向かって降ってくるところだった。

 何も考えないまま、反射的に体を右へと転がす。それでどうにかボディプレスの範囲からは逃れることができた。

 ズズン、とそこそこの振動が足元まで伝わってくる。足を取られないように注意しながら起き上がると、その隙を縫って白兎が姿を消した。

 今度は上じゃない。下へ、この雪原へと潜ったのだ。

 これが、二つ目。

 どういう風にやっているのかはよく知らないが、スノウヘアーはマークよりもでかい体で雪原へ潜行することができる。しかも、潜っている状態でも、移動速度はそこそこ早い。

 知らぬ間に足元まで近づかれ、思わぬ重傷を負ったなんて話も珍しくなかった。

 幸いにして動く音や衝撃が無くなるわけではないから、揺れや音もしくは雪上に走る微かな跡を見ることができれば、避けることは不可能じゃない。

 兎は、こちらへとまっすぐ向かってきていた。

 ギリギリまで引き付けてから、思いっきり横へ走り出す。まんまと騙されたスノウヘアーが、先ほどまで彼がいた場所から飛び出してきた。そのたくましい腕から繰り出される一撃は、あっけなく空を掻く。

 その瞬間、困惑に彩られた敵の横っ面に、狙い澄ました一撃が叩き込まれた。

 轟音とともに、スノウヘアーの体が横倒しになる。それを見たレナードが、これまでキープしていた距離を一気に詰めて両手の刃で敵の体を引き裂いていく。


(っし、作戦通り!!)


 内心で吠えながら、マークも駆け出す。


「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 そのタイミングを見計らって、咆哮と共に高台から深紅の両手用大剣を握った大男が飛び出した。

 男は重力の導くまま、刃をスノウヘアーの脳天へと振り下ろす。

 これまでよりもさらに強い振動が、地を揺らした。流石にこれには耐えきれないのか、雪兎の口からゴポッというくぐもった音が漏れ落ちる。


「アルバ、ナイスッ!」


 最高の一撃を決めてくれたパーティーメンバーに声をかけながら、マークもさらに前へ走る。

 アルバの使っている大剣や、レナードの持っている双剣と違って、彼の長剣では一気に大ダメージを与えるというような芸当ができない。

 だが、この場で彼に求められる役割はそれじゃない。

 大ダメージを与えるのは、アタッカーである二人に任せればいい。マークがやるべきは、二人が思うままに力を振るえるように場を整えることだ。

 狙うは、足。人間でいえばかかとにあたる部分へと、容赦なく自分の剣で斬り付ける。

 斬撃の瞬間、マークの刀身が赤く煌めいて、炎が斬り裂かれた肉をなぞるように炙っていく。

 剣に付与した魔法による追加攻撃だ。マークの件は相変わらずお世辞でも質が良いとは言えない物のため、付与した魔法もそこまで強力なものではない。

 だが、一撃でそこまでは求めない。

 もう一度、先ほどと同じ場所を抉りにかかる。白兎の強さは、半分以上が機動力によるものだ。それを削ってしまえば、彼らに有利になっていく。


 これが、彼に求められる役割。

 少しでも相手の力を削ぐように立ち回り、メインのダメージソースがうまく通るようにしていくこと。

 それは、この場の誰よりも彼が上手だ。


 二撃、三撃と攻撃を加えていくにつれ、少しずつ雪兎の足が深く傷ついていく。

 これが鱗や甲殻を持つモンスター相手ならこうまで簡単にはいかないだろう。だが、白兎は身を守る要素を長くて量の多い毛以外に持ち合わせていない。

 元から可燃性の毛は、スノウヘアー自身の脂によってさらに燃えやすくなっている。全ては無理でも、ある程度はまとめて燃やしていけるのだ。

 敵の体を舐めるようにして蠢いていた火は、さらなる火と合流してより一層強大な炎へ成長し、白兎の全身を焼こうとする。

 だが、敵とてこのまま狩られてくれる気は毛頭ないようだ。


「クギュルルウウウウウウウウウウウウン!」

「おおわっ!?」

 吠えると共に、白兎は体を一度転がした。

 転がる方向にいたアルバは大剣でどうにか防御することには成功していたが、たまらず体勢を崩している。


「クギョォオオオオオオオオオッ!」


 さらにもう一度叫び、その場で思いっきり跳躍するスノウヘアー。させるかとマークが刃を振るったが、それを意に介さぬまま敵の影は崖の下へと消えていった。

 人なら確実に助からないだろう高さも、強靭な肉体を持つモンスター達にとっては何の障害にもならないのだ。

 敵が辺りにいないことを確認してから、マークは剣を鞘に戻した。

 積もったばかりの新雪に足が埋まってしまったらしいアルバに手を貸して、足を引っこ抜かせる。


「すまんな、マーク」

「気にしないでください。このぐらいはお互い様ですよ」

「いや、これもそうだが、さっきの一撃で決め切れなかった」

「それも、仕方ないです。あいつら相手に一方的に殴り勝てるなら、僕この場にいりませんよ」


 申し訳なさそうに言ってくるアルバに、笑いながらそう返す。

 さっきの挙動を見てもわかるとおり、モンスターと人間とでは根本的に肉体の強度がまるで違う。真正面から殴り勝つことができないからこそ、人は武器や罠を用いて少しでも差を埋めようとするのだから。

 性能差は気にしても仕方がない。


「とりあえず、場所を移動します。カトレアをこちらに呼んでもらえますか?」

「ああ、少し待ってくれ」


 指示通りにアルバが高台の影に潜んでいたもう一人のメンバーへ、手を振って合図する。それに手を振り返しながら出てきたのは、中型対魔獣砲カノンを背負ったレナードと同い年くらいの少女。

 こちらへ向かってくる二人から視線を外し、マークは思考を巡らせていく。

 スノウヘアーはおそらく巣の方へ戻ったのだろう。これまでの対峙である程度ダメージは蓄積されているだろうし、白兎の性質上脚を傷付けられたのは看過できないはずだ。

 モンスター達は、休息をとることで傷を癒してしまう。たとえそれが瀕死の重傷であっても、相応の時間眠り続ければ治ってしまうのだ。

 だが、休ませなければ回復はしない。

 今畳み掛ければ、このまま終わらせられる。

 そう結論づけて、マークは隣にやってきた相棒へと目をやる。


「レナ、体力はまだ保つ?」

「当たり前でしょ、このぐらいなら余裕よ」


 言いながら、レナードは「私よりも」と言ってこちらをジロリと睨みつけてくる。


「マーク、アンタ今回の戦いで全くストッパー出来てないけど、調子悪いの?」

「ああ……あいつ、僕の魔法と相性が悪いみたいだね」


 言って、マークは小さく息を吐いた。

 マークが敵を制止するのに使う魔法は、主にクイック・スタンとパラライズ・ランスの二つ。このうち、クイック・スタンがどうしてかスノウヘアーには殆ど効力を示さなかったのだ。

 相手の体内に魔力を流し込んで動きを阻害するのが、クイック・スタンだ。それに対して、スノウヘアーは全身を長い毛で覆い、その上に脂でコーティングまでしている。

 推測でしかないが、おそらくその二重の壁に阻まれてクイック・スタンの魔力がうまく相手の体内にまで届かないのだろう。

 ちなみに、パラライズ・ランスは普通に効いていたので、さっきまではそちらをメインで使っていたのだが、何度も使っているとやはり耐性が出来てしまうのか、時が経つにつれて効力がガタ落ちしていっていた。

 そのせいで、マークの制止力は時間とともに落ちていく一方だったのだ。


「敵を止められないストッパーって、いらないわよね」

「キッツイなぁ……ま、その通りだけど」


 一月の付き合いの中で遠慮がなくなったせいか、ほかの誰に対するよりも歯に衣着せぬ言いっぷりなレナードに、しかしマークは苦笑で返すしかない。

 彼女の言う通りだ。ダメージをろくに与えられないアタッカー並に、お荷物になってしまう。


「まあ、そのために毛を燃やしたんだ。次はもう少しマシに立ち回れると思うよ」

「ふうん……期待してるわよ?」


 ニッと唇の端を釣り上げて、小さな笑みを見せてくる。

 それに、マークも「もちろん」と答えて微笑み返した。

 ちょうどそのタイミングで、アルバとカトレアがこちらへ戻ってきた。


「お前ら、本当に仲良いよなぁ」

「ん、ちょっとうらやましい」

「そんなことないわよ? ねえ、マーク」

「そうですよ。普通ですって」


 顔を見合わせてそんな風に返してくる二人に、アルバとカトレアは苦い笑みを浮かべるしかなかった。

 “女王”と対峙してから、はや一ヶ月。それは、彼らの間に知り合い以上の間隔を築き上げるのに十分すぎる時間だったらしい。


「それより、移動?」

「ええ。標的はおそらく巣の方へ戻ってるでしょうから、追撃をかけます。弾の方はまだ余裕ありますか?」

「うん。無駄遣いしても大丈夫なくらい」

「無理して使わなくてもいいですけどね。それじゃあ、後方狙撃、お願いします」

「ん、任せて」


 これ以上掘り返しても良い事はないと判断したカトレアが、言葉少なに話題を切り替える。

 行く場所も決まり、四人は互いに頷きあいながら目的地へ移動を始める。


「さて……次で決めたいなぁ」


 小さく呟き、マークは思考を巡らせ始める。

 その脳裏では、もうすでにラストまでの道程が幾つも組み上げられていた。


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